稀有ってホメてる?

紙吹雪

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第2章 覚悟と旅立ち(まとめ)

取得と習得と体得

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『直すと言っても完成はしているから手を加えられる範囲でな。でなければオーダーメイドになる。』

 普通、装備品や防具、武器はそれぞれ、
・使用した素材の質と量、素材自体の価値
・付与した能力と数
・デザイン代
・技術代
・付加価値
によって値段が決定される。
 素材や付与する能力はそれぞれ規定の金額があり、これは変動しない。しかしデザイン代や技術代、付加価値は生産者の満足度で変動する。納得のいくデザインや出来栄えであれば値が上がる。
 オーダーメイドの指名料は付加価値に加算される。しかし、素材を持ち込めばその分安くなり、デザインを持ち込めば完成度によっては技術代が少し高くなるがデザイン代は払わなくて済む。
 もちろん丸投げでオーダーメイドだとかなり高くなる。

『あたしはこの命中率の上がる籠手の色をこっちの防御力が上がる籠手みたくして欲しいんだけど…色って後からでも変えられる?』

『そうだな…この籠手なら色の変更は可能だ。ただ、付加価値ってことで少し料金追加するが良いか?』

『うん!良いよ。出来るんだ。良かった。』

 追加料金に不安がないのはレベル設定がされているからだ。使用可能かどうかは種族レベル依存になる。これは職業クラスレベルを上げると自然と種族レベルも上がるからだと言われている。
 付与数を増やしたり使用素材が稀少になるほど使用可能なレベルが上がる。そのためレベルが低い人ほど安い物になるのだ。追加料金は元値に対して何割などと決められているため、安心していられるという訳だ。

 ニーナは結局、弓の命中率が上がる籠手、〈滑り止め〉と〈静音〉が付与された皮と金属で出来た靴を購入した。
 アキリムはそのままで良いらしく、金属で出来た防御力と腕力が少しずつ上がる籠手、〈滑り止め〉と〈静音〉と〈加速〉が付与された金属の靴を購入した。
 クロトは随分悩んでいたが生産の成功率が上がるヘッドバンドだけ購入し、オーダーメイドを頼んでいた。素材とデザインは持ち込みだ。

『これだと素材の加工代だけはかかるぞ?』

 クロトは運び屋キャリーを取得していないが《空間収納》を所持している。それについては渡人族だからかも知れないと言う結論に至った。なので物は沢山持っておける。そこから持っている素材を出した。
 加工代がかかるのは仕方ないことだ。

『ああ。それで、お願いがあるんだ。製作風景を見学させて欲しい。』

『ほぉ。生産職希望か。良いぞ。ただし見学代は頂くぞ?』

『正当な料金であれば喜んで払うよ。』

『そうか。なら詳しい注文を聞こうか。』

 クロトが注文したのは、〈重力軽減〉と〈加速〉と〈滑り止め〉が付与された革と金属で出来た靴。

『使用可能な種族レベルがどうなるか怪しいが良いのか?作ってみて使えなくても購入は決定だぞ?それか付与能力を1つ削るか。』

『無理ならレベルを上げるだけだ。このまま作ってくれ。』

『まぁレベル上げが可能な程度なら良いけどな。』

 クロトとセンジラールは見学の約束をして、皆は購入した品物の直しや製作のための採寸をし受取日を確認し帰る。

『クロトの分を製作する時は前もって《チャット》を送るからな。』

『わかった。楽しみに待ってる。』



 チャットはこの1ヶ月で大分広まった。ギルドからの正式な発表に加え、その便利さと手軽さで。種族レベルが20あれば1往復のやり取りが出来る。ღ30あれば数回のやり取りが難なく出来るようになる。
 幾人かの使用者によれば、ある程度の魔力が無いと受取自体が出来ないらしい。子どもに送ろうとして繋がらず、何かあったのかと心配して帰ってみれば何ともなく家におり、試しに目の前で使ってみたらチャットを起動した時の感覚すらないのだとか。子どもには使用不可能だったと言う報告がギルドに何件も上がっているとギルレイから聞いた。そこで、元々の消費魔力自体高めだからこそ送信できる者にしか受信も出来ないのではないかという結論に至った。
 レベルを上げないことには分からないが、今のところ修正は出来ないのでその辺は我慢してもらう他ない。
 それに会えるんだから直接話せよと思ってしまう。作っておいて何だが、会話に使われるのは違う気がしたので今度作る物にはより使用制限をつけて能力を向上させた方が良さそうだと思った。

