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2・従者との話し合い
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この国は地母神様の加護に守られ慈しまれている国。
そして地母神様の力を借り、人々に恵みを与える聖女が国の大きな支えとして大切にされている。
今この国にいる聖女は2人。
1人は、作物がよく育つように土壌に力を注ぐのに長け、国中を実り豊かにしている、通称・実りの聖女・ソルテール様。
しかも本人もとても良い方で、公爵家の生まれであるにもかかわらず、平民出の聖女にも優しくしてくれる。
そしてそのもう1人の平民出の聖女が私。
魔石に魔力を注ぐのに長け、城下をグルリと囲む石造りの壁や、鉱山で取れる魔石の力を強化する、通称・石の聖女・ロシェ。
もちろん、力を注ぐだけでなく、石でできたものなら自在に操ることもできる。
だから―
―ゴンゴンゴン
私の部屋のドアがノックされた。
「ロシェ、夕飯どうする?部屋で食う?1階で食う?」
ドアの向こうのレザールの問いに少し考える。
私はなるべくこの牢部屋にいた方が良いんだろうけど、夕飯を乗せたトレーをもってあの長い階段を登らせてはレザールが気の毒だ。
それに私達の今後のことも話し合わないと。
「1階で食べるわ」
私は頑丈な鍵のかかった鉄の扉―の隣の石の壁に手をついて、軽く押した。
―ズズズッ
石は生き物のように自ら動き、外の廊下の床に移動していく。
すぐに私の部屋の壁には人が通れるサイズの穴が開いた。
廊下に出ると、私のたった1人の従者、レザールが待っていてくれた。
聖女の従者としてかっちりした執事服を城から支給されているけれど、もうこの塔には私達2人きり。
服装をとがめる人もいないので大分ラフな着こなしになっている。
ネクタイも外し丈の長い上着も脱ぎ、ベストと腕まくりしたシャツとズボン姿になっている。
言葉遣いも、他の人がいる場なら敬語だけど、もう誰もいないので、くだけた口調だ。
「ほれ」
階段を降りようとすると、レザールは手を貸してくれた。
遠慮無く握らせてもらう。
こんな長い階段は城にも無い。
落っこちでもしたら大変だ。
…しばらくこの城に住むならこの階段の昇り降りを何とかしなくては。
レザールの手に摑まり、階段を降りながら、私に先立って階段を下りる彼の背中を見る。
焼き過ぎたパンのようにふんわりと焦げ茶色の髪と肌。
手は触ると人間のそれよりずっと硬く、そして温かい。
彼が、私の手を握っていないもう片方の手の平の上に、大きめの火を出してくれているおかげで、暗い塔の中でも足元は明るい。
レザールは火魔法を得意とするトカゲの獣人。
とはいえ、あまり魔法を使いすぎると疲れてしまう。
せめて昼間は彼の魔法が無くても灯りに困らぬように、この塔の光取りもなんとかしなくては。
いや、この塔で過ごしやすくするのも必要なことだけど、私達二人がこれからどうするか、どうなるかだ。
心配事に思いを巡らせている間に1階に着いた。
王子達が出て行ってから私を呼びに来るまでに急いで整えてくれたのだろう。
先ほど見た時よりは少しは綺麗になったテーブルに、ハムとチーズが挟まったサンドイッチと、サラダが乗っていた。
聞くと、食料はいくらか置いて行ってくれたらしい。
と言っても、数日分なので、調達の必要がある。
必要な物の調達に関しては、囚人である私と違って私の世話係であるレザールは外出して良いそうなので、明日にでもいろいろ買い出しに行ってくれるそうだ。
ただし、そのお金は私の財産から出すようにと言われたそうだが。
私の財産…。
まあ、牢人が捕えられている間、生活に必要な物を、人を雇うなり知人に頼むなり、自力で調達させるのはよくあることだ。私は服の内ポケットにこっそり忍ばせていた鍵をレザールに渡した。
「レザール、悪いけど…」
「分かった、今夜中にこっそり取ってくる」
渡した鍵は、城の私の部屋にある金庫の鍵。
王子に命じられて、城の宝物庫の扉の鍵や金庫を制作した時に、ついでに自分用に作った特製金庫だ。
金庫本体も鍵も、私が石を使用して作った手作りの品で、製作者の私が開けるか、さっき渡した鍵が無い限り開かない。
硬さも強化しているので壊れないし、床の大理石部分に融合させてあるので運べない。
聖女としてそれなりの手当をもらっていたので、そのお金はこの金庫に保管しておいた。
これで、この塔での生活にかかるお金は心配しなくてもいい。
食事を済ませ、改めてテーブル越しに2人で向き合う。
「ヴィペール王子はなんでこんなことをしたのかしら?」
私を石塔に閉じ込めても、私は何も困らないことなんて、少し考えればわかるはずだ。
おまけに、普段から献身的に働いてくれる従者を世話係に付けるなんて。
「それについては考えるのは後で良いだろ。
とりあえずここでの生活について考えるべきじゃねえか?」
レザールが黒目がち―というか黒目だけの瞳をすがめた。
確かに言う通りだ。
必要物資の調達に、環境の整備。
まずはそこを考えなければ。
「ここでの生活は、まあ、半月くらいになると思うの」
「だろうな」
もう1人の聖女・ソルテール様と、ヴィペール王子の兄である第1王子ペトル王子は、2人で王都から少し離れた農耕地方に行っている。
ソルテール様が土壌に力を注ぐのと、そのついでに、私が力を込めた魔石を運搬する為だ。
ペトル王子は、その地方の領主たちとの会合や視察の為に同行している。
そして国王陛下と王妃様は、隣国で行われている年に一度の近隣国の会議に出向いている。
でも、皆様、半月もすれば帰って来る予定だ。
皆様の帰りをここで大人しく待てばいい。
半月後、と終わりがすぐそこに見えているのだから、そんなに深刻になることも無いでしょう。
いえ、むしろ―
「じゃあ、とりあえず俺は明日1日、色々必要な物を調達してくる。何か買ってきてほしいものはあるか?」
「買ってきてほしいものは特に無いわ。
でも、今夜お金を取りに私の部屋に行った時に、本棚の上から2段目の棚の右側にある本を5冊くらい取ってきてほしい」
読みたくて買ったけど、読む時間が無かった本だ。
「あいよ、他には?」
「いえ、それだけあれば。
私は明日、この1階の片付けをするのと、この塔にいくつか光取りの窓を作っとく。どこか窓が欲しい場所はある?」
「いや、今のところは無い。窓は任せる。でも、夜に灯りを置けるくぼみを壁に作ってほしいな」
「分かった」
深刻になるどころかむしろ楽しい。
これからの半月は長期休暇だと思おう。
私達が明日の予定と必要物資について話しているうちに夜は更けていった。
そして地母神様の力を借り、人々に恵みを与える聖女が国の大きな支えとして大切にされている。
今この国にいる聖女は2人。
1人は、作物がよく育つように土壌に力を注ぐのに長け、国中を実り豊かにしている、通称・実りの聖女・ソルテール様。
しかも本人もとても良い方で、公爵家の生まれであるにもかかわらず、平民出の聖女にも優しくしてくれる。
そしてそのもう1人の平民出の聖女が私。
魔石に魔力を注ぐのに長け、城下をグルリと囲む石造りの壁や、鉱山で取れる魔石の力を強化する、通称・石の聖女・ロシェ。
もちろん、力を注ぐだけでなく、石でできたものなら自在に操ることもできる。
だから―
―ゴンゴンゴン
私の部屋のドアがノックされた。
「ロシェ、夕飯どうする?部屋で食う?1階で食う?」
ドアの向こうのレザールの問いに少し考える。
私はなるべくこの牢部屋にいた方が良いんだろうけど、夕飯を乗せたトレーをもってあの長い階段を登らせてはレザールが気の毒だ。
それに私達の今後のことも話し合わないと。
「1階で食べるわ」
私は頑丈な鍵のかかった鉄の扉―の隣の石の壁に手をついて、軽く押した。
―ズズズッ
石は生き物のように自ら動き、外の廊下の床に移動していく。
すぐに私の部屋の壁には人が通れるサイズの穴が開いた。
廊下に出ると、私のたった1人の従者、レザールが待っていてくれた。
聖女の従者としてかっちりした執事服を城から支給されているけれど、もうこの塔には私達2人きり。
服装をとがめる人もいないので大分ラフな着こなしになっている。
ネクタイも外し丈の長い上着も脱ぎ、ベストと腕まくりしたシャツとズボン姿になっている。
言葉遣いも、他の人がいる場なら敬語だけど、もう誰もいないので、くだけた口調だ。
「ほれ」
階段を降りようとすると、レザールは手を貸してくれた。
遠慮無く握らせてもらう。
こんな長い階段は城にも無い。
落っこちでもしたら大変だ。
