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第二章
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『なんで百歳越えた今になって、二本足で歩こうと思い始めたわけ?』
レディは訝しげに尋ねた。ウルクスは、すっかり日課になった腕回しの体操をしていた。これをやると肩が軽くなって、頭痛もなくなるし頭がすっきりする。
「別に僕がそうしたいわけじゃない。ドノヴァンがやりたがるんだ」
『ふぅん。まあ、あんたは弱っちいから、ちょっとは鍛えた方がいいわね』
「うるさいな」
レディはからかうように鳴いて、羽繕いをする。
『つがいの希望を叶えてあげるために努力するのは当然よ。頑張りなさい』
そう言い残してレディは飛び去った。
「つがい……」
ウルクスは呟いた。
最近、ウルクスには新たな懸案事項ができた。ドノヴァンをこのまま家政夫として雇い続けるべきか、ということである。レディの言う通り、ドノヴァンとは生涯の絆で結ばれ、伴侶と呼ばれてもおかしくない間柄になった。しかし傍から見れば、今のところウルクスは使用人に手を出した雇い主でしかない。ドノヴァンは現状に何の不満も無さそうではあるが。
「ドノヴァン」
足を屈伸されながら、ウルクスは話しかけた。
「なんですか」
ドノヴァンは真面目な顔でウルクスの足を揉み、擦り、ゆっくりと屈伸させる。
「お前、まだ家政夫として働くのか?」
ドノヴァンはぴたりと動きを止めた。顔がこわばっている。
「それは……解雇の予定があるということですか?」
「そんなわけあるか! 一生そばにいろと言ったろ」
ドノヴァンは息を吐き、手の動きを再開した。
「よかった。気が変わったのかと」
「違う。お前をずっと使用人扱いするわけにはいかないだろ」
「別に構いませんが」
「僕が構う」
「肩書きが家政夫でなくなったとしても、私のすることは変わりません」
「ここが、雇い主の家からお前の家になるだろ」
ドノヴァンはまた手を止めた。思いもよらなかったという顔をしている。
「なるほど」
ドノヴァンは黙りこみ、しばらく無言でウルクスの足を揉んでいたが、ようやく口を開いた。
「家政夫の肩書きがなくなったら、私はどういう立場になるんでしょうか」
改めて問われて、ウルクスは決まりが悪くなった。
「あー、まあ、同居人だとか、そのー」
同居人という言葉に明らかにドノヴァンが気落ちしたので、ウルクスは慌てた。
「今のなし! あー、なんだ、くそ」
ドノヴァンは大人しくウルクスの言葉を待っている。ウルクスは仕方なく言った。
「伴侶だろ」
ドノヴァンは目を見開いた。
「伴侶?」
「なんだその腑に落ちていない顔は」
「いえ……まさかそんな返答が来るとは思わず」
「あ?」
「ずっと使用人としてお傍にいるつもりでしたので」
ウルクスは思わず拳でドノヴァンの肩を殴ったが、全く威力はなく、むしろ自分の手を痛めた。
「大丈夫ですか」
「うるさい! お前、僕の純潔を奪っておいて、なんだその言い草は」
「合意の上では?」
冷静に返されてウルクスはかっとなった。
「そうだよ、合意の上だ! お前しかいないと思った。この先、一緒に生きていくのにお前しか……」
言葉は尻すぼみになって、ウルクスはブスッとした顔で毛布を引き寄せ、顔まで引き上げて潜り込んだ。
「もういい、出てけ」
「ウルクス」
ドノヴァンが慌てた声で呼んだので、ウルクスの気持ちは少しすっとした。
「ウルクス、すみませんでした」
ウルクスは毛布を目の下まで引き下げて、じろりとドノヴァンを見上げた。
「何が」
「ええと……ウルクスの気持ちを理解していなかったことに対して」
ふん、とウルクスは鼻を鳴らした。ウルクスがちょいちょいと指で呼ぶと、ドノヴァンは顔を近づけてくる。ドノヴァンの太い首の後ろに手を回すと、ウルクスはじっとその目を見つめた。とび色の、優しい目だ。ドノヴァンは戸惑いながらも大きな手をウルクスの頬に添えた。ウルクスが促すように見つめ続けると、ドノヴァンはそっと唇を寄せた。
あの情事以来、初めての口付けだった。ドノヴァンの唇はそっとウルクスの唇を吸って、離れた。
「僕の伴侶になるか?」