 ただ、しばらくは作らない。

 最近取得した物のレベル上げについてはひとまず先導者リーダーだけでいい気がしている。呪文探求者スペルシーカーのレベル上げには新たな呪文を生み出すのが効果的なようだ。しかし《チャット》ではいくつか問題が出ているが現時点で改善することは出来ない。レベルが上がったとして改善出来るようになるかの保証もない。だからこそ、おいそれと新たな呪文を考えるのは危険極まりない。必要に駆られた時に、焦らずじっくり考えて生み出さなくては。だからこそ無理にレベル上げはしない。
 探偵ディテクティブに関しては現状あまり恩恵を受けていないため、のんびりレベル上げをすることにした。先導者リーダーの恩恵はレベルの上がるスピードが上がっていることだ。これはとても助かるため、優先してレベル上げを行っていきたい。4人の取得やレベル上げを手伝うことで先導者リーダーのレベル上げも出来て丁度いい。





 全員が寝る支度を済ませた後のリビングに、リミル、クロト、アキリム、ジャックの4人が揃っていた。

「じゃ始めるか。まずは体幹から。既に体幹が出来てるかも知れない。余裕に思っても寝る前のトレーニングに負荷は必要ない。見て真似てくれ。」

 リミルは言いながらソファに足を引っ掛け、床に手を付き腕立て伏せの腕を伸ばした状態で維持する。皆は真似をしてリミルと同じ状態になる。その状態でも会話は続く。

『負荷がある方が早く鍛えられそうなのにね。』

 アキリムが疑問に思いながらそう言うと、リミルは懸念していたことを一応話しておくことにした。

「無駄なことをさせて俺に得はないよ。むしろせっかくのレベル上げのチャンスが無駄に終わるとか最悪だし、そんな面倒なことやるわけないだろ。あ、先に言っとくけど、俺が教える方法以外でやるなら俺は手を引く、自力で頼む。アドバイスくらいならするかも知れないけど、こんな風に手取り足取りってのはモチベーションがないとやってられない。」

『そんなに脅さなくたって大丈夫だって。教えて貰える方が俺達は楽なんだから。ただ、理由とか分かってるなら教えといてくれると納得して出来るなって思うけど。』

 ジャックが宥めながら大人な対応を見せるが別にアキリムもリミルも険悪な雰囲気など無い。アキリムは疑問のつもりで言ったし、リミルが言ったことにも『確かに。』くらいにしか思っていなかった。リミルもアキリムの一言で怒ったとかでは無く、淡々と事実を述べただけだ。他意はない。
 でも、ジャックの言を聞いてリミルは「理由か。」とそっちを答えれば良かったと思った。ただ、先に言っておかないと後から指導外のことをされて手を引くと伝えるのは微妙な気がしたので言っておきたかったのだ。

「そうだな…理由か。今回のテーマは取得と習得と体得だ。」

『取得』

ジャックが呟き、

『習得』

クロトも呟き、

『体得?』

アキリムが首をかしげた。

「まず、職業クラスを手に入れ自分のものとする取得。次に、経験を通して習い覚える習得。最後に、体験によって身につけ十分理解して自分のものにする体得。」

『要は身体で覚えろ的な?』

 クロトの言った言葉は簡潔明瞭でわかりやすいけれど少し違う。言いながら身体を回転させ片手で全身を支える。皆も真似をしながらそのまま話を続けた。

「覚えろではなく、身体に記憶させるんだ。」

『どう違うんだ?』

「覚えろだと無理矢理な気がしないか?無理せず長く続けてそれが通常だと身体に思わせる。職業クラスとして取得した後はロールプレイを繰り返して身体に馴染ませ不必要な筋肉は自然に落とす。」

『せっかくつけた筋肉落とすの勿体ない気がするよな…。』

 ジャックはムキムキになりたいような、なりたくないような複雑そうな顔をした。

「まぁ、ムッキムキでいたい人達は鍛えまくっているけど、あの人達は戦いには向かない。男らしくてカッコイイけど戦闘では見ないだろ?か弱い人達にとっての憧れアイドルであり強くなりたい人達の目標モデルだ。そっちになりたいなら落とす必要はないよ。」

