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第55話 海戦
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閃光の雨が、鋼鉄の霰が、陽炎の霧が、リンボと現世の合間で揺蕩う怪物と天使の群れを穿いては死を齎す。
その都度に肉や鋼、羽根や木片が焼けながら四散し、溢れ出た臓物や内蔵機器が急激な環境変化に耐えきれず破裂した。
だがそれらの惨たらしい死の痕跡を目にしても、後続に湧いて出て来た怪物と天使達は一切怯むことなく無慈悲な絶滅戦争のバトンを黙って引き継ぎ、攻勢を掛け合い続ける。
無限に広がる闇の中で、莫大な数の命を焼き続ける様はまさにスペースオペラで繰り広げられる天上の戦いそのもの。
有り得ないほど遠く、長く、密に陣形を組んだ軍勢が、比喩では無く本当に星を容易く砕くほどの暴力を押し付け合っては死んでいく。
その合間を、ドラグリヲに乗り込んだ雪兎が今にも死にそうな形相をしながら加速する。
絶えず行き交う破滅の光から何とか掠め取ったエネルギーから生成した気休め程度の熱量の薄絹に命を託して。
『マップ及びモニターにロケーター投影完了。 目標地点はそちらです』
「簡単に言うなよ馬鹿野郎! 周りを飛び回ってるモンが見えないのかお前!」
『それすら何とかして先に進むのが貴方の仕事ですよユーザー』
「うぅうううるせええええええええ!!!」
なんとしても目的地に辿り着くため、雪兎は既に事切れた怪物や天使の死骸の合間を次々にかいくぐり、超生物共が放った誘導兵器の追跡を振り切ろうと画策する。
しかしいくら浅知恵を駆使しようと誘導兵器に搭載された敵性生命体探知機能が気休めの対策をゴミのようにぶち壊す。
そこに逃げ場など無い、あるのはただ前進して殺すという確固たる意思だけ。
最も、矛先に立たされた雪兎が黙って悪意を受け止めて散るような真似をするわけが無かった。
「上等だ、そこまで殺し合いをご所望なら望み通りぶっ殺してやるぞ!!!」
大人しく本来の敵と殺し合っていれば良いものを、周囲のグロテスクな怪物に比べてずっと脅威の格が落ちたドラグリヲを執拗に狙い続ける一部の性根の腐った天使達。
無論その卑劣極まりない行為は雪兎の怒りと殺意をさらに駆り立て、瞬間的な焼死もしくは凍死という結果を招くに至る。
「頼むからこれ以上続いてくれるな……」
『残念ながら、その願いは先方には届かないかと』
カルマが気の毒そうにぼやいた瞬間、白金の光の帯を棚引かせて尚も加速するドラグリヲの内部に多数の兵器に捕捉されたことを示すマーカーが大量に出現し、耳を劈くような警報が雪兎に覚悟を促す。
それに促されて雪兎が四方を囲むモニターに視線を巡らせると、思わず牙を剥き出しにして怒鳴り散らした。
「ふっざけやがってえええ!!!」
化け物側にしろ天使側にしろ、どこからともなく現れた所属不明の兵器が戦闘を行ったという事実は重大な要素らしく、一部の駆逐艦に該当するらしき化け物と天使の群れが、ドラグリヲに向かって遮二無二突撃してくる。
ある陣営は邪な嗜虐心に、またある陣営は純粋な好奇心に駆られて。
『おはよう!』
『こんにちは!』
『こんばんは!』
「な……、何だこいつら?」
物騒な装備を見せびらかしていた天使達を蹴散らしつつ、親しげにコンタクトを取ってきたのは、煌びやかな天使共とは随分と趣の異なる姿形をした化け物達。
フランケンシュタインの怪物のように機械と生体が混じった身体を持った生体戦艦達はドラグリヲに近づいてくると、稚拙な挨拶を言葉を覚えたばかりの赤ん坊のように連呼しながら勝手に帯同し始める。
「なんのつもりかは知らないが、無闇に近づくのなら……」
『待って下さい。どうやら彼らは我々に敵意や悪意の類いを抱いている訳では無く、道を塞ぐつもりも無いようです。 無理して追い散らす必要もないでしょう。 そんなことよりも我々が今やるべきことは、一刻も早く目的地に辿り着くことだけです』
ドラグリヲの死角を勝手にカバーするよう陣形を展開する怪物達の動向を不安げに眺める雪兎の問いにも端的に答え、さっさとロケーターを辿ろうとするカルマ。
しかし、そのあまりにカルマらしくない楽観的な姿勢は、雪兎の無意識下にさらなる不安を植え付けた。
「カルマ、先を急ぐ前に一つだけ教えてくれ。 あの木工細工と再会してから随分と隠し事が増えたようだが、一体お前に何があったんだ?」
『何があったも、今までが可笑しかったのです。 こう見えても私は貴方より年上なのですよ? だというのに貴方よりずっと無知だったなんてそれこそ道理が合わない話じゃないですか』
進行方向に存在する生体戦艦の外殻装甲の上を走り抜け、追いすがってくる天使達の魔の手を遠慮無く擦り付けながら雪兎が問うと、カルマはクスッと軽い笑みを浮かべながら何の悪びれもなく答える。
『そう、私はずっと昔のことを知っていた。 でも今はそんなことに言及する余裕なんてないでしょう? 今回のおつかいが無事におわったらしっかり話してあげますよ』
気後れも焦りも一切無いカルマの自信に満ちた声。
それを聞いて雪兎は渋々納得すると、意識を完全にロケーターだけに向けた。
整然と並んだ生体戦艦の合間を縫うように駆けていく光の帯を追って、ドラグリヲもまた狭い空間を器用な身のこなしで減速せずに駆け抜ける。
そうするうちに周辺を漂う生体戦艦の陣容もさらに厳つく強大なものへと入れ替わっていく。
それは雪兎に対し目的地が近いことを言外に示していた。
『ユーザー、目標地点まで残り僅かです。 気をしっかり持っていて下さい』
「あぁ分かってる、こんなところで気を抜いて流れ弾で死んだりはしないさ」
『……私の言いたいことはそういうことじゃあないんです』
「何だと?」
何やら含みのある言い方に引っかかったのか雪兎は忙しく手を動かしながら、何故かコックピットに実体化して現れたカルマへ問いかけるが、メインモニターに表示される暗闇の底に何かが映ったと感じた瞬間、無意識のうちにその手は止まった。
端的に言えばただゾッとするような感覚。
何が潜んでいるかも分からない深い水の中に投げ込まれたような本能からくる不安感が雪兎の燃えるような戦意に冷や水を浴びせ、無意識のうちに恐怖に表情を歪めさせていた。
「カルマ……お前……」
『大丈夫です、貴方が普段通り強い心を維持し続けられていれば彼は必ず応えてくれる』
訳も分からない強い不安のあまりに急速に喉の渇きを覚え、短い呼吸を繰り返す雪兎。
そんな弱々しい主人の姿をカルマはありのままに受け入れ、汗ばんだ傷だらけの手を小さな両手で包むように握ると、メインカメラの感度を調整して闇の中に潜んでいた何者かを姿を暴き出した。
地球など戯れで破壊させられるであろう異形の大艦隊に護られ、常闇の底で眠りに就いていたのは、巨大なグロウチウムの針により、シャチのような形状をした生体戦艦と共に無理矢理次元に縫い留められた蛸のような怪物。
柔らかながらも力強さを感じさせる大量の太い触手を優雅に靡かせて微睡んでいたその怪物は、来客に気が付いたのか閉じっぱなしだった瞳を開くと、面倒臭げにドラグリヲを視界を収める。
「あ……あぁっ……!!!」
その途端、雪兎の身体をさらなる異変が襲った。 ただ化け物に見つめられているだけだというのに全身に鳥肌が立ち、激しい吐き気を催し、何もかも投げ捨てて泣き叫びたいという衝動を喚起される。
こんなヤツよりも恐ろしくおぞましい姿をした害獣ならいくらでも見てきたと思い込もうとするも、超自然的な観念から勝手に生み出される畏れが、雪兎の心と身体を束縛する。
そのすぐそばで、カルマは恐怖に震える雪兎の背中を撫でてやりながら、メインモニターに映った異形に視線を返すと、最低限の礼儀とばかりに軽く会釈をしながら言葉を紡いだ。
『貴方に大口を叩いた人間自身が来られなくて申し訳ありません。 ただその代わり、貴方のお眼鏡に叶う人物は確かに連れて参りました。 貴方の理想に叶う人間かどうか存分にご精査下さいまし。 ……偉大なる樹木への反逆者“星海魔”様』
雪兎が全く事情を知らない事柄を口にして、ただただ眼前で揺らめく影に感情の篭もらぬ視線を投げ掛けるカルマ。
そんな彼女の心情を理解しているのか定かではないが、名を呼ばれた軟体の怪物はまるで笑うかのように眦を歪めて不気味な声を漏らすと、雪兎の身体が収められたコックピットに向かってゆっくりと触腕を伸ばした。
まるで赤ん坊が玩具にじゃれつくかのように。
その都度に肉や鋼、羽根や木片が焼けながら四散し、溢れ出た臓物や内蔵機器が急激な環境変化に耐えきれず破裂した。
だがそれらの惨たらしい死の痕跡を目にしても、後続に湧いて出て来た怪物と天使達は一切怯むことなく無慈悲な絶滅戦争のバトンを黙って引き継ぎ、攻勢を掛け合い続ける。
無限に広がる闇の中で、莫大な数の命を焼き続ける様はまさにスペースオペラで繰り広げられる天上の戦いそのもの。
有り得ないほど遠く、長く、密に陣形を組んだ軍勢が、比喩では無く本当に星を容易く砕くほどの暴力を押し付け合っては死んでいく。
その合間を、ドラグリヲに乗り込んだ雪兎が今にも死にそうな形相をしながら加速する。
絶えず行き交う破滅の光から何とか掠め取ったエネルギーから生成した気休め程度の熱量の薄絹に命を託して。
『マップ及びモニターにロケーター投影完了。 目標地点はそちらです』
「簡単に言うなよ馬鹿野郎! 周りを飛び回ってるモンが見えないのかお前!」
『それすら何とかして先に進むのが貴方の仕事ですよユーザー』
「うぅうううるせええええええええ!!!」
なんとしても目的地に辿り着くため、雪兎は既に事切れた怪物や天使の死骸の合間を次々にかいくぐり、超生物共が放った誘導兵器の追跡を振り切ろうと画策する。
しかしいくら浅知恵を駆使しようと誘導兵器に搭載された敵性生命体探知機能が気休めの対策をゴミのようにぶち壊す。
そこに逃げ場など無い、あるのはただ前進して殺すという確固たる意思だけ。
最も、矛先に立たされた雪兎が黙って悪意を受け止めて散るような真似をするわけが無かった。
「上等だ、そこまで殺し合いをご所望なら望み通りぶっ殺してやるぞ!!!」
大人しく本来の敵と殺し合っていれば良いものを、周囲のグロテスクな怪物に比べてずっと脅威の格が落ちたドラグリヲを執拗に狙い続ける一部の性根の腐った天使達。
無論その卑劣極まりない行為は雪兎の怒りと殺意をさらに駆り立て、瞬間的な焼死もしくは凍死という結果を招くに至る。
「頼むからこれ以上続いてくれるな……」
『残念ながら、その願いは先方には届かないかと』
カルマが気の毒そうにぼやいた瞬間、白金の光の帯を棚引かせて尚も加速するドラグリヲの内部に多数の兵器に捕捉されたことを示すマーカーが大量に出現し、耳を劈くような警報が雪兎に覚悟を促す。
それに促されて雪兎が四方を囲むモニターに視線を巡らせると、思わず牙を剥き出しにして怒鳴り散らした。
「ふっざけやがってえええ!!!」
化け物側にしろ天使側にしろ、どこからともなく現れた所属不明の兵器が戦闘を行ったという事実は重大な要素らしく、一部の駆逐艦に該当するらしき化け物と天使の群れが、ドラグリヲに向かって遮二無二突撃してくる。
ある陣営は邪な嗜虐心に、またある陣営は純粋な好奇心に駆られて。
『おはよう!』
『こんにちは!』
『こんばんは!』
「な……、何だこいつら?」
物騒な装備を見せびらかしていた天使達を蹴散らしつつ、親しげにコンタクトを取ってきたのは、煌びやかな天使共とは随分と趣の異なる姿形をした化け物達。
フランケンシュタインの怪物のように機械と生体が混じった身体を持った生体戦艦達はドラグリヲに近づいてくると、稚拙な挨拶を言葉を覚えたばかりの赤ん坊のように連呼しながら勝手に帯同し始める。
「なんのつもりかは知らないが、無闇に近づくのなら……」
『待って下さい。どうやら彼らは我々に敵意や悪意の類いを抱いている訳では無く、道を塞ぐつもりも無いようです。 無理して追い散らす必要もないでしょう。 そんなことよりも我々が今やるべきことは、一刻も早く目的地に辿り着くことだけです』
ドラグリヲの死角を勝手にカバーするよう陣形を展開する怪物達の動向を不安げに眺める雪兎の問いにも端的に答え、さっさとロケーターを辿ろうとするカルマ。
しかし、そのあまりにカルマらしくない楽観的な姿勢は、雪兎の無意識下にさらなる不安を植え付けた。
「カルマ、先を急ぐ前に一つだけ教えてくれ。 あの木工細工と再会してから随分と隠し事が増えたようだが、一体お前に何があったんだ?」
『何があったも、今までが可笑しかったのです。 こう見えても私は貴方より年上なのですよ? だというのに貴方よりずっと無知だったなんてそれこそ道理が合わない話じゃないですか』
進行方向に存在する生体戦艦の外殻装甲の上を走り抜け、追いすがってくる天使達の魔の手を遠慮無く擦り付けながら雪兎が問うと、カルマはクスッと軽い笑みを浮かべながら何の悪びれもなく答える。
『そう、私はずっと昔のことを知っていた。 でも今はそんなことに言及する余裕なんてないでしょう? 今回のおつかいが無事におわったらしっかり話してあげますよ』
気後れも焦りも一切無いカルマの自信に満ちた声。
それを聞いて雪兎は渋々納得すると、意識を完全にロケーターだけに向けた。
整然と並んだ生体戦艦の合間を縫うように駆けていく光の帯を追って、ドラグリヲもまた狭い空間を器用な身のこなしで減速せずに駆け抜ける。
そうするうちに周辺を漂う生体戦艦の陣容もさらに厳つく強大なものへと入れ替わっていく。
それは雪兎に対し目的地が近いことを言外に示していた。
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「あぁ分かってる、こんなところで気を抜いて流れ弾で死んだりはしないさ」
『……私の言いたいことはそういうことじゃあないんです』
「何だと?」
何やら含みのある言い方に引っかかったのか雪兎は忙しく手を動かしながら、何故かコックピットに実体化して現れたカルマへ問いかけるが、メインモニターに表示される暗闇の底に何かが映ったと感じた瞬間、無意識のうちにその手は止まった。
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「カルマ……お前……」
『大丈夫です、貴方が普段通り強い心を維持し続けられていれば彼は必ず応えてくれる』
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そんな弱々しい主人の姿をカルマはありのままに受け入れ、汗ばんだ傷だらけの手を小さな両手で包むように握ると、メインカメラの感度を調整して闇の中に潜んでいた何者かを姿を暴き出した。
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柔らかながらも力強さを感じさせる大量の太い触手を優雅に靡かせて微睡んでいたその怪物は、来客に気が付いたのか閉じっぱなしだった瞳を開くと、面倒臭げにドラグリヲを視界を収める。
「あ……あぁっ……!!!」
その途端、雪兎の身体をさらなる異変が襲った。 ただ化け物に見つめられているだけだというのに全身に鳥肌が立ち、激しい吐き気を催し、何もかも投げ捨てて泣き叫びたいという衝動を喚起される。
こんなヤツよりも恐ろしくおぞましい姿をした害獣ならいくらでも見てきたと思い込もうとするも、超自然的な観念から勝手に生み出される畏れが、雪兎の心と身体を束縛する。
そのすぐそばで、カルマは恐怖に震える雪兎の背中を撫でてやりながら、メインモニターに映った異形に視線を返すと、最低限の礼儀とばかりに軽く会釈をしながら言葉を紡いだ。
『貴方に大口を叩いた人間自身が来られなくて申し訳ありません。 ただその代わり、貴方のお眼鏡に叶う人物は確かに連れて参りました。 貴方の理想に叶う人間かどうか存分にご精査下さいまし。 ……偉大なる樹木への反逆者“星海魔”様』
雪兎が全く事情を知らない事柄を口にして、ただただ眼前で揺らめく影に感情の篭もらぬ視線を投げ掛けるカルマ。
そんな彼女の心情を理解しているのか定かではないが、名を呼ばれた軟体の怪物はまるで笑うかのように眦を歪めて不気味な声を漏らすと、雪兎の身体が収められたコックピットに向かってゆっくりと触腕を伸ばした。
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