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商いの町 イルヤンカ

大商人カネナラダス⑥

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「それで、話はまとまったのかね」
「ええ、大変ご迷惑をおかけしました。カネナラダス様」

 4人でテーブルを囲んでいるところに先ほどの男が現れた。大商人カネナラダス、と言えば知らない人はいないらしい。食べ歩きの道中でも名前を何度か聞き、そのダジャレじみた名前が出るたびに笑っていいものなのかなんとも言えない気持ちで堪えていたが、確かに先ほどの魔法──洗脳デュ・レスを、一瞬で行うのだとしたら、それなりに恐ろしい存在なのだろう。身をもって知った。

魔漢マカラが二人もいるパーティなんて滅多にあるものじゃあない。それに片方は踊り子だというじゃないか。それなら仕事だって尽きないだろうよ。せいぜい励んでくれたまえ」
「寛大なお心遣い誠に痛み入ります。カネナラダス様も、どうかご自愛なさってください。先の戦場の傷は深いのでしょう」
「なぁに、あの程度の魔法、ああやって油断しきった観客相手になら千人でもわけないとも。……もっとも、そこのは、ずいぶんと私に警戒しているようだったがね。何、久々に暴れてくれそうなパーティが入会して、私としても楽しみだよ」

 それでは、と堂々とした足取りで立ち去るカネナラダスの背を睨み付けたまま、ラブリエルは終始押し黙っていた。しかしヒルトが対応してくれたおかげで、今度こそ大きな問題もなく登録が出来そうである。

 どうやらエアンナ商会では、同一ギルドに所属している者同士の私闘は認められておらず、また、エアンナ商会の者へ手出しした場合は、所属の賞金稼ぎバウンティハンターに追われるため、ある程度の身の安全は担保されるとのことだった。もちろん、敵対するギルドの者が討伐対象になることはあり得るが、報復もあり、最悪戦争になるため、基本的には個人間の小競り合い程度であるらしい。

 この世界のギルドには大商人カネナラダス率いる『エアンナ商会』と、人王じんのうスキニスル(こちらも名前としてはどうなのだろうか)を長に置く『クタ協会』の二大派閥があり、敵対を明言こそしていないものの、小さな争いの火種になる事がよくあるとのことだった。商人や冒険者、果ては医師や聖堂まで、クエストを受発注するのは大抵このどちらかのギルドになっており、労働者とその配下の魔物は、大抵どちらかの派閥に属している。中にはギルド登録した冒険者がそのまま家庭を持ち一つの街に腰を落ち着ける、あるいは家長がギルド登録するなどして直接クエストの発注をするケースもあるようで、低レベル帯のクエストの中には【カレーの材料を買ってきて】や【食糧庫の虫退治】などもある。

 エアンナ商会においては、本来のその人の信仰はどうあれ、マスラの言う通り『災厄が先』主義──つまり、魔漢マカラそのものを邪悪な存在である、という考えは認めていないようである。ルールとしても、魔漢や魔物モンスター である事を理由に討伐するのは許可していないという。対してクタ協会は、愛天使創造神を除く人間以外の全てが、唾棄すべき悪であり、存在そのものが災厄をもたらすものとしている。そのため、ギルドメンバーに魔漢はおろか、配下にいる魔物さえ加える事を許していない……というのが、ここ1日の情報として得られたものである。

 オレが火炙りにされたのはクタ協会の本部がある大樹の都・ゴダンであり、協会の戒律に厳しく、エアンナ協会かどうかに関わらず、うっかりした事を呟けばすぐに火刑に処されるほどの苛烈な街だったようだ。ここに来た時オープニングに話していたが火炙りになった理由はわからないが、そのくらいの日常茶飯事として、人間を焼くのが娯楽になっているのかもしれない。
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