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しおりを挟む「──ライラ、伏せろ!」
リアムの声が聞こえ、ライラの体は勝手にその声に従った。
ザンッと、なにかが斬れる音と、少し焦げた臭いがして、ライラは恐る恐る顔をあげる。
すると、目の前には剣を構えたリアムが立っていた。
「リアム……? どうして……?」
「僕もいるんだけど」
箒に乗ったヴァージルは相変わらずの眠そうな顔をしてライラを見下ろしていた。
「ヴァージルまで……」
「いろいろ言いたいことはあるが、話はあとだ。まずはこいつらをなんとかしないと」
そう言ったリアムは魔物に向かって剣を振るう。炎を纏った斬撃が魔物たちを襲う。
ヴァージルは箒に乗ったまま杖を振るう。すると、風の刃が魔物たちに向かって放たれる。
そして二人はあっという間に魔物を一掃してしまった。
(リアムとヴァージルがすごいのは知っていたけど……やっぱりすごいな、二人は……)
血で汚れた剣を振るって汚れを落とし、鞘に収めるリアムと、そんなリアムに近づいて「お疲れ」とのんびりした声で話しかけるヴァージルをぼんやり見ながら、ライラはそんなことを思った。
不意にリアムがライラの方を見て、思い切り顔を顰め、大股で近づいてきた。
「このバカ!」
「ひっ」
リアムは近づくなりそう叫び、ライラの肩を掴んだ。
「なんで一人で勝手に出て行ったんだよ!? 無謀にも程があるだろうが!」
「え、えっと……その……」
リアムの目がギラギラとしている。相当に怒っているのか、瞳の色が紫になっていた。
困ってヴァージルを見ると、ヴァージルは意地悪く笑うだけで、助けてくれる気配はない。
「俺、勇者になるってあんたに言ったよな? なのに、どうして俺を置いていった?」
「お、置いていったわけじゃ……」
「実際に置いていったじゃねえか」
「け、結果的にそうかもしれないけど! でも、わたしはそんなつもりじゃなくて……」
「……ふうん? じゃあ、どういうつもりだったのか言ってみろよ」
リアムが腕を組み、ギロリとライラを見る。その威圧感にライラは怯みそうになるが、負けるわけにはいかないと真っ直ぐにリアムを見つめる。
「わたしはっ! リアムに、自分の目標に向かって頑張ってもらいたいのっ!」
「……はあ?」
リアムはさっきよりも低い声で呟く。さらに怒りだしそうなリアムの気配に怖気づきながらも、ライラは力いっぱい叫ぶ。
「だって、リアムは勇者になりたいわけではないでしょ? わたしは聖女になる以外の生き方を知らない。でも、リアムは違う。だから、目標に向かって頑張るリアムに憧れたし、羨ましかった! それをわたしは応援したいと思った。でも、リアムが勇者になったらそれも難しくなっちゃう……だからね、わたし一人で頑張ろうって決めたの。リアムにはずっと笑顔でいて欲しいから、そのために頑張ることにしたの! 今からでも遅くないから、リアム、町に戻って──」
「…………んなよ」
「え?」
ボソリと呟いたリアムの言葉が聞き取れなくてきょとんとすると、リアムが先ほどよりも怒気を孕んだ目でライラを睨んだ。
「ふざけんな! 誰がそんなこと頼んだ!? 俺を応援したい? 勝手にしてろよ。だが、勇者になると言ったのは俺の意思だ! 勇者になったって俺は目標を達成してみせる! あんたに心配されるいわれはねえんだよ! あんたのそれはただの自己満足だ! 俺のことを考えているつもりなんだろうが、はっきり言ってそんな独り善がりな決意は迷惑でしかない」
「……っ!」
リアムの言葉が胸に刺さった。
彼の言う通りだと、思った。勇者になると言ったのは他ならないリアムだ。ライラが無理に言わせたわけではない。本当に嫌だったなら、逃げれば良かったのだ。だけど、リアムは逃げなかった。
