「黒炎の隼」

「影」

　訓練が終わり、生徒達が元いた広場に集まった。隼人ももれなく教官からの結果発表を待っていた。結巳との繰り広げられた壮絶な勝負。

　隼人の体には疲労が蓄積されていた。

「それでは結果を発表する」
　周囲の空気が硬くなり始めた。これで温泉行きが誰か決まるのだ。

「優勝は松阪隼人。前に来てくれ」
　辺りの視線が一斉に刺さるとともに拍手が湧き上がった。

「おめでとう！」

「やっぱりかー」

「出た首席」
　様々な声が飛び交う中、隼人は教官の前に向かった。人前に出るのは慣れていない隼人は僅かに緊張感を覚えていた。

「おめでとう」

「どうも」

　生徒達の拍手の中、隼人は温泉旅行行きの券をもらった。



　夕方。訓練が終わり、自由時間を与えられた隼人は合宿所の風呂場で湯船に浸かっていた。

　他の生徒達が出て行ったのを見計らって一人で風呂に入ったのだ。

「あー。疲れが取れる」
　隼人は若人にふさわしくない老人のような声を上げた。それほどまでに今回の結巳との勝負は身体にこたえたのだ。

　彼女自身、たまに隼人とは剣を交える。その中で彼の動きを把握し、理解しようと努力していたのだ。

　以前より遥かに実力が増した彼女に隼人は内心、驚いていた。

「俺も負けていられないな」
　隼人は指を組んで、腕を前に突き出した。隼人は指を組んで、腕を前に押し出した。彼女だけではない。対策本部の幹部や鳥籠の幹部。

　それらを超える力が今の彼には必要なのだ。全てはうちに秘めた悲願を達成するためだ。

　風呂から上がり、庭を方に目を向けると結巳が一人、山の方を見つめていた。

「何かあるのか？」

「松阪君。いえ、何もないわ。ただ、何も変わっていないなと思って」
　結巳がそう言って穏やかな目を山の方に向ける。彼女自身、中等部一年の頃に来たことがあると言っていたので、きっと思い入れがあるのだろう。

「温泉チケット良かったわね」

「使いどきに困るけどな」

「良かったらもらって上げてもいいわよ」

「それはない」

「なんでよ！」
　結巳が頰を膨らませて、隼人を睨みつけた。その姿を見ていると徐々に笑いがこみ上げて来た。

「もう。あっ、そろそろ夕食の時間よ。行きましょう」

「ああ」
　結巳に連れられて、隼人は食堂に向かうことにした。


　静けさが漂う忌獣対策本部。一人の職員が事務作業を終えて、両腕を頭上に伸ばしていた。

「んー。あとは定時まで時間を潰すだけ」
　そばにあった缶コーヒーに口をつけていた時、そばにあった固定電話が鳴った。

「えー。なんだよ。もう」
　もう少しで退勤時間ということもあり、うんざりしつつも受話器を手に取った。

「はい。忌獣対策本部です」