殻の亡くなるその日まで

raito

文字の大きさ
上 下
2 / 10

第二話:祓い屋紅白戦

しおりを挟む
 あれから、安倍さんを加えて本格的な部活がスタートした、五月十五日。まだ春うららな晴れの日のこと。
「実技試験よ」
 唐突に口を割った風音の一言は、文字通り鶴の一声。もっとも、俺たちは静かに過去の文献を読んでただけなのだが。だが、全員がページをめくる手を止め、彼女に目を向けた。
「なんだよ、唐突に」
「新入生のふたりは、邪鬼祓いの経験が浅いでしょ?だから、ちょっとしたイベントを開催するわ。名付けて!」
 きゅっきゅっと、ホワイトボードにデカデカと文字を書く。ま、また面倒なことになりそうだ。
「チーム対抗、祓い屋紅白戦よ!」
 な、なんだろうそれ。聞いたところ、男女で別れるのだろうか。某年末の歌番組みたいに。でもそれじゃ、二人のためにならない。戦力が片寄っているからだ。男子二人と女子三人。人数差は大差ないが、やはり新人二人を風音が請け負うのは骨が折れるだろう。確かに、秦乃さんは奴良家の英才教育を受けてはいるが、実戦はまだだと言う。安倍さんは実戦経験はほぼ皆無に等しい。彼女らの能力を推し量るという意味でもかなり有意義なものとなるだろう。なるのだが…。
「あのさ、俺たちは文芸部だぞ?それじゃ祓い屋に本腰を入れる前提みたいなものじゃないか」
「頭硬いわね、それじゃ自ら視野を狭めてるだけじゃない」
「違う、俺は文芸部としての本文を忘れるなって言ってんだよ。俺たちはあくまでも読書し、選考をするための部活だ。何も邪鬼を祓うための部活じゃないだろう」
「祓い屋の本文は邪鬼を祓うことにある。そういう面では俺も賛成だ。だが内容にもよるな」
 旗手もそれに同意する。むっ、確かにそうだ。
「わざわざ部活にする必要あるか?」
「私は何も、部活の一環として開催するとは言ってないわ。あくまで祓い屋の先輩として、彼女らに成長の機会を与えてるのよ」
「…わかった。でも奴良が言ったようにほんと、内容によるぞ。この子達に危険が及ぶような内容なら、俺は却下する」
「そうね、内容は…」
 そう言ったのを見計らってか、ガラリとドアが開き、東さんが入ってきた。うん?今回の件には東さんも介入してるのか?
「それは私が説明します!」
「おー、東さん、ついに文芸部に入る気になったのか?君みたいな逸材がこの部活に入ってくれたら…」
「いえ、私は吹奏楽部に入るので」
 すっと右掌をこちらに向けて丁重にお断りされてしまった。うぅ、残念だ。二人もかなりの逸材だが、東さんが来てくれたらもっと華やかになると思ったのに。
「節操のない変態ね。死ぬがいいわ」
「俺は死ねないよ!聞いたぞ、お前ずっと前に俺の首跳ね飛ばしただろ!」
「あら、そんなことしたかしらー?どーでもよすぎて忘れたわ」
「ひとに致命傷を与えたことをどうでもいいことにくくるな!」
「あのー」
 おっと、脱線してしまった。東さんが肩身を狭そうにして手を挙げている。ここは彼女の言葉に耳を傾けるとしよう。
「こほんっ。実はですね?この街に邪鬼の吹き溜まりができているんです」
『吹き溜まり?』
 初耳だ。旗手や秦乃さんも聞いていなかったらしく、新鮮な反応をしている。
「簡単に言うとですね?結界の一部が緩んでしまいまして、邪鬼にとって入りやすく出にくい場所となってしまったんです。それに気がつくのが遅かったせいで、中には大量の邪鬼が溜まってしまって…。名有りは脱出できるみたいですが、その脱出により綻びがさらに大きくなってしまうんです。このままでは結界が決壊し、邪鬼が溢れ出すようなことに…。どうにかなりませんか?」
 なるほど、漁猟で使う水掫のようなものか。魚が入る分には入口が大きいから入りやすいが、中に入るにつれ穴が小さくなっていくため、中に完全に入ってしまえば出られなくなる。そんな仕組みになってるわけだ。
「結界が決壊…ぷふっ」
 天然で言ったであろう東さんのダジャレは、安倍さんの笑いのツボにクリーンヒットしたらしい。随分浅い所にあるようだ。今まで無表情だった彼女から、笑みが毀れた。
「とっ、とにかく、私たち藤原堂は極力祓い屋に肩入れしないことになっているんです。あくまで、直接的な祓い屋の仕事には関与しないことになっているので、皆さんに依頼しました。他の皆さんでは、少し信用に欠けるので。それに、あの結界は奴良の嬢が張ったものだから、それが早苗にバレる前に対処しておくべきやろ?との事です」
 東さんはぺこりと頭を下げて、俺たちに邪鬼祓いを依頼した。秦乃さんの顔が少し引き攣る。これじゃ半分脅しじゃないか。
