鋼殻牙龍ドラグリヲ

南蛮蜥蜴

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第45話 羅刹

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「あの無様な敗走劇以来か、ここに降り立つのは」

 高度な空間圧縮技術の応用により、地球上全ての陸地以上の面積を有するに至った害獣養殖場の付近、外部に兵力を転送する為の大型テレポーターの前で、首領は一人呟きながら黄金時代の思い出に浸る。

 あの頃はもっと多くの仲間がいた。 
 成熟した組織からの手厚い支援もあった。 
 そして何より、事情を察する世界中の銃後の人々の応援が強く背中を支えてくれた。 
 装備や補給の質も、供給される兵隊の士気も全てが今より恵まれていたと。

 だが、結局人類は勝てなかった。 

 外道共の思惑のまま良いように弄ばれた挙げ句、世界中に常軌を逸した超兵器や養殖害獣を退屈しのぎでばらまかれ、結果数え切れないほどの兵士が死んでいった。 

 当時生き残ったのは自分を含めて片手で数えられる人数のみ。

 その結果から自ずと導き出されるのは、今まさに勃発しようとする戦いが極めて無謀だという事実。 

 最も、それはたった一人で立ち向かわんとする首領自身がよく知っている現実だった。

「生き残ってしまった者の務め、今こそ果たすときが来た」

 納めていた刀をゆっくりと抜き放ち、腰を低く身構えながら首領は感慨深く独り言ちる。 

 数少ない戦友は帰るべき場所の防衛に当たらせ、信頼出来る部下の背中を強く押してきた今、背中を護るものは何一つ無い。 

 今頼れるのは、長い年月をかけて鍛え上げてきた肉体と技術、そして大昔に我が物とした不器用な異形の力だけ。

「悪いがここから先には誰も通さん、通りたければその命置いていけ」

 テレポーターに乗り込むべく向かってくる膨大な数の多種多様な異形共を睨め付け、首領が深く呼吸を繰り返すと、その身体の芯に深く根付いた異形の血肉が喚び起こされた。 

 今まで首領の身体を覆っていた古いパワードスーツが内側から破かれ、魚鱗のような滑った光沢を放つ紫紺の生体装甲が代わりに首領の柔肌を覆い尽くす。

「どうした何を躊躇っている? まさか大陸を一匹で蹂躙出来る大害獣ともあろう者共が雁首そろえてこんな小さな醜女一人にビビってるのかい?」 

 あまりの醜さに誰にも見せたことのないありのままの姿を自らダシとし、一旦は進軍を止めた大害獣の群れを嘲る首領だが、身体の内から膨れ上がるように展開される彼女に齎された異能の力は本物で、並み居る害獣共の進撃を躊躇させ続けた。

 構えた刀の切っ先から、足の先に至るまで。 首領の全身を覆う紫紺の淡い輝きは、害獣共の放つ劇毒や精神汚染の類いを尽く拒絶し、首領の生存という害獣共の予想に反した結果を生む。

 その情けない姿は復讐の機会を得て昂ぶっている首領の戦意を燃え上がらせるには十分だった。

「そうかそうか、そこまで自分の手を汚すのが嫌だったのか。 だったらその汚い頚を自ら差し出して死んで逝きな!」

 英雄としての仮面をかなぐり捨て、ただ一人の狂戦士としての本質を剥き出しにする首領。

 彼女は害獣ですら視認が困難な速度で跳躍すると、渾身の殺意と憎悪を吐きつつ紫紺に輝く愛刀を高々と振りかざした。

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※  

「見えた!!!」

 羅刹号が放った深い踏み込みからの唐竹割りを辛うじて避けると、雪兎は牙を噛み締めてカウンターを試みようと意識を羅刹号の胸に収束させる。 

 もし内部までドラグリヲと似通っているのなら弱点も同じなはず。 

 実に短絡的な思考だが、首領の獣血から齎された記憶の断片以外に有用な情報が無い以上、僅かな手がかりから探りを入れていくしかないと、ブレードの切っ先が振り下ろされた瞬間を見計らって飛びかからんとする。

