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第1章.嘘つき預言者の目覚め

82 メサダ神の思惑

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『あの人間――赦すまじ』
少年神は地平線の床を裸足でウロウロと歩きまわりながら、それを延々と繰り返した。

『もっと前に死ぬ筈だった…砂の一粒のような存在だった筈だったのに。
ただの女預言者だと思っていたのに。ただの歴史の取り零しだと思っていたのに』

――ギデオンを王座へ。
それは、メサダ神に更なる力を与えてくれる計画の一部だった。

どの神々よりは強く強大になる。
信仰する民が多ければ多いほど我の力は増し、完全無欠へと近づいていくのだ。

その為にな人間だった。

神としてからこそ、この計画を立てたのだ。
当初――ニキアスは前皇帝弟公の貴族の側妃の元で、強く賢く美しいとして生まれつくはずであった。

そして自分の信仰神のもと(どんなに介してもメサダ神は選ばないのがまた小癪だったが)、更なる飛躍をしながら成長をする。
嫉妬した冷酷な皇帝ガウディから皇宮を刺客を向けられ、追い出されるまでは。

しかし彼を愛する者達の助けを得て、民意のもとにアウロニア皇帝ガウディを追放し、皇位を得てから後あくまで民衆中心の民政政治に移行する筋書きになっていた

しかしそれではメサダ神の力を強くするどころか、神の力の分散をさせる事になる。
ニキアスが皇帝になり、宗教の自由が認められると今までの神は勿論、他国の宗教までも受け入れるようになって、大陸の信仰は大変バラエティに富んだものになるからである。

それではいけないのだ。
あくまで一つの神による信仰の集中が必要なのだから。

信仰が集まれば集まるほど、祈りの力――ひとつの神を讃える力は強まり、直接その神のちからへと繋がる。
今後五百年間はメサダ神への信仰と繁栄をもたらす為には、それを少しずつだが大幅に変えていく必要があった。

メサダは少ない確率であったギデオンを皇位に付ける為『選択の帰路』までの道筋を巧妙に操作していく。
そう――必要なのは、星の様に輝く求心力を持つニキアスを堕とすだけ堕として利用する計画だった。

尚且つ、現皇帝の不当な弑逆を理由に、自分の信仰する神の力が得られなくなったところで――ギデオンを正当な皇位へと導くつもりだった。

その為にニキアスの血筋から少しずつ変えていく。
流石に父が皇帝弟公の強い縛りは外せないが、母方の血筋は貴族ではなく平民へ、そして奴隷に近い踊り子の生まれの者まで持っていく事ができた。

これでは流石に側妃にはできないだろう…と

ガウディ皇帝も然り。


しかしその父である王弟公は弱かった。
その性質を利用し、酒と女に溺れさせた。

反対にギデオンへ振りかかる悲劇を少しでも回避させるために、ギデオンとその周辺らの人間に運が回る様にほんの少しずつ手を加えていった。

あからさまではいけない。
他の神に覚らせないようにして少しずつ何百年もかけて流れを変える。
そのために延々と続くドミノの牌を少しずつ立てる様に気の遠くなるような作業を積み上げてきたのだ。

その全てを
(あのレダ神の預言者は灰塵に帰そうとする――)

許せるはずも無い。

(…このままにしては置かない)
メサダ神はあるはずのない指の爪を無意識に齧っていた。

**************

わたしは夜中に目が覚めた。
目の前に逞しい筋肉のついたニキアスの背中が見える。

残り少ない蝋燭の火で、わたしがつけてしまった爪の痕が薄っすら浮かびあがっている。
身体が気怠く脚の間の違和感はあるが、痛みなどは無くなっていた。

ニキアスが「優しく出来ない」と言いつつも我慢して、あの後も十分わたしをいたわってゆっくりと挿れたからだろう。
(これで少なくとも、ニキアスが無理やり処女を奪ったと記載されるような事は無い筈だわ)
わたしはほっとして大きく息を吐いた。

「――眠れないか?マヤ」
ニキアスが首を起こし、少し後ろを向いてわたしに訊いた。

「ニキアス…起きていたの?」
「お前が何故こんな事を…急いてしたがったのかをずっと考えていた」

わたしは答えられなかった。
余りにも不確実な自分の勘と不明瞭な前世の記憶と、ごちゃまぜになった不安感を上手く説明する自信が無かったからだ。

また背を向けたニキアスが少し笑ったような気がしたけれど、暫くしてからぽつりと言った。

「…お前が望んでしたかった事なら、それでいい」
「…わたくしは…望んでしたのよ、ニキアス…」
「…ああ…分かった」

わたしはニキアスの背中に身体を寄せると、わたしが付けた爪の痕をそっと指でなぞった。
「信じて欲しいのは、わたくしは貴方の味方ということ…何があっても」
「それも…分かっている」

今度はわたしの方を向いてわたしに腕枕をしてくれた。
そしてわたしの額に唇を寄せてキスを落とすと、ニキアスは小さく呟いた。

「けれど覚えていてほしい。次にお前に拒まれたら…俺は壊れるかもしれないと言う事を」
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