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二 長い手紙を受け取った

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 よくもまあこんなに長い手紙を。
 分厚い封筒を開き、中から便箋を出した俺はその重みに驚くしかなかった。
 差出人は、教え子の祖母。教え子といっても、俺は副担任なんだが。それでもよく相談に乗っているからか、他の生徒よりは近しい感情はある。えこひいきはしないけど。
 重いだけでなく、便箋には文字がぎっしり達者な字で詰め込まれていた。
 女性らしい流れるような文字だが、筆圧があり、こちらにぐいぐい迫ってくるような力強い文字だ。
 PTA総会の後、話しかけられた時はずいぶん背筋の伸びたスタイルのいい上品な婦人だと思ったのだが、見かけと違い、強い意志の持ち主と見える。
 あなたにお会いしたかったと言われて、仰天した。俺にはこんな知り合いはいないと思った。
 だが、婦人は俺のことをずいぶん前から知っているような口ぶりだった。詳しいことはお手紙でと言っていたが、まさかこれほどの量だとは。
 読むのに根気がいりそうなので、俺はひとまずコーヒーを淹れることにした。出入りしている喫茶店のオリジナルブレンドだ。それをコーヒーメーカーにセットした。
 その間に、この間ネットで買ったヒマワリの種の袋を開けてつまんだ。
 学生時代に飼ってたハムスターの餌のヒマワリの種があんまりうまそうだったので、一粒口に入れたらうまかった。これがヒマワリの種を食うようになった最初だ。
 言っておくが、今食ってるのはハムスターの餌じゃない。人間用だ。まあ、ハムスターの餌でも構わないんだが、最近は人間用に売っているので、とりあえずそれを食ってる。一応人間だから。
 そうしてるうちにコーヒーができた。マグカップにコーヒーを入れ、牛乳を注ぎぬるいカフェオレを作った。
 マグカップを持って椅子に座り、テーブルの上に置いた便箋の塊を広げた。



 一枚目を読んだだけで目まいがしてきそうだった。いや、目まいがした。
 西南の役。西郷隆盛。何年か前の公共放送のドラマにあったなと思い出す。俺は見てないけど。
 おまけに、ニセと来たもんだ。
 罪人の肝を取るって、ひえもんとりってやつだな。昔読んだ小説にあった。
 たぶん、この新右衛門じいさん、実際にやってるだろな。躊躇すると、仲間から臆病者とか言われて斬られるんじゃなかったっけ。
 おまけに示現流の男に命狙われるって……。一撃必殺だもんな。
 殺されるくらいだったら、逃げるよ、そりゃ、大阪でも秋田でも青森でも。
 たぶん、大阪に戻って、そこで昔の知り合いに偶然会ったんで、大阪離れたんだろうな。
 よく生き延びたもんだな。
 それに、秋田って言葉全然違うだろ。寒いし、雪降るし。
 すごい適応力だな。
 生きるためとはいえ、寒さも言葉の違いも乗り越えるんだから。
 あ、でも秋田は美人が多いしな。きっと安積家の娘が美人だったんだろうな。
 安積哲子もまあ、かわいいほうだからな。
 このおばあさんも若い頃はきっと美人だったんだろう。
 高校卒業してすぐ嫁入りしたっていうんだから。しかも東京五輪の翌年て。
 新幹線通った時代に十代で嫁入りって、やっぱり早いよ。



 とりあえず、ここで人間関係を整理。
 鹿児島の村川新右衛門が秋田の安積家に婿入りし、生まれた息子が盛之(一八八五年生まれ)。
 その息子が盛正。盛正の妹が吉子。
 盛正の息子が盛紀。
 盛紀の妻が英子。 
 英子の孫が哲子。
 安積家の男子は西郷隆盛の盛の字をもらって、皆名まえの最初に盛が付く。盛だらけだ。
 恐るべし、西郷隆盛。
 秋田の田舎で盛の字が増殖するとは思いもしなかっただろうな。



 俺はカフェオレを一口飲んだ。それからヒマワリの種を口に入れた。
 さて次は、何が出てくるか。
 明治といえば、文明開化なんだが……。




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