7 / 21
07 梅干しの話 その3(写真あり)
しおりを挟む
ところで、このエッセイは料理のレシピを伝えるためのものではない。
その1、その2を続けて読んだ方は、今度は作り方の話だと思われるかもしれないが、今回はそれだけではない。
そもそも、なぜ梅干しを作ることになったのかという話から始めたい。
「身が絞る」という言葉をご存知だろうか。
私も結婚するまで知らなかった。
これは暑い夏に暑い場所で仕事をすると、汗が出て、しまいには小水が出なくなるという状態のこと。要するに暑さが腎臓にまで影響するということ。
方言だと思っていたが、検索すると膀胱炎関係のサイトにあるので、方言ではないらしい。
実は夫の仕事が「身が絞る」状態になりやすい仕事だった。
ただ、これは予防ができる。酢をとったり、梅干しを食べると予防できる。勿論、水分摂取も必要。
最初の頃は弁当に黒酢飲料を添えたりしていた。
でも、塩分が足りない。それに酢はすきっ腹に飲むと胃に刺激が強い。
酢に含まれるクエン酸は摂りたいし、塩分も摂りたい。
というわけで塩分もクエン酸も摂れる梅干しを作るということになった。
簡単に書いているが、ここに至るまで数年かかった。実家では梅はおもに梅酒にしていて、梅干しにすることはあまりなかったし、私自身、あまり梅干しが好きではなかった。当然作る気にはなれなかった。
というわけで、最初は夫が自分で作っていた。
その梅干しが無くなる頃に、その1で書いた舅の梅の一件があった。
あまり気は進まなかった。なんだか面倒くさいと思った。
実は舅が亡くなった後、梅だけでなく姑が残され、一人で実家に置くにはあまりに危険だと家に引き取ることになった。その関係であれこれと忙しかったのだ。
姑は介護が必要(といっても最初は要介護1程度)だったので、介護支援事業者に連絡したり、役所に足を運んだり、病院に連れて行ったり、荷物を夫の実家から運んだり、新たに必要なものを購入したり、梅干しどころではなかった。
勿論、姑の相手もしないといけない。食事の量も質もこれまでとは変えないといけない。
バタバタと慌ただしく過ごす私を見て大変だと思ったのか、梅を塩漬けにしたのは夫だった。
恐らく、この時の塩は梅の三十パーセント近くだったと思う。三十パーセントもあれば室温でもカビは生えない。
江戸時代でもないのにと思うが、これだと失敗はないし、夫も塩分の多い梅干しを欲していたのだと思う。
梅を水につけてあく抜きし(熟しているものなら短時間でいい)、一個一個水を拭きとり焼酎で消毒し、容器に並べ、塩を振り、その上にさらに並べてまた塩を振る。それを繰り返し、最後は蓋をして、梅の二倍の重さの重しを載せる。その上に蓋をする。
早ければ翌日には梅酢が上がってくる。三日もすれば、梅は梅酢につかる。
上の写真はたまたまこの原稿を書くために探していたら、見つかった当時の写真。
この時は重しをまだ買っていなかったので、そのへんにあった石を洗ってビニールに入れて重しにしている。
容器も普通の漬物容器を使っている。
梅酢が上がり、しばらくすると赤紫蘇の出回る季節となる。
私は夫に頼まれ、赤紫蘇が店に出ると二束ほど購入した。
夫は帰宅すると、さっそく赤紫蘇の塩もみを開始した。当然のことながら、手は石鹸で洗った上に焼酎で消毒している。
水洗いした赤紫蘇はまず葉っぱをちぎり、ボールに入れて塩もみする。塩は勿論、にがり入り。
この時、全部入りきれなくても大丈夫。もんでいるうちに濁ったアクが出て来る。汁を捨て、残りの葉を入れて塩を入れてもみ、再びアクの出た汁を捨てる。
これを繰り返すうちに澄んだ汁が出てくる。赤紫蘇もすっかりかさが減っているはずである。
この作業、男手のほうが早く終わる。もし家に男性がいるなら手伝ってもらうといい。
そこへ梅を漬け込んでいる容器から梅酢を一部採って混ぜると、あら不思議、きれいな赤い色になる。
なお、梅酢は結構な量が出ていると思うので、梅がひたひたになるくらいに梅酢を残して、残りは瓶にとっておくといろいろ使える。梅酢は辛いが梅の香りがあるので、薄めて胡瓜を浅漬けにするとおいしい。また少し混ぜてご飯を炊くと腐りにくくなる。
さて赤紫蘇だが、最初に赤紫蘇の汁を入れてから紫蘇の葉を梅の上に載せる。
その上にふたをして梅と同量の重しを載せ、梅雨明けの土用干しまで待つ。
梅干し作りは待つ時間が長い。漬物というのはそういうものだけれど、梅干しの場合、週間天気予報を見て、三日連続晴天の日を予測して準備しなければならない。
しかも干したら、途中でそれを裏返さなければならない。雨が降りそうになったら取り込んだり。
昼間、仕事で多忙な夫には無理な話である。
結局、干す作業は夫よりは時間のある私がすることになった。
