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一章 飛空島

22 甘い毒

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(ヴォルカー視点)


その日の夜は、いつもより寝苦しいと、感じた。
そんな日は決まって、未来の夢を見る。


初めて予知夢として認識した…と記憶しているのは、三歳の頃だった。

王位継承権第一位の、王弟殿下の暗殺の場面。幼かった私はその光景が恐ろしくて誰にも言い出せなかった。
王弟殿下が毒を飲まされ、吐血して即死する。その場面が、私の意思に関係なく延々と脳裏に繰り返された。
結果、精神を病み、まともに食事も睡眠も取れなくなり、私は療養という名目で自身の実家であるノクティス公爵領へ閉じこもった。
公爵領で過ごすうち、その夢を見なくなった数日後、私の耳にも王弟殿下暗殺の知らせが入った。

そして、私に準備された王位継承の教育。
第一位の殿下がいなくなったのだ。
王弟殿下の従兄弟である父上は既に公爵領を継いでおり、自動的にノクティス家の中での私の継承順位はあがってしまう。
公爵家は第二王子を次期王に推しているが、私にもスペアでいるための準備をしろ、という公爵…父上の指示だった。
私も、なにかに打ち込んでいなければ自我を保つことができなかった。
そのため、教育は想定の半分の期間で終えることになった。
そして、十二歳の春の日。我が家に、七歳になったばかりのアールベル王子殿下がやってきた。
王宮で繰り広げられ続ける、王位継承騒動から逃れるために。
そして、まだ七歳の幼い彼は私にだけ、本音を話してくれた。
「王位なんて欲しくもない。そんなもののために殺されては適わない。だから私は逃げたのだ。」
だから、私は愚鈍で良い、と。
初めて、心を許せる者に出会った。
望まぬ権力のために命の危険に晒されるなど、御免だと朗らかに笑う彼とは馬が合うし、私が先に終えた教育をそのまま彼に施すことで、アールベルは、真摯にそれを学ぶことで、公爵やアールベルを推す貴族連中の目を誤魔化すことができた。


そして私は、予知夢のことをアールベルにだけ話した。
王弟の暗殺を、知っていて何もしなかった私も、結局は逃げたのだと。
アールベルは、三歳のガキに何ができたというのだ、と笑い飛ばしてくれたが、それでも私の中の後悔の念は消え去ることはなかったと思う。
そして、年に数回。
未来の夢を見るたびに私は狂いそうになった。
それを支えてくれたのはアールベルで。お互いに愚鈍でいたかったため、未来を予測しても敢えて何もしなかった。
後悔などない。そう、思い込むようにして災害や死病、戦争などを見てみぬふりをして。
そして、十五歳の年に、遂に私の予知夢が公爵に露見してしまった。
アールベルが反勢力の策略に嵌り、国外追放となる未来。それだけはどうしても避けたかった。
これ幸いと、神殿の勢力を味方につけたかった公爵が、私を神殿に売り飛ばしたのだ。

勿論、アールベルは最後まで反対してくれた。
王位継承宣言をする。王宮に帰るから、私を護衛騎士に任命するとまで言って公爵を説得したが、アールベルよりも神殿勢力に重きを置いた父上は説得に応じなかった。
その時分かった。
父上は、アールベルを傀儡として置きたいのだと。意志を持たず、愚鈍を許していたのは、そういうことだったのだ。

力のないただの若造では、何も出来ない。
自由は、ないのだと改めて知る。

(………自由……自由、か。)

王位継承教育で学んだ項目で、私とアールベルが最も憧れた人たちがいる。

クライン血族。

彼らは特異なその魔力で自由に魔道具という夢のような道具を生み出す。
自由な発想、自由な生活。
何者にも縛られず、貴族や王族は全力で彼らを守り、神殿さえも勝手に手が出せない神のような存在。

私も、彼らのように生きてみたかった。


洗礼を受けるため、聖エルナリア国へと向かう馬車に揺られながら、そう思っていた。

◆◇


神殿に神聖力を見込まれて買われた身としては、それなりに貢献せねばならなかった。
防護結界の強化、病床人の治癒に、魔獣討伐と多岐にわたる貢献を続けるうち、大神殿の最高司祭様の目に止まったのは、せめてもの救いであった。
彼は私を本当の息子のように可愛がってくれた。
そして、あの悪夢に苛まれる私を、かつてのアールベルと同様、支えてくれた。

私は槍の才を見出され、討伐を重点的に任されているうち、神殿騎士団の小隊を預かるまでになった。

そんな日々を過ごしているうち、聖エルナリア国の王室から、王女の護衛騎士として引き抜く旨の話が持ち上がった。

エルナリア第一王女が、私を見初めたとの噂がたっていたが、本当だったらしい。
神殿の勢力を味方につけるための人質であった私は、当然その話を断るつもりでいた。
しかし、聖エルナリア王室の後ろ盾を得ようと欲を出した父上が、その話を進めようとしていることを、アールベルから秘密裏に聞いた。

まただ。

私は力を得たようで、結局何も変わらない。権力に振り回されるだけ。
悲観し、つい司祭様に思いの丈をぶつけてしまった。

そして、それから少しした後、私は暗殺された。
正確には暗殺未遂、であったが、猛毒の矢を利き手に受け、その後遺症で二度と槍が持てない身体になってしまった。

そして、神殿騎士としても、エルナリア王女の護衛騎士としても役立たずとなった私は、司祭様の計らいで飛空島の学園寮に神官医として配属されることになったのだ。

司祭様が、別れ際にそっと耳打ちしたのを、今も覚えている。

(これからは、自分の為に生きなさい。後のことは、私に任せなさい。)

あの日。

あの強固な神殿の守りが突然乱れ、私が襲われたのは。

司祭様が、全て仕組んだことと理解した。

戦う術を失ったが、そんなもの、私にはいらない。
地上の貴族王族の醜い争いに巻き込まれることも無い。

希望に満ちた学生らの笑い声を聞きながら、こんなにも穏やかに日々を過ごせるなど…。

生まれてからずっと誰かの駒でしかなかった私にとっては、ここは楽園だったのだ。






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