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二、二十年。
二、二十年。 八
しおりを挟む私の声に、間髪いれずに王子が入ってくると私はお湯に鼻まで浸かって隠れた。
「此処に着替えを置いておく」
小さく頷くが、それはあまりに王子に失礼かと顔を出す。
「申し訳ありません」
「シアン……」
「すいません。身体がきついので、入浴後は王子のお相手は出来ないかと思いますよ」
何か言いたげな王子に、機嫌が悪くなられても困るので先手を打った。
「怒っていないのか?」
「怒るって、王子は私に酷いことをした自覚があると認識しても良いのでしょうか?」
その言葉に王子は言葉を濁す。
「……俺は、傷つけるつもりは」
「相手の意思がなければ、これは酷い行為だったと認識があるんですよね? ですが私は元より王子に仕える者ですので、気になさらずに」
それよりものぼせる前に出ていってほしかった。
「シアンは俺が好きじゃないけど、これからも抱かれると言いたいのか?」
「ご命令ならば」
「まだイユが好きだとか思ってるのか?」
「師匠は尊敬しております。今もこれからも」
「そうじゃなくて!」
「シアン様、ハサミを持ってきました――あっ」
王子の姿を見て、ユアンが後ずさる。
「シアンの入浴は女中に任せておけ。これからは性別を隠すのだから」
苛立っている王子の声は低くて、ユアンが委縮しているのが余りにも不憫だった。
「私は王子の従者の立場なので、王子が何を私にしても許しますが、人の上に立たれる立場なのは忘れないでください。貴方が今、国民に誇れる行動をしているのでしたら、私は何も言いません」
私に何をしてもそれは咎めない。
けれど王子の教育係だった立場からは言わせてほしい。
髪で身体を隠しながらお湯から出る。
ユアンは顔を背けたが、王子は私の身体を真っ直ぐ見ていた。
その瞳は、本当にもう私の知る可愛い王子の目ではない。
大人になってしまった獰猛な瞳だった。
髪を引きずりながら、王子の持ってきた着替えを手に取る。
すると、用意していたのは薄い生地のナイトドレス。
女性物の下着の上に着る薄いナイトドレスは、身体のラインから中の下着まではっきりと見えるぐらい薄い。
「……下品なドレスですね。王子の趣味でしょうか」
「すぐに抱けるように」
「すぐに犯す様にの、間違いですよね」
ペラペラの生地にため息が出たが、シルクのような肌さわりで、一応は高級品らしい。
「髪を切るのはやめます。地面まで届くこの髪で身体を隠した方がましです」
「どこに行く?」
私が着替えるのに去る様子もない。仕方なく肌に通すが、来ていないものとほぼ同じ着心地だ。
「暫く師匠のところにでも」
「止めておけ。イユの妻は三人目を授かったばかりだ」
「……そうですか」
張り詰めていた王子への緊張感がプツンとキレた。
もう半ばヤケクソに近い形で、私はお風呂の床に座り込む。
「私って、どうして目を覚ましてしまったんでしょうね。置いてけぼりにされた私には、この世界は息苦しいだけです」
「シアン……」
「少し一人になる部屋が欲しいです。さっきの教会でもいいので」
「ダメだ! シアンを一人にしたら、あの白蛇がまた来る! シアンは俺の部屋に連れていく」
「……分かりました」
今は私が目覚めたことで、少し暴走しているだけだと信じて。
気だるい身体を引きずるように、王子の部屋へと戻った。
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