愛を食べる

三矢由巳

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13 おいしい北海道

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 毎年、秋が近づくとなんだかそわそわしてくる。
 北海道物産展の季節がやってくるのだ。



 私の学生時代から物産展は地元のデパートでやっていたが、その頃はまったく興味がなかった。
 物産展よりも本や服のほうに興味があったからである。何より、北海道の産物であるカニが食べたいとは思わなかった。なぜなら、我が家でカニを食べることは皆無だったからである。
 うちの食生活は今思えばずいぶん質素だったのだと思う。牛肉も給食のすき焼き風煮というおかずで初めて食べた。我が家のすき焼きは豚肉だったので、牛肉はなんとなく生臭い感じの肉に思われた。
 要するに安い食材を大量に食べる家だったのだ。どこの魚がおいしい、どこの肉がおいしいなどという会話は皆無だった。手近な場所で安い食材を手に入れ、それを食べる。食べ物について蘊蓄を垂れるような贅沢は考えられなかった。
 他にも、田舎では家の玄関前に白菜や蜜柑が黙ってどさっと置いてあったりする。近所の農家の人がうちには育ち盛りの子どもがいると知っていて、市場に出荷しないけれど味には問題のない野菜などを黙って置いてくれたのだ。それを使って白菜を使ったおかずや漬物が連日食卓に上る。さすがに最近は黙って野菜が大量に置かれることはどこの家でもないようだが。 
 働くようになって、忘年会等でカニを食べることもあったが、特に買ってまで食べたいとは思わなかった。
 だが、大きく変わるきっかけがあった。
 結婚である。



 新婚旅行先が北海道だった。
 海外旅行に行きたいとは思わなかった。長時間飛行機に乗るのが怖いし、夫もわざわざ海外まで行きたくなかったのだ。それに北海道には夫の知り合いもいた。毎年冬になると勤め先に北海道から応援に来る人達に夫は会いたいと思ったらしい。
 旅行会社を使ってあれこれ手配して結婚披露宴の数週間後、連休にまとめて休みをとって北海道に行った。
 新千歳空港から札幌駅までの列車から見ると、木立の緑の種類が一種類しかないように見えた。住んでいる場所は緑の種類が薄い物から濃い物まで何種類もあり、多様だったので、黄緑一色の景色は同じ日本とは思えなかった。



 予約の段階でホテルは朝食付きにして、夕食は名物を食べることにしていた。
 一日目は札幌ビール園に行きビールを飲んでアイスバインという肉料理を食べた。
 二日目は旭川ラーメン。いつも食べているラーメンとは一味違っていた。
 三日目、いよいよ夫の知り合いと居酒屋で合流した。早速カニが目の前に積まれた。そう、あれは置かれたではなく積まれたという表現しかできなかった。
 当然のことだが、本場のものは美味かった。味が濃かった。
 生まれてこの方食べたことのないほど多量のカニを食べた。それでも食べきれず、ビニール袋に詰めて持って帰り、翌日お昼代わりに食べたほどだった。



 その味が忘れられない夫はボーナス後にネットでカニを購入した。それだけでは飽き足らず、晩秋に地元デパートで北海道物産展があると知るとそれを入手すべく、物産展へ。勿論、私も目当てのお菓子があったので。
 日曜日だったので、物産展は大盛況だった。いや、デパートに入る前の段階、駐車場に入る時点で車は満杯。それでもどうにか駐車してデパートへ。
 会場の催し場は晩秋だというのに、熱気がすさまじかった。人が多くて前進しかできないから、目に留まったものをその場で買う。
 手前には有名なスイーツの売り場、海鮮弁当等が並び、中央近くにカニ売り場があった。目玉商品のタラバガニに人々が並んでいたが、それ以外はさほど多くない。夫は冷凍の花咲ガニを選んで買った。なぜか花咲ガニの人気が地元ではないのだ。おいしいんだけど。
 私はおせち料理用の干し昆布や豆類、それにお菓子を購入。満足して家に戻り、早速カニは解凍され食卓へ。
 後には毛ガニもうまいということで物産展で毛ガニを買うようになった。



 こうして、北海道物産展は我が家の年中行事に組み込まれた。
 デパートでは混雑で買い物ができないことがないようにと、物産展の一か月くらい前にネットショップで人気商品を注文できるサービスをしているので、まずそれをチェックして割安なもの、正月準備に必要な物、重い物を注文する。毛ガニが安ければそこで注文する。
 物産展が近づくと、サイトでチラシを見て目玉商品をチェックする。今年新たに加わった店もチェック。
 それから平日を選んで買い物に行く日を決める。夫から注文を聞いておく。特に注文のないことも多いけれど。
 買い物当日は夫が仕事で出た後、急いで家事を済ませ、いつもより念入りに化粧して車でデパートへ。田舎なので開店時間十時より前に着くために一時間前には家を出る。勿論冷凍冷蔵食品が入れられるように保冷材入りのクーラーボックスも用意している。
 早い時間なら駐車場も余裕で入れる。
 開店前、すでにデパート正面玄関前には大勢の人がいる。目当ては物産展の行なわれる催し場。
 開店の鐘が鳴った。ドアが開く。
 正面ドアに並んだ従業員さん達の「いらっしゃいませ」の声の中、エスカレーターへ早足で向かう。エスカレーターで上階へ進むうちに次第に心拍数も上がってくる。
 催し場のフロアに吸い込まれるように入って行く。まだ時間が早いと思って油断していると、あっという間に周囲は人だかりである。目玉商品に並ぶ人々には目もくれず、目的の商品へ。
 昆布や豆類の売り場ではベテランの主婦があれこれ物色している。彼女たちの迫力に負けぬように、昆布や小豆を購入。
 ちなみにベテラン主婦はこの日のためにデパートの友の会会員になると言う。満期になるのは北海道物産展の前。満期になると、毎月支払っていた会費が商品券となって戻ってくる。毎月一口三千円の会費が三万八千円の商品券となるのだ。二千円増えて戻ってくるから銀行に預けるよりもお得である。彼女達は商品券を握り締め、買い物の鬼と化している。
 私はそこまで多額の買い物はしないので会員にはなっていない。が、そのうち会員になるような気がする。



 その後は缶詰や冷凍コロッケ、チョコレート等も買う。
 最後にカニの売り場へ。目当てのカニを買って、フロアを離れる。熱気でカニが解凍されてしまいそうだから。
 一時間足らずでデパートを出て、駐車場へ。冷凍冷蔵食品をクーラーボックスに入れ、車を出す。
 久しぶりの町なので、少し早いランチをチェックしていた店で食べる。
 保冷材の効いているうちに帰宅して、カニはゆっくり食べられる休日まで冷凍庫で保存。
 夕食は物産展で買ったコロッケを揚げて。
 食後は洋酒の入ったチョコレートをデザートに。
 ちょっとだけ贅沢な一日。



 北海道物産展は毎年私たちの生活に彩りを与えてくれる。
 カニだけでなく、正月の支度にも欠かせない。昆布や黒豆、小豆等々もある。
 デパートもまたこの催しのために、バイヤーを早くから現地に派遣して買い付けなどしている。
 だから、今回の地震は、現地の生産者だけでなくデパートにも大きな痛手を与えているのではないかと想像する。
 それでも今月には物産展の先取りセールがあるという。実施する心意気を思うと、胸が熱くなってくる。
 北海道から離れた場所に住む私にできることは、物産展に行って買い物をすることぐらいしかない。
 ささやかな額しか使えないけれど。



 おいしい北海道よ、永遠なれ!


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