 作られた立ち回りを幾人ものムキムキな者達が覚えそれ通りに動くことで見事に綺麗な戦いを魅せる演武というものがある。まぁそれは今はいい。

『冒険者じゃない道かぁ…でも僕はムキムキは良いや。見る分には良いけど自分だと想像つかない。』

『俺も。ニーナがムキムキの方が好きなら考えるけど…。』

『俺は程よくあればいいかな。うん。』

 アキリムは妖精族特有のスラッとした見た目をしている。想像がつかないのも納得だ。クロトはニーナの好み次第では…まぁ似合うとは思うけども。ジャックもクライの顔がチラついたのか考え直したようだ。
 身体を反転し反対の手で支えながら話は続く。皆疲れは見えないのでそれなりに体幹は出来上がっているのだろう。取得に1歩近づき助かる。

「そうだな。実践を仕事にする冒険者プレイヤーには重たい筋肉は必要ない。必要な分だけ残ればそれで。でも1日1回で良いから戦闘系の職業は使って筋肉を維持しないと。いざと言う時に使えないと困るから。種族レベルが上がれば維持されやすくなってわざわざ鍛えなくても職業クラス自体を使用してれば自然と鍛えられてるから良いんだけど。戦闘系の取得数が多いと維持が大変なんだ。でも選択肢は多い方が良いしな。」

『俺がやってたゲームでは何か職業クラスを選ぶと似た職業クラスは選べないとか真逆のものは選べないとかあったんだけど、この世界は条件さえ揃えばなんでも良いってチートっぽいよな。それなりの苦労があるとはいえさ。』

 クロトの何気ない言葉にアキリムもジャックもムッとした。リミルだって思うところはあった。でもこの世界を知らない子ども相手に怒るべきではないと自分に言い聞かせた。

『それなりってなんだよ。ゲームだと死なないんだろ。平和ボケがまだ抜けてないんじゃないの?』

『さすがに今のは俺らのことを軽視し過ぎじゃないか?何の職業クラスも持たずに生きていけるほど甘い世界じゃないんだ。怖くたって自分がどの程度の魔物を倒せるのか知っておかなきゃいけない。』

『ごめん!そんなつもりで言ったんじゃないんだ。ただ…』

 口ごもってしまったので、リミルはクロトが自信の間違いに気づいたのかと思ったが言い淀んだだけだったのを見て溜め息をついてしまう。

「はぁ…。あー、クロト。多分な、ゲームはゲームとして楽しませるためにそういう工夫をしているかもしれない。ジャンケンだってグーがチョキにもパーにも勝てばゲームにはならない。でも、ここは、この世界は、渡人族に提供された娯楽ではない。俺達は皆生きている。例え似ていても仮想の娯楽と現実世界を同じ程度に見るのは…辞めてくれないか。」

 リミルは少しキツイ言い方になってしまった気もしたがきちんと注意もしなければならないと思っている。親がこんな時どういうのかは分からないが友として仲間として真っ直ぐ向き合えば分かってくれると思った。

『そう…だな。ゲームに似ていると何度も言えば同じ程度に見ていると取られても仕方ない。でも、これだけはわかって欲しい。俺は皆のことちゃんと大事に思ってる。』

 しっかり心に届いた。投げやりな言葉ならこんな風に心に響いたりしない。リミルは分かってもらえてホッとした。

「そうか。ならいいんだ。クロトの環境の変化がどれほどのものか俺には想像もつかない。仮想のゲーム世界に入り込んだ様な状態で異世界に俺が行ったとしたらと考えたことはあるが何も浮かばなかった。クロトのいた世界にもし自分が行ったとしたらと考えてもよく分からないんだ。クロトはとても凄いことをしていると思う。知らない世界で知らない人種とこうして生活しているんだから。」

 体幹のトレーニングを終了し、ストレッチに移行する。身体を伸ばしながらそう言うと、アキリムとジャックがそれぞれ順に口を開いた。

『そうだね。クロトもクロトで大変なの忘れてた。僕もごめん。自分の全く知らない世界だとキツイし、共通点がある方が安心するよね。』

『そうだな…。クロトのおかげで助かってることもあるのにムキになって悪かった。』

『いや、良いんだ。今回は俺が悪い。俺がどれだけ皆の助けになってたとしてもだからってなんでも許されるわけじゃない。リミル、ちゃんと叱ってくれてフォローもしてくれてありがとう。2人もちゃんと指摘してくれてありがとう。』

 その後も話しながら全身を伸ばし終えた。

「あ、朝は起きるのがマチマチだから今言っておくと、さっきやった体幹トレーニングを起き抜けにやってくれ。ストレッチは朝は無しだ。ストレッチで伸ばした分筋肉は縮むから寝る前は良いけど朝の運動前は良くない。体幹トレーニングで軽く身体を温めておく位が丁度いい。」

