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第3話 婚約者ができました?

ep.24 リディ→エリク

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 呆然と立ち尽くすわたしの目の前には、大きなベッドがどーんと妙な存在感を放っている。
 なんで? ベッドって二つじゃないの? いくら婚約者といっても、同衾はまずいのではないだろうか。

 どうしたらいいのかわからなくて、ただじっとベッドを見ていると、エリクがひょっこり顔を出した。
 そしてベッドの傍で佇むわたしを見て、顔を顰めた。
 入浴を済ませたからか、エリクは珍しく前髪をすべて横に流して顔を出していた。

「どうしたの、リディ? ベッドに入らないと風邪引くよ」

 そう言ってエリクはスタスタとベッドに潜り込む。
 そんなエリクの腕をわたしは全力で掴んで待ったをかけた。

「……なに? ぼく、もう寝たいんだけど」
「わたしだって寝たいわ! でもね! その前に確認しなくちゃいけないことがあると思うの!」

 エリクは眉間に皺を寄せ、「確認したいこと……?」と呟き、わたしはそれに全力で首を縦に振った。

「そう! なんでベッドが一つなの!?」
「……なにか問題が?」

 不思議そうに聞き返したエリクに、わたしはカッと目を見開く。

「『なにか問題が?』じゃないわ! 惚けないで! どう考えたって問題でしかないでしょう!?」
「……あのさ。リディと一緒のベッドで寝たところでぼくはきみとそういう関係になるつもりはないし、不埒な真似をする気もさらさらない。それとも……リディはぼくとしたいの?」

 自惚れるなと目で語るエリクに、ムッとする。
 そういう問題ではないというのに!

「そんなことは言ってないでしょ! 未婚の男女が同衾なんてしたらいけないのよ? エリクだって知っているでしょう?」
「そうだね、そうだね」

 含みのあるエリクの言い方に、わたしは眉をぎゅっと寄せた。

「……どういう意味?」
「セルグスでは、婚約者であれば同衾してもいいんだよ。この国はうちと違ってそっちは奔放だからね」
「な……なんですって……!?」

 初耳なんですけどー!
 固まったわたしをエリクは面倒くさそうに見て、わたしの腕を引っ張った。

「はいはい、もう寝ようね」
「ちょ、ちょっと待っ……!」
「ぼくは真ん中より向こうには行かないから、リディも越えないようにね。はい、寝よう」

 エリクは強引にわたしをベッドの端の方に寝かせると、自身は反対の端の方にころりと寝転んだ。
 ベッドはとても広い。わたしたちがあともう一組いてもありあまるくらいの広さだ。
 だから端によれば触れようもないし、一人で寝るのとあまり変わらないようにも思える。

 だけど、一人じゃない。
 視線を横に向ければエリクの姿が見える。視線を横に向けなければエリクは視界に入らないけれど、どうにも気になってしまう。

 エリクは平気なんだろうか。いや、平気なんだろうな。だから、あっさりとベッドに潜ろうとしたんだ。
 いや、でもね? 年頃の女の子が隣に寝ていて、気にならないものなの? なに、そんなにわたしは魅力ないの? 別にエリクに魅力的に思ってもらわなくてもいいのだけど!

 ……昼間はキスしようとしたくせに。
 なんなんだろう、このエリクの余裕は。わたし一人で振り回されて、バカみたい。

 なんだか悲しくなってきたところで、エリクがわたしを呼ぶ。

「リディ」
「……なに」

 つんと素っ気なく答えたわたしに、エリクは小さく笑ったようだった。
 その余裕な態度が腹立つ!

「ぼくのこと、襲わないでね」
「……はあ!?」

 普通、逆でしょ! その台詞、わたしが言うやつだから!
 思わず起き上がってエリクを睨むと、エリクの綺麗なオッドアイがわたしを写す。

「……冗談だよ。おやすみ、リディ」

 左右の色の違う瞳に優しい光を宿し、エリクが言う。
 その瞳があまりにも綺麗で、わたしは怒りを忘れてその瞳に魅入ってしまう。
 そして、気の抜けた声で「……おやすみなさい」と返して、エリクとは反対方向を向いて寝た。

 ドッドッドッ、と心臓が妙な音を立てている。
 最近のわたしの心臓はおかしな音ばかりたてる。どうやら調子があまりよくないらしい。
 ならば、早く寝て治さないと。

 そう思うのに反して、なかなか眠れない。疲れているはずなのに、妙に頭が冴えてしまっている。
 しかし、それをエリクに言うのは、変に意識をしていることを告げるようで悔しい。

 わたしは目をぎゅっと固く瞑り、眠りが訪れるのをひたすら祈った。
 するとその祈りが届いたのか、割とすぐにわたしは眠りに落ちていったのだった。



  〇●〇●〇●〇●〇●〇●



 すう、すう、という穏やかな寝息が隣から聞こえ、そっと体を起こす。
 物音を立てないようにリディの顔を覗き込むと、気持ち良さそうに寝ていた。
 しばらくリディの寝顔を眺めていると、視線を感じたのか眉間にぎゅっと皺を寄せ、「エリクのバカ……本当に意地悪なんだから……」とぼくに対する文句を口にする。
 寝言でまで文句を言われるとは、些か心外だ。

