鋼殻牙龍ドラグリヲ

南蛮蜥蜴

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第34話 決死

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 大地が侵蝕されていく。

 ドリアードの深く広く伸びた根が、生命の気配無き白い荒野と汚くブチ撒けられた緑色の血潮を覆い尽くし、自らの肉体兼領土として造り替えては新たな害獣を発生させて憎きドラグリヲを追い立てる。 

 だが、対するドラグリヲもそう易々とは墜とされない。何匹生まれ、何匹囲み、何匹害獣共が襲いかかろうが、焼肉やかき氷や切り身にされて殺される末路からは決して逃れられない。

 生み出されては殺され、叩き落とされた死骸からまた命が芽生える。

 ウロボロスの龍が如く繰り返されるサイクルは、両者の思惑を越えて延々と巡り続け、戦況は千日手の状態にあり続けた。

 最も、この膠着が長く続くことを恐れていたのは他でも無く雪兎である。

 等身大の人間と、山よりも巨大な化け物の基礎体力の差など比べるまでもない。 時間をかければより不利になると、雪兎は強く危惧し打開策を練り続けている。

「たかが人間一人相手に随分ムキになったもんだな。 逃がした魚のことがそれだけ忘れられないのか?」

 一切の規則性のない蔓の乱打を最小限の身じろぎで受け流し、無防備になった蔓の横っ腹に冷えきった鋼の爪を突き立てると、突き刺さった部位から氷の茨が蔓の内部にバラ撒かれ、緑色のうねった氷柱が出来上がるが、それはドリアード自身の手によって瞬く間に粉砕され、致命傷を与えるには至らない。

『ドリアードの損傷軽微。 新たな戦術の立案が必要です』
「頭じゃ分かってるけど、次から次に対策を立てられるんだからキツいんだ!」

 フォース・メンブレンに吸収される事を学んだ故か、最初に放たれたのを最後にエネルギーボルトによる攻撃は一切無く、地平の果てまで伸びきった枝から落ちてくる高質量の杭がドラグリヲを貫こうと雨のように絶え間無く降り注ぎ、同時に吹き荒ぶ生体腐食弾の嵐が、確実にフォース・メンブレンとアイトゥング・アイゼンを減衰させていく。

「メタを張ろうと考えるのは奴も同じか」
『ならばこちらも対抗策を練り上げるまで。 思考停止に陥らない限り勝算はあると私は信じています』
「簡単に言いやがって……」

 間断無く降り注ぐ杭と、背後から飛来する白鯨のホーミングレーザーの間を器用にくぐり抜け、一刻も早くドリアードの懐へ到達せんとひたすら疾駆するドラグリヲ。

 白鯨からの援護があるうちに何とか仕留めようと躍起になるが、近づけば近づくほどドリアードの攻撃はより激しさを増していく。特に熱帯のスコールの如く降り注ぐ生体腐食弾の猛威は最早無視できるものでは無く、フォース・メンブレンから僅かにはみ出しただけの尻尾と機動ウィングの先端が腐敗し、塵と化す。

「ううっ……」

 まるで投げ捨てられた豆腐のように原型を無くし、グズグズに崩れ落ちていく機体の断片を瞬間的に視界へ入れてしまい、雪兎は強く後悔する。 

 万が一自分が浴びれば、水死体以上に無惨な死骸を晒す羽目になるのは間違いないと、雪兎の頬を無意識のうちに冷や汗が流れ落ちた。

「くそ! このままじゃ埒があかないぞ!」

 引き剥がした蔦の表皮を雨具のようにして機体を包み、辛うじて攻勢をしのぎながら雪兎は隙を探し続ける。 そんな折り、暫しの間沈黙を保っていたカルマが意を決したように切り出した。

『ユーザー、たった今白鯨のAIに協力を申し入れました。 奴を狩る為に貴方の機体そのものを捧げてくれないかと』
「馬鹿かお前は! そんな無茶を相手方が呑むわけが……」
『呑みましたよ彼は。 ただ一つの条件を提示して』
「何だと?」