夫の実家から持って来たざるに梅を並べていく。早朝から日没まで。紫蘇も一緒に干す。赤く染まった梅酢も容器にごみが入らないようにしてビニールでおおいをして日光にさらす。
干し終えたら、保存容器に入れてしばらく置く。
こうして出来上がったのは八月の中ごろのことだった。
舅の初盆は夫の実家で行なった。
僧侶の読経や墓参り等を終えた後、夫は舅の残した梅で作った梅干しを他家に嫁いだ姉妹に分けた。
莫大な財産も借金も残さなかった舅が残したささやかな遺産だった。
無論、夫は夏の間、毎日弁当に梅干しを入れていたので、身が絞ることはなかった。
翌年からとうとう、塩漬けから土用干しまで全部私がすることになった。
夫の仕事が忙しくなったせいもあるが、梅干しが夫の健康を支えているとなれば作らないわけにはいかなかった。それに、大変なのは塩漬けと赤紫蘇の処置と土用干しだけで、あとはひたすら待てばいいだけ。赤紫蘇は夫の仕事だし。それだけの手間でできる食品なんてそうそうない。
草葉の陰で舅も喜んでくれるだろうと書くと、少々感傷的過ぎるかもしれないが。
その1、その2を続けて読んだ方は、今度は作り方の話だと思われるかもしれないが、今回はそれだけではない。
そもそも、なぜ梅干しを作ることになったのかという話から始めたい。
「身が絞る」という言葉をご存知だろうか。
私も結婚するまで知らなかった。
これは暑い夏に暑い場所で仕事をすると、汗が出て、しまいには小水が出なくなるという状態のこと。要するに暑さが腎臓にまで影響するということ。
方言だと思っていたが、検索すると膀胱炎関係のサイトにあるので、方言ではないらしい。
実は夫の仕事が「身が絞る」状態になりやすい仕事だった。
ただ、これは予防ができる。酢をとったり、梅干しを食べると予防できる。勿論、水分摂取も必要。
最初の頃は弁当に黒酢飲料を添えたりしていた。
でも、塩分が足りない。それに酢はすきっ腹に飲むと胃に刺激が強い。
酢に含まれるクエン酸は摂りたいし、塩分も摂りたい。
というわけで塩分もクエン酸も摂れる梅干しを作るということになった。
簡単に書いているが、ここに至るまで数年かかった。実家では梅はおもに梅酒にしていて、梅干しにすることはあまりなかったし、私自身、あまり梅干しが好きではなかった。当然作る気にはなれなかった。
というわけで、最初は夫が自分で作っていた。
その梅干しが無くなる頃に、その1で書いた舅の梅の一件があった。
あまり気は進まなかった。なんだか面倒くさいと思った。
実は舅が亡くなった後、梅だけでなく姑が残され、一人で実家に置くにはあまりに危険だと家に引き取ることになった。その関係であれこれと忙しかったのだ。
姑は介護が必要(といっても最初は要介護1程度)だったので、介護支援事業者に連絡したり、役所に足を運んだり、病院に連れて行ったり、荷物を夫の実家から運んだり、新たに必要なものを購入したり、梅干しどころではなかった。
勿論、姑の相手もしないといけない。食事の量も質もこれまでとは変えないといけない。
バタバタと慌ただしく過ごす私を見て大変だと思ったのか、梅を塩漬けにしたのは夫だった。
恐らく、この時の塩は梅の三十パーセント近くだったと思う。三十パーセントもあれば室温でもカビは生えない。
江戸時代でもないのにと思うが、これだと失敗はないし、夫も塩分の多い梅干しを欲していたのだと思う。
梅を水につけてあく抜きし(熟しているものなら短時間でいい)、一個一個水を拭きとり焼酎で消毒し、容器に並べ、塩を振り、その上にさらに並べてまた塩を振る。それを繰り返し、最後は蓋をして、梅の二倍の重さの重しを載せる。その上に蓋をする。
早ければ翌日には梅酢が上がってくる。三日もすれば、梅は梅酢につかる。
上の写真はたまたまこの原稿を書くために探していたら、見つかった当時の写真。
この時は重しをまだ買っていなかったので、そのへんにあった石を洗ってビニールに入れて重しにしている。
容器も普通の漬物容器を使っている。
梅酢が上がり、しばらくすると赤紫蘇の出回る季節となる。
私は夫に頼まれ、赤紫蘇が店に出ると二束ほど購入した。
夫は帰宅すると、さっそく赤紫蘇の塩もみを開始した。当然のことながら、手は石鹸で洗った上に焼酎で消毒している。
水洗いした赤紫蘇はまず葉っぱをちぎり、ボールに入れて塩もみする。塩は勿論、にがり入り。
この時、全部入りきれなくても大丈夫。もんでいるうちに濁ったアクが出て来る。汁を捨て、残りの葉を入れて塩を入れてもみ、再びアクの出た汁を捨てる。
これを繰り返すうちに澄んだ汁が出てくる。赤紫蘇もすっかりかさが減っているはずである。
この作業、男手のほうが早く終わる。もし家に男性がいるなら手伝ってもらうといい。
そこへ梅を漬け込んでいる容器から梅酢を一部採って混ぜると、あら不思議、きれいな赤い色になる。
