上 下
41 / 119

事件

しおりを挟む

夜のこと。
ヒースヴェルトは夕食をすませたあと、リーナの手によって簡単に体を綺麗にしてもらい、寝る支度をしていた。
そして、いつも眠りにつくまで側に居てくれるのだ。
昔は絵本も読んでくれていた。
「リーナ、ぼくね、明日楽しみなんだよ。」
流石に旅先なので、絵本は無いが、ベッドで横になるヒースヴェルトの話し相手になってくれる。
「えぇ。私も楽しみですわ。小さな神泉って、どんな感じなのかしら…。それに、ディーテ様の御滞在なされた村が、どんな所なのか、見るのも楽しみですわね!」
「そうなのっ。早く明日にならないかなぁ。……ふ、あ…ぁ~…。」
「お休みになられますか?」
「…ぅん。…あのね、ぼく、眠ると術が解けちゃうの。…フォレンに、結界を…お願い。」
すや、と眠りについた。そして、しばらくすると本当に黒髪が白金に変わる。完全に寝落ちした証拠だった。
そっと、音をたてないように部屋を出ると、廊下にはフォレンが居た。
「フォレン様、ヒー様のお部屋に、結界をお願いします。眠られて、術が解けてしまいましたわ。」
「成る程、眠られると術は解けるのだな。《蒼砡結界》!!」
キィン、と心地よい空気がヒースヴェルトの部屋を包む。
「翌朝までは自動展開しておく。我々以外の人や魔獣は入れない。…お前も休め。私も部屋に戻るとしよう。」
「はい、お休みなさいませ。」
廊下で別れると、フォレンはヒースヴェルトの隣の部屋に入った。
中には誰も居ない。ルシオは明日の視察先の泉を先行して見に行っているから、今夜は遅くなるだろう。
「ふぅ…。しかし…こんな村に観光客でもあるまいし…例の商団の連中かな?」
こんな田舎に、宿屋があることさえ、異常なのだ。聞けば、数年前に新設されたらしい。
しばらく、部屋で一人考察していた、その時。
「収益と言っても微々たるものだろうが……ん?」
フォレンは、隣の部屋の結界に、ほんの少しの揺らぎを感じた。

(…侵入者……?)

侵入者。
コール領主邸や、これまで利用してきた、商都の高級ホテルやルートニアス領の宿場では、その建物自体が管理徹底されており、心配することはなかったが、ここは違う。
ただの村の宿屋で、敷地の管理もなっていない。
宿の利用者以外の者が、出入りし放題だ。

フォレンは物音をたてずに、そっとヒースヴェルトの部屋をドアの隙間から覗き込む。

(!…窓が…割られたのか!?ヒー様は…?)

「すやー。」
ベッドの中で眠っている主を確認して、安堵する。
のも、束の間。

ベッドの下に。

(………揺らぎの原因は…これか。)

視界に入る、忌々しい、それ。

(確かに、私の結界は人や獣…生物に対してのみに効果のある防護結界だ…。コレは…範疇ではないが…。)

「穢黒石……ッ。」

投げ込まれたであろう、それは既に罅が入っており、軽く触れるだけでも、砕けそうな。
「忌々しい……!誰がこのようなことを…。」
フォレンは即座にヒースヴェルトの眠るベッド脇に座り、ヒースヴェルトを静かに揺り起こす。
「ヒー様、申し訳ございません…」
既に人の気配はなく。
「ぅぅ…?フォレン…ど、したの。」
「何者かが部屋に投げ入れたようです。…あなた様を狙って…。部屋を移します。」
あくびをしながら、上半身を起こすと、自分も穢黒石の気配を感知したのか、完全に目を覚ます。
「……痕跡……ぁぁ。宿屋の、お客さん……?お酒のにおい、と、何だろう…。あの蛇の紋様の箱と同じにおい。」
触らぬように、石の前にしゃがみこんで、スンスンと鼻を鳴らす。
「蛇の、箱?…孤児院で見つけた、あの箱ですか?」
そうだとしたら、教会関係者か、ロレイジアの軍と繋がりのある者か。
宿で騒いでいた客の中の誰なのかは分からないが、間違いなくヒースヴェルトの死都市送りを企んでいる。

田舎の村に来た、見目麗しい少年など、恰好の獲物。事情も知らぬ他国の商団が、欲目で企んだか。

「とにかく、宿の客とは接触しないようにいたしましょう。危険です。それに、今はルシオ様もいませんし…。」
「…フォレン、これ、どうするの?」
ちょん、と指をさす。
「…触れるだけで砕けそうですね…。このまはま置いておくにも、宿の清掃にでも入られたら、それこそ村民が被害に遭うかもしれませんし。」
「………魔獣に、変えちゃう?」
「なっ……。」
「それで、ぼくたちが怪我しちゃうフリするの。魔獣の卵が孵化して、暴れる。そうしたら、動揺する人間、分かるよ。手元にある石も投げ捨ててしまうかも。」
「…そうですね。では、なるべく大騒ぎいたしましょうか。村中に噂が広まるように?」
「ぁい!ジャンニを呼ぶです。壊れかけの石なら、弱い魔獣になりそう、です、ジャンニでも充分戦えるです。」

そうと決まれば、作戦を実行するだけ。
通信機でジャンニを呼び、ヒースヴェルトは大きく息を吸う。


「きゃああぁぁーーーーッ!!!」


バキバキ、と部屋で大きな物音がして、ヒースヴェルトの叫び声が木霊した。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛

Rj
恋愛
王子様と出会い結婚したグレイス侯爵令嬢はおとぎ話のように「幸せにくらしましたとさ」という結末を迎えられなかった。愛し合っていると思っていたアーサー王太子から結婚式の二日前に愛していないといわれ、表向きは仲睦まじい王太子夫妻だったがアーサーにはグレイス以外に愛する人がいた。次代の希望とよばれた王太子妃の物語。 全十二話。(全十一話で投稿したものに一話加えました。2/6変更)

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

処理中です...