ウルクスが問うと、ドノヴァンは照れ臭そうに微笑んだ。
「なります、もちろん」
レディは訝しげに尋ねた。ウルクスは、すっかり日課になった腕回しの体操をしていた。これをやると肩が軽くなって、頭痛もなくなるし頭がすっきりする。
「別に僕がそうしたいわけじゃない。ドノヴァンがやりたがるんだ」
『ふぅん。まあ、あんたは弱っちいから、ちょっとは鍛えた方がいいわね』
「うるさいな」
レディはからかうように鳴いて、羽繕いをする。
『つがいの希望を叶えてあげるために努力するのは当然よ。頑張りなさい』
そう言い残してレディは飛び去った。
「つがい……」
ウルクスは呟いた。
最近、ウルクスには新たな懸案事項ができた。ドノヴァンをこのまま家政夫として雇い続けるべきか、ということである。レディの言う通り、ドノヴァンとは生涯の絆で結ばれ、伴侶と呼ばれてもおかしくない間柄になった。しかし傍から見れば、今のところウルクスは使用人に手を出した雇い主でしかない。ドノヴァンは現状に何の不満も無さそうではあるが。
「ドノヴァン」
足を屈伸されながら、ウルクスは話しかけた。
「なんですか」
ドノヴァンは真面目な顔でウルクスの足を揉み、擦り、ゆっくりと屈伸させる。
「お前、まだ家政夫として働くのか?」
ドノヴァンはぴたりと動きを止めた。顔がこわばっている。
「それは……解雇の予定があるということですか?」
「そんなわけあるか! 一生そばにいろと言ったろ」
ドノヴァンは息を吐き、手の動きを再開した。
「よかった。気が変わったのかと」
「違う。お前をずっと使用人扱いするわけにはいかないだろ」
「別に構いませんが」
「僕が構う」
「肩書きが家政夫でなくなったとしても、私のすることは変わりません」
「ここが、雇い主の家からお前の家になるだろ」
ドノヴァンはまた手を止めた。思いもよらなかったという顔をしている。
「なるほど」
ドノヴァンは黙りこみ、しばらく無言でウルクスの足を揉んでいたが、ようやく口を開いた。
「家政夫の肩書きがなくなったら、私はどういう立場になるんでしょうか」
改めて問われて、ウルクスは決まりが悪くなった。
「あー、まあ、同居人だとか、そのー」
同居人という言葉に明らかにドノヴァンが気落ちしたので、ウルクスは慌てた。
「今のなし! あー、なんだ、くそ」
ドノヴァンは大人しくウルクスの言葉を待っている。ウルクスは仕方なく言った。
「伴侶だろ」
ドノヴァンは目を見開いた。
「伴侶?」
「なんだその腑に落ちていない顔は」
「いえ……まさかそんな返答が来るとは思わず」
「あ?」
「ずっと使用人としてお傍にいるつもりでしたので」
ウルクスは思わず拳でドノヴァンの肩を殴ったが、全く威力はなく、むしろ自分の手を痛めた。
「大丈夫ですか」
「うるさい! お前、僕の純潔を奪っておいて、なんだその言い草は」
「合意の上では?」
冷静に返されてウルクスはかっとなった。
「そうだよ、合意の上だ! お前しかいないと思った。この先、一緒に生きていくのにお前しか……」
言葉は尻すぼみになって、ウルクスはブスッとした顔で毛布を引き寄せ、顔まで引き上げて潜り込んだ。
「もういい、出てけ」
「ウルクス」
ドノヴァンが慌てた声で呼んだので、ウルクスの気持ちは少しすっとした。
「ウルクス、すみませんでした」
ウルクスは毛布を目の下まで引き下げて、じろりとドノヴァンを見上げた。
「何が」
「ええと……ウルクスの気持ちを理解していなかったことに対して」
ふん、とウルクスは鼻を鳴らした。ウルクスがちょいちょいと指で呼ぶと、ドノヴァンは顔を近づけてくる。ドノヴァンの太い首の後ろに手を回すと、ウルクスはじっとその目を見つめた。とび色の、優しい目だ。ドノヴァンは戸惑いながらも大きな手をウルクスの頬に添えた。ウルクスが促すように見つめ続けると、ドノヴァンはそっと唇を寄せた。
あの情事以来、初めての口付けだった。ドノヴァンの唇はそっとウルクスの唇を吸って、離れた。
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ウルクスが問うと、ドノヴァンは照れ臭そうに微笑んだ。
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