なお、梅酢は結構な量が出ていると思うので、梅がひたひたになるくらいに梅酢を残して、残りは瓶にとっておくといろいろ使える。梅酢は辛いが梅の香りがあるので、薄めて胡瓜を浅漬けにするとおいしい。また少し混ぜてご飯を炊くと腐りにくくなる。
さて赤紫蘇だが、最初に赤紫蘇の汁を入れてから紫蘇の葉を梅の上に載せる。
その上にふたをして梅と同量の重しを載せ、梅雨明けの土用干しまで待つ。
梅干し作りは待つ時間が長い。漬物というのはそういうものだけれど、梅干しの場合、週間天気予報を見て、三日連続晴天の日を予測して準備しなければならない。
しかも干したら、途中でそれを裏返さなければならない。雨が降りそうになったら取り込んだり。
昼間、仕事で多忙な夫には無理な話である。
結局、干す作業は夫よりは時間のある私がすることになった。
夫の実家から持って来たざるに梅を並べていく。早朝から日没まで。紫蘇も一緒に干す。赤く染まった梅酢も容器にごみが入らないようにしてビニールでおおいをして日光にさらす。
干し終えたら、保存容器に入れてしばらく置く。
こうして出来上がったのは八月の中ごろのことだった。
舅の初盆は夫の実家で行なった。
僧侶の読経や墓参り等を終えた後、夫は舅の残した梅で作った梅干しを他家に嫁いだ姉妹に分けた。
莫大な財産も借金も残さなかった舅が残したささやかな遺産だった。
無論、夫は夏の間、毎日弁当に梅干しを入れていたので、身が絞ることはなかった。
翌年からとうとう、塩漬けから土用干しまで全部私がすることになった。
夫の仕事が忙しくなったせいもあるが、梅干しが夫の健康を支えているとなれば作らないわけにはいかなかった。それに、大変なのは塩漬けと赤紫蘇の処置と土用干しだけで、あとはひたすら待てばいいだけ。赤紫蘇は夫の仕事だし。それだけの手間でできる食品なんてそうそうない。
草葉の陰で舅も喜んでくれるだろうと書くと、少々感傷的過ぎるかもしれないが。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
遠い昔からの物語
佐倉 蘭
歴史・時代
昭和十六年、夏。
佐伯 廣子は休暇中の婚約者に呼ばれ、ひとり汽車に乗って、彼の滞在先へ向かう。 突然の見合いの末、あわただしく婚約者となった間宮 義彦中尉は、海軍士官のパイロットである。
実は、彼の見合い相手は最初、廣子ではなく、廣子の姉だった。 姉は女学校時代、近隣の男子学生から「県女のマドンナ」と崇められていた……
白雪姫の接吻
坂水
ミステリー
――香世子。貴女は、本当に白雪姫だった。
二十年ぶりに再会した美しい幼馴染と旧交を温める、主婦である直美。
香世子はなぜこの田舎町に戻ってきたのか。実父と継母が住む白いお城のようなあの邸に。甘美な時間を過ごしながらも直美は不可解に思う。
城から響いた悲鳴、連れ出された一人娘、二十年前に彼女がこの町を出た理由。食い違う原作(オリジナル)と脚本(アレンジ)。そして母から娘へと受け継がれる憧れと呪い。
本当は怖い『白雪姫』のストーリーになぞらえて再演される彼女たちの物語。
全41話。2018年6月下旬まで毎日21:00更新。→全41話から少し延長します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ふと思ったこと
マー坊
エッセイ・ノンフィクション
たまにはのんびり考えるのも癒しになりますね。
頭を使うけど頭を休める運動です(笑)
「そうかもしれないね」という納得感。
「どうなんだろうね?」という疑問符。
日記の中からつまみ食いをしてみました(笑)
「世界平和とお金のない世界」
https://plaza.rakuten.co.jp/chienowa/
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
仄暗こぼれ話~日本神話・妖怪伝説・民話など~日本霊異記から遠野物語くらいの時代間で~
霞花怜
エッセイ・ノンフィクション
連載中の『仄暗い灯が迷子の二人を包むまで』に登場する神様や民話や逸話について、好き勝手に解説しています。作者の個人的な感想など多く含みますので、参考にはしないでください。面白おかしく読んで「そんなんだな~」と思う程度でお願いします。一話完結型なので、どの話から読んでも「へぇ」で終われると思います。不定期更新です。
本作はこちら↓
『仄暗い灯が迷子の二人を包むまで』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/20419239/463890795
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる