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第2章
第五の月
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春の兆しがあたり一面に広がり、雪が溶け始めた大地は生命で満ちていた。
地を駆ける動物たちが少しずつねぐらから出てき始めて、鳥の囀る声が日毎に増え、木の冬芽は今にも開かんとばかりに膨らんでいた。
イーサンとローシュの2人は、早くも芽を出し始めた柔らかな山菜を森で摘んでいた。
「ねえ!イーサン!こっちが食べられるやつだっけ?」
「それは…食べてもいいけど美味しくないやつだね。このもう少し葉が多くて蕾みたいになってるやつが美味しいよ。」
「えぇー…そっか。分かった。
ねえ!このギザギザのやつは?」
「それは触ると痒くなるから…」
少女の背丈に追いついた彼らはもう、森の中の大きな川のほとりまでは難なく行って帰ってこられるようになっていた。
少女は家の中で、2人の子供たちが森から帰るのを待ちながら、手を休めることなく作業を続けていた。
秋の間に少しずつ山羊から分けてもらった、柔らかく白い毛並みの毛を丁寧に洗い、撚り合わせて糸を作っておいた。
その糸を使い、冬の間に地道に織り上げた布で新しい服を仕立てる。
毛糸の温かさと柔らかさが手に伝わり、彼女はその感触に一瞬だけ安らぎを感じた。
これらの服は、2人の子供たちが春を迎えるための新しい衣装となるのだ。
窓から差し込むわずかな陽光が、仕立て中の服に照りつけ、白い毛がほのかに輝いていた。
奇跡という力を持ちながらも、それは万能ではなく、限られた条件の下でしか使えないことがこの時までに分かっていた。
(奇跡といっても無制限に、御伽話の魔法のようには行かないもんだ…。)
十分に御伽話のような境遇に身を置いているにも関わらず、それを棚に上げて、少女はそう思っていた。
条件が幾つかあった。
一つは、自分の為には行使できないこと。
もう一つは、必ず対価を受け取る必要があること。
そして最後に、真剣に願われた時でなければ、奇跡は起こせないこと。
このたった三つのことがわかるようになるまで、冬の長い時間を費やした。
「全く我らが神様の下さった奇跡の御技は、なかなかどうして万能なもんだね。」
皮肉混じりに独りごちながら、
いっそのこと勿体ぶらずに全知全能とやらにしてくれれば、最初から何を与えたのかはっきりと説明してくれれば…
今この時も隠れてこそこそと覗いているであろう、あの野郎の憎たらしい横っ面を叩いてやることも出来ただろうに。
本気でそう思った。
初めて奇跡を使った翌朝、少女は子供達がまだ起きないことを確認してから、天高くまで飛び上がった。
困惑と腹立たしさと、他にも色々とないまぜになった気持ちを抱えて、とにかく神のちくしょうめに、文句の一つでも言って、引っ叩いてやりたくなったのだ。
しかし、どんなに高く飛び上がっても、星々が煌めく暗く広い空間の、太陽のすぐ近くまで行っても、あの煩いまでの白さにで会うことはなかった。
きっと自分にはわからないような所に隠れて見ているのだろう。
そう思って、これで良かったような、気持ちの行き場を失ってやりきれないような気持ちになって、すごすごと家に戻ったのは記憶に古くない。
仕立て終えた服を膝に置き、少女はその繊細な縫い目を指でなぞりながら、遠くから聞こえる子供たちの賑やかな声に耳を傾けていた。
山菜を籠いっぱいに抱え、イーサンとローシュが家に帰ってくる。
「結局、私は神の実験かなにかの一部なんだろうか…」
そんな考えがふと浮かび、彼女の心に重くのしかかった。
奇跡という名の力を持ちながらも、それが自分の意志でなく、神の意図によって動かされているように感じる瞬間が増えていた。
その度に、彼女は自分の存在が神の思惑に絡め取られているように思えた。
これではまるで元いた世界で、神と世界の理不尽に振り回されていた時とーーー
しかし、ドアが開く音がその思考を遮った。
少女は
ほうっと小さなため息を一つして、いつもの笑顔を浮かべた。
「おかえりなさい。いっぱい摘んできたね!」
イーサンとローシュが無邪気に笑いながら駆け寄ってくる。
彼らの無垢な笑顔を見つめると、少女の胸に溢れていた疑念や不安が少しずつ和らいでいくような気がした。
地を駆ける動物たちが少しずつねぐらから出てき始めて、鳥の囀る声が日毎に増え、木の冬芽は今にも開かんとばかりに膨らんでいた。
イーサンとローシュの2人は、早くも芽を出し始めた柔らかな山菜を森で摘んでいた。
「ねえ!イーサン!こっちが食べられるやつだっけ?」
「それは…食べてもいいけど美味しくないやつだね。このもう少し葉が多くて蕾みたいになってるやつが美味しいよ。」
「えぇー…そっか。分かった。
ねえ!このギザギザのやつは?」
「それは触ると痒くなるから…」
少女の背丈に追いついた彼らはもう、森の中の大きな川のほとりまでは難なく行って帰ってこられるようになっていた。
少女は家の中で、2人の子供たちが森から帰るのを待ちながら、手を休めることなく作業を続けていた。
秋の間に少しずつ山羊から分けてもらった、柔らかく白い毛並みの毛を丁寧に洗い、撚り合わせて糸を作っておいた。
その糸を使い、冬の間に地道に織り上げた布で新しい服を仕立てる。
毛糸の温かさと柔らかさが手に伝わり、彼女はその感触に一瞬だけ安らぎを感じた。
これらの服は、2人の子供たちが春を迎えるための新しい衣装となるのだ。
窓から差し込むわずかな陽光が、仕立て中の服に照りつけ、白い毛がほのかに輝いていた。
奇跡という力を持ちながらも、それは万能ではなく、限られた条件の下でしか使えないことがこの時までに分かっていた。
(奇跡といっても無制限に、御伽話の魔法のようには行かないもんだ…。)
十分に御伽話のような境遇に身を置いているにも関わらず、それを棚に上げて、少女はそう思っていた。
条件が幾つかあった。
一つは、自分の為には行使できないこと。
もう一つは、必ず対価を受け取る必要があること。
そして最後に、真剣に願われた時でなければ、奇跡は起こせないこと。
このたった三つのことがわかるようになるまで、冬の長い時間を費やした。
「全く我らが神様の下さった奇跡の御技は、なかなかどうして万能なもんだね。」
皮肉混じりに独りごちながら、
いっそのこと勿体ぶらずに全知全能とやらにしてくれれば、最初から何を与えたのかはっきりと説明してくれれば…
今この時も隠れてこそこそと覗いているであろう、あの野郎の憎たらしい横っ面を叩いてやることも出来ただろうに。
本気でそう思った。
初めて奇跡を使った翌朝、少女は子供達がまだ起きないことを確認してから、天高くまで飛び上がった。
困惑と腹立たしさと、他にも色々とないまぜになった気持ちを抱えて、とにかく神のちくしょうめに、文句の一つでも言って、引っ叩いてやりたくなったのだ。
しかし、どんなに高く飛び上がっても、星々が煌めく暗く広い空間の、太陽のすぐ近くまで行っても、あの煩いまでの白さにで会うことはなかった。
きっと自分にはわからないような所に隠れて見ているのだろう。
そう思って、これで良かったような、気持ちの行き場を失ってやりきれないような気持ちになって、すごすごと家に戻ったのは記憶に古くない。
仕立て終えた服を膝に置き、少女はその繊細な縫い目を指でなぞりながら、遠くから聞こえる子供たちの賑やかな声に耳を傾けていた。
山菜を籠いっぱいに抱え、イーサンとローシュが家に帰ってくる。
「結局、私は神の実験かなにかの一部なんだろうか…」
そんな考えがふと浮かび、彼女の心に重くのしかかった。
奇跡という名の力を持ちながらも、それが自分の意志でなく、神の意図によって動かされているように感じる瞬間が増えていた。
その度に、彼女は自分の存在が神の思惑に絡め取られているように思えた。
これではまるで元いた世界で、神と世界の理不尽に振り回されていた時とーーー
しかし、ドアが開く音がその思考を遮った。
少女は
ほうっと小さなため息を一つして、いつもの笑顔を浮かべた。
「おかえりなさい。いっぱい摘んできたね!」
イーサンとローシュが無邪気に笑いながら駆け寄ってくる。
彼らの無垢な笑顔を見つめると、少女の胸に溢れていた疑念や不安が少しずつ和らいでいくような気がした。
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