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第一章

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「ウルクス、あんたそろそろ集会に顔出しなさいよ」
別れ際、庭で見送る際にマチルダはそう言った。ウルクスは顔をしかめる。
「めんどくさいから嫌だ」
「付き合いなんだから我慢しなさい。そのうち仕事干されるよ」
「それはありえない。頼んでなくても仕事が来るのに」
魔法の実験と薬の調剤以外にも仕事をしているらしい。初耳だった。金がどこから湧いてくるんだろうかと不思議には思っていたが。
「今、どのくらい繋いでるの」
「今この屋敷にいるフクロウと、国境の哨戒に送ってる奴らと、あと監視を頼まれてる家の何件かに一羽ずつ」
マチルダは眉をひそめた。
「やりすぎじゃない?」
「別に大したことない」
ウルクスは目をそらして言った。
「待ってください、何の話ですか?」
ドノヴァンは思わず口を挟んだ。マチルダはドノヴァンを見て、それからウルクスを睨んだ。
「あんた、なんにも説明してないのね」
ウルクスは目をそらしたまま答えない。マチルダはため息をついて、キッと目を吊り上げると、ドノヴァンに詰め寄った。
「いい? ドノヴァンよく聞いて。この子をよく見張っていて欲しいのよ」
ドノヴァンは勢いに押されて、わけも分からず頷いた。
「この子は天才よ。生き物の意識に自分の意識を『繋ぐ』ことができる。それも複数同時に」
ドノヴァンはウルクスを見つめて、尋ねた。
「繋ぐ? フクロウたちに?」
ウルクスは渋々頷く。マチルダは続けた。
「そんな芸当ができる魔法使いは他にいない。だからウルクスのところにはたくさん、監視や諜報の依頼が来る」
「危ないのとか、面倒なのは断ってるよ」
ウルクスは弁明するように口を挟んだが、マチルダは構わず続けた。
「でも、意識を分散して同時に繋ぐと、どんどん自分の意識が希薄になってしまうの。最後には自我を失って、戻ってこられなくなる」
「目を覚まさなくなるということですか?」
マチルダは頷いた。
「この子を見張っていて、ドノヴァン。話しかけても反応が鈍いとか、眠ったまま起きないとか、何かあったら私の名前を3回叫んで」
「3回?」
「それで届くから」
お願いね、とマチルダはドノヴァンの目を見つめた。理解の範疇を超えた話に若干の眩暈を覚えながらも、ドノヴァンは頷く。マチルダは頷き返した。
「ウルクス! ドノヴァンの言うことをよく聞くのよ!」
来た時と同じように、突風が吹き、彼女は消えた。


「初耳でしたが」
「悪かったって」
「今までも、自室にこもっていながら、私のことを監視していたんですか?」
「別に好きで見てたわけじゃない。フクロウたちがお前の仕事を見物に行くから、結果的に僕が見ることになるだけで」
ウルクスは弁明しながら、ドノヴァンが髪を梳くのを大人しく受け入れている。今回のことを知られたのが彼なりに気まずいらしい。
 ウルクスの髪はすっかり指通りがよくなり、本来の艶を取り戻し始めた。最近のドノヴァンは、ウルクスの身支度をするのを密かな楽しみにしている。なんでもない顔をして新しい服や装飾品を増やし、伸びた金髪を香油で指通り良く仕上げ、色とりどりの髪紐で結う。磨き上げられたウルクスを見るとき、己が手がけた屋敷が美しく蘇るのを見るときと同じ快感があることを、ドノヴァンは自覚している。
 ウルクスの髪の手入れを終えると、ドノヴァンはウルクスを車椅子から抱き上げ、ベッドに横たえた。羽毛布団を肩まで引き上げる。
「おやすみなさい」
ドノヴァンはウルクスの額に触れた。ウルクスは目を閉じる。
「おやすみ」


 ドノヴァンが部屋から出ていったあと、ウルクスは暗闇の中で目を開いた。意識を繋いでいるフクロウたちの視界を一羽一羽、確認していく。異常は無さそうだ。
 北の国境では、隣国の魔法使いによる諜報が暗躍している。ウルクスの優秀なフクロウたちは国境を哨戒し、魔力の痕跡を見つけてウルクスに伝える。簡単なものはフクロウに対処してもらう。
 パーヴァシー伯爵家はかなりの金額を脱税していた疑いがあるが、尻尾を掴ませないのでウルクスに諜報の依頼が来た。ある程度、証拠は集まったのでそろそろ撤収させる。
 他二件ほど監視に送っているフクロウがいるが、特に問題なく任期を終えそうだ。
 マチルダは心配していたが、この程度の意識の共有では特に異常が起きたことはない。
 視界をレディに移した。レディはドノヴァンと一緒にいた。彼女はドノヴァンを気に入っていて、ドノヴァンに頼まれたら簡単に主人を裏切る。彼女曰く、『そのほうがウルクスのためにもなるでしょ』とのことだったが。
 ドノヴァンは食器を洗って厨房を片付けると、各所の火や灯りの始末をし、ランプを持って窓と扉を施錠して回った。ドノヴァンの大きな身体は、フクロウの目を通して見るとさらに巨体に見えた。肩や腕は筋肉でぱんと張っている。ドノヴァンは群れのボスのオオカミのように歩く。自信に溢れ、力に満ち、しかし決して油断しない。ドノヴァンは、ウルクスが想像する男らしさを具現化したような男だった。
 ランプに照らされながら屋敷を見回る横顔を、ウルクスは飽きずに見つめた。
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