ちいさな恋のうた。

春瀬さくら

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序章*はじまりのはなし*

始まりの始まり②

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「ディネル」


世界が寝静まった頃。
キッチンで片付けをしていたディネルの元に、フェルゼナが訪れた。

「フェルゼナさま?
こんな時間にどうされました。


ーー…お腹でも空かれましたか?
しかし、今から軽食を…と言う時間でもありますまい。

お茶でも淹れましょうか?」



「…で」


「?」




ディネルはフェルゼナに紅茶でもと、テーブルに誘うも、フェルゼナは動かず、何かを呟く。


「リュカに酷い事を言わないで!
彼は私の大切な人なの!!」


「-…フェルゼナ、さま?」

「ディネルが私に良くしてくれてるのは、知っているわ。

でも、リュカに意地悪を言っているのも知っているの。

これ以上、私のリュカに意地悪を言ったら許さないから!!」


それだけ言うと、フェルゼナはきびすを返しキッチンから出て行った。



ディネルは何も言わずに見送ったが、それはフェルゼナの気迫に圧倒された訳では無く、彼女の変化に言葉を失っていたからだ。





(-…フェルゼナさまの封印が解けている…?)



リュカに出会う前のフェルゼナは、ボンヤリして外の世界に興味など無かった。
言葉使いも、どこか幼さの残った感じだ。
しかし、リュカと出会い、尚且つ想いが通じ合ってからの変化は明らかだ。

フェルゼナが出会ってスグにリュカに想いを寄せていたのは知っていたし、それは構わなかった。
どうせ野良犬はすぐに出て行くと思っていたからだ。

しかし、予想に反して野良犬は主人の想いを受け入れてしまった。
子供のジャレ付きと流すと思っていたのに、だ…!
何度か牽制をしたのは事実だが、野良犬は動じなかったし、フェルゼナにはバレていたし。


(チッ…!)


音にも声にも出さずにディネルは舌打ちした。


さっさと出て行けば良いものを、あの野良犬はフェルゼナの美しさに傾倒したのか。
或いはフェルゼナの涙を欲したのか。


とにもかくにも、フェルゼナの封印はディネルが施したものだ。
フェルゼナの父親であるエルフの王より拝命したもの。
フェルゼナが外の世界に興味を持てば、それだけ涙の宝石に対するリスクが高まる。
可哀想だが、感情を封印して安全を確保していたのに…!!


フェルゼナの封印を解く鍵は、感情の薄いフェルゼナからは一番遠い場所にある。


それは、つまり「男女の情事」だ。
普通に生活していれば、まず解かれる事は無かった。


それを、あの野良犬は薄汚い手でフェルゼナに触れ…、あまつさえ…。











ー…ダン!!



鈍い音を立て、ディネルは壁を殴り付けた。



封印の解けてたフェルゼナは、言葉使いも容姿も大人びて来ている。
美しさが増すのも時間の問題だ。
このまま、フェルゼナが野良犬に着いて行くなどあってはならない。



何とかしなくてはと、ディネルは急いで自室へと向かった。


*

リュカがフェルゼナの屋敷に来て、早くも半年余りが経過していた。
恋人となってから数ヶ月、リュカとディネルとフェルゼナの三者三様の睨み合いがあるものの表面上は平穏に時間は過ぎていた。

ディネルが懸念していたフェルゼナの成長は、リュカも気付くもので、フェルゼナにそれとなく聞いてみたが、ふんわりと誤魔化されてしまった。

フェルゼナの容姿は、10代前半の少女から、10代後半の少女へと変わり美しさも増していた。
言葉遣いも、最初の頃より随分と大人びている。


「おい」

そんなある日の夜。
入浴を済ませたリュカの部屋にディネルが訪れた。
あからさまに嫌な顔をするリュカを無視し、ズカズカと部屋に入ると鍵をかけた。

「妙な勘繰りをするな。
フェルゼナさまに邪魔をされたく無いだけだ」

ディネルの年齢は、リュカにはイマイチ解らなかった。
自分と変わらない位に若く見える時もあれば、酷く高齢に見える時もある。
フェルゼナと同じエルフだが、何かが違う。
強いて挙げるなら、ひた隠しにされた貫禄とでも言うべきか。
フェルゼナは愛らしいお姫様と言った空気を醸し出している。
反対にディネルは、一介の従者と言うよりも王者の様な筋の通った空気を纏っているのだ。

(こいつ、何者だ…?)