 相手が機械とはいえ、自己の消滅を簡単に受け入れるはずが無いと踏んでいた雪兎に告げられる予想外の答え。

 それを聞いた瞬間、戦闘とは直接関係しないサブモニターに沢山の顔写真と文字の羅列が浮かんでは消えていく。

「何だ、アイツは何を送り付けて来たんだ!?」
『内容から察するに、この地に初めて辿り着いた際に搭乗していた人々の名簿でしょう。 最も、既に全員亡くなっているようですが……』

 何故今になってこんなものをと、カルマは理解出来ないとばかりに首を傾げるが、雪兎は沈黙の後に白鯨の真意を察し呟いた。

「そうか……、連れて行って欲しいんだな? 彼らが生きていたという証だけでも」

 何も残せず異元に消えた命が、確かに現世に存在したという最後の痕跡。

 それらを雪兎は全てドラグリヲのデータベースに快く受け入れると、確固たる決意を胸に両手を握りしめる。

「任せろ、僕の命を賭けてでも還してやる。 彼らの命の証を元のあるべき場所へ!」

 滅びかけのAIが託した儚い願いを受け止め、雪兎の心に火が灯る。

 絶対に生きて還らなければならないという、強い決意の火が。

 すると、ドラグリヲのボディを彩る隈取が目映く明滅し、消えかけていたフォース・メンブレンが熱さを取り戻す。まるで雪兎の強い意志に呼応するかのように。

『またしてもこれほどの力を……。 ユーザー貴方は一体何を?』
「知るかそんなこと! 今は奴の幹をへし折ることだけを考えろ!」

 現行の科学では立証できない不可解な現象を理屈で理解するべく問いつめるカルマの言葉を遮って、雪兎は体内から発せられる莫大なエネルギーの制御に尽力する。 

 心臓が激しくビートを刻み、身体が熱く火照っていくのを自覚していくに従い、ドラグリヲから放たれる光は熱量を増していき、今では絶えず降り注ぐ生体腐食弾を余さず焼き尽くすほどの力を持っていた。

「負けられない、僕はテメェなんざに負けられない! 食い散らすことしか脳にない蝗には絶対に負けない!」

 高鳴る心の赴くがままに叫ぶ雪兎の応えるように、ドラグリヲは天よ墜ちよとばかりに咆哮を上げると、機動ウィングから放出されるエネルギーを限界まで増大させて突撃した。 

 狙いはただ一つ。ドリアードの首級一つだけ。

 停止しては急加速、フェイントを混ぜた急旋回と、ドラグリヲは物理法則を逸脱した軌道を描き、迫り来る脅威を次々といなしていく。

 しかしドラグリヲとドリアードの間合いが狭まるにつれて脅威の精度は飛躍的に増していき、一本の細い蔓が偶然にも正面装甲を貫いてコックピットに侵入すると、対応が遅れた雪兎の胴体を引き裂いて歪な形状の風穴を開けた。

 背中と腹部から勢いよく噴き出した赤い鮮血がメインモニターとシートを汚し、飛び散った体組織がカルマの体内へ還元されていく。

「……ッ!」
『ユーザー!?』

 カルマの悲鳴染みた声が雪兎の鼓膜を叩く。 

 片肺を潰されて満足な返事が出来ないのか、雪兎は口から血の泡と掠れるような呼吸音を漏らすが、戦意は一切衰えず血走った目はしっかりと殺めるべき敵を見据えていた。

「ヴアアアア!!!」

 最早言葉として認識不能な喚き声を血と共に吐き散らしつつ、雪兎は腹部を貫通した蔓を握り潰してコンソールに身体を寄り掛からせると、誰に何を伝えようとしているのか通信用のボタンを執拗に連打する。

 ――程なくして、暫しの間ホーミングレーザーによる援護を止めていた白鯨が動いた。 

 雪兎からの合図に従い、白鯨はクレーター内に置き去りにされたグロウチウム反応炉と、搭載されていた全ての兵器をオーバーロードさせると、カルマの要望通りドラグリヲのエネルギー源となるべく自爆を敢行した。 

