愛を食べる

三矢由巳

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14 旅の味

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 若い頃から旅行が好きだった。
 子どもの頃から父の仕事の関係で転勤が多かったせいで、いろいろな交通機関を使って移動したせいもある。
 なにしろ、生まれて数か月で父の異動先に、夜行列車、船、バス(ボンネットバス!)で母に抱かれて旅したくらいである。両親の実家がそれぞれ遠かったので、帰省する際は飛行機や長距離フェリーを使ったり。
 父が旅の計画のため時刻表を見ていたので、私も自分で旅するようになってから時刻表を見るのは苦にならなかった。本屋で分厚い時刻表が目に入ると気持ちはすぐに旅の空へ飛んだ。
 といっても時間とお金には限りがあるから行ける場所は限られていた。
 それでも今思えば結構いろんな場所に一人で行った。
 博多、大分・別府、四国、京都・奈良、信州、北陸、東京、横浜……。
 旅先でいろんなものを食べた。その地でしか食べられないもの。
 おいしかったのは、北陸で食べた甘海老。甘海老自体、それまで食べたことがなかった。ブラックタイガーなどの大きな海老とは違う味でその名の通り甘みがあった。
 信州のおやきもおいしかった。京都の湯豆腐も、東京の泥鰌も。その土地の料理をその土地で食べるというのは旅の最大の贅沢だと思う。



 結婚してからは以前ほどの頻度では旅はできない。
 新婚旅行は北海道に行ったけれど、それ以降は数年に一度、連休中に二泊程度で周辺の地域をドライブする程度である。
 家族旅行だから、一人旅とは違い気を遣うことも多い。



 久しぶりに一人旅をしたのは十年以上前である。
 その一か月前から沖縄に出張していた夫から、そろそろ戻る目途がついたので沖縄に遊びに来たらと言われ行くことにしたのだ。
 夏休みに入る前だったので、飛行機とレンタカー、ホテルはなんとか予約できた。
 台風の心配はあったけれどなんとか前日に通過してくれた。
 朝一番の便に間に合うように早起きして空港までバスで行き、昼前に那覇空港に到着した。予約していたレンタカーを借りて、休日の夫と落ち合ったのは那覇市の北部。
 さあお昼をと思ったけれど、夫もあまり知った店がないので、近くにあった沖縄そばの店に入った。そばといってもそば粉で作っているわけではない。沖縄独特の小麦粉を使った麺である。
 これが当たりだった。物凄く美味いというわけではない。だが、沖縄の気候に合っていたのだ。
 その日の天気は抜けるような青空で紫外線が車の窓ガラスを通しても入ってきそうな光に満ちていた。
 そんな天気でも喉を通るのだ。冷やした麺でもないのに。
 いまだに理由はわからない。なにしろ沖縄以外では食べたことがないので比較できない。
 さんぴん茶もそうだった。基本的にはジャスミン茶と同じものらしい。
 暑さのせいで喉が渇くのでコンビニで買ったところ、これが大当たりだった。喉を潤すというだけでなく、どことなく甘味が感じられた。二泊三日の間に五、六本500ミリリットルのペットボトルで飲んでいる。 
 沖縄から帰った後、近くのコンビニで沖縄フェアがやっていて、そこでさんぴん茶を買ったけれど沖縄で飲んだほどの味はしなかった。やはり旅先の名物は旅先で飲食するのが一番らしい。
 他にもぶくぶく茶ならぬぶくぶくコーヒーというのを国際通りの喫茶店で飲んだ。
 少し濃いめのコーヒーで、口のまわりは泡だらけになってしまった。
 たぶん、同じ物を沖縄以外で飲んでも、さんぴん茶と同じで、その時に感じた味は感じられないような気がする。
 旅先の味は旅先で味わってこそだと思う。



 そういえば、旅先でスーパーに入って食品売り場を見るのも面白い。
 沖縄では豚足だけでなく豚の頭まで売っていた。さすがに買おうとは思わなかった。けれど、土地の人にとっては食生活になくてはならないものなのだろう。
 道の駅等で売られているソフトクリームも独特の味がある。
 長野でわさびソフトを食べたことがある。おいしいとその時は思い、家族への土産にわさびチョコレートを買った。
 だが、不評だった。自分でも食べてみた。悪くはないが、わさびソフトを食べた時の感動はなかった。
 以来、土産物には刺激的な味のものは避けるようにしている。
 土産といえば、父方の叔父が一時仕事で沖縄にいたことがあり、わが家に来る時の土産はいつも「ちんすこう」だった。
 だが、沖縄に行ってそれ以外の菓子もあることを知った。なぜ、叔父はいつもちんすこうだったのか。恐らく、日持ちと味、両方を考えてのことだったのだろう。ちんすこうは土産としては確かに無難である。定番の土産というのはそれなりに理由があるのだ。



 旅先の土地特有の味覚はその土地で味わい、土産はそれよりもマイルドな定番な味の物を買う。それが無難ということなのだろう。


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