「あっさり寝ちゃったねぇ」

 不意にユーグの声が聞こえて、リディから視線を外す。すると、寝室の入口に黒服姿のユーグが立っていて、ニヤニヤとした嫌な笑みを浮かべていた。

「全然意識されてないんじゃないの? 王子サマ、かわいそー」
「……心にも思っていないことを言わないでくれないかな」

 絶対こいつはぼくのこの状況を楽しんでいる。
 ぎろりと睨むと、ユーグはへろっとした顔で「あ、バレてた?」なんて宣う。本当に腹立たしい。

「それに……意識はしてるさ」
「どこから来んの、その自信」

 呆れたように言うユーグを、鼻で笑う。
 ユーグは知らないかもしれないけど、この旅行でのリディの態度は普段のそれとは少しだけ違った。
 それに、昼間のリディの様子からして、多少なりともぼくを意識していることは間違いないだろう。

 ……間違いない、と言い切れないのが少しだけ情けなくもあるのだけど。

「……それで、王宮内の構造はだいたい把握できた?」
「この部屋の周辺は粗方。さらに奥まではもう少し時間がほしい」
「わかった。警備の方は」
「警戒は厳重だね。一応、なにかあるかもしれないって警戒はしているみたいだよ。余程の腕前を持つ奴らじゃないと、忍び込むのは難しそう」

 これじゃあ暗殺は難しいね、とユーグは言う。
 その言葉の裏には、自分ならできると言う自信が窺える。

「……なるほど。では、あとは内通者と招待客に警戒をしていればいいわけだ」
「そういうこと」

 頷いたユーグから視線を逸らして考える。
 暗殺なんて起こることはないだろう。奴らがこの国でそんな大それたことをするメリットはない。

 大金を積まれたら話はまた変わるかもしれないが、王太子であるローレンツは優秀だ。それに、上に立つ者として必要な冷酷さも持ち合わせている。

 それに、優秀な子飼いも多いと聞く。危険因子はことごとく廃除しているはずだし、王宮でそのような行為を許すほど甘いとも思えない。

 付け入る隙があるとしたら、王太子の開く夜会のときだ。多くの人が出入りする催しで、いくら厳重な警備を引こうとも、その全員に目を配られせることは難しい。

「ねえ、王子サマ。本当に彼らは王太子の夜会でなにかするの?」
「する。この国では荒稼ぎをして資金を十分に貯め、もう次の段階に入っていると見ている。だからそこ、この機会に実験をするんじゃないかな」
「……実験?」

 あくまで惚けるつもりらしいユーグに、くすりと笑う。

「『最後の魔法使い』」

 ぼくの発した言葉に、ユーグはぴくりとも反応しない。さすがだな、と思いながら、言葉を続ける。

「そう呼ばれている人物が作った古の香があると聞く。小さな夜会で実験していたようだけど……そろそろ大々的にお披露目をするじゃないかな」

 人を操る香とか、ね。
 そう、うっすら笑うと、ユーグは「ふーん」と興味無さそうに呟く。

「……まあ、ボクの意見を言わせてもらうと、と思うな」
「へえ……? その根拠は?」

 すっと目を細めてユーグを見つめると、彼は表情を読ませない顔をして言う。

「王子サマの言う香ってやつは貴重なものだろうし、そういうのはここぞという時にしか使わないと思う。それをこの国で使うとは思えない」
「……ふーん? なるほどね」
「でもまあ……実験というのは、ありえそうだね」

 そう言ってユーグは視線を逸らし、リディの方を見る。

「王子サマは、さ……」

 ユーグはなにかを言いかけて、口篭る。
 そんなユーグに首を傾げる。

「なに?」
「……リディを、巻き込んで良かったの?」

 消えそうなくらいの声で、ユーグはそう問いかけた。
 そんなユーグに、口元を上げた。

「なに、リディの心配?」
「そういうわけじゃ、ないんだけどさ……」

 らしくなくもごもごと言うユーグに、くすりと笑う。

「良くはないよ。でも……ぼくはリディを一人にさせる方が怖かった」

 ぼくのいないところでリディがの怖い目に遭うのではないかと怯えるよりも、傍で見守っていた方が何倍もいい。

 これはぼくのエゴだ。
 だからこそ、ぼくはリディを守らなければならない。

「奴らなんかには、リディに指一本たりとも触れさせない」

 優しくリディの髪を梳く。
 栗色のふわりとしたリディの髪を撫でると、リディの眉間から皺が取れた。それに思わず頬が緩む。

「……リディの警護に関しては、ボクもできる限りのことはする」
「もちろん、頼りにしているよ、ユーグ」

 にこりと笑ったぼくに、ユーグは眉を寄せる。

「それにしても……よく同衾なんてできるね。感心するよ」
「別に感心なんかしてくれなくていいけど」

 リディに触れるのは、ちゃんとリディと想いが通じ合ってからだ。
 それくらいの分別はあるし、これだけ離れていれば別に一緒に寝るのくらいどうってことはない。
 それで眠りが浅くなるのは仕方ないと諦めている。好きな女の子が隣で無防備に寝ているのに、意識するなという方が無理な話だ。
 これはぼくの選んだことだし、リディの安全には代えられない。

「これは、未来の予行練習だと思っている」
「……本当にリディに関しては前向きだよね、王子サマは」

 呆れたように言ったユーグを無視して、ぼくはリディから離れて自分の寝る位置に戻った。

「ぼくはもう寝るから。きみもほどほどで休みなよ」

 そう言ってリディに背を向けて横になると、ユーグの苦笑した声と「はいはい」という適当な返事が聞こえ、彼の気配が消えた。
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