「小物の邪鬼がわんさか、危険もあまりない。これ以上に今回のイベントに適してるロケーションはないと思うのだけど、何か意見はある?」
「私は成宮先輩に着いてきます!」
「私も、やってみる」
 ふむふむ、二人はやる気みたいだな。ほわぁっと、東さんが心底嬉しそうな顔をして、俺の方を見つめてくる。そんな顔をされちゃ、こちらとしては断る訳には行かないのだが。
「わかった、行くよ」
「もちろん俺も行くぞ、何せ秦乃が行くんだからな」
「成宮先輩、少し相談が」
「分かってるわ、旗手、あんたはお断りですって。あんたと秦乃さんは別の班よ」
「…そろそろ俺に素直になってもいいんだぞ?」
 ぷいっと秦乃さんはそっぽを向く。それがかなり大ダメージだったのか、旗手は膝からガックリと崩れ落ちた。
「何故だ…?」
「お前のこと嫌いだからだろ」
「何故だ…!」
「変態だからだろ」
「変態共は置いといて、チームを発表するわよー」
 変態共って。それ俺も含まれてないか?全く、失礼するな。すると、何やらジトっとした目で安倍さんが見つめてきた。
「安倍さん、何か言いたげだね」
「別に」
 この子、さっきの秦乃さんと同じような反応をした。はぁ、絶対に今俺の事軽蔑してるよ。そんなことも気にせずに、風音がホワイトボードに組み分けを書かれた。
『チーム紅…旗手、安倍さん、スペシャルゲスト
チーム白…秀忠、秦乃さん、成宮』
「チーム分けに異議あり!俺と旗手の場所を入れ変えろ!」
 俺としては秦乃さんとでもいいんだが、ここはやはり安倍さんと親睦を深めたいところだ。
「そうだ、そうすれば全てが丸く収まる!」
「これが最も理想像に近いチーム分けよ」
 二人はともかく、東さんまでうんうんと頷いている。こ、ここはやっぱり潔く引き下がるほうがいいな。…にしても、スペシャルゲストか。
「スペシャルゲストって誰だ?」
「また夜になったらわかるわよ。てなわけで、今日の部活が終わり次第目的地に向かうわよ」
「はい!」
 元気よく秦乃さんが返事をする。目的地…か。そういやどんな場所か聞いてなかったな。ただの吹き溜まりとしか。まぁ、風音からの提案とはいえ、元は東さんからの依頼だ。きっと何の変哲もない広場とか公園とかだろう。邪鬼だって薄暗い場所を好むわけではなさそうだし。
 …そう思っていた時期が俺にもありました。
 ガクブルと体を縮こませる新入生二人。それもそのはず、ここは墓地だ!おどろおどろしい雰囲気に当てられ、二人は完全に萎縮しているのだ。
「あばばばば…」
「ふぇえ…」
 なるほど、東さんの依頼ならば大丈夫だと思っていたが、東さんの上には入鹿さんが居るんだ。あの人なら嫌がらせというか、悪ふざけ的な考えで依頼してきそうだ。東さんには、恐らく場所は知らせていなかったんだろう。入鹿さんと風音が繋がってたって訳か。
「こんなに暗いと、転ぶかもな」
「大丈夫、チームにひとつこれを支給するわ」
 そう言うと、風音はスクールバックの中から提灯とロウソク、マッチを取り出した。ロウソクに火をつけ、それを提灯に入れる。すると、なんとも雰囲気の出る提灯が。
「どう、雰囲気出るでしょ?」
「俺たちは肝試ししに来たわけじゃないだろ」
「頭硬いわね、遊び心よ、分かんないの?これはオリエンテーションも兼ねてるんだから」
 それは初耳なんだけどなぁ…。そんな俺の心中を察することも無く、風音は安倍さんに提灯を渡しながら、ルールの説明を開始した。
「じゃ、行くわよ。チーム紅は左回り、チーム白は右回りよ。スペシャルゲストはこの中に居るから、探して来なさい。中の邪鬼は見つけ次第即刻処分すること。いいわね?」
 なるほど、つまりチーム紅はそのゲストを見つけるまでは二人きりって訳か。不安だな。この子、妹気質っぽいところあるから、その気に当てられた旗手に襲われでもしたらと思うと…。
「安倍さんに手を出したら許さないぞ」
「こっちのセリフだ。俺は妹という属性そのものに萌えるのであって、お前のような節操のないロリコンではないんでな」
 そう言いながら、俺たち二人は背を向け、それぞれのルートに行こうとした。
「それじゃあ行こう…か?」
「ごめん、安倍さん。あの変態がうるさく…て?」
 俺たちは、完全に取り残されていたのだ。あれ、もしかして俺たち…。
「置いてかれた…?」
「みたいだな…」
 互いの現状を理解した瞬間、俺たちは夜の墓地に駆け出した!まだそう遠くに行っていないはずだ!提灯は風音が持ってるはず!ならば提灯の光が…!あった!
「置いてくなよー!」
 俺はその光に向かって全力疾走した。足元が見えないなんて知るか!俺だって怖いんだよ!