…しばらくこの城に住むならこの階段の昇り降りを何とかしなくては。
レザールの手に摑まり、階段を降りながら、私に先立って階段を下りる彼の背中を見る。
焼き過ぎたパンのようにふんわりと焦げ茶色の髪と肌。
手は触ると人間のそれよりずっと硬く、そして温かい。
彼が、私の手を握っていないもう片方の手の平の上に、大きめの火を出してくれているおかげで、暗い塔の中でも足元は明るい。
レザールは火魔法を得意とするトカゲの獣人。
とはいえ、あまり魔法を使いすぎると疲れてしまう。
せめて昼間は彼の魔法が無くても灯りに困らぬように、この塔の光取りもなんとかしなくては。
いや、この塔で過ごしやすくするのも必要なことだけど、私達二人がこれからどうするか、どうなるかだ。
心配事に思いを巡らせている間に1階に着いた。
王子達が出て行ってから私を呼びに来るまでに急いで整えてくれたのだろう。
先ほど見た時よりは少しは綺麗になったテーブルに、ハムとチーズが挟まったサンドイッチと、サラダが乗っていた。
聞くと、食料はいくらか置いて行ってくれたらしい。
と言っても、数日分なので、調達の必要がある。
必要な物の調達に関しては、囚人である私と違って私の世話係であるレザールは外出して良いそうなので、明日にでもいろいろ買い出しに行ってくれるそうだ。
ただし、そのお金は私の財産から出すようにと言われたそうだが。
私の財産…。
まあ、牢人が捕えられている間、生活に必要な物を、人を雇うなり知人に頼むなり、自力で調達させるのはよくあることだ。私は服の内ポケットにこっそり忍ばせていた鍵をレザールに渡した。
「レザール、悪いけど…」
「分かった、今夜中にこっそり取ってくる」
渡した鍵は、城の私の部屋にある金庫の鍵。
王子に命じられて、城の宝物庫の扉の鍵や金庫を制作した時に、ついでに自分用に作った特製金庫だ。
金庫本体も鍵も、私が石を使用して作った手作りの品で、製作者の私が開けるか、さっき渡した鍵が無い限り開かない。
硬さも強化しているので壊れないし、床の大理石部分に融合させてあるので運べない。
聖女としてそれなりの手当をもらっていたので、そのお金はこの金庫に保管しておいた。
これで、この塔での生活にかかるお金は心配しなくてもいい。
食事を済ませ、改めてテーブル越しに2人で向き合う。
「ヴィペール王子はなんでこんなことをしたのかしら?」
私を石塔に閉じ込めても、私は何も困らないことなんて、少し考えればわかるはずだ。
おまけに、普段から献身的に働いてくれる従者を世話係に付けるなんて。
「それについては考えるのは後で良いだろ。
とりあえずここでの生活について考えるべきじゃねえか?」
レザールが黒目がち―というか黒目だけの瞳をすがめた。
確かに言う通りだ。
必要物資の調達に、環境の整備。
まずはそこを考えなければ。
「ここでの生活は、まあ、半月くらいになると思うの」
「だろうな」
もう1人の聖女・ソルテール様と、ヴィペール王子の兄である第1王子ペトル王子は、2人で王都から少し離れた農耕地方に行っている。
ソルテール様が土壌に力を注ぐのと、そのついでに、私が力を込めた魔石を運搬する為だ。
ペトル王子は、その地方の領主たちとの会合や視察の為に同行している。
そして国王陛下と王妃様は、隣国で行われている年に一度の近隣国の会議に出向いている。
でも、皆様、半月もすれば帰って来る予定だ。
皆様の帰りをここで大人しく待てばいい。
半月後、と終わりがすぐそこに見えているのだから、そんなに深刻になることも無いでしょう。
いえ、むしろ―
「じゃあ、とりあえず俺は明日1日、色々必要な物を調達してくる。何か買ってきてほしいものはあるか?」
「買ってきてほしいものは特に無いわ。
でも、今夜お金を取りに私の部屋に行った時に、本棚の上から2段目の棚の右側にある本を5冊くらい取ってきてほしい」
読みたくて買ったけど、読む時間が無かった本だ。
「あいよ、他には?」
「いえ、それだけあれば。
私は明日、この1階の片付けをするのと、この塔にいくつか光取りの窓を作っとく。どこか窓が欲しい場所はある?」
「いや、今のところは無い。窓は任せる。でも、夜に灯りを置けるくぼみを壁に作ってほしいな」
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