13 / 51
13番目の苔王子に嫁いだらめっちゃ幸せになりました 【side A】
13 謎の声とデイジーの忠義
しおりを挟むジョシュア様に確認を取るのを前提として、ようやくオリバーには部屋を退出して貰って、わたしはようやく一息ついたのだった。
「ねぇデイジー。ごめんなさい…わたしお腹が空いちゃって」
と言うと、デイジーは慌てて果樹園で食べるはずだった、というサンドウィッチをバスケットから出して用意してくれた。
野菜と卵のサンドウィッチだったが、瑞々しい野菜と濃厚な自家製マヨネーズがとても美味しかった。
取り敢えず足の痛みが落ち着くまで屋敷内の散策も含め、動き回る事が出来ない。
(困ったわ…。何もする事が無いもの)
因みに貴族の女性の嗜みとして、一応刺繍は出来るが得意ではない。
眼がチカチカして手がプルプルして疲れてしまうので、刺繍作品はいつも挫折するのだ。
帳簿を見ても疲れないのに、それだけはいつも不思議だなぁと思っている。
するとその時、少し開いた窓の隙間からコレットの鳴き声と、紹介された従業員の中では聞いた覚えのない男性の話し声が、結構ハッキリと聞こえる。
「…トン…まだ大丈夫だ。…気づかれない様に…」
(あら?…まだ知らない家来が居たのかしら?)
と不思議に思い、わたしは立ち上がった。
デイジーに手を借りて移動しようとしたが、彼女は丁度先ほどの軽食のバスケットを下げ、お茶の準備をする為に部屋から出て行ったらしい。
わたしは長椅子の背もたれに手を付いて、片足飛びで窓際まで移動しようとした。
その振動で、やっぱり右足首に痛みが走る。
「…痛ぁっ…」
鈍い痛みに行くも帰るもできなくなり、半泣きの片足立ちで立ちつくしていると、ちょうど部屋に戻ってきたデイジーがわたしを見て叫んだ。
「ひゃあっ!お、奥様っ…危ないです!
それに…片足で移動しようとするなんて無茶ですよ!」
デイジーのs声が部屋に響くと同時に、ぱたりと男性の話し声も消えてしまった。
(あ…今、確認しようと思っていたのに…)
不思議に思いながらも、デイジーに掴まってひょこひょこと長椅子の方へ戻る。
「ねぇ、デイジー…。さっき外で男の人の声がしたんだけれど、誰かいた?」
デイジーはわたしがきちんと長椅子に座ったのを確認していてから、窓の外を確認してわたしに教えてくれた。
「…いえ?、誰もいませんけれど…?」
「えっ、でも今…確かにコレットの鳴き声もしたのよ?」
さっきあんなにブヒブヒ威嚇されたのだから忘れようもない。
「…いえ。…でもコレットも居ませんけれど…」
デイジーの言葉を信じるなら、いまこの数秒で庭にいた誰かが消えてしまったか、わたしの聞き間違えなのかだが――。
(いないなら確認のしようがないわ…)
ため息をつき、わたしは追及するのを諦めた。
++++++++++++++++++++
夕食は「お部屋でどうぞ」
とコック長が言ってくれたので、寝室にテーブルを設置し、運んでもらった。
部屋で食べるから簡単なものでいいと伝えたので、ローストビーフのサンドウィッチとトマトスープだった。
ローストビーフサンドはホースラディッシュが効いていて、これまた美味しい。
スープも出汁が丁寧に取られ、ベーコン、トマトや玉ねぎ、ジャガイモやセロリが入っていて具沢山で食べ応え十分だった。
食後にデイジーがハーブティーを淹れてくれた。
わたしが夕食後のお茶にくつろいでいると、デイジーが言いにくそうに
「あの…先ほど旦那様が帰って来られまして。今夜はこちらに来られない、と仰っておりました」
(足首の捻挫の事もあるしね)
わたしは頷いた。
「…分かったわ。仕方ないわね…」
そう言われたら、そう返すしかないではないか。
そのわたしの様子を見ていたデイジーは、
「あの奥様…旦那様は奥様の事を決してお嫌いでは無いと思います」
これは伝えなければ…と言わんばかりの必死の表情で訴えた。
「ですからお願いです。あまりこの事ひとつを気に病まないでください。」
++++++++++++++++++
デイジーは、わたしが旦那様に嫌われたと思って落ち込んでいるのではないかと心配をしてくれていたらしい。
(裏表の無い忠臣ってやつね…ありがたいわ。ヘイストン家ではなかなか味わったことの無い感覚だから)
「ありがとう…デイジー優しいわね。
でも違うのよ…ほら、わたし達お互いの事をほとんど知らずに結婚って形になってしまったじゃない?」
「はあ……」
「だから、これからできるだけ交流を深めてジョシュア様のことを知りたいな、と思っていたから残念というか…。でもまあ、お仕事が忙しいなら…仕方がないわよね」
わたしの言葉に、デイジーの表情が段々と曇ってきたので
「ホントに大丈夫よ。…大丈夫だから」
今度は哀し気な表情の彼女を宥めるのに、一生懸命になってしまった。
その日の夜は、右足首の痛みとそれへの気遣いでいつもより疲れていたのだろう。
眠気がいつもより早く訪れてきた。
わたしは早めに床に就く事にしたのだった。
+++++++++++++++++++
――夜半だろうか、部屋に誰かが入ってきたのが分かったのだけれど、どうしても眠くて目が開かない。
(ああもう…眠すぎる。…目が開かないのよ…)
もともと一回眠ると何があっても目が覚めない性質だ。
眠すぎて身体が動かせない事もしばしばだから、今夜の様に意識があるのは珍しい。
部屋でガタガタ何かしている物音がしたが、その音だけではよく分からなかった。
そうこうしているうちに、今度は眠っているわたしに誰かが屈む気配がした。
(――えっ?)
一瞬ざわっと血の気が引いたが、屈んだ人物はわたしの額に唇を軽く落とすと、また静かに足音をほとんど立てずに部屋を出ていった。
そして、昏い部屋に何故か花の香りだけが広がっていたのだった。
1
お気に入りに追加
676
あなたにおすすめの小説
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
貴妃エレーナ
無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」
後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。
「急に、どうされたのですか?」
「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」
「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」
そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。
どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。
けれど、もう安心してほしい。
私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。
だから…
「陛下…!大変です、内乱が…」
え…?
ーーーーーーーーーーーーー
ここは、どこ?
さっきまで内乱が…
「エレーナ?」
陛下…?
でも若いわ。
バッと自分の顔を触る。
するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。
懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる