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前方にペットボトルが落ちていることに、隣を歩く翔太はまだ気付いていないようだ。俺はさりげなく足を速め、翔太の一歩先を歩く。
「お、また上がってる。お前、レベルなんぼ?」
翔太がスマホを見ながら言った。俺はポケットからスマホを取り出し操作する。設定画面から基本情報を開くと、“52.57”と表示されていた。
「こんな感じだわ」
「あ、俺もそれくらい。最近トレーニングさぼってたら少し下がっちゃってさ。また始めた」
翔太は胸の筋肉を確かめながら言った。盛り上がった体にワイシャツが張りつめ、捲った袖から太い腕が突き出ている。翔太と並ぶと俺の細さが際立つ。
「筋肉付きやすい奴はいいよな。俺はそーゆのでレベル上げんの、もう諦めた」
砂の付いたペットボトルを拾う。横目でちらりと確認した翔太の表情に変化はなかったが、心の中では先を越されたと思っているのだろうか。隠すように左手でペットボトルを持つ。
「そういえば、森田いるだろ、森田。あいつレベル20ぐらいらしいぞ。大学も全然こないし、遊びまくってるらしい。高校生に手出したって噂もあるし。アホだよな」
「やべーじゃんそれ。就活で大事な時期だってのに。将来、どうすんのかね」
「わかんね。それにしても不思議だよなー。どういう仕組みになってんだろ。誰に聞いてもわからないって言うし」
翔太は手にしたスマホを未知の物体かのように眺めながら言った。
「俺、小学生のとき、先生に聞いたことあんだよ。どうして誰も見ていないのにレベルが上がるんですかって。そしたら真顔でさ、先生にもわかりません。でも、誰が見ていなくても良いことをしていればきっとそれは自分に返ってきます、とか言われてさ。本当かよって思ってたけど」
それは俺の記憶と重なるところがあった。俺の小学校の先生も、「その人の体力や道徳力、学校での成績、経験や思考など、すべてこれで管理されています」と、スマホを教室中に見せつけるように説明していたのを覚えている。そして、「その人の人間としての総合力はレベルとして現れる」と。
世間一般的に知られていることとすれば、スマホから出る微弱な電流によって筋肉量などの体組成が計られていることぐらいだ。他の事については、不正行為を防ぐためだろうか、政府は明らかにしていない。
それでも。
「ちょっとごめん」と言い残し、俺は小走りでコンビニの前まで行き、ゴミ箱にペットボトルを捨てた。
電柱に寄りかかりスマホをいじる翔太のもとに戻りながらスマホを確認すると、“52.58”と表示されていた。
そう、仕組みはわからなくてもレベルは上下する。良いことをすればレベルが上がり、悪いことをすれば下がる、ということは疑いのない事実だ。
街中のいたるところにセンサーが張り巡らされているとか、カメラが無数にあって行動をチェックされているだとか、根拠のない噂がSNSを中心に広まっているのだけれど、本当のところは誰にもわからない。
「わりいわりい」
「おう」
翔太は俺の右手に握られたスマホをちらりと見たが、何も言わず歩き始めた。
「隆人が明日面接受けるとこ、基準なんぼだっけ」
「50」
「余裕で超えてんじゃん。いい感じだな」
「どうだろうね」
受験にしても就活にしても、採用基準のレベルを下回っているのにエントリーしたところで、まず間違いなく面接にすらたどりつけない。そういう意味では、採用する側は就活生をふるいにかけやすく、手間も少なく済むのかもしれない。
俺が明日面接を受ける食品メーカーは、小さいながらも地域に根差した会社であり、地元住民から愛されている会社でもある。
俺は小さい頃からこの会社が作るお菓子が大好きだった。俺もいつかは地元の子ども達を喜ばせたいと、この会社で働くことをずっと夢見てきた。
「隆人ってあんまり緊張しないのな。社長相手に面接でしょ?」
「緊張してなくはないけど。ま、やれることはやってきたから、あとは全部出しきるだけかなって」
