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本編
第151話
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「ずいぶん楽しそうに話してるね」
アキラにマグカップを手渡す。もうひとつは新しく淹れたチカルのぶんだ。恐縮しながら受け取ったチカルに彼は言う。
「仕事中に客人の相手してもらっちゃってすみませんでした。残ってる作業は今日終わらなくても平気ですからゆっくり進めてください。よろしくお願いします」
めずらしく丁寧に言われ、チカルは胸に引っ掛かるものを覚えたが言葉にできない。唇をきゅっと引き締め視線を下げると、わずかののちに言った。
「かしこまりました」
一礼してその場を去ろうとするチカルを呼び止めたのはアキラだった。ソファから立ち上がり、彼女に近づく。
「メモ帳とペンあります?」
いきなりそう言われて怪訝に思いつつもウエストポーチからそれらを出して渡すと、彼はボールペンでなにやらサラサラと書いた。
「うちのマネージャーはいつも忙しいし、もしタビトとのことでなにかあればいつでも連絡してください。知らない番号でも、基本的に出るようにしてるんで」
手に戻ってきたメモ帳を見れば、スマホの番号が書いてある。なんと反応したらいいものかわからず困惑の色を浮かべたチカルと、にっこりと美しく笑うアキラのあいだにタビトが割り込む。そしてチカルを背中に隠すようにして叫んだ。
「なにしてんだよアキラ!」
「なにって……俺の電話番号渡しただけだけど?」
「やめろよそういうこと……」
「どうして?」彼は華やかに微笑んで、「俺たちを支えてくれる女性たちって、ファンから敵視されやすいでしょ?アコちゃんだって石ぶつけられたことあるし。チカルさんにもしなにかあったとき、タビトひとりで対処できんの?」
チカルには、そのあとのふたりの会話は耳に入ってこなかった。
「アコ」というのはいったい誰だろう。タビトはいま付き合っている人はいないと言っていたが、元恋人だろうか――そう考えた瞬間、彼が女と肌を寄せ合う生々しい映像が頭を巡った。同時に、勝手な憶測でショックを受けているのを自覚し、信じられない気持ちになる。彼女は戸惑い、激しく乱れてしまった感情を前に茫然とした。
「また今度ゆっくり話しましょうね。チカルさん」
アキラの声が鼓膜を打ち、我に返ったチカルは頼りない声で返事をする。
「どうかした?」
傍にいたタビトが心配そうな顔で覗き込んできた。
「なんでもありません」
彼女はいつものように微笑み、「作業に戻ります」そう言って扉の向こうに消える。
心配が拭えないまま背中を見送ったタビトはアキラに振り向いた。
「怖がらせちゃったじゃん!アキラが変なこと言うから」
「事実なんだから仕方ないでしょ」
澄まし顔で言い、コーヒーを飲む。まったく悪びれた様子はない。
「あのひとさ……特に美人ってわけじゃないし地味な感じだけど、なんか独特な雰囲気あるよね。色っぽいっていうか」
「――ちょっと……変な目で見るなよ」
「同じこと思ってるくせに。頭のなかはエッチなことでいっぱいなんじゃないの?」
ついに彼はアキラを見つめたまま、黙り込む。
「タビト……おまえ、その顔ぜったいファンの前でしない方がいいよ……こわ……」
「そろそろ怒っていいよね?」
「もう怒ってるじゃん」
「……」
「最近すごく表情が豊かになったよな。そうやってすぐ顔に出るし……」
タビトはいよいよ殴りかかってきそうな形相だ。それを見たアキラは満足そうに笑う。彼は激しい感情に駆られるタビトの顔が好きだった。生気に満ち、とても美しいからだ。
「おふざけはここまでにして、真面目な話。いいよね、チカルさんのあの目。なんかインスピレーションが湧いちゃったな」
マグカップの中でコーヒーを揺らしながら、アキラがどこか楽しそうに言う。
チカルの纏う雰囲気に感性が刺激されるのを、タビトも感じていた。それは彼女に特別な感情を抱いているからだと思っていたが――アキラもまた、そうなのだろうか。彼はまなざしを鋭くして、目の前で優雅にカップを傾けている端整な横顔を睨むように見つめる。
「アキラが相手だって負けないからね」
「そういう意味じゃないよ。ああいう静かなタイプより、気の強い子の方が好きだし。俺が手を焼くくらい傍若無人じゃないとね」
「そんな人を見つけるのなんて、干し草の中で縫い針を探すくらい難しいんじゃない?」
皮肉を込めて返すと彼は目を細めて、
「やだなあタビト……もうとっくに見つけてるよ。すぐそばにいるでしょ」