「きゃぁあ!」
 俺に驚いて秦乃さんが可愛い悲鳴をあげる。それを庇うように、風音が前に出た。
「風丸、秀忠を木っ端微塵にして!」
「うお!?」
 俺が合流した瞬間、風丸が俺を攻撃してきた!腰を抜かして尻もちを着いたその時、俺の思い出が蘇る…。あぁ、これが走馬灯か。…と思っていたのだが、一向に痛みが襲ってこない。見ると、てちてちと風丸は俺の体を駆け上がり、鼻先をかぷっと甘噛みしてきた。
「なーんだ、秀忠だったのね。てっきり邪鬼だと思ってたわ」
「お前さっきはっきりと秀忠って言ってただろ!確実に俺だって気がついてただろ!」
「あら、そうだったかしら?」
 ふふっ、とまるで悪役のように口元を抑えて笑った。これもうわざとですと言ってるようなもんだろ。その後ろから、がたがたと震えながらこちらの様子を伺う。風音と違って、この子は小動物のようだ。守ってあげたい系女子とはこのことか。でも、この子の場合自己防衛の心得は持ってるんだけどな。
 過去、彼女の強さに疑問を持った俺は、殴られる覚悟で奴良に聞いてみた。すると、翌日ある資料を奴良が持ってきた。これは…『祓い屋ランク表』?祓い屋としての腕を表しているのか。
「これは…」
「中級になってから2ヶ月に1度受けることになる測定の結果だ」
 俺はまだ下級だ。祓い屋には等級が存在する。下級、中級、準上級、上級、特級。下級から中級に上がる方法は、名有りを単独で三体祓うこと、もしくは名無しを百体倒すこと。釣り合ってないと思うかもしれないが、それだけ名無しと名有りでは格が違うということだ。とにかく、俺が下級止まりなのはあまりにもリスクが大きい術式だからだろう。でも、その測定を彼女が受けているってことは…。
「中級祓い屋ってことか…」
「いや、秦乃は下級だ。俺ら奴良家は、下級の祓い屋でも四月と九月に全く同じ測定を受けることになっていてな。それを直前の全国の測定結果と照らし合わせて、評価を出してるんだ。ちなみに俺は中級だ」
 すっと、テーブルの上に認定証を置いた。これは、本人の霊力を流すことでより正確な情報を見ることが出来る。奴良の手に触れた認定証は、眩く輝き、秦乃さんの資料にあった表と同じものが空間に映し出された。
「奴良旗手…18
性別…男
攻撃力…B
防御力…B
俊敏性…D
持久力…B
知力…C
霊力…A
対霊力…A
使役力…E
術式…A
汎用性…B
成長性…C
総合評価…中級」
 俺の認定証にはこんな機能はないから、中級からこの機能が付くのか。それにしても、EとかAとか書かれているが、これがどういうものなのか…。
「基準は?」
「全体の順位で評価されるらしい。Aは上位10パーセント、Bは11から30パーセント、Cは31から60パーセント、Dは61から80パーセント、それ以下がEだ」
 なるほど、明確な基準はあるのか。俺は改めて秦乃さんの評価を確認する。そこには、目を疑うような評価があった。
「奴良秦乃…15
性別…女
攻撃力…C
防御力…C
敏捷性…C
持久力…C
知力…C
霊力…C
対霊力…C
使役力…C
術式…C
汎用性…B
成長性…B
評価…中級」
 何だこの数値。ほぼ全ての評価がC?それに、総合評価中級って…。
 霊力とは、陣や術式なんかを発動させるために必要な力のことだ。ちなみに、対霊力とは邪鬼の放つ霊力に対抗する力である。邪鬼の攻撃から身を守ることも出来るらしい。防御力は、術式を使用した際の物理的な防御力のことである。
「これってつまり、彼女には中級並の実力があるってことか?それに、ほぼオールCって…」
「姉様が完成された万能型だとしたら、例えるなら、あいつは発展途上の万能型だ。俺と秦乃でどちらかが姉様に近いかって言われれば、それはきっと秦乃だろう」
 やはり、奴良家最強と呼ばれる加賀美早苗さん、かなりの実力者なのだろう。おそらく、上級以上は確実か。ほんと、できることなら敵対はしたくない。それに一番近いのは秦乃さんか。彼女、化けるかもな。
「び、びっくりさせないでくだひゃい!」
 そんな彼女も、今はかなり脅えている様子。噛みまくってるし。まぁ、とりあえず3人で合流できた。これで少しは心細くなくなったな。にしてもここって吹き溜まりじゃなかったか?それにしては邪鬼に全く出くわさないような…。視線も感じないし。
「静かすぎるわね」
「やな予感がします…」
 まるでフラグじみた発言を二人がする中、俺もその異様さを肌で感じていた。視線は感じない。でも、なんだか胸がズーンと重くなるような、息がしづらくなるような…。
 刹那、全身の鳥肌が逆立った!嫌な予感が的中したのだ!
 墓石が吹き飛び、ガラガラと周囲に転がる。さながら、巨大な爆発でも起きたようだ。砂埃から、三メートルはある人型の邪鬼が姿を現した!
 それは、今まで見たどの邪鬼よりも巨大だった。戦い慣れている風音でさえも、一歩退くほどの霊力。何が小物の吹き溜まりだ、こいつは…!