『なるほど、わかった。』

『ふわぁ…縮むんだね。さっきと同じ体幹トレーニングだけならそんなに時間もかからないな。』

『アキリム眠いのか?…ふわぁ…。欠伸が移った。』

『クロトも眠いんじゃん。』

「じゃあ《清潔クリーン》。皆おやすみ。」





 取得に向けた特訓を始めて2週間ほどが経った。男3人は1週間もしないうちに体幹も柔軟もある程度できるようになり、数日前にジャック、アキリム、クロトの順に体操者ジムナストを無事取得した。

 今は軽業師トレーサーの取得に移行している。習得した体幹と柔軟を活かしてアクロバティックな動きをひたすら反復練習している状況で3人の動きを見ていると実にシュールでカオスだった。
 なんせ、一緒に練習しているくせにやっていることはバラバラな上に、アキリムの『わーっ』とか『ぎゃー』とかいう奇声と、クロトの『俺はやれば出来る』とか『お前ならできるクロト』という気合を入れる声と、ジャックの『集中だ、集中しろ』とか『よし今だ!』という掛け声が混ざって聞こえてくるのだ。

 必須条件や注意事項は教えてあるのであとは反復練習あるのみだ。自分たちのペースでやっているみたいなので放置することにした。





 ニーナは未だ取得には至っていないが必須項目の6以外はクリアした。なかなか内容が決まらず、ニーナは焦っているみたいだ。焦ると視野が狭くなって余計に見つからないと教えると少し落ち着いたが、3人が1つ目を取得したことはどうも気になる様だ。


「ニーナ。今日は気分を変えて渓谷の方に行ってみないか?」

『渓谷?そんなとこあるの?』

 リンドの森の西側一帯は深い渓谷になっていて、森を抜けると崖になっている。その渓谷の底には川が流れていて、その上流にはセラリアという小街がある。その渓谷と川は、ともにセイランと言い、セイラン渓谷にセイラン川と呼ばれる。そしてその上流にあるセラ湖。セラリアの街はこのセラ湖に隣接している。

「ああ。リンドの森の西側にあるんだけど、森が開けたと思ったらすぐ崖だから安全確認を怠ると崖下に真っ逆さまだ。セイラン渓谷って言うらしい。谷底がセイラン川で上流に行けばセラリアの街がある。いつも遠くから眺めるだけで街に行ったことはないんだけどな。」

『崖なら魔物が西側に出る心配はないね。じゃあリンドの森の西側はセラリアが守ってるの?』

「確かセイラン渓谷はセラリアのギルドが管理してたな。リンドの森は北も東も海に囲まれて、西は渓谷…陸地では南だけが唯一の出入口だ。渓谷の底を流れるセイラン川の上流に湖があって、そこにセラリアの街は接するように作られている。そのセラリアの街を基準に、渓谷を含めた森全体を囲うように3から5m程の塀が建てられてる。イレアから北上した森の入口にあるやつだな。塀に作られた入口はあそこだけだ。だから森自体はイレアの管轄だと思う。セラリアは小街だし渓谷が担当っぽかった。セラリアの人が森に入るには渓谷を越えるか湖を越えるか迂回するしかないしな。」

『越えられないから遠くからみてたのね。それにしてもあの塀って隣街まで続いてたんだ。近いの?』

 森を囲う塀の唯一の門は常に開け放たれており、そこを通る時に視界に微かに入る程度のものだ。皆いちいち気にしないためイレアでは森を囲う塀についてあまり知られていない。反対にセラリアでは出入口がイレアにある事はあまり知られていない。ギルド関係者や建築屋の関係者達は管理上詳しく、森の塀については規制などないため、聞けば教えてくれる。が、聞く者はいない。
 リミルもクライとの森での散歩中に知ったことである。

「クライに乗って数時間かかる。こっちに来る時にノフテスからルスタフまで乗っただろ?あれの1,5倍から2倍くらいかな。直線距離で。」

『嘘ぉ!めちゃくちゃ遠い。もちろん転移で行くよね?じゃないと泊まりがけだけど…そう言えば旅の許可って出たの?』

 もしクライに乗っての移動なら朝早く出たとしても昼過ぎか夕方に到着という事になる。足でとなると何日かかるのか。ニーナはそう考えてふと旅の許可について話していたことを思い出した。

「いや、旅に出るのはあと少し待って欲しいって言われた。連絡手段もあるし、クライのこともある程度伝わったらしいんだけどな。理由を教えてくれなくてな。あ、もちろん渓谷へは転移で行ける。この前クライと散歩がてら転移ポイント登録しに行ってきたから。」

