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3・始まった暮らし・レザール視点
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「よっ、と」
俺は大荷物を背負いながら塔へ急いでいた。
大量の荷物の重さは、本来の俺の力じゃ持ち上げられない重量だ。
でも、ロシェが以前プレゼントしてくれた、身体能力と魔力を大きく引き上げてくれる魔石の腕輪のおかげで、簡単に持ち運びできている。
―ガンガンガン…コンコン…
塔の扉を3回強く叩き、次に2回弱く叩く。
扉を開こうとしているのが俺である合図だ。
塔の入り口の鍵を開け中に入ると、煮込み料理の良い匂いが漂ってきた。
そろそろ夕飯の時間か。
「おかえりなさい、レザール」
「ただいま」
城から支給されていた白いローブを着替え、青いシンプルなエプロンドレス姿のロシェが出迎えてくれた。
今日1日、俺は市場と塔を何回か往復して必要物資をどっさり買い込んだ。
ロシェは塔の中を整えてくれていた。
1階の床や机だけでなく、壁まですっきりときれいになっている。
おそらく力を使って、塔の内側は全て水拭きしたのだろう。
片隅に積まれていたがらくたは、直せるものは修理され、直せないものは細かく砕かれて、素材ごとに分けられていた。火の種にできるものはかまどの炊きつけにして、そうでないものは明日にでも焼却処分して灰か墨にして地面に埋めておこう。
「すぐに夕飯にするから、水とパンの用意をお願い」
「はいよ」
灰色の髪を1つくくりにして料理をしている背中を眺めながら、コップに水を注ぎ、パンを自前の炎で温める。
ロシェが料理をする姿を見るのも久し振りだ。
数年前までは毎日一緒に料理していた。
俺達が初めて会ったのはまだ小さな子供だった頃。
トカゲの獣人は、あらゆる理由から人間からも獣人からも見下されている。
モンスターの頂点であるドラゴンの眷属と見なされているが、特別に強いわけでなし、上手く使える魔法は炎と少しの毒ぐらい。
見た目も、黒目しかない大きな目が不気味がられる。
魔族と獣人は別物と理解され、人間が獣人をある程度受け入れているこの国でもトカゲの獣人が簡単に生きられるものではなかった。
俺が行き倒れた場所が、孤児院を営んでいる教会のすぐそばじゃなかったら。
通りかかったロシェが、自分と同じように俺を孤児院に置いてくれるように院長に頼みこんでくれなかったら。
俺が周りに受け入れられるように、俺の火魔法が役立つと他の子どもにアピールしてくれなかったら。
そしてロシェが聖女になった時、従者として一緒に連れて行ってほしいという願いを聞いてくれなかったら。
今ここで、こんなに楽しく生きてなかっただろう。
「お待たせ」
野菜と肉がたっぷり入ったデミグラスソースのシチューの鍋が机に置かれた。
旨そうだ。
1日動き回ったから腹も減ってるし。
「いただきます」
「いただきます!」
2人で夕食を食べながら色々話をする。
「この塔の途中にある踊り場の小部屋を見てみたら、あの部屋、牢番用の部屋だったの。
ベットとか机とかあったよ。あの部屋、レザールの部屋にしなよ」
「ああ、あの部屋、牢番用の部屋だったのか。昨日は1階で適当に寝たけど、今夜からはあの部屋で寝るよ」
「シーツが汚れてたから洗ったけど、あんまり綺麗にならなかったから、今日買ってきてくれた布で新しいシーツ縫うね」
「洗濯したのか、どこに干したんだ?」
「最上階近くに窓がたくさんある踊り場を作ったの。お洗濯物カラッと乾いたよ」
「最上階まで洗濯物運ぶの、大変じゃなかったか?」
ロシェは首を振った。
「あれ、作ったの」
指さした壁には、人が2人立てるくらいの大きさのくぼみができていた。
そのくぼみは上の階までずっと続いていて、横にした1枚の石板がはめ込まれている。
ロシェが城にもいくつか作っていた設備だ。
ロシェの力であの石板が上下に動き、石板の上に乗った人間や荷物を運んでくれる。
これであの長い階段を登らなくていい。
「あれ作ってくれたのか、ありがとう。他に内装変えたか?」
「踊り場の端に菜園も作った。小さいけど、私達2人が食べる分には充分な野菜が取れるよ」
実りの聖女ほどではないがロシェも土壌強化の力を持っている。
これで野菜の心配は無いし、肉や魚は干し肉や燻製をたっぷり買い込んだし、元々この塔には水も引いてある。
これなら、国王や兄王子達が帰ってくるまで、俺達2人で塔から1歩も出ずに生活できそうだ。
「そうだ、これ返す」
昨夜、人が寝静まった深夜のうちにこっそり城に戻り、ロシェの部屋から金や本を持ってきた。
必要な物を色々買っても金は充分に余ったので、金が入った小袋と金庫の鍵を返した。
そういえば…城の宝物庫の扉は、ロシェでないと開けないようになっているはず。
盗難防止のためにヴィペール王子の命令で石製の鍵がかけられていて、ロシェが開くか、ロシェが保管している鍵が必要で、その鍵は今、城のロシェの部屋の金庫の中に入っている。
そしてその金庫を開くには…。
…。
まあ、いいか。
関係無い。