(わたしは……ただ、これからリアムと一緒にいて、後悔しているところを見たくなかっただけなのかもしれない……わたしに会わなければ良かったって)
「……そもそも、王都に行くのは俺の望むところだ。王都にいる親父の知り合いに魔法石の刻印の仕方を教わる予定だからな」
「それじゃあ、あの剣、モーガンさんに認めてもらえたんだね?」
「ああ」
「そっか……よかったぁ」
ほっとしたように、へにゃりと笑ったライラにリアムは優しい目を向ける。
「だから、あんたが気にする必要はないんだよ。大人しく俺を王都に連れて行け」
「……うん。わかった」
こくりと頷いたライラにリアムも頷き返す。
「お説教終わった?」
ふわぁ、と欠伸をしながらヴァージルが近づいてくる。そしてぼんやりとライラを見ると、ハッとした顔をして、手に持っていた杖でガツンとライラを叩いた。
「いったぁ……!」
「……ふん。これくらいで済ませてあげるんだから、感謝して欲しいくらいなんだけど」
「……ヴァージル……一人で勝手に行動してごめんなさい」
「本当に勘弁してよね。君が魔物に囲まれているのを見た時、正直ゾッとした」
「本当にごめんなさい……」
「……君になにかあったら、殿下に殺される……絶対、惨いやり方でやられる……それは絶対いやだ……」
ブルブルッと震えたヴァージルに、ライラは表情を引き攣りそうになった。謝って損をした気持ちになった。
(……まあ、きっとこれもヴァージルの照れ隠しなんだよね。……たぶんきっと恐らく)
そう思った方が気分がいいのでそう思い込むことにした。
「……それに、『ごめんなさい』じゃないでしょ」
「あ……」
呆れた目をして言ったヴァージルに、ライラは目を見開く。
そして、ヴァージルとリアムを見てにっこりと笑う。
「リアムとヴァージル、危ないところを助けてくれてありがとう!」
そう言うと、リアムもヴァージルも笑みを浮かべた。
「間に合って良かった」
「ああ、本当に。もう一人で行こうとするなよ」
「うん!」
ライラが元気に頷くと、ヴァージルは肩を竦め、リアムがライラに手を差し伸べる。
「さあ、行くぞライラ」
ライラはその手を迷わず取って頷いた。
「杖ができたら約束した人に杖をあげるの?」
「……約束だからな」
そう優しげな目をして頷いたリアムに、ライラの胸がズキンと痛む。
(……いいな、リアムに杖を作ってもらえるなんて)
「ねえ、わたしにもいつか杖を作ってくれる?」
そうライラが尋ねると、リアムはなぜか目を見開いて立ち止まった。
「リアム?」
不思議に思ってリアムを見ると、彼はふいっと顔を反らした。
「……そのうちな」
そう答えたリアムにライラは破顔する。
「楽しみにしてるね!」
それにリアムは答えずに、スタスタと歩き出す。それを慌ててライラは「あっ、待って!」と追いかけた。
そんな二人の様子を箒に乗りながら眺めていたヴァージルは、ニヤニヤとする。
──これは、面白くなりそうだ。
リアムの話を聞く限り、恐らく十年前に杖を作ると約束したのはライラなのだろう。十年前、ライラが王宮からいなくなった時に出会ったが、魔力の使いすぎでその時の記憶がライラからは消えてしまった。だからライラはその約束を覚えていないわけで。
リアムが当初ライラに対し冷たかったのは、きっと自分のことを覚えていないライラに苛立っていたからだ。
(魔王が復活するまでにリアムが杖を作れれば面白いなあ。その時、ライラがどんな反応をするのか……あと、リアムとライラの様子を見た時の殿下の反応も楽しみかな)
王都に着いてからは、きっと目まぐるしい日々が待っている。その慌ただしさの中心にいるのはライラとリアムだろう。それをヴァージルは傍観者として眺める──想像するだけで楽しい。
そう、ヴァージルは独り、こっそりと笑うのだった。
─おわり─
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