 そう聞いてニーナはホッとした。旅というものの覚悟が出来ずにいる。野宿中に野盗が出たらと思うと怖い。不安はそれだけではない。でももしニーナが成人する前にリミルが旅に出るとなるとついて行かなくてはならない。
 この上なく野宿という物が不安だった。
 家族でのキャンプは経験がある。村で使う薬草を取りに行くという父の仕事に家族でついて行くことにした時だ。あの時は家族で1つのテントだった。
 もしパーティメンバーで行くとしたら女性はニーナ1人。仲もいいし信頼もしているがだからといって同じところで寝ることには抵抗があった。かといってずっと起きておくのは身体に悪いし何日も持たない。それに1人のテントというのも正直怖い。
 ニーナには悩ましい問題だ。


 今回はその心配がなさそうで安心した。


『…そっか。なら行ってみようかな。』

『よっ。ニーナとリミル、どっか行くの?』

 リビングで話していたのだが、クロトが休憩のためか入って来ていた。庭から聞こえてきていた奇声やら掛け声やらが止まったのでニーナもリミルもそろそろ休憩だろうとは思っていた。

『うん。生き物達と協力して何かを成し遂げるってやつで行き詰まっちゃったから息抜きに渓谷に行ってみるか?ってリミル君が。』

「どうせなら皆もどうだ?根を詰め過ぎるのも良くないだろ?あそこは気分転換にはもってこいだからさ。」

 アキリムとジャックとクライも入って来ていたので声をかけた。リミルが久々に行きたいと思ったのには理由がある。リミルとクライのお気に入りの場所があるのだ。そこに行けばリミル達は気分転換が出来た。だからこそ皆にもどうかと思ったのだ。
 皆はただの渓谷だと思っているみたいなのでどんな場所なのかは行ってからのお楽しみにするとして、必要になる物を買いに出かけることにした。


TRトランスポーション
CRキュアポーション
耐水速乾着
小型ボンベ
風飛膜(耐水仕様)


 ポーションと小型ボンベはリミルがこっそりと買い、耐水速乾着と風飛膜はそれぞれに合った物を買った。
 耐水速乾着に関して、クロトは何か思うところがあったらしく、着替えたニーナを見て鼻の辺りを抑えていた。

『水着姿…やべぇ。可愛い。尊い。』

『クロト、その、あんまジロジロ見られると恥ずかしいっていうか…。えと、似合ってる?』

『うん。最高に似合ってる。』

『ふふふ、この耐水速乾着可愛いよね!ピンと来たから直感で選んだの。可愛いの多くて迷うかなって思ったんだけど。』

 バレるかと心配もしたが皆は何をするのか分からずワクワクしている様子だ。楽しんで貰えると良いなとクライと話しながら買い物を終えた。
 ギルレイの家に戻ると皆が一斉にリミルに掴まった。

「ではいざ。《転移》」





 目の前には先程とそんなに変わらぬ景色が広がっている。家の中にいるのだ。
 ただ、玄関の目の前にはリビングが広がり、ソファや暖炉にカウンターキッチンが広々と配置されている。

『ここは…知ってる家じゃないね。誰の家?』

 困惑気味のアキリムの声にニーナが小さく何度も頷いている。ここはリミルとルシノが共に作った家である。クライには、出来上がってルシノと部屋の相談をした後、迎えに行って見せた。ルシノと行ったサプライズは上手く行き、クライはとても驚いていた。そしてとても喜んでくれた。みんなキョロキョロと落ち着きがない。

「住む気は無いけど俺の家。つい最近ルシノに作って貰った。そっちの部屋はルシノのだから勝手に入らないようにね。鍵かかってると思うけど一応。廊下の奥の部屋を自由に使ってくれ。鍵はそれぞれここにかかってるから。」

 玄関からリビングを見て左手奥に廊下があり、廊下へ入る手前の左壁面にルシノの部屋があり、そこから並ぶように廊下にもいくつもの扉がある。

『リゾートホテルかよ…。いや、むしろ別荘か。』

 リゾートホテルというのはセラリアの街にある宿のことだ。ここは別荘という分類になるとルシノから聞いた。ここ以外に家は持っていないから本邸じゃないの?という疑問は普段住まないからという理由で却下された。

「装備外してさっき買った耐水速乾着に着替えてこのリビング集合な。俺の部屋はそこだから用があったらノックしてくれ。じゃあまたあとで。」

 ルシノの部屋の隣を指差し説明を終えると早速鍵を開けて自室に入った。クライはルシノとは反対側の隣だ。そのまた隣というか廊下を左に曲がった先にも部屋があり、恐らくそこにジャックが入ると思われる。