「名有りの…邪鬼…?」
 絶望を孕んだ声色で、風音が呟く。頬を嫌な汗が伝うのを、俺は鮮明に感じた。

「安倍さーん!」
 俺は急いで安倍さんを探した。何も怖いわけじゃない。ただ、とてつもなく嫌な予感がする。彼女、初めは秦乃と全く関わりがなかったから死ねばそれは彼女の実力不足と割り切っていたが、最近秦乃と仲良くなったようで、秦乃が二日に一回は彼女の話をしてくれるようになった。つまり、彼女がいれば秦乃が俺に話しかけてくれる、ということだ。それはつまり、彼女が死にでもすれば秦乃が悲しんでしまう。そんなのはゴメンだ!
 おや、あの煌々とした光は…、提灯か!あそこに安倍さんが居るとみた。
「置いていかないでくれよ」
「ふにゃあ!」
 ビコンっと肩を震わせながら安倍さんはゆっくりと振り向いた。提灯の明かりで顔が照らされていると言うのに、目に見えて彼女の顔が青ざめていた。それもそうか、彼女、見るからに怖いものは苦手そうだ。
「びっくりした、邪鬼だと思った…!」
 涙目になりながら、俺の事をポカポカと弱い力で殴り始めた。な、何だこの小動物は…!まるで、守りたくなるような…。これは…妹属性…!?とくんと俺の胸は高鳴った。違うんだ、秦乃!俺はそんなに意志の弱い人間性をしていない!浮気性だなんて思わないでくれ!
 …ん?でも待てよ?俺は想像を膨らませる。
 俺が朝起きると、すぐ横から寝息が聞こえてくる。大して珍しいことではない。いつも、彼女は俺の布団の中に潜り込んでくる。二つ下の幼なじみ、安倍日向美さんだ。親ぐるみの付き合いで、彼女には合鍵が小さい頃に渡されているのだ。なので、こうやって布団の中に潜り込むことも可能なのだ。「むにゃ…」と寝言を言ったあと、彼女は体を起こした。
「おはよ…お兄ちゃん」
「日向美、また目やに着いてるじゃないか」
「とって」
 目を瞑り、ずいっと顔を寄せてくる日向美。まるでキスをせがんでいるようだ。俺はそんなやましい考えを抱えつつ、親指で彼女の目やにを拭った。すると、彼女はグッと顔を近づけて、耳元で囁きかける。
「期待…した?」
「な、何が…」
「私は、別に気にしない…よ?」
 今度は顔を若干赤らめながら、ツンっと唇を尖らせて、目を閉じる。こ、これは彼女の意志を尊重した結果だ、俺はそれを裏切らないために…!ごめん、秦乃…!
「お兄ちゃん、おはようございま…す!?」
「は、秦乃…!?」
 開け放たれたドアから、仰天した様子の秦乃が飛び込んできた!俺は急いで阿部さんと距離をとる。さながらそう、浮気現場に正妻が乗り込んだ時のようだ。
「お兄ちゃん、妹以外の女と寝るだなんて!」
「私も、お兄ちゃんの妹」
「妹っていうのは、ただ年下の仲の良い女子が名乗っていいほど軽いものではありません!もっと神聖なものなんです!」
 そ、それもそうだ!でも、彼女をどこか妹だと認めてしまっている。くそ、どうすればいいんだ!
「お兄ちゃん!」
「お兄ちゃん」
『どっちを選ぶの?』
 二人がせがんでくる、ずいっと二人の顔が近づき、興奮して荒くなる息が感じられる程に。…待てよ、俺の妹に対する愛はこの程度だったか?ただの妹気質の幼なじみを妹として認めてしまっては、それこそどこぞのSサイズ好きの変態と同じではないか?そうだ、俺は!俺が愛したのは…!秦乃だけだ!

「ごめん、安倍さん。君を妹として認める訳には行かない」
「へ?」
 キョトンとした顔で、安倍さんがこちらを眺めている。俺は、秦乃に対する深い愛を再確認した。よし、とっととスペシャルゲスト見つけて、邪鬼を大量に狩って秦乃と合流しなければ。
「あの、スペシャルゲストに目星は?」
「着いてるよ。風音だって俺たちのバランスを考えてくれてる。俺と君はどちらかといえば後衛向きの術式だろう?だからここは…」
「やっほー!」
 いきなりの大声に、安倍さんは肩をびくつかせる。その声には聞き覚えがあった。成宮と友好的な関係を築いており、知り合いの前衛向きの祓い屋。ならば…。
「ひっさしぶりだね、旗手!先日全国行脚から帰ってきた、高校生にして中級祓い屋!能登家の未来ある次期頭領、能登悠花ちゃんとはあたしの事だー!」
「帰ってきてたのか」
「つい一昨日ね」
 墓の上で人差し指を立て、ポーズを決める悠花。相も変わらず破天荒な性格をしている。というか、墓石の上でそんなことして、バチが当たっても知らないぞ。
 というか彼女、確か武者修行をしていたはずが予定が狂って、春休み終盤に帰ってくるはずが今の今まで帰って来れなくなったって聞いてたんだけどな。ちなみに、初対面でもないのに名乗りを入れるのは彼女の癖みたいなものだ。少しでも有名になりたいから、何回も言うんだとか。いかにも馬鹿っぽい。
「能登…ってことは御三家?」
「おやっ、お初にお目にかかるね。君は誰?」
「安倍日向美。文芸部の新入部員。よろしく」
「うん、よろしくー。はわぁ、秀忠の好きそうな小さな女の子だー」
 そう言いながら、悠花は安倍さんを撫でくりまわした。その予想通り、秀忠は彼女に好意を寄せているようだ。全く、見境のないやつ。
「あ、それと、この墓場大変だよー?なんたって名有りが二体もいるもん、さっき見た。互いに牽制し合ってて、近くにいるなんてことはないけど」
「名有りが二体…?話が違うぞ!ここは雑魚の吹き溜まりだろう!」
 そんな俺の叫びに反応してか、嫌な風が吹き荒れた。まるで体の芯まで突き抜けて不安感を呼び覚ますような、嫌な風だ。ゾクッと、鳥肌が立つ。まずい、視線だ。この近くに邪鬼がいる。
 俺たちは、墓石の背に隠れて風上を確認した。犬のような形、完全な実体化…。やはり、名有りか。
「いちにのさんで畳み掛けるよ。日向美ちゃんは拘束、旗手は防御をお願い」
 俺と安倍さんは能登の作戦を聞き、こくんと頷く。彼女の方が、実戦経験も上だし、ここは能登に従うのが懸命だ。邪鬼は、周りを少し見渡したあと、咆哮した。どうやらこちらに気がついたようで、それが終わると真っ直ぐにこちらに向かってくる!