エントリーシートを出したのが一ヶ月前で、さらにその一ヶ月前の俺のレベルは、採用基準を大きく下回っていた。俺は慌ててボランティア活動に参加し、啓発本で知識を蓄え、おばあちゃんの荷物を持って、この二か月間レベルを上げ続けてきた。
そうしてなんとか書類審査と一次面接を通過することができた。
そして明日、社長との最終面接に臨もうとしている。
早めに食事と風呂を済ませ、ノートパソコンをベットの上で起動させる。
面接の応答例が書いてあるノートを片手に、お気に入り欄から会社のホームページに飛ぶ。見慣れた会社のロゴに、暗記した経営理念が目に入る。
ページをスクロールしていくと、社長のプロフィールがあった。出身大学や起業するに至った経緯、好きな食べ物や趣味が書いてある。来年の春に五十五歳になる社長は豆大福が好きらしい。それらの情報の中には当然、レベルも書いてある。
“81.25”
小さな会社とはいえ、社長ともなれば、やはりレベルは比べものにならないくらい高い。
程よく肉のついた丸い笑顔からは人の好さが滲み出ているが、こちらをまっすぐに見つめる瞳からは、どこか掴みどころのないミステリアスなものが感じられた。
ノートとホームページを何度か往復し、最後にSNSを開く。検索欄に会社名を入力すると、会社の公式アカウントの投稿があった。
『明日はいよいよ最終面接です! 時刻は午前十時から! ありのままのあなたをお待ちしております』
すべては明日決まるのか。
長く息を吐き、意識して体の力を抜く。
画面をスクロールしていくと、目を引く投稿があった。
『ここの会社はとんでもない。特に社長。典型的なダメ人間』
不思議に思い、この投稿者のページに飛ぶ。
『どうして大人はろくでもない奴らばっかりなんだろう。そんな奴らの下で働くのなんてこっちから願い下げ。俺は俺の道を行く』
思わず吹き出してしまった。こういうやついるんだよな。
きっと面接で落とされたのだろう。
相手を非難し自分を正当化する。なんとも憐れだった。
頭の中で三回目の面接を終えた。もう何分ここで待っているのかわからない。
待機室から面接会場となっている会議室の前に移動すると、すぐに中から声がかかると説明されたはずだが、なかなか呼ばれない。
なにかあったのだろうか。募る不安を必死に追い払う。
頭の中で四回目のノックをしたとき、足音が聞こえた。視線を移すと、ゆったりとした足取りで社長が歩いて来るのが見えた。
心臓が大きく跳ね上がり、自然と背筋が伸びた。
中で面接をしていると思っていたが、席を外していたのか。きっと社長も忙しいのだろう。
何か言った方がいいだろうかと考えたが、社長は俺の存在を、おそらく視界の隅っこで確認しただけで、何も言わず通りすぎ、面接会場へと入っていった。
社長が連れてきた風からは微かに煙草の臭いがした。
目を閉じ深呼吸をすると、声が聞こえた。
「お待たせしました。次の方どうぞ」
震える手でドアをノックし、中に入る。
ドアを開けるとすぐに、「いやーごめんねー」という社長の声が飛んできた。
「取引先から急用の電話が入っちゃって。待ってる間緊張させちゃったかな? だはははは」
社長が豪快に笑い、両隣に座る面接官もぎこちない顔で笑っている。
イメージと違う面接の始まりに、一瞬体が硬直してしまったが、慌てて表情を作る。
「い、いえ。とんでもありません。お忙しいようで、さすがです」
突然のことにペースが乱れ、よく訳のわからないことを言ってしまった。
部屋の中央にポツンと置かれた椅子の横に立つ。
「令鐘学園四年の」
「あーいいよいいよ。このエントリーシートに書いてあるから。座って座って」
「え、あはい。失礼します」
なんだか想像と違う雰囲気に戸惑う。ペースを握られているというか、こちらに合わせてくれないというか。
背筋を伸ばし、椅子に腰かけた。
「失礼しました」
ゆっくりとドアを閉め、細く息を吐く。
手応えがわからない。面接というよりは雑談に近く、飲み会のような雰囲気のまま俺の最終面接は終わってしまった。
これで良かったのだろうかと悶々としながらも、長い緊張から解き放たれると、無性に煙草が吸いたくなった。