1の部屋 ルシノ、廊下手前、ぎりぎりリビング
2の部屋 リミル、1の部屋の隣、廊下入ってすぐ
3の部屋 クライ、2の部屋の隣
4の部屋 ジャック、3の部屋の廊下を曲がった隣
5の部屋 4の部屋の隣
6の部屋 5の部屋の真向い
7の部屋 4の部屋の真向い、6の部屋の隣
8の部屋 7の部屋の隣、リビング側の廊下正面
9の部屋 8の部屋の斜め、客室側の廊下正面
10の部屋 3の部屋正面、9の部屋の隣
浴室 2の部屋の正面、10の部屋の隣、廊下入ってすぐ

 ルシノの部屋はリビングに面しており、カウンターキッチンから近い位置にある。個室の扉は等間隔に並んでおり隣との距離は近い。ほとんどドアが並んでいると言ってもいい。しかし、魔石を山ほど使用し、空間魔法を家自体に施しており、ドアを開ければ部屋自体は広い。多量の魔石を投入したことによって家の価値が跳ね上がったため、防犯などをリミルも共同で考え作り上げたため強固な物となっている。それに仕上げにはクライも進んで参加したので並の者なら近づくことも難しい。



 リミルが着替え終えてリビングで待っているとクロトが始めに出てきた。

『ドア同士の間隔見たら狭いなって思ったけど開いた瞬間1回閉じたよ。凄すぎて。実際に体験できるとは思って無かった。見たサイズと実際の広さの違いに頭がついて行かないみたいで違和感が凄かったんだけど、マジで笑うしかないって。1人で笑ってると変な奴みたいでさっさと着替えて戻ってきた。あれどうなってんの?ってかどうやったの?』

 捲し立てるように早口に言われ、サプライズは成功したみたいだなとリミルはほくそ笑んだ。

「ドロップで稀に取れる魔石あるだろ?あれを大量に使った。沢山持ってるから折角だしってことでルシノにお願いして空間魔法をこれでもかって組み込んでもらって建てたんだ。10の部屋の隣にある浴室も中で性別ごとに別れられるように、脱衣所と浴室のセットが…確か6つだったかな?」

『もしかして部屋以外に他にも?』

「カウンターキッチンの裏の食料保管庫とか倉庫とか、地下には訓練所とかいろんな部屋があるよ。前にクロトが話してくれたクロトのいた世界のもので再現できそうなものは片っ端からルシノと相談しながら作ってみたけど今日は行く所があるからまた今度見せるよ。まだ完成してない部屋もあるし。」

『それは楽しみだなぁ。やっぱすげぇな…。』


 クロトがルシノに感心したところで続々と皆が部屋から出てきてそれぞれ感想を言ってくれた。アキリムは『あれも凄い、これも凄い、全部凄い。』と最終的に凄いしか言えていなかったが熱意が凄かった。ニーナは部屋の模様替え装置に気がついたらしく、早速自分好みに部屋を改造したと嬉しそうに話してくれた。この模様替え装置というのはルシノが作り出したものだ。それを聞いたときに、もし家を作るとしたらという話になってそれが切っ掛けでこの家を作ることになった。

『そうそう!それも凄いよね!模様替えだけで楽しめそうだったから壁とかの色を変えるだけにしておいた。集合って言われたの思い出して出てきたんだよ。』

『あたしは着替えやすいように家具の配置を少し弄ったよ!壁紙も家具の色ももう少し触りたいんだけどね。』

『俺はクライの部屋との間にドアを作ってきた。姿が見える方が良いみたいで開けっ放しだけど。』

<番が見える方が安心するのは当たり前だ。>

『そう見たいだね。あたしのパパとママは同じ部屋にいる事が多かったよ。』

 クライが『そうだろう。そうだろう。』という感じで大きく頷き、ジャックも微笑ましそうなのでまあ満足していると思う。

「それじゃ、遊びに行くか。とりあえず風飛膜を身につけて外に出るぞ。」



 風飛膜を身につけた一行が庭に出ると広い芝生が広がり、奥に小さな小屋とガラス張りの建物が見えた。リミルはそれには見向きもせず、裏門の様な所を開けると出ていった。リミルが門を通り過ぎた瞬間、リミルの姿が見えなくなる。

