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第1章.嘘つき預言者の目覚め

55 捧げる覚悟 ①

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「ではマヤ様は倒れてから十五分もしないで目が醒めた…という事でよろしいですかな?」

ニキアスが連れてきてくれたお医者様に色々と質問され、器具を使って舌や目の下を思い切り引っ張られてから、嫌味たっぷりの口調で聞かれた。

「はい、そうです…多分」

ニキアスが真後ろに仁王立ちになり、変に威圧的なオーラを出しているようで怖かったため、わたしは小声で答えた。

「まあ…今は何もないので大丈夫でしょう」

お医者様はわたしではなく、後ろに腕組みをして立つニキアスへジト目で告げた。
それから、ブツブツとテントの天幕をバサっと勢いよく開けて出て行った。

後ろを振り向くと、ニキアスは何時の間にかまた面布を付けていた。

「マヤ…本当に大丈夫なのか?」
「本当に大丈夫ですわ」
わたしは心配そうなニキアスへ答えた。

「…そうか、では...」
ニキアスは側にいたユリウスへ声をかけ
「ナラだけ先に送ってくれ。マヤ王女には聞きたいことがある」

 *******


ユリウスはニキアスの面布のついた顔とわたしを見比べていたが、
「...分かりました」
と言ってナラを連れてテントを出ていった。

あの親子犬もテントのある場所からは離れたのか、ニキアスとわたししかいないテントの中はしんと静まり返っている。


暫くすると、ニキアスが先に口を開いてわたしに尋ねた
「…マヤさっきのは一体何だ?」

(ああ、やっぱりニキアスに訊かれてしまったわ)
『さっき』とは先ほどのマヤ王女御本人登場の事に違いない。

わたしにもさっぱり分からない展開なのだ。
なぜあの場面でマヤ王女が出て来たのか。

「あと何故ーー」
ニキアスは左目にかかる面布をゆっくりと外した。
「俺のこの痣の色が変わっているんだ?」

実はそれこそわたし自身にも分からない現象だった。

ニキアスといえば、『(本当は違うけど)ヴェガ神の呪いと言われる青黒い痣がある』のが人物紹介にも書いてある設定なのに、何故色が変化してしまったのか?

ただひとつ分かるのは...先程出現したマヤ王女本人が必ず関わっているという事だ。

マヤ王女自体にそんな特殊能力があったとは思えないから、何等かの不思議な力か存在(?)の働きがあったに違いない。
でなければ『亡国の皇子』の設定自体をひっくり返すのなんて難しい話の筈だから。

(とは言っても、一体マヤ本人がどうして痣の色を変える為に、ここで出てきたのか迄は分からないので、わたしは正直に答えた。

「わ、分からないです」
「…そうか」

何か言いたげな表情をしていたが、ニキウスはため息をついて頷いた。

暫く考え込んでいたニキアスはおもむろに
「…君はまだレダ神の預言者か?」
と尋ねてきた。

それこそ本当に分からない。
何故ならわたしはマヤ王女本人ではないからだ。

けれど...何故か記憶はある。

例えば先程ニキアスへと跪いて行った礼は、
本来であれば神殿の『神』の前で全てを捧げる覚悟のある預言者だけが行うもの。

(ニキアスも昔何度か見ているはずだわ)

わたしはポツリと呟いた。
「...もし本当に預言者で無ければ、わたしを生かして連れて帰る意味が無くなってしまいますね…」

(もし、本当にそうならば...このままアウロニア軍から、例え着の身着のまま放りだされても文句は言えない。わたしに利用価値が無いからだ)
むしろ命あるだけでも有難いと思わなきゃいけない。

ニキアスは無言でわたしを見つめてから感情のこもらない声で答えた。
「そうだな。もし本当にそうなら…君と言う存在に価値が無くなるのかもしれない」

わたしは涙が出そうになるのを我慢して下を向いた。
(分かっている)
それは覚悟しなければいけない。

マヤ王女の特殊な境遇――レダ神の預言者であると言う事を考慮して、殺さずに連れて来ているという事情があるのだから。

とその時ニキアスがわたしに質問をしてきた。

 ******

「マヤ…先程の行動は本心からか?嘘では無いな」
「さ、先程のとは…?...」

わたしは思わずニキアスを見上げて尋ねた。
あの地面に平服した預言者であれば神の前で行う誓いの礼の事だろうか。

「...はい、そうです。本心からです」

わたしの返答を聞いて、ニキアスは再びわたしに尋ねた。
「君が褒賞の物の様に扱われても構わない、とも言ったな」
「あ……」

『俺が望めば、戦勝の褒美として君をもらい受けることも出来る』
『分かりました。全てニキアス様の望む様にして頂いて良いです』

(......確かに言ったわ)
どんなにニキアスを愛してても、誇り高いマヤ王女には受け入れ難い話かもしれないわ。
本来のマヤ王女であれば、こんな行動も取らないだろうし。

『自らの意思で全てをアウロニア帝国将軍ニキウス=レオスへ様と捧げます。どうぞお受け取り下さい』

自分が言った言葉を思い出すと恥ずかしくて、思わずわたしは下を向いてしまった。
意味を考えるとかなり際どい内容に成るのかもしれないけれど、わたしもきちんと覚悟を決めて言ったつもりだった。

「…はい。あの、ニキアス様の戦勝の御褒美(?)…ですから」
わたしはやっとしどろもどろに答えた。

「――……」
「――……」

ニキアスの返答が無いのでちらと見あげると、彼は黙って俯いたまま動かなかった。

「…あの…」
「不思議な事だ」

ニキアスはわたしを見つめて、ふっと破顔一笑した。
この場に似つかわしくない明るい爽やかな微笑みだ。

「あんなに欲しくても自分のものにならないと思ったからこそ、絶対に手に入れて見せると思っていたのが...」
ニキアスはいきなりわたしを引き寄せると、わたしの顎を指先でつまんで上に向かせた。

わたしはそのままニキアスの青の混じる美しい濃いグレーの両目に捕らえられてしまった。

(…あぁもう逃げられない...)
ニキアスの瞳に魅入られてしまった様にわたしは身体を動かせなくなった。

「...今はもっとお前が欲しい」

 *******

戸惑っているわたしをニキアスは引き寄せてぎゅっと抱きしめた。

「あ…あの…」
「マヤ…お前は俺のものだ」
耳元で熱い吐息まじりの声でニキアスにそう囁かれるとそのまま倒れてしまいそうな程頭がくらくらする。

ニキアスはわたしを優しく抱き上げて、そのままそっと寝台に横たわらせた。
わたしはニキアスを見上げて彼に声を掛けた。

「…ニキア…」
「シー…」
声を上げようとするわたしの唇の上にニキアスはそっと指を置いた。

「…マヤ、お前には分からないと思うが。俺は今焦れて...気がおかしくなりそうな位お前が欲しい」

『お前の中に入りたくて仕方がないのを何とか抑えているんだ』
小さな掠れ声で囁く情熱的な言葉とその内容に、わたしは思わずびくっと身を引いてしまった。

ニキウスは今度はわたしをうつ伏せにすると、そのままわたしの背中にのしかかってきた。
…今回は乗られても重くなかったけれど。
何故だか昔テレビで見た肉食獣に捕食される草食動物の映像が浮かぶ。

「…約束通りアウロニアに入る直前まで破瓜はしない...が、しかし...」
わたしの伸ばした手の甲に彼の大きな掌が重なって、そのまま指を包むように絡めてくる。

「俺のこの欲を鎮め…来るべき日に慣れてもらう為に、マヤ王女にはほんの少しだけ可愛らしく啼いてもらうか」
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