面接会場を出て廊下をまっすぐ進むと左手にガラス張りの小さな喫煙室があった。
中には誰もいないようで、周りにも人の気配は感じられない。
もし誰かに見られたら印象に悪いだろうかという考えが頭をよぎったが、一本だけならという誘惑に背中を押されドアを開く。
六畳くらいのスペースの奥に、大きいワイングラスのようなスタンド型の灰皿があった。鞄から煙草とライターを素早く取り出し、火を付ける。深く煙を吸い込むと、足の先まで痺れるような快感が走った。
煙草は二分ともたずに灰になった。そそくさと喫煙室を出ようとすると、部屋の隅にスマホが落ちていることに気付いた。
早くこの場を去りたい気持ちもあったから、そのまま帰ろうとしたが、これをきちんと届ければレベルが上がるかもしれないという思いが足を止めた。
スマホを拾い上げホームボタンを押すと、ロックはかかっておらず、不用心にホーム画面が開かれた。
目に飛び込んできたのは衝撃的な壁紙だった。
さっきまで俺の面接相手をしていた社長と、制服を着た女の子とのツーショットだった。女の子は大人びた化粧をしているが、内面から出る幼さを隠しきれてはいない。
娘か孫だろうか。いや、確か社長は独身だという噂を聞いたことがある。それに、二人の表情や距離感には、家族とは違う何かが漂っている気がした。
隙間なく並べられたアイコンのひとつにSNSのアプリがある。
周りを見渡し、誰もいないことを確かめてからそのアプリをタップする。
『早くみーたんに会いたいなぁ。仕事が終わったらすぐに向うからね! 今日も美味しいもの食べて楽しもうね』
鳥肌が立った。
しかも似たようなメッセージを他にも何人かに送っていた。
さらに見ていくと、卑猥な女性の写真も出てきて、もうこれ以上見ていられなくなり、ホーム画面に戻った。
最後に確認したいことがある。
設定画面から基本情報を開く。
「レベル“18.82”」
もう何も考えることができなかった。
気付けば俺は笑っていた。
このスマホの持ち主を醜いと思うのと、それ以上に自分を憐れに感じた。
スマホを元の場所にそっと置いて、喫煙室を出た。
(了)
「お、また上がってる。お前、レベルなんぼ?」
翔太がスマホを見ながら言った。俺はポケットからスマホを取り出し操作する。設定画面から基本情報を開くと、“52.57”と表示されていた。
「こんな感じだわ」
「あ、俺もそれくらい。最近トレーニングさぼってたら少し下がっちゃってさ。また始めた」
翔太は胸の筋肉を確かめながら言った。盛り上がった体にワイシャツが張りつめ、捲った袖から太い腕が突き出ている。翔太と並ぶと俺の細さが際立つ。
「筋肉付きやすい奴はいいよな。俺はそーゆのでレベル上げんの、もう諦めた」
砂の付いたペットボトルを拾う。横目でちらりと確認した翔太の表情に変化はなかったが、心の中では先を越されたと思っているのだろうか。隠すように左手でペットボトルを持つ。
「そういえば、森田いるだろ、森田。あいつレベル20ぐらいらしいぞ。大学も全然こないし、遊びまくってるらしい。高校生に手出したって噂もあるし。アホだよな」
「やべーじゃんそれ。就活で大事な時期だってのに。将来、どうすんのかね」
「わかんね。それにしても不思議だよなー。どういう仕組みになってんだろ。誰に聞いてもわからないって言うし」
翔太は手にしたスマホを未知の物体かのように眺めながら言った。
「俺、小学生のとき、先生に聞いたことあんだよ。どうして誰も見ていないのにレベルが上がるんですかって。そしたら真顔でさ、先生にもわかりません。でも、誰が見ていなくても良いことをしていればきっとそれは自分に返ってきます、とか言われてさ。本当かよって思ってたけど」
それは俺の記憶と重なるところがあった。俺の小学校の先生も、「その人の体力や道徳力、学校での成績、経験や思考など、すべてこれで管理されています」と、スマホを教室中に見せつけるように説明していたのを覚えている。そして、「その人の人間としての総合力はレベルとして現れる」と。