「いち…」
 邪鬼がこちらに走ってくる。
「にの…」
 安倍さんが封具を展開し、臨戦態勢に入った。邪鬼はもう襲ってくるぞ、まだなのか…?
「さん!」
 瞬間、安倍さんの封具は眩い光を放った!

「なぁ、東。蠱毒って知っとるか?」
「こどく…ですか?」
 東は頭にハテナを浮かべた。人の何倍生きていても、学ぶ機会がなければ知らないことが多い。こういう時にはうちの方から教えたることもある。少なからず、知識の面ではうちの方が上やからな。
「古代中国の呪術の一つでな、ツボの中にムカデやら蜂やら毒虫を入れて、最後に勝ち残ったもんを呪術に使うっちゅうもんや」
「へぇ、それがどうしたんですか?もしかしてそんな呪術に手を…」
「出したりしんよ。確かに興味はあるけど、人を呪わば穴二つとも言うんや。誰かを呪い殺したら、自分の分の墓穴まで掘らなあかん。まぁ、そんな術に頼らんでもいいほどの力はあるけどな」
 ほっと、東は胸をなで下ろした。
「なら、なんでいきなりそんなことを?」
 ぐつぐつと煮える鍋から牛肉を取り皿に入れながら、東が聞いてくる。
「毒虫が毒虫を喰らうと、その毒虫の毒はさらに強くなる。食った毒虫の毒も取り込んどるからや。この表現は間違っとるかもしらんけど、邪鬼に置いては間違ってない。邪鬼は共食いすることもあるんや。そして、その力が強くなっていく」
 東の箸が止まる。どうやら気がついたようやな。さて、この蠱毒を制するのは人間か、邪鬼か。見ものやなぁ。

「聞いてないぞ、名有りなんて!」
「こっちだって聞いてないわよ!ったく、名有りは想定してなかったんだけど!」
 風音はポケットから封結晶を取りだし、封具を展開した。身の丈ほどある巨大な鎌。それが彼女の封具だ。そして、それを展開すると同時に、風丸が眩い光を放つ。腕から鎌が生え、全身の毛が逆立った。
「風丸の姿が変わった!?」
「あぁ、秦乃さんに見せるのは初めてだったわね。これが風丸のホントの姿。そして、私の術式は『使役投影』。その名の通り、使役獣と同質の力を行使できるようになるのよ。じゃ、行って、風丸!」
 その声に呼応するように、風丸は邪鬼に突っ込み、風を圧縮した刃で邪鬼を傷つける。しかし、瞬時にその傷も回復されてしまった。再生の間は、動きは止まっているらしいのだが。ここは俺も…。
「風音!」
「ダメよ」
「まだ何も言ってないだろ」
 まるで俺が今から話そうとしていることを把握しているように、風音は即答した。
「あんたが出るのはリスクがあまりにも大きい。それに、今の私たちにあんたを止める自信はないわ」
「でもこのままじゃジリ貧だぞ!」
 旗手にも、名有りとは戦うなと言われたのを思い出す。確かに、俺が死んでしまったら鳥籠の邪鬼が解放されてしまう。ここは…、大人しくしておくべきか。
「私が戦います!先輩は下がっていてください!」
「うん、頼んだ!」
 俺は下がり、秦乃さんが前に出る。秦乃さんはあまり邪鬼祓いの経験がないみたいだけど、大丈夫だろうか?その心配は完全に杞憂だった。彼女の周りに無数の陣が展開されたのだ。
「まぁ、知ってたけどね。あなた強いものね」
「うふふ、中級の中でも上位の先輩から褒められるなんて、光栄です。では、私が再生の抑制と拘束をしますので、成宮先輩は攻撃を!」
 秦乃さんは自分の周りの陣を二つ選択し、それを邪鬼の足元に移動させる。陣は幾何学模様をどんどんと広げていき、まるで水を型に流すように広がっていく。そして、その陣から無数の光の帯が展開し、邪鬼を縛り上げる。苦痛の悲鳴をあげて暴れ、その束縛から逃れようとするも、次々と出現する光の帯に絡め取られていく。まさに圧倒というのか、彼女は完全に優位に立っていた。