 しかし、振り下ろされたブレードが地面に衝突すると共に勢いよく跳ね上げられると、そのまま打突の動きに移行しドラグリヲの腹部に剣先が飛んだ。

「ひっ!?」

 瞠目した雪兎は何とか機体を捩らせ致命傷を回避するも、折りたたまれていた機動ウィングが根刮ぎ引きちぎられ、残骸がこれ見よがしに地面へとばらまかれ、踏みにじられる。

「はっ、わざわざ重りを外してくれるなんて随分優しいじゃないか」
『いちいち強がりは言わないでよろしいです。 せっかく首領のモーションデータをドラグリヲへ転送したんですから、もっと上手く役立てて下さいよ』
「うるせぇ! ここからが本領だから黙って見てろ!」

 避けた機体の動きに併せて爪による斬撃を叩き込もうとドラグリヲを動かす雪兎だが、羅刹号も咄嗟に地を蹴って後方へ下がり、側面からの奇襲を難無く受け止めた。 

『返される!?』
「まだだ!まだ叩く!」

 ギリギリと、金属同士が擦れ合う不協和音を奏でて競り合う二匹の竜。 

 互いに睨み合い唸りを上げる二匹だが、ドラグリヲが顎門を開いた瞬間に羅刹号がドラグリヲの爪を跳ね上げて後逸すると、ドラグリヲの口腔内主砲から放たれた砲弾が羅刹号の頭部を掠めて飛び去り、爆裂する。

「とったあああああ!!!」

 刹那、ドラグリヲが反撃を受けることを厭わず突撃を敢行するが、雪兎が何の仕込みも無く踏み込む訳がなかった。 

 砲弾が炸裂した瞬間、弾頭内に火薬と共に格納されていたフォース・メンブレンが爆発と共に急成長を遂げて羅刹号の背後から炎の壁となり、迫る。

 行ける。 影法師にも満たない存在だが、首領に近いものから一本取れると雪兎は内心興奮で一杯になる。 

 しかし羅刹号も然したるもので、背後に引けなくなったことを察すると自らドラグリヲの懐に飛び込み、その勢いを利用してドラグリヲを炎の壁の方へぶん投げた。

『フォース・メンブレン起動、爆炎を吸収後そのままアイトゥング・アイゼンへ変換します』

 自ら生成した炎の壁にドラグリヲが頭から突っ込んだ瞬間、燃え盛っていた炎の壁は立ち所に細氷渦巻く超局地的な嵐と化し、羅刹号を呑み込む。 

 荒れ狂う大気に吹き流された瓦礫が羅刹号のボディを打ち、ようやく傷らしい傷が刻まれるも、本質的なダメージはほぼゼロに近い。

「ここまでやってやっと擦り傷一つか、割に合わないな!」
『だったら小賢しく逃げ回りますか?』
「馬鹿言え! ここまでやって今さら背中を見せられるか!」

 何とか斬られずに済んではいるものの、鞘や峰による素早い打撃は絶えずドラグリヲのボディを襲い、いつ基幹フレームが根底から打ち崩されるかは時間の問題であった。 

 だが、息もつかせぬ目まぐるしい攻防が続いて雪兎の脳内から分泌されるアドレナリンが濃くなっていくと共に、ドラグリヲの基礎性能も向上していく。

「退いたら勝てない! 無理矢理押し潰す! それ以外に僕らが勝てる道はない!」

 そう、小手先の策や技術が届かないのならやるべきことはただ一つ。 

 圧倒的な基礎体力で真正面から轢き潰すしかない。 

 狂気染みた戦意に突き動かされるがままに雪兎は荒い息を吐きながらも、どこか冷静な心の中でそう判断すると、本性である臆病さを狂気と興奮で覆い隠し、遮二無二突撃を再開した。