世間一般的に知られていることとすれば、スマホから出る微弱な電流によって筋肉量などの体組成が計られていることぐらいだ。他の事については、不正行為を防ぐためだろうか、政府は明らかにしていない。
それでも。
「ちょっとごめん」と言い残し、俺は小走りでコンビニの前まで行き、ゴミ箱にペットボトルを捨てた。
電柱に寄りかかりスマホをいじる翔太のもとに戻りながらスマホを確認すると、“52.58”と表示されていた。
そう、仕組みはわからなくてもレベルは上下する。良いことをすればレベルが上がり、悪いことをすれば下がる、ということは疑いのない事実だ。
街中のいたるところにセンサーが張り巡らされているとか、カメラが無数にあって行動をチェックされているだとか、根拠のない噂がSNSを中心に広まっているのだけれど、本当のところは誰にもわからない。
「わりいわりい」
「おう」
翔太は俺の右手に握られたスマホをちらりと見たが、何も言わず歩き始めた。
「隆人が明日面接受けるとこ、基準なんぼだっけ」
「50」
「余裕で超えてんじゃん。いい感じだな」
「どうだろうね」
受験にしても就活にしても、採用基準のレベルを下回っているのにエントリーしたところで、まず間違いなく面接にすらたどりつけない。そういう意味では、採用する側は就活生をふるいにかけやすく、手間も少なく済むのかもしれない。
俺が明日面接を受ける食品メーカーは、小さいながらも地域に根差した会社であり、地元住民から愛されている会社でもある。
俺は小さい頃からこの会社が作るお菓子が大好きだった。俺もいつかは地元の子ども達を喜ばせたいと、この会社で働くことをずっと夢見てきた。
「隆人ってあんまり緊張しないのな。社長相手に面接でしょ?」
「緊張してなくはないけど。ま、やれることはやってきたから、あとは全部出しきるだけかなって」
エントリーシートを出したのが一ヶ月前で、さらにその一ヶ月前の俺のレベルは、採用基準を大きく下回っていた。俺は慌ててボランティア活動に参加し、啓発本で知識を蓄え、おばあちゃんの荷物を持って、この二か月間レベルを上げ続けてきた。
そうしてなんとか書類審査と一次面接を通過することができた。
そして明日、社長との最終面接に臨もうとしている。
早めに食事と風呂を済ませ、ノートパソコンをベットの上で起動させる。
面接の応答例が書いてあるノートを片手に、お気に入り欄から会社のホームページに飛ぶ。見慣れた会社のロゴに、暗記した経営理念が目に入る。
ページをスクロールしていくと、社長のプロフィールがあった。出身大学や起業するに至った経緯、好きな食べ物や趣味が書いてある。来年の春に五十五歳になる社長は豆大福が好きらしい。それらの情報の中には当然、レベルも書いてある。
“81.25”
小さな会社とはいえ、社長ともなれば、やはりレベルは比べものにならないくらい高い。
程よく肉のついた丸い笑顔からは人の好さが滲み出ているが、こちらをまっすぐに見つめる瞳からは、どこか掴みどころのないミステリアスなものが感じられた。
ノートとホームページを何度か往復し、最後にSNSを開く。検索欄に会社名を入力すると、会社の公式アカウントの投稿があった。
『明日はいよいよ最終面接です! 時刻は午前十時から! ありのままのあなたをお待ちしております』
すべては明日決まるのか。
長く息を吐き、意識して体の力を抜く。
画面をスクロールしていくと、目を引く投稿があった。
『ここの会社はとんでもない。特に社長。典型的なダメ人間』
不思議に思い、この投稿者のページに飛ぶ。
『どうして大人はろくでもない奴らばっかりなんだろう。そんな奴らの下で働くのなんてこっちから願い下げ。俺は俺の道を行く』
思わず吹き出してしまった。こういうやついるんだよな。
きっと面接で落とされたのだろう。
相手を非難し自分を正当化する。なんとも憐れだった。
頭の中で三回目の面接を終えた。もう何分ここで待っているのかわからない。
待機室から面接会場となっている会議室の前に移動すると、すぐに中から声がかかると説明されたはずだが、なかなか呼ばれない。
なにかあったのだろうか。募る不安を必死に追い払う。
