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事件
しおりを挟む夜のこと。
ヒースヴェルトは夕食をすませたあと、リーナの手によって簡単に体を綺麗にしてもらい、寝る支度をしていた。
そして、いつも眠りにつくまで側に居てくれるのだ。
昔は絵本も読んでくれていた。
「リーナ、ぼくね、明日楽しみなんだよ。」
流石に旅先なので、絵本は無いが、ベッドで横になるヒースヴェルトの話し相手になってくれる。
「えぇ。私も楽しみですわ。小さな神泉って、どんな感じなのかしら…。それに、ディーテ様の御滞在なされた村が、どんな所なのか、見るのも楽しみですわね!」
「そうなのっ。早く明日にならないかなぁ。……ふ、あ…ぁ~…。」
「お休みになられますか?」
「…ぅん。…あのね、ぼく、眠ると術が解けちゃうの。…フォレンに、結界を…お願い。」
すや、と眠りについた。そして、しばらくすると本当に黒髪が白金に変わる。完全に寝落ちした証拠だった。
そっと、音をたてないように部屋を出ると、廊下にはフォレンが居た。
「フォレン様、ヒー様のお部屋に、結界をお願いします。眠られて、術が解けてしまいましたわ。」
「成る程、眠られると術は解けるのだな。《蒼砡結界》!!」
キィン、と心地よい空気がヒースヴェルトの部屋を包む。
「翌朝までは自動展開しておく。我々以外の人や魔獣は入れない。…お前も休め。私も部屋に戻るとしよう。」
「はい、お休みなさいませ。」
廊下で別れると、フォレンはヒースヴェルトの隣の部屋に入った。
中には誰も居ない。ルシオは明日の視察先の泉を先行して見に行っているから、今夜は遅くなるだろう。
「ふぅ…。しかし…こんな村に観光客でもあるまいし…例の商団の連中かな?」
こんな田舎に、宿屋があることさえ、異常なのだ。聞けば、数年前に新設されたらしい。
しばらく、部屋で一人考察していた、その時。
「収益と言っても微々たるものだろうが……ん?」
フォレンは、隣の部屋の結界に、ほんの少しの揺らぎを感じた。
(…侵入者……?)
侵入者。
コール領主邸や、これまで利用してきた、商都の高級ホテルやルートニアス領の宿場では、その建物自体が管理徹底されており、心配することはなかったが、ここは違う。
ただの村の宿屋で、敷地の管理もなっていない。
宿の利用者以外の者が、出入りし放題だ。
フォレンは物音をたてずに、そっとヒースヴェルトの部屋をドアの隙間から覗き込む。
(!…窓が…割られたのか!?ヒー様は…?)
「すやー。」
ベッドの中で眠っている主を確認して、安堵する。
のも、束の間。
ベッドの下に。
(………揺らぎの原因は…これか。)
視界に入る、忌々しい、それ。
(確かに、私の結界は人や獣…生物に対してのみに効果のある防護結界だ…。コレは…範疇ではないが…。)
「穢黒石……ッ。」
投げ込まれたであろう、それは既に罅が入っており、軽く触れるだけでも、砕けそうな。
「忌々しい……!誰がこのようなことを…。」
フォレンは即座にヒースヴェルトの眠るベッド脇に座り、ヒースヴェルトを静かに揺り起こす。
「ヒー様、申し訳ございません…」
既に人の気配はなく。
「ぅぅ…?フォレン…ど、したの。」
「何者かが部屋に投げ入れたようです。…あなた様を狙って…。部屋を移します。」
あくびをしながら、上半身を起こすと、自分も穢黒石の気配を感知したのか、完全に目を覚ます。
「……痕跡……ぁぁ。宿屋の、お客さん……?お酒のにおい、と、何だろう…。あの蛇の紋様の箱と同じにおい。」
触らぬように、石の前にしゃがみこんで、スンスンと鼻を鳴らす。
「蛇の、箱?…孤児院で見つけた、あの箱ですか?」
そうだとしたら、教会関係者か、ロレイジアの軍と繋がりのある者か。
宿で騒いでいた客の中の誰なのかは分からないが、間違いなくヒースヴェルトの死都市送りを企んでいる。
田舎の村に来た、見目麗しい少年など、恰好の獲物。事情も知らぬ他国の商団が、欲目で企んだか。
「とにかく、宿の客とは接触しないようにいたしましょう。危険です。それに、今はルシオ様もいませんし…。」
「…フォレン、これ、どうするの?」
ちょん、と指をさす。
「…触れるだけで砕けそうですね…。このまはま置いておくにも、宿の清掃にでも入られたら、それこそ村民が被害に遭うかもしれませんし。」
「………魔獣に、変えちゃう?」
「なっ……。」
「それで、ぼくたちが怪我しちゃうフリするの。魔獣の卵が孵化して、暴れる。そうしたら、動揺する人間、分かるよ。手元にある石も投げ捨ててしまうかも。」
「…そうですね。では、なるべく大騒ぎいたしましょうか。村中に噂が広まるように?」
「ぁい!ジャンニを呼ぶです。壊れかけの石なら、弱い魔獣になりそう、です、ジャンニでも充分戦えるです。」
そうと決まれば、作戦を実行するだけ。
通信機でジャンニを呼び、ヒースヴェルトは大きく息を吸う。
「きゃああぁぁーーーーッ!!!」
バキバキ、と部屋で大きな物音がして、ヒースヴェルトの叫び声が木霊した。
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