「通れ! 通れ!! 通れ!!!」

 組み付ければ勝てる。 掴んだら勝てる。 食らいつけば勝てる。

 それだけは十分に分かっている。 分かってはいるがその勝ち筋に一切手が届かない。 

 何百合に渡る打ち合いを続け、舞い散る火花から創造され続ける炎と氷の援護があっても、羅刹号に刻まれる傷はドラグリヲに打ち込まれ続けるそれと反比例してあまりに浅く、薄い。

「流石に強いな……!」

 被弾の衝撃で何度もコックピットの備品に身体を打ち付けられ、身体中を青痣だらけにされる雪兎。 

 そんな主人をカルマは時折優しく労りながらも、何か納得出来ないような表情を浮かべながら羅刹号の動向を探り続ける。

『……おかしい、本当に首領と同等の相手だとすれば無闇に突っ込んだ時点で頚を落とされている筈なのに』
「何を言っている、まさか奴が手加減してくれているとでも言ってるのか!」
『いいえ、彼の動きはもっと根本的な何かを欠いているような、そんな感じがします』
「随分抽象的な表現じゃないか、出来ればもっと具体的な助言を頂きたかったがね!」

 会話の途中にもコックピットめがけて容赦無く飛んで来る斬撃を何とかいなしつつ、雪兎は脂汗を零しながら牙を剥き出しに思わず怒鳴った。 

 首領自身が千日手にしか追い込めない相手を何故自分が殺せることがあるだろうかという弱音を、雪兎は胸の底から込み上げ続ける殺意の中へ叩き込んで封じ込め、ホログラム体となったカルマを横目で睨む。 

 すると、遠回しに助言を請われたと判断したカルマは暫しの間黙って考え込み、何か冴えた考えが浮かんだのか、しおらしく雪兎の膝の上に座って頼み込んだ。

『ユーザーお願いがあります。 これから少しの間、私の指示通りに機体を動かしてくれませんか?』
「そりゃ別に構わないが、奴がお前が考えてくれる通り動いてくれるとは限らないぞ」
『それは別に大丈夫です、私の考えに間違えがなければ彼は必ずその通りに動いてくれますから』
「……何が言いたい分からんが、兎に角やってやる!」

 今は何にでも縋りたいとでも言うかのように、雪兎は半ばヤケクソになってカルマの指示したモーション通りに拳を振るわせる。 

 何の考えも無く馬鹿正直に真っすぐ振り抜かれたはずの拳。 

 だがそれは羅刹号の動きに吸い付くように挙動し、そのまま羅刹号の正中線のど真ん中に直撃した。 

 今まで掠り傷しか付けられなかった羅刹号の胸郭が大きく裂け、そこから樹液と燃料が混じった液体が血飛沫のように盛大に吹き出す。

『やった!』
「何だ!? 何で奴はあの程度の攻撃が避けられなかったんだ!?」

 嬉しげに笑うカルマとは対照的に、雪兎は戸惑いを隠せないまま追撃を敢行するが、羅刹号は続けざまに放たれた爪による斬撃をしのぎつつ大きく後逸すると、後の先を狙う為か刀を青眼に構えたまま動きを止めた。 

 巨大な洞と見紛うような、かつてはメインカメラが仕込まれていたであろう羅刹号の眼窩。 

 カルマはモニター越しにそこを見やると、己とは全く違う境遇の中にいた人造意思の末路に同情を示し、とても悲しげに呟く。

『ああやはり、貴方には自由意志が与えられていなかったのですね。 限りなく優れた力を持ちながらも貴方は奴等のラジコンにしかなれなかった。 もし自ら動きを創造し発展させる能力を与えられていれば、私達を殺めることなど容易いことでしたでしょうに……。 しかし、既存のモーションを継ぎ接ぎすることしか出来ないことが分かった以上、貴方に最早勝機はありません』