 俺だけでなく、風音でさえもぽかんと口を開けていた。彼女の実力が、心底想定外に高すぎたようだ。
「おい、風音!」
「はっ、驚いてる場合じゃなかったわね。風丸、行くわよ!」
 風丸と風音は息を合わせ、巨大な一陣の風を邪鬼にぶつけた。秦乃さんの陣が邪鬼の傷に作用し再生が追いつかず、自壊を始めた。そして、完全に崩壊したところで核が砕け、邪結晶が転がった。それを、風音が拾い上げる。
「私の術式、『陣構築』は、作用、張り方を理解している陣は瞬時に張ることができるんです」
「…驚いたわ。まさかここまで戦闘向きの術式だっただなんて」
 確かに。元より術式とは邪鬼と戦う術なのだが、かなり戦闘に向いている術式なんだろう。何より、御三家である風音が驚いている。
「とにかく、これで一件落着です。見たところ、もうひとつ強力な邪鬼が居るみたいでるけど、もう一体は向こうの3人なら倒せますよ」
「そうね」
 そんなことを言いながら、俺たちは、墓地の中心地にたどり着いた。

「裂け、村正!」
 一瞬だ。鎧袖一触。悠花が刀を振るうとスパンと邪鬼が真っ二つになり、まるで狼煙のごとく天に向かってチリが舞い上がりバラバラと消滅していく。はぁ、こいつまた強くなっているな。伊達に武者修行してた訳じゃないか。安倍さんは封具を構えたまま口をあんぐりと開けて、呆然と邪鬼の残骸を見つめていた。
 彼女の封具、村正。その名の通り、邪鬼を切り、生き血を啜るという意味を受けた封具だ。いや、意味づけられただな。悠花の術式は、『画竜天命』。彼女に名付けられた封具は、名の通りの意味を持つものとなる。つまりは彼女が『鈍』と名付ければそれはただの鈍となり、彼女が『業物』と名付ければそれはどんな邪気をも切り裂く業物となる。
 ちなみに、この村正にも、真の姿がある。並の名有りなんかは村正で十分に倒せるので、それは滅多に使わない。
 正確には同一の封具だが、彼女の呼ぶ『名前』に応じて、その姿を変えるのだ。
「ねぇ、旗手ー。弱くない?」
「確かにな。でも、下級って聞いてたけど」
「てことはこいつ桁上がりだ。通りで手応えないんだー。二人とも、これは村正に食わせていい?」
「あぁ、お前が倒したんだもんな」
「いいけど…食わせる?」
「そ。食らえ、村正」
 そう言うと、刃先から小さな顎が現れ、邪結晶を噛み砕いた。そして元の刀に戻る。相変わらず不気味な封具だ。安倍さんが少し脅えている。その気持ちもわかるな。祓い屋の封具とは、本来邪鬼と戦う手段というだけあって物騒なものも多いが、彼女のそれは輪にかけて物騒だ。それもそのはず。彼女の刀は、まさに『喰えば喰うほど強くなる』。邪結晶を刀に喰わせると、その分だけ強くなるんだ。好戦的な性格の悠花とはピッタリの封具というわけだな。
 正直に言おう。彼女は俺よりよっぽど強いと思う。
「あの。二人に少し聞きたいことが」
 能登が封具を封結晶に戻したのと同時くらいだろうか。安倍さんが何やら口を割った。あまり喋らないこの子が聞きたいことか、一体何だ?
「二人にとって、狭間先輩ってどういう関係…?」
 ヒデ…か。まぁ、彼女もヒデの正体を知っているのだろう。それを知った上で、この質問を投げかけてきている。俺と悠花は、間髪入れずにこう答えた。
「俺らにとって、ヒデは」
「あたし達にとって、秀忠は」
『時限爆弾だよ。要はただのバケモンだ』
 俺たちの声が、完全に重なった。

 俺たちが少し待っていると、向こうから赤褐色の光がやってくる。人魂…なわけないな。大方もうひとつの提灯だろう。ということは…。良かった、3人とも無事そうだ。というか、三人?
