退役軍人ドノヴァンと、ゴミ屋敷の魔法使い

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第二章

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 ドノヴァンには便宜上、「寿命を分け合う」と説明したが、厳密に言えば二人の寿命を足して二で割るわけではない。生き物の命というものが、簡単な四則演算で勘定できるわけがない。
 正確には、ウルクスの魔力が永続的にドノヴァンに供給され、老化を防ぎ、病気を治し、ウルクスの魔力が生産される限りドノヴァンの身体を維持し続ける。
 つまりは、ドノヴァンが長生きできるかどうかは、ウルクスの健康状態の維持にかかっているのだ。ウルクスは百歳を超えてようやく、健康というものを意識しはじめたのであった。

「健康になるには、どうすればいいんだ?」
食事時にウルクスが唐突に尋ねると、ドノヴァンは瞬きをした。
「健康、ですか」
「そうだ。健康になるにはどうすればいい」
「適切な食事と、運動でしょうか」
「運動……」
ウルクスは考え込んだ。食事はドノヴァンがきちんと管理している。問題は運動だ。立ち上がれない人間はどうやって運動をすればいいんだ?
「あなたの健康状態は順調に改善していると思いますが」
ドノヴァンが言った。
「何か、思い立った理由が?」
「……健康になると、魔力を安定して生産できるようになる」
ウルクスは濁して答えたが、ドノヴァンは納得したようだった。
「魔力切れになると何かと不便ですからね」
ウルクスは、服の上からでもわかるドノヴァンの腕の筋肉の張りを眺めながら、なんとなしに尋ねた。
「僕にもできる運動は何かあるか?」
日々鍛錬を欠かさないドノヴァンの、とび色の目がきらりと光った。
「もちろんです」



「腕を広げて深呼吸。吸ってー、吐いてー、吸ってー、吐いてー」
ドノヴァンによるウルクス肉体改造計画が幕を開けた。ドノヴァンがあまりに気合を入れているので、言わなければよかったとウルクスは今さら後悔しはじめていた。
「肩を回します。ゆっくりですよ」
ドノヴァンが目の前で手本を見せてくれる。ウルクスはベッドに座らされて、見よう見まねで腕を動かした。日頃、車椅子への移動も物の運搬も魔法を使っているくらいだ。ウルクスの肩や背中は凝り固まっていて、腕をしばらく動かしていただけで息が上がり、汗が出てめまいがしてきた。
「ここまでにしましょう」
ドノヴァンはそう言って、あらかじめ汲んでおいた冷たい井戸水をカップに注いでくれた。ウルクスは息を荒げながら受け取り、飲み干す。美味しかった。
「これから毎日続けましょう。あなたには運動が必要だと思っていたところです」
ドノヴァンは言った。ウルクスは、もうやめたくなっている気持ちと、この体の状態は本当にまずいという焦りに板挟みになった末に、力なく頷いた。

「足を温めましょう」
寝しなに、そう言ってドノヴァンは桶に湯を持ってきた。
「足?」
ウルクスはベッドに横になったまま、ドノヴァンを見上げた。
「はい。足を温めて血流を良くします」
ドノヴァンはウルクスの足元の布団をめくると、そっと片足を持ち上げた。桶をベッドの上に置くと、ウルクスの足をゆっくりと曲げて桶に入れ、足首まで湯に浸けた。ウルクスはため息をついた。
「あったかくて気持ちいいな」
その瞬間、ドノヴァンが顔を跳ね上げ、ウルクスを見た。
「あったかい?」
「え?」
「温度を感じるんですか?」
「あ、ああ、感じるけど……」
「私が触れているのも感じますか?」
「うん」
ドノヴァンはなにやら考え込んだあと、やたら熱心な手つきでウルクスの足を揉みはじめた。
「……軍では、背骨がやられて腰から下が麻痺した兵士をたまに見ました」
「そうか」
「重度のものだと、温度もわからないし、つねられても痛くない」
「うん……?」
「感覚が残っている兵士が、足を動かせるようになるところを見たことがあります」
ウルクスは黙り込んだ。何を言っているんだ?
「……いえ、確証のないことを言うのはやめましょう」
ドノヴァンはそれ以降は喋らず、ウルクスの両足を湯で温め、入念に揉み込んでから部屋を出ていった。
 ウルクスは暗闇を見つめて考えた。
 動くようになる? 百年もの間お荷物だった、この両足が?
 ウルクスは目を閉じた。それはあまりにも荒唐無稽な妄想に思えた。
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