「黒炎の隼」

「もがく虫」

　　月明かりの下。隼人は膝から地面に倒れた。目の前には呻き声をあげながら、悲痛な声を上げる尊。

「はあ、はあ。ぐっ」
　影焔の代償で肉体疲労が現れた。その証拠に視界が狭窄してきているのだ。

「まずい。視界が」

「松阪君！」
　視界だけでなく、聴力も低下している。こちらに近づいてくる結巳の声もぼんやりと聞こえるくらいだ。

　しかし、勝利は確実だ。影焔の影響で相手は細胞の活動を止められる。再生することなく出血多量で死に至るのだ。

「あのさあ、うざいよ」
　
「なっ！」
　隼人は心臓が跳ね上がる勢いで驚愕した。なんと先ほど斬り伏せたはずの尊が立っているからだ。

「傷口が熱いし、痛いんだけど。洒落にならないよ。どうしてくれるんだい？　傷が治らないよ」
　尊が口から血を吐きながら、隼人を睨みつけている。しかし、相手自身も傷を再生できないので無事ではない。

　時間が経てば絶命する。問題はそれまで自分達が生き残れるかどうかだ。仮に逃げ出したとしても、殺害される可能性もある。

　そして、捨て身で合宿所を襲撃するかもしれない。

「くそ。考えても仕方ねえってのに」

「松阪君！」
　結巳が隼人と尊の間に割って入った。彼を尊の攻撃から庇おうとしてくれていたのだ。

「僕の邪魔をするな！　女が！」

「がはっ！」
　結巳の腹部に尊の爪先が食い込んだ。そこから尊が執拗に結巳の腹部に蹴りを入れ続けた。

「クソ！　クソ！　女如きが僕の邪魔をするな！　売女！　阿婆擦れ！　元はと言えばお前が邪魔するからだ！」
　尊が結巳に苛烈な暴行を加えていた。蹴りつけ、踏みつけるなどやりたい放題だ。

「このアマ！　グッ！」
　尊が目を血走らせながら、彼女を蹴りつけようとした時、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

　おそらく影焔の影響がさらに強く出ているのだ。

「クソクソクソ！　斬られた！　斬られた！　斬られた！　斬られた！」
　何度も狂ったように同じ言葉を連呼する尊。その光景に隼人は異様さを覚えていた。

「どうせ死ぬんならお前らも道連れだ！」
　焼けになったのか、両腕を荒々しく降って周辺に衝撃波をばらまいているのだ。

　凄まじい衝撃が辺りに衝突して、木や草、地面が抉れていく。見るからに悲惨な光景が視界に広がる。

　暴力的な情景とともに隼人は尊が哀れに思えてきた。死に時を迎えてもなあ、踠いて生きようとする虫のように体を振り回しているのだ。

「なんだ？　その目は？」
　隼人の憐れみに満ちた視線を察したのか、尊が顔を赤くして小刻みに震わせている。

「やめろやめろ！　そんな目で僕を見るな！」
　尊が声を荒げながら、腕を振った。凄まじい衝撃波が飛んできたが、ひらりとかわした。

「気に入らない！　憐れむな！」
　隼人の目が癪に障ったのか、喚き散らす尊。そんな事に気にもとめず、隼人は疲労が纏わりつく体に鞭を打って、駆け出した。

　迷いはない。ただ目の前に傲岸不遜な輩を今度こそ排除するまでだ。

「終わりにする！」
　持ちうる体力を振り絞り、刀身を突き刺した。燃え盛る業火が尊の肉体をじっくりと焦がしていく。

「があああああああああああああ！」
　尊の口から吹き出る鼓膜を破くような断末魔。二度にも渡る影焔の攻撃。相手に耐えるすべはなかった。


　その証拠に隼人の目前で尊の体が砂のように散り始めているのだ。