「あ、やっほー!久しぶりだね、三人とも!」
「悠花!帰ってきてたのか!」
 まさかこいつがスペシャルゲストだったとは。能登悠花は、俺と同い年でありながら、旗手と並べるほどの力を持つ祓い屋だ。過去に何度か名有りも倒したことがあるのだとか。
 つまり、彼女はおそらく中級ってことだ。旅に出ると部室に書き置きを残したっきり消息を絶っていた。もしや死んでしまったのかとも考えたが、元気そうだ。
「今回、楽しくなるよって風音が教えてくれたから、ゲストとして推参したのだよ」
 確かに、悠花って、『世のため人のため』って感じじゃなくて、『強い邪鬼と戦いたい』ってタイプだもんな。前に何故そこまで戦いを好むのか聞いてみたけれども、「だって私って強いじゃん?強いから戦うのが楽しいんだよ。それ以外の理由なんて、要る?」とのこと。完全に戦闘狂の発想だ。案外こういう奴が一番成長が早いかもしれない。
 ここで、彼女のことを俺の知る範囲で語らせてもらおう。
 能登悠花、御三家能登家の当主。
 しかし、最近は能登家の立つ瀬がどんどんと亡くなっていっている。それも、能登家の頭領だったある男が、事件を引き起こしてしまい、さらにそれの責任も取らずに失踪した。そのしわ寄せは当然のごとく残った能登家の人間に行く。その結果、どんどんと能登家は発言力、権力を亡くし、失墜していく一方だったのだ。そんな中でも、彼女はめげずに他の御三家にコンタクトを取り、何とか汚名返上の機会をくれないかと懇願したらしい。そして、早苗さんからある条件が出された。それを満たせば、能登家の立場は彼女が保証してくれるのだとか。
 彼女も最初は悩んだ。『御三家の盟主筆頭となる自分が、同じく御三家の頭領の彼女、しかも本家でもないただの中継ぎである早苗さんに助けを求めるのは、如何なものだろうか』と。しかし、そこは背に腹は変えられないと、その提案を受諾。条件というのは、十八になるまでに中級になれとのこと。そうすれば他の御三家からも多少は認められるだろうとの考えだったらしい。更にそこから奴良家最強とまで謳われた彼女のバックアップも着いているんだ。悠花はどんどんと力をつけ、祓い屋として頭角を現し、十六でありながら異例の中級昇格を見事に果たした。
 本人にこのことを言うと、「そんなー、あたしは強い邪鬼と戦いたいから強くなっただけだよー。御家のことなんて考えてない!」だとか照れ隠しを言う。
 つまるところ、素直じゃないのだ。
 というか、彼女なかなか安倍さんと距離感近いな。さっきから結構話してる…いや待てよ。さっき悠花なんて言った?面白そうだから推参した?この場合、彼女が言う面白そうだから、と言うのは強い邪鬼がいると聞いたから面白そうに感じた、という風に捉えるべきだろう。つまり…。
「風音、お前知ってたろ、名有りがいるって」
「あら、何のことかしら?言い掛かりはやめて」
「名有りが居るって聞いたからきたのにさー、さっきの邪鬼弱くなかった?ねー、風音ー」
 願ってもないところから伏兵がすっ飛んでくる。はぁ、完全に外堀を埋められたな。
「そ、そう!これはあなた達を試しているのよ!」
「あからさま今思いつきましたって顔だぞ」
「それに、あれは名有りじゃないわよ。桁上がりって呼ばれる、名無しの上位種。言うなら、名有りのなりそこないね」
 そうなのか。確かに、この前のやつはかなり好戦的で、馬力も凄かった。なのに、今回の邪鬼は再生速度、馬力、俊敏性。全てにおいて名有りの下位互換と言えるだろう。
「ちぇー、嘘ついたの?」
「名有りにも引けを取らない実力のやつもいるし、実際そこそこ強かったでしょ?それに、名無しじゃないとそこの変態がうるさいのよ」
 開き直ったように自分が桁上がりがいると確信していたことを認め、更には旗手にまで飛び火する。え?てことは…。
「お前もか!」
「まぁ、そこそこ強い名無しって聞いてたけど、桁上がりが居るなんてことは聞いていなかったけどな」
 たく、参加者の半数がグルで仕掛け人だったとは…。
「随分と迫真の演技だったね」
「いやぁ、そこまで褒められると照れるなぁ」
「皮肉だろ」
 安倍さんの顔を見るに、明らかに皮肉めいた意味を絡めた上での言葉だ。すると、秦乃さんが旗手の肩を叩く。
「兄さん、騙してたんですか?」
「い、いやぁ、俺はお前たちなら難なく倒せると信じてたんだよ!」
「無責任すぎます!」
 ぷくぅと、秦乃さんが頬を膨らませた。彼女なりの精一杯の抗議の意を示したわけだ。うん、可愛い。でも、この前の怒りっぷりを忘れてはいけない。そもそもその言い訳さっき風音が使ってたし。
「とにかく、秦乃さん。あなた早く陣張り直したら?」
「は、はい!」
 秦乃さんは陣を今度は三つ選択し、地面に手を置く。すると、陣が墓地全体に展開し、その瞬間にピキンと音を立てて結界が張られた。普通ならば、陣は媒体を介して張るものだが、彼女の術式により、彼女自身の霊力のみで陣を張ることができるらしい。
 ちなみに、人避けの結界が張られているため、一般人はボロボロになった墓を認識することすら出来ない。このように、建物なんかが壊れてしまった時には、掃除屋と呼ばれる祓い屋の集まりに全て修理してもらっている。
「でも、ここに陣を張るのは私は初めてですよ?」
「東さんはあなたが張ったって言ってた」
 確かに、安倍さんの言う通りだ。二人とも、しっかり者のイメージだし、情報の齟齬はないだろうけど。ん?秦乃さんが旗手を横目に睨んでいる?何かあったのか?まだ騙されていたことを根に持っているのか?