頭の中で四回目のノックをしたとき、足音が聞こえた。視線を移すと、ゆったりとした足取りで社長が歩いて来るのが見えた。
心臓が大きく跳ね上がり、自然と背筋が伸びた。
中で面接をしていると思っていたが、席を外していたのか。きっと社長も忙しいのだろう。
何か言った方がいいだろうかと考えたが、社長は俺の存在を、おそらく視界の隅っこで確認しただけで、何も言わず通りすぎ、面接会場へと入っていった。
社長が連れてきた風からは微かに煙草の臭いがした。
目を閉じ深呼吸をすると、声が聞こえた。
「お待たせしました。次の方どうぞ」
震える手でドアをノックし、中に入る。
ドアを開けるとすぐに、「いやーごめんねー」という社長の声が飛んできた。
「取引先から急用の電話が入っちゃって。待ってる間緊張させちゃったかな? だはははは」
社長が豪快に笑い、両隣に座る面接官もぎこちない顔で笑っている。
イメージと違う面接の始まりに、一瞬体が硬直してしまったが、慌てて表情を作る。
「い、いえ。とんでもありません。お忙しいようで、さすがです」
突然のことにペースが乱れ、よく訳のわからないことを言ってしまった。
部屋の中央にポツンと置かれた椅子の横に立つ。
「令鐘学園四年の」
「あーいいよいいよ。このエントリーシートに書いてあるから。座って座って」
「え、あはい。失礼します」
なんだか想像と違う雰囲気に戸惑う。ペースを握られているというか、こちらに合わせてくれないというか。
背筋を伸ばし、椅子に腰かけた。
「失礼しました」
ゆっくりとドアを閉め、細く息を吐く。
手応えがわからない。面接というよりは雑談に近く、飲み会のような雰囲気のまま俺の最終面接は終わってしまった。
これで良かったのだろうかと悶々としながらも、長い緊張から解き放たれると、無性に煙草が吸いたくなった。
面接会場を出て廊下をまっすぐ進むと左手にガラス張りの小さな喫煙室があった。
中には誰もいないようで、周りにも人の気配は感じられない。
もし誰かに見られたら印象に悪いだろうかという考えが頭をよぎったが、一本だけならという誘惑に背中を押されドアを開く。
六畳くらいのスペースの奥に、大きいワイングラスのようなスタンド型の灰皿があった。鞄から煙草とライターを素早く取り出し、火を付ける。深く煙を吸い込むと、足の先まで痺れるような快感が走った。
煙草は二分ともたずに灰になった。そそくさと喫煙室を出ようとすると、部屋の隅にスマホが落ちていることに気付いた。
早くこの場を去りたい気持ちもあったから、そのまま帰ろうとしたが、これをきちんと届ければレベルが上がるかもしれないという思いが足を止めた。
スマホを拾い上げホームボタンを押すと、ロックはかかっておらず、不用心にホーム画面が開かれた。
目に飛び込んできたのは衝撃的な壁紙だった。
さっきまで俺の面接相手をしていた社長と、制服を着た女の子とのツーショットだった。女の子は大人びた化粧をしているが、内面から出る幼さを隠しきれてはいない。
娘か孫だろうか。いや、確か社長は独身だという噂を聞いたことがある。それに、二人の表情や距離感には、家族とは違う何かが漂っている気がした。
隙間なく並べられたアイコンのひとつにSNSのアプリがある。
周りを見渡し、誰もいないことを確かめてからそのアプリをタップする。
『早くみーたんに会いたいなぁ。仕事が終わったらすぐに向うからね! 今日も美味しいもの食べて楽しもうね』
鳥肌が立った。
しかも似たようなメッセージを他にも何人かに送っていた。
さらに見ていくと、卑猥な女性の写真も出てきて、もうこれ以上見ていられなくなり、ホーム画面に戻った。
最後に確認したいことがある。
設定画面から基本情報を開く。
「レベル“18.82”」
もう何も考えることができなかった。
気付けば俺は笑っていた。
このスマホの持ち主を醜いと思うのと、それ以上に自分を憐れに感じた。
スマホを元の場所にそっと置いて、喫煙室を出た。
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