 故郷に帰ることも出来ず、死んでいった人々が築き上げた町と共に。

 淡く白い破滅の光に包まれていく町の中で、白鯨を構成するパーツが跡形残らず消えていく。

『ありがとう、そしてさようなら。 貴方の事は私が必ず覚えておきましょう』

 誰にも看取られることなく虚無に還る同胞を憐んだのか、カルマは珍しく自ら白鯨に通信を送り、その勇気ある選択を讃える。

 それが爆発寸前の白鯨に届いたかどうかは決して定かでは無い。

 ただ、爆発の瞬間カルマは確かに聞いた。白鯨が奏でた唱うような旋律が、閃光と共に迸った爆音の影で響いたのを。

 地平線の彼方で引き起こされた超大規模な爆発の余波を受け、空一面に広がっていたドリアードの枝がクラスター爆弾のように拡散しながら猛烈な勢いで落ちてくる。

 質量、硬度、サイズを含め共に今まで降り注いでいた杭とは比べものにならず、ドラグリヲにさらなるダメージを及ぼす。

 機動ウィング、両腕、左足と、次々と重要な部位がもぎ取られ、コックピット内にけたたましく警報が鳴り響く。 だがドラグリヲの勢いは決して衰えない。

 一発、たったでも一発叩き込めればいいと、果てしなく高揚する雪兎の戦意に応えるように。

 そんな中、雪兎が待ちかねていた報告がカルマよりもたらされる。

『ユーザーお待たせしました。 都市内に残存していたフォース・メンブレンと大規模熱源との融合を完了。これより対象の回収を行います』

 カルマの淡々とした言葉が雪兎の鼓膜を揺らすと、拡大し続けていた巨大な光の塊がクレーター内から自ら意志を持つかのように飛翔してドラグリヲに追いすがり、そのまま余さず吸収されていった。

 機体の内外からもたらされた莫大なエネルギーは、ドラグリヲに本来のスペックを越えた力を与えるが、それは基幹フレームに多大な負担を強いるのと同意であり、瞬く間に機体が自己崩壊の危機に晒される。

 それでも雪兎は一切構わず、獲得したエネルギー全てをブースターにつぎ込んで、最後の賭けに打って出た。

 自分の命と敵の首級を天秤にかけた、参加者一人のチキンレースに。

 一本、また一本と追ってきた蔓を音と共に置き去りにして、小細工無しにただひたすら一直線に加速し続ける。
 
 その勢いは遂にはドリアードが行使する飛び道具全てを追い抜き、最後の防御網を突破することを可能としていた。


『ユーザー行けます! 今なら奴を殺せます!』

 計算を終えて勝利を確信したカルマが叫ぶと、雪兎はドリアードにトドメを刺すべくドラグリヲを躍動させる。

 雪兎の視線の先にあったのは、ドラグリヲの脅威から逃れるべく自ら形成した次元の裂け目に顔の半分を突っ込んでいたドリアードの姿。

 そこに絶対的存在としての威厳は既に無く、雪兎は侮蔑の感情を露わにしながらドリアードの首にドラグリヲを喰らい付かせると、力ずくで無理矢理こちら側へ引き戻した。

 今まで問答無用に破滅をばらまき続けてきた存在とは思えないような、みっともなく情けない悲鳴を上げてドリアードが抵抗してみせるも、ドラグリヲはそれを無慈悲に首を捻り上げて黙らせながら、そのまま次元の裂け目を見上げる。

 帰るべき場所に辛うじて繋がった、蜘蛛の糸よりも脆く不確かな道筋を。

「カルマ……」
『えぇ分かっています、これで終わりにしましょう』

 二人が言葉少なくやり取りを済ませた直後、ドラグリヲの口端から光が漏れ始める。 

 万物を等しく滅却する、無慈悲な滅びの光の兆候が。

『セーフティ解除、ブレス発射します』
「燃え尽きろ……」


 同情の余地無き敵への死の宣告。

 それが紡がれた瞬間、膨大な熱量がドラグリヲの主砲から溢れ出し、それに反応した裂け目がドラグリヲをドリアードの残骸ごと吸い寄せ、呑み込んでいった。

 ここに辿り着いた時と一切違わず、大量の害獣の死骸と、くり貫かれた地形だけを残して。
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