「その話だけどな、あの陣は、俺の実力を図るためのものだったんだ。言わば、どれだけ強い陣が張れるかって自分の力を推し量るための実験。元々ここは秦乃に任せられてたんだけど、俺が無理を言って、陣を張らせてもらったんだ。案の定中途半端な出来になったから、秦乃に後々頼もうと思ってたんだけどなぁ、すっかり忘れていたよ。アッハッハッハッハッ…ハ?」
「兄さん?」
 怒り心頭の彼女からは、何やらオーラのようなものが見えた。そりゃそうだ。自分のやる予定だった仕事を兄がどうしてもと言うから譲り、それがあろうことか失敗しており、危うく自分に被害被ろうとしていたんだから。
「正座してください!」
「は、はい!」
 いくら旗手であろうとも、本気で怒る妹には敵わない。秦乃さんは少し説教したあと、旗手の足元に陣を展開した。あぁ、あの陣見覚えがあるな。少し前に俺たちふたりに仕掛けたものと同じだ。
「えっちょ、秦乃?」
「これは旗手が悪いねー」
「そこで反省してなさい」
「自業自得だな」
 俺たちは、正座させられてる旗手を置き去りにし、解散した。
 ちなみに、ここから三十分はその場で正座させられ続けていたらしい。
 俺と安倍さんは、皆と別れ、二人帰っていた。彼女の性格も相まって、あまり会話は生まれない。
 ここは、俺から話しかけないと!
「そういえばさ、安倍さんって誕生日いつ?俺は三月九日なんだけど」
「…六月三日」
 六月三日…か。結構近いな。プレゼントとかしたい。何せ、俺はあの旗手にさえプレゼントを渡してるからな。安倍さんにも渡さないと。
「ねぇ、貴方は何者なの?」
 不意に、彼女の方から沈黙が破られる。そして、質問の内容も少し答えづらい内容だった。
「何者、か。簡単に言うと、邪鬼を内包した人間かな。だから俺、祓い屋からはよく思われてないんだ」
「そうなんだ」
 彼女は、俺が鳥籠だと知らなかったのか?それとも、改めて聞いたのか…。
「その邪鬼を殺すには、貴方を殺さなきゃいけないの?」
「あぁ、多分な。俺を殺したあと、邪鬼を祓う。その方法しかないのかもな」
「貴方は怖くないの?」
「怖いよ。死ぬのが怖くない人間なんて居ないさ」
「…ごめん」
 また沈黙。盛り上がるような内容でもなかったしな。さて、次はこちらから質問をしようかな。
「俺の秘密を教えたんだ、君の秘密も教えてもらうぞ」
「何?」
「安倍さん、あの名有り倒したのに、なんでまだここにいるの?」
「居ちゃダメ?」
 そう言うと、彼女は人差し指を口元に当て、上目遣いでこちらを覗き、首を傾げてきた。な、なんて可愛い仕草なんだ!って、この子あからさまに話題を逸らそうとしているな。危ない危ない。危うく彼女の思惑通りになるとこだった。
「ただ、なんで残ってるのか聞きたいんだ。ここは御三家の管轄。君みたいに御三家とあまり関わりのない祓い屋には、肩身の狭い場所だと思うよ。邪鬼だってほとんどすぐに狩られるし」
「…ホントは、ある邪鬼を祓いに来た」
「あの邪鬼以外の?」
 こくんと頷く。つまりあの時安倍さんは嘘を吐いていたんだ。
「なんで嘘吐いたんだよ」
「現実的じゃないって笑われるから」
 現実的じゃない…か。なんだろう、余程強い邪鬼なのか?ここら一帯で名の有る邪鬼は…。うーん、下級の俺じゃ手に入れられる情報も少ないんだよな。風音たちも、そういうことに関しては口が堅いし。
「いずれ相対することになるから、あなたも気をつけた方がいい。奴はもうすぐ、ここに来る」
「まだ来ていないのか?」
「うん。でも、もうすぐだって言ってた。協力者がいるの」
 ふむふむ。その協力者について根掘り葉掘り聞くのはさすがに野暮ってやつかな。そうやって彼女の気持ちを忖度していると、彼女の家のある団地が見えてきた。彼女とはここでお別れだな。
「また明日」
「うん。狭間先輩、また明日」
 お、おぉ!狭間先輩…か。うん、先輩。いい響きだ。Sサイズの服の似合う安倍さんのような少女の口から話されるからこそ、この胸が高鳴るのだろう。秦乃さんからは何回もそう呼ばれているが、彼女の声色で語られるそれには別の良さがあるな。そう思っていると、ニヤニヤとしていたのか、安倍さんは凄く怪訝そうな顔をしている。
「変態」
 言い返せない…。実際俺も旗手のことをしょっちゅう変態変態と罵っている訳だし。あいつが秦乃さんに「お兄ちゃん」と呼ばせてにやけているのを見ると尚更だ。
「じ、じゃあな!」
 そんな捨て台詞めいたことを吐き、俺は背を向けて歩き出す。にしても、彼女も他の目的があったわけか。今度、入鹿さんにも後々話しておこうか。ともかく、もう少し彼女はここに残るってことだな。…ごく普通の少女と、普通の少年であれば、嬉しく思うんだろうな。でも…彼女の身が危険にさらされることは、こちらとしては喜ばしくないのだ。自ら危険に身を晒してまで、彼女は何を果たしたいんだ?その邪鬼に、因縁を感じているのか?

 一か月前。一通の封書が届いた。祓い屋協会の末端からだ。本来