エルフの王の娘であるフェルゼナの護衛も兼ねた従者だ。
それなり以上の能力のあるディネルが側仕えしても、おかしくは無い。のだが…。


「何だ。言いたい事があれば言え」

「い、いや。別に何でも…」

「なら不躾に見るな。
これだから人間は下品で嫌いなんだ」

吐き捨てられた上に、ゴミを見る目で睨まれる。
相当嫌われてるな、と思いつつ同時に王者の貫禄なんて嘘だと思った。
ただの高圧的な上から目線なだけだろう。

「それで、話って何だ?」

「単刀直入に言う。
早々に屋敷を立ち去れ」


「ー。」

リュカが口を挟むのを制し、ディネルは続ける。

「今回は、"そういう"意味では言っていない。
お前の為に言っている」

「なに…?」

「エルフの寿命は、人間のそれと比べ遥かに長い。
それはお前も知っているだろう?
このまま、死ぬまでここにいるつもりか?」

途中で恋が燃え尽きれば、まだ良い。
だが、このまま仲睦まじく過ごして行けば。



エルフの数年は、人間に取っては数十年にあたる。

つまり、フェルゼナがほんの数年共に過ごした感覚でも、リュカにとっては人生を捧げる事となる。
リュカが冒険者としてこの屋敷に立ち寄っただけで、フェルゼナの宝石の涙目当てでは無い事はディネルも知っている。
だから、「立ち去れ」と言うのだ。

行く当てが無いとしても、冒険者と言うのは「風の向くまま、気の向くまま」に1つの場所に腰を落ち着けるモノでは無い。


(これは、最初に懸念した事が当たったのか?)

ふとリュカは考えた。
生きてこの森から出られないかもしれない、と。
知らず知らずの内に、エルフフェルゼナに魅了され、もう後戻り出来ないのでは無いかと。

ディネルが、フェルゼナの怒りも哀しみも自分が引き受けるから、立ち去れるなら早々に行けと言ってくれた。

きっと、これが最後のチャンスだ。

このタイミングを逃せば、きっと死ぬまでこの屋敷にいるだろう。

フェルゼナの手を離すなんて考えたくも無いが…。




「一晩だけ、考えさせてくれ。明朝には答えを出す」


何とか絞り出した、ギリギリの回答。

時間は、無い。




「わかった。良く考えて欲しい」


「ディネル」

「なんだ」


「ありがとう」

「ー…別に、お前の為に言った訳では無い。
流れる時間が違い過ぎる故に、フェルゼナさまを傷付けてしまう位なら、今の内に引き離した方が良いと考えただけだ」


「それでも。

…ありがとう」


ふん、と短く返すとそのままきびすを返し部屋を出た。

(ただの野良犬と思っていたが…。
バカでは無さそうだ。


このまま素直に屋敷を出てくれれば、フェルゼナさまに再び封印を施そう。

今度こそ簡単には、ほどけない様にして…)



ディネルが退室した後も、窓から外を眺めながら考えに浸る。
夜は更けるも、眠れそうに無いリュカだった。



**

「…寝れなかった…」

チュンチュン、と小鳥のさえずりも完徹した身には可愛く聞こえない。
取り敢えず顔を洗って朝食を摂ろう。
フェルゼナの隙を見て、ディネルと話したい。

「…結局、答えは出ていないけどな…」

本音を言えば、フェルゼナと共にいたい。
しかし、ディネルの言う事もリュカに刺さったのだ。

深すぎる息を吐き出して、ノロノロと着替えた。



***

「リュカ!おはよう!」

先に食堂に来ていたフェルゼナに、可愛い声で挨拶をされた。

「おはよう、フェルゼナ」

フェルゼナの好き好きオーラがリュカの顔を綻ばせた。
何か悩むのもバカらしくなる勢いで、このままでも良いかなー?って思いたくなる。


「フェルゼナさま」


軽くイチャイチャな雰囲気で見つめあっていたが、背後から極寒の視線を感じた。

「ディネル!」

「お食事のご用意は既に整っております。
早々にお召し上がり下さい。




ー…野良犬も、さっさと来い」



(いい加減、本人を前にして「野良犬」とか言うなよ!
失礼過ぎるだろ!!)