俺はこれから半月、ロシェと楽しく2人で暮らすんだ。
外で何が起きようと知った事じゃない。
俺は大荷物を背負いながら塔へ急いでいた。
大量の荷物の重さは、本来の俺の力じゃ持ち上げられない重量だ。
でも、ロシェが以前プレゼントしてくれた、身体能力と魔力を大きく引き上げてくれる魔石の腕輪のおかげで、簡単に持ち運びできている。
―ガンガンガン…コンコン…
塔の扉を3回強く叩き、次に2回弱く叩く。
扉を開こうとしているのが俺である合図だ。
塔の入り口の鍵を開け中に入ると、煮込み料理の良い匂いが漂ってきた。
そろそろ夕飯の時間か。
「おかえりなさい、レザール」
「ただいま」
城から支給されていた白いローブを着替え、青いシンプルなエプロンドレス姿のロシェが出迎えてくれた。
今日1日、俺は市場と塔を何回か往復して必要物資をどっさり買い込んだ。
ロシェは塔の中を整えてくれていた。
1階の床や机だけでなく、壁まですっきりときれいになっている。
おそらく力を使って、塔の内側は全て水拭きしたのだろう。
片隅に積まれていたがらくたは、直せるものは修理され、直せないものは細かく砕かれて、素材ごとに分けられていた。火の種にできるものはかまどの炊きつけにして、そうでないものは明日にでも焼却処分して灰か墨にして地面に埋めておこう。
「すぐに夕飯にするから、水とパンの用意をお願い」
「はいよ」
灰色の髪を1つくくりにして料理をしている背中を眺めながら、コップに水を注ぎ、パンを自前の炎で温める。
ロシェが料理をする姿を見るのも久し振りだ。
数年前までは毎日一緒に料理していた。
俺達が初めて会ったのはまだ小さな子供だった頃。
トカゲの獣人は、あらゆる理由から人間からも獣人からも見下されている。
モンスターの頂点であるドラゴンの眷属と見なされているが、特別に強いわけでなし、上手く使える魔法は炎と少しの毒ぐらい。
見た目も、黒目しかない大きな目が不気味がられる。
魔族と獣人は別物と理解され、人間が獣人をある程度受け入れているこの国でもトカゲの獣人が簡単に生きられるものではなかった。
俺が行き倒れた場所が、孤児院を営んでいる教会のすぐそばじゃなかったら。
通りかかったロシェが、自分と同じように俺を孤児院に置いてくれるように院長に頼みこんでくれなかったら。
俺が周りに受け入れられるように、俺の火魔法が役立つと他の子どもにアピールしてくれなかったら。
そしてロシェが聖女になった時、従者として一緒に連れて行ってほしいという願いを聞いてくれなかったら。
今ここで、こんなに楽しく生きてなかっただろう。
「お待たせ」
野菜と肉がたっぷり入ったデミグラスソースのシチューの鍋が机に置かれた。
旨そうだ。
1日動き回ったから腹も減ってるし。
「いただきます」
「いただきます!」
2人で夕食を食べながら色々話をする。
「この塔の途中にある踊り場の小部屋を見てみたら、あの部屋、牢番用の部屋だったの。
ベットとか机とかあったよ。あの部屋、レザールの部屋にしなよ」
「ああ、あの部屋、牢番用の部屋だったのか。昨日は1階で適当に寝たけど、今夜からはあの部屋で寝るよ」
「シーツが汚れてたから洗ったけど、あんまり綺麗にならなかったから、今日買ってきてくれた布で新しいシーツ縫うね」
「洗濯したのか、どこに干したんだ?」
「最上階近くに窓がたくさんある踊り場を作ったの。お洗濯物カラッと乾いたよ」
「最上階まで洗濯物運ぶの、大変じゃなかったか?」
ロシェは首を振った。
「あれ、作ったの」
指さした壁には、人が2人立てるくらいの大きさのくぼみができていた。
そのくぼみは上の階までずっと続いていて、横にした1枚の石板がはめ込まれている。
ロシェが城にもいくつか作っていた設備だ。
ロシェの力であの石板が上下に動き、石板の上に乗った人間や荷物を運んでくれる。
これであの長い階段を登らなくていい。
「あれ作ってくれたのか、ありがとう。他に内装変えたか?」
「踊り場の端に菜園も作った。小さいけど、私達2人が食べる分には充分な野菜が取れるよ」
実りの聖女ほどではないがロシェも土壌強化の力を持っている。
これで野菜の心配は無いし、肉や魚は干し肉や燻製をたっぷり買い込んだし、元々この塔には水も引いてある。
これなら、国王や兄王子達が帰ってくるまで、俺達2人で塔から1歩も出ずに生活できそうだ。
「そうだ、これ返す」
昨夜、人が寝静まった深夜のうちにこっそり城に戻り、ロシェの部屋から金や本を持ってきた。
必要な物を色々買っても金は充分に余ったので、金が入った小袋と金庫の鍵を返した。
そういえば…城の宝物庫の扉は、ロシェでないと開けないようになっているはず。
盗難防止のためにヴィペール王子の命令で石製の鍵がかけられていて、ロシェが開くか、ロシェが保管している鍵が必要で、その鍵は今、城のロシェの部屋の金庫の中に入っている。
そしてその金庫を開くには…。
…。
まあ、いいか。
関係無い。
俺はこれから半月、ロシェと楽しく2人で暮らすんだ。
外で何が起きようと知った事じゃない。
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