そう言って妖艶に笑う。誰のことだか、タビトには見当もつかない。
アキラにマグカップを手渡す。もうひとつは新しく淹れたチカルのぶんだ。恐縮しながら受け取ったチカルに彼は言う。
「仕事中に客人の相手してもらっちゃってすみませんでした。残ってる作業は今日終わらなくても平気ですからゆっくり進めてください。よろしくお願いします」
めずらしく丁寧に言われ、チカルは胸に引っ掛かるものを覚えたが言葉にできない。唇をきゅっと引き締め視線を下げると、わずかののちに言った。
「かしこまりました」
一礼してその場を去ろうとするチカルを呼び止めたのはアキラだった。ソファから立ち上がり、彼女に近づく。
「メモ帳とペンあります?」
いきなりそう言われて怪訝に思いつつもウエストポーチからそれらを出して渡すと、彼はボールペンでなにやらサラサラと書いた。
「うちのマネージャーはいつも忙しいし、もしタビトとのことでなにかあればいつでも連絡してください。知らない番号でも、基本的に出るようにしてるんで」
手に戻ってきたメモ帳を見れば、スマホの番号が書いてある。なんと反応したらいいものかわからず困惑の色を浮かべたチカルと、にっこりと美しく笑うアキラのあいだにタビトが割り込む。そしてチカルを背中に隠すようにして叫んだ。
「なにしてんだよアキラ!」
「なにって……俺の電話番号渡しただけだけど?」
「やめろよそういうこと……」
「どうして?」彼は華やかに微笑んで、「俺たちを支えてくれる女性たちって、ファンから敵視されやすいでしょ?アコちゃんだって石ぶつけられたことあるし。チカルさんにもしなにかあったとき、タビトひとりで対処できんの?」
チカルには、そのあとのふたりの会話は耳に入ってこなかった。
「アコ」というのはいったい誰だろう。タビトはいま付き合っている人はいないと言っていたが、元恋人だろうか――そう考えた瞬間、彼が女と肌を寄せ合う生々しい映像が頭を巡った。同時に、勝手な憶測でショックを受けているのを自覚し、信じられない気持ちになる。彼女は戸惑い、激しく乱れてしまった感情を前に茫然とした。
「また今度ゆっくり話しましょうね。チカルさん」
アキラの声が鼓膜を打ち、我に返ったチカルは頼りない声で返事をする。
「どうかした?」
傍にいたタビトが心配そうな顔で覗き込んできた。
「なんでもありません」
彼女はいつものように微笑み、「作業に戻ります」そう言って扉の向こうに消える。
心配が拭えないまま背中を見送ったタビトはアキラに振り向いた。
「怖がらせちゃったじゃん!アキラが変なこと言うから」
「事実なんだから仕方ないでしょ」
澄まし顔で言い、コーヒーを飲む。まったく悪びれた様子はない。
「あのひとさ……特に美人ってわけじゃないし地味な感じだけど、なんか独特な雰囲気あるよね。色っぽいっていうか」
「――ちょっと……変な目で見るなよ」
「同じこと思ってるくせに。頭のなかはエッチなことでいっぱいなんじゃないの?」
ついに彼はアキラを見つめたまま、黙り込む。
「タビト……おまえ、その顔ぜったいファンの前でしない方がいいよ……こわ……」
「そろそろ怒っていいよね?」
「もう怒ってるじゃん」
「……」
「最近すごく表情が豊かになったよな。そうやってすぐ顔に出るし……」
タビトはいよいよ殴りかかってきそうな形相だ。それを見たアキラは満足そうに笑う。彼は激しい感情に駆られるタビトの顔が好きだった。生気に満ち、とても美しいからだ。
「おふざけはここまでにして、真面目な話。いいよね、チカルさんのあの目。なんかインスピレーションが湧いちゃったな」
マグカップの中でコーヒーを揺らしながら、アキラがどこか楽しそうに言う。
チカルの纏う雰囲気に感性が刺激されるのを、タビトも感じていた。それは彼女に特別な感情を抱いているからだと思っていたが――アキラもまた、そうなのだろうか。彼はまなざしを鋭くして、目の前で優雅にカップを傾けている端整な横顔を睨むように見つめる。
「アキラが相手だって負けないからね」
「そういう意味じゃないよ。ああいう静かなタイプより、気の強い子の方が好きだし。俺が手を焼くくらい傍若無人じゃないとね」
「そんな人を見つけるのなんて、干し草の中で縫い針を探すくらい難しいんじゃない?」
皮肉を込めて返すと彼は目を細めて、
「やだなあタビト……もうとっくに見つけてるよ。すぐそばにいるでしょ」
そう言って妖艶に笑う。誰のことだか、タビトには見当もつかない。
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