 最早タネは割れた。 タネが割れた奇術以上に見ていてみっともないものは無い。

 それを相手も理解しているのか、羅刹号は雪兎が見覚えのある紫紺の輝きを自らと最終防衛ラインである扉を包むように展開すると、そこから一切動かなくなった。 

 ドラグリヲが小さく動きを見せると牽制するようにブレードを構えるが、それ以上の動きは見せず、首領が死ぬまでの時間稼ぎに転じる。

「そうかい、惨めに負けそうだからと閉じ籠もってタイムアウト狙いか。 人様の大事なモンを散々奪っておいてやることがそれとは随分みっともない」

 首領が千日手にしかならないと言い張る原因だったと思われる紫紺の結界。 

 そのさらに向こう側で自己保身に走った悪漢共の嘲笑う姿が透けて見えるようで、雪兎は腹立たしくて堪らなかった。 

 こんなクズ共のせいで今の地上の地獄があるのだと考えると、悔しくて虚しくて仕方が無かった。

「だがもう逃がさない。 今まで何年逃げ果せたかなんて知りたくも無いが、テメェらの命も今日で終わりだ!」

 身に迸る怒りと底から湧き上がるエネルギーに身を任せ、雪兎はドラグリヲを突貫させる。 

 無論、反撃が無い訳がない。 羅刹号は自ら生成した紫紺の結界を加工して大量の光刃を造り出すと、それを無数に分裂させながらドラグリヲに向けて送り出した。

「その程度で今更ビビるかよ、今さらぁあああああ!!!」

 前方全ての角度からコックピット目掛けて結界片の雨が雷よりも速く飛翔するが、雪兎は一切減速せずドラグリヲを突っ込ませ続けた。 

 常人なら身体がペーストになるような挙動で避け、弾き、それでも対処しようがないものは敢えて受けて前進を続ける。

「前進だ! 前進しかない! 前に進みたくとも進めなかった人達の為にも退けない!!!」

 左腕が千切れ飛び、インカム状の角がへし折れ、右肘から先が斬り落とされるが、ドラグリヲは弛まぬ前進を続け、遂には結界の目前へと辿り着く。 

 しかし羅刹号が機会が来たとばかりに嬉々として斬撃を見舞うと、傷だらけだったドラグリヲの両膝から先が完全に斬り落とされ、目標を目前として地面を舐めさせられる。

 万全の状態でも避け難かった斬撃を、半死半生の状態で避けられるはずが無い。 

 羅刹号を動かす存在はそう早合点したのか、護りの体勢を早々に解いて羅刹号を無闇に突貫させた。

 雪兎の戦意が未だ萎えていなかったことにも気付かずに。

「切り札はこういう時に切るモンなんだよ、馬鹿共!」

 ただ安全策に徹していればみっともなくとも勝ちを拾えたにも関わらず、それをかなぐり捨てて嬲りにかかった敵の愚かさを笑うかのように雪兎は怒鳴ると、尻尾で全力で地面を叩かせ、ドラグリヲの身を大きく宙に跳ね上げた。

 刹那、ドラグリヲの切断された右肘の付け根から膨大なエネルギーが放出され、自然と刀身として形作られる。 

 首領の愛刀と酷似した片刃の剣として。

「でぇええええやああああああああ!!!」

 ブレスと同規模のエネルギーを秘めた光の剣。 

 それは無防備に上段の構えを取っていた羅刹号のさらに上から振り下ろされると、その全身を包んでいた紫紺の結界ごと圧し斬った。

「……ようやく一本取ったよ、首領」

 影法師に過ぎないが、首領を相手取っての最初で最後の一本勝ち。

 それを感慨深く噛み締めながら雪兎が呟くと、かつて首領の半身だったものは機体内に巡っていた樹液を盛大に吹き出しながらぱっくりと二つに割れてその場にどうっと倒れ込んだ。

 無数の異形の命を吸い続けた欠け一つないブレードを、墓標のように燦然と突き立てて。
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