『消えた?』

<ただの結界だ。気にせず行け。>

『おっけー。』

 アキリム、クロト、ニーナ、クライと続き、ジャックが門を閉めながら外へ出るとそこは渓谷を臨む展望デッキだった。

『うわ、高けー!』

『凄ーい。風が気持ちいいわ。』

『あれ?下に何か見えるよ?』

『風飛膜ってことはもしかして下に行くのか?クライはどうするんだ?』

「クライは俺がおんぶして飛ぶよ。慣れてるから。クライはジャックにおんぶして欲しいのかもしれないけど…。」

<いや、俺の下敷きになってはジャックが見えなくて心配だ。リミルの背中からなら問題なくジャックを見つめていられる。>

「そうか。なら問題ないな。」

『お…おう。』

 リミルは早速飛ぶ準備をし始める。アキリムが乗り気でニーナも楽しげである。クロトは楽しみ半分不安半分と言った感じだ。ジャックはクライを見やすいように、クライが見やすいように、リミルから少し離れた位置で準備を始めた。

『着地ってどうするんだ?パラシュートもないし、風飛膜だけで大丈夫なのか?』

「飛膜のある生き物を見た事は?」

『一応テレビで映像としてなら。』

「そいつらはパラシュートととやらを使ってるのか?」

『いや、飛膜だけだな。』

「そんな感じだ。陸地も一応有るが怖いなら水の中に降りても大丈夫だ。どうせ後で入るしな。陸地にはセラリアのギルド管理者が1人は必ず居るからその人が必ず魔法で助けてくれる。安心して飛ぼう。そこの上昇気流に行けばゆっくり上昇するから陸が近づいて怖いなら慣れるまで出入りを繰り返せば良い。それかクライの上に乗って降りるか?俺が下に近づいたらクライはジャンプで陸地に降りるから多分1番安全な降り方だけど。」

 クロトは悩んだ末、興味が勝り、自分で降りることにした。皆が展望デッキの手すりに乗り上げ一斉に飛んだ。
 クロトとニーナは上昇気流とそれによって出来た下降気流の間を飛んで上手くゆっくりと降りていく。アキリムは興味かリミルに着いてきた。ジャックはクライに寄り添うように近くを飛んだ。
 リミルはいつも通り、楽しみながらヒラヒラと舞う紙の様に右へ左へ移動しながら降りていった。
 地面近くになりクライが背中から降りると速度が幾分か遅くなり、リミルはゆるっと陸地へ降り立った。アキリムは着陸は諦めて着水し、ジャックは着水直前にクライが拾った。ニーナとクロトが遅れて着水し、川から3人が陸へ上がると服だけが乾いた。

『毛も一緒に乾けばいいのになぁ。《温風ドライアー》。』

 ニーナは獣人なため、尻尾と耳が濡れて気持ち悪い様で、髪の毛も一緒に乾かしていた。それを見てうんうんと頷くクロトは心做しか口元が緩んでいる。



 飛んでいる間、谷底の陸地からリミル達を見ていた人物が近づいてくる。

『いらっしゃい。リミルちゃん。今日は大勢で来たのね。楽しんでいってね。』

 そう言ってウインクをしたのは整った顔立ちの男性だ。服装が完全に男なので男性。確か身体も男性。話し方は女性の様で仕草も美しく、メイクもしている。ただ、この世界での常識で考えれば男性となる。

『あの人は男性…で良いんだよな?』

『そうだけど?どうしたの?』

『いや、話し方とか所作とかが女性らしいというか、メイクもしてたみたいだしそういう人って女性扱いした方が良い気がして…。』

「性別なんか気にしなくても話せるし気にしなくて良いと思うけど?俺は気にせず話してるが特に困らないよ。どうしても必要なら本人に確認すれば良いんだ。聞く以外には見てしか判断できないんだから。ステータスを勝手に見る方が失礼だし。」

『そうだな。ありがとう。』



『ところで、楽しんでいってねってなんだ?』

「それはあっちにあるやつだ。この川は住んでいる魔獣が穏やかで強い主がいるんだ。だから結構安全でな、だからここに遊び場が作られたんだ。」

 リミルの指さした方向を見ると様々な遊具があり、それぞれに数十人ずつ程の人集りが出来ていた。

『ウォータースライダーにジェットコースター、あれは水を使った対戦か?それとあれは…水上バイク?それに潜水艦みたいなやつまで…。』

「そっちの世界にもあるのか。水流遊戯<ウォータースライダー>と高速遊戯<ジェットコースター>、水上魔器<バイク>、潜水魔器<艦>で合ってる。もう1つは模擬戦モックデュエルだ。ここは川だから水が使われてるけど他の所では違ったりもするらしい。レトリーが教えてくれた。さっき会ったやつな。」

 自動でされる翻訳はたまに少しズレたりもする。しかし同じ物を指すことに変わりないため、クロトは覚えておかなくてはならないこと以外はあまり気にしないようにしている。

『水流遊戯と高速遊戯と水上魔器と潜水魔器か…。覚えなくても何となく分かるかな。模擬戦モックデュエルかぁ。俺は生産職だし、魔物相手ならともかく対人戦は遠慮したいかな。』

『あたしも。』

 クロトとニーナの2人は模擬戦モックデュエル以外の乗り物に興味があるようだ。
 ジャックとクライの視線はリミルと同じくアキリムに向いている。

『さっきの人レトリーって言うのか。緊張しちゃったぞ。』

 アキリムは人見知りをする。と言っても話せない訳では無い。口調が変わり、緊張がありありと態度に出る程度だ。

『口調はともかく緊張はしなくなると良いんだけどな…戦闘中に急に知らないパーティとやることになった時に緊張で思うように動けなくなると大変だから。』

「そうだな。ここでいろんな人と話して馴れておくか?ここに来てるのは大体がセラリアの街から来た人だ。セラリアの街の情報収集も兼ねて乗るまでの間色々話してみよう。アキリム、1人でじゃなく、パーティ全員居るんだ。普段くらいリラックスして話すようになれれば完璧だ。」

『分かった。頑張るよ。』



 全員で遊戯の近くに行きレトリーから一人3つずつ木札きふだを買う。と言っても木札自体はチケットの役割でそれぞれの受付場所で職員に渡してしまう。ここはセラリアのギルドが管理する遊戯場なのでギルド職員の仕事場でもあるのだ。

『クライちゃん入れて6人×3つずつね。3万6千ゼルになるわ。リミルちゃんが全員分払うの?それともそれぞれで?』

「今回は俺が来たくて連れてきたから俺が払うよ。皆はここが気に入ったら今度からは自分の金で来てくれ。」

 リミルは3万6千ゼルをレトリーに支払い、木札をそれぞれに3枚ずつ渡していく。クロトが何かを考えていたのかハッと気が付き木札を受け取りながらお礼を言った。どうやら値段について考えていたようだ。
 クロトが考えていたのは日本で行ったことのある遊園地の1日パスの値段と一日に乗れるアトラクションの数の比較だった。

『ありがとう。1人6千ゼルで3つかぁ。少し高い?』

「3つ乗り物の札を買えば入場は無料になるし、見世物は入れば見放題だ。買い物や露店は別料金だけど街で買い物する様なもんだしな。妥当じゃないか?」

『あ、ほんとだ。1つの木札は入場料が1200ゼル、2つの木札は入場料が800ゼル必要なんだね。木札自体の値段は一律2千ゼルで×個数かぁ。』

 リミルの説明を聞いて入口横に設置された料金表を見ながらアキリムが話に入ってきた。口調を出来るだけ普段通りにして頑張って。

 良いぞアキリムその調子だ。

 まだ緊張気味だが頑張っているのが伺え、ジャックもクライもうんうんと軽く頷いている。レトリーはそんな様子には気付かぬ振りをして話を続けた。

『そうなの。見世物を出す人達を雇っているからその分は儲けないとお給料が支払えなくなってしまうのよ。あとは維持費ね。お店の出店料も少し貰っているから上手くいっているの。高すぎてもお客さんが来なくなってしまうし、低すぎても雇えなくなってしまうからこの値段なのよ。出店料も決まっているし。』

 こう言った裏事情のようなものを聞いても良いのかと疑問に思うこともあるが基本的にギルド管理者達は口が堅い。話しては行けない事を話す者は居ないため、聞いてしまって良かったのかと考える必要は無いのだ。今回レトリーが話した事も、料金について何か言う人がいれば話す事らしい。クロトが高いと言ったから一応言ったに過ぎない。

『見世物って…色々あるのか。なら安いかもな…。』

 リミルはクロトの世界にも遊戯場があるのだろうなと考え、高い安いと言っているのを物価と比べてではなく元の世界の遊戯場の値段と比べてだと理解した。

「…言っておくけど、この世界での遊戯場は全てこの価格だぞ。高いとか低いとか気にする必要は…。」

『え、価格競争とかしないのか?』

 遊戯場の値段など何処も同じなのだから気にする必要は無いと思って言ったリミルの言葉に驚きを隠せない様子で、ポロっと零したクロトの呟きに今度は全員が首を傾げた。


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