フェルゼナは特に気に止める様子も無く、ディネルの言葉に従って席につく。

1人取り残されたリュカは、何とも言えない敗北感を味わった。








「おい」

フェルゼナを先に行かせ、ディネルはリュカにそっと話しかけた。

1人頭を抱えていたリュカは、パッと顔を上げる。

「何だ?」


「…その顔だと、まだ決まっていないな」

やはりな、と心底残念そうに息を吐く。
ディネルの一挙手一投足がリュカをバカにしているのが見てとれる。

「あんた…。…ホントー…に、失礼だな」


「お前に施す礼儀など無いからな」

にべも無く、ディネルは言い放つ。
まー良いけどさと、リュカもスルーする余裕が今日はあった。


こちらも、やれやれとワザとらしく息を吐き出すがディネルには掠りもせず。

が、次に視線をぶつけた時、リュカは真剣な眼差しになっていた。


「本音は、フェルゼナといたい。
しかし、あんたの言う事も理解できるんだ。


ー…だから、迷っている」

「なるほどな。
ー…では。もう1つ、言っておく事がある」


ディネルは、低い声のトーンを更に落としリュカにしか聞こえない大きさで話す。



「この森の結界の端から、何者かが侵入している。
ー…元々、お前を招き入れた際に薄れていたからな。そこから入り込んだんだろう。
だから、出るならすぐにでも出ろ。
侵入者の排除をせねばならない」

「そ、の後は?」

また逢えるのかと、一抹の願いを込めて。

「無論、結界を張り直す。
2度と野良犬が入り込まぬ様に、…フェルゼナさまが安心して暮らせる様に!」

異論は認めぬ、と強い口調で言い切る。

「なら!…なら、せめて侵入者の始末は手伝う!

も、元々はオレをここに入れたのが原因なんだろ?


その責任もある!」


「阿呆か。人間を殺す事に人間を巻き込めるか」


「しかし…!」

「"責任"などと簡単に口走るなら、さっさと出ていけ。
それが一番の責任だ」


「………わかった」

どうあっても、ディネルを説得出来ないと判断したリュカは、渋々白旗をあげた。
儚い恋心だけでは、どうしようも事もある。

「朝食の時間はくれてやる。
その後、裏口から出て行くと良い」




「フェルゼナに挨拶は?」

「するのは構わんが、…泣かれるぞ?」


「…うん、そうだな…」

純粋なあの子が流す涙は、胸が詰まる。
自分なんかと別れても、健やかに暮らして欲しいものだが…。







「…いや!」

「!!?」

背後から、か細い声が聞こえ、ディネルとリュカが同時に振り返る。


いつの間にいたのか、大きな瞳いっぱいに涙を溜めたフェルゼナが震えながら立っていた。


「フェルゼナ!」

「フェルゼナさま!いつから、いらしたのです!?」

常に冷静なディネルに、珍しく焦りの色が浮かぶ。


「どうして!リュカ!!
ずっと一緒にいてくれるって、言ってたじゃない!」

「フェルゼナ…!」

ボロボロと涙を溢しながら泣きじゃくる。
フェルゼナの足元には乾いた音と共に小さな宝石が散らばって行く。

その様を見て、思わずリュカは駆け寄る。

大丈夫、どこにも行かない。フェルゼナと一緒にいるよ、と口から出そうとした。


その時。



「簡単にだされるな、"リュカ"」

口調は、明らかに呆れと見下しが入り交じっているが、野良犬とは呼ばずに"リュカ"と呼んだ。
ディネルの真摯な気持ちが込められていた。


「ディネル…」

「なんで!?何でディネルは邪魔をするの!!」

「フェルゼナさま。立ち聞きとは、はしたないですが、今回は仕方無しとしましょう。

先程の話を聞かれていたのなら、状況はお分かりでしょう?
エルフと人間の争い事に、人間のリュカを巻き込む訳にはいきませんよ」

「でも…!」

「でも…」


言いかけても、最良の選択が何なのかはフェルゼナには分からなかった。

胸に当てた握り拳は、緩む事は無く、指先は白くなっている。


泣きながら、リュカを見つめる。


リュカも、フェルゼナを見つめた。




ほんの数秒を、永遠に感じていたかった。

「さ、時間がありません。
2人とも早々に朝食をお済ませなさい」


残された時間を惜しむ様に、2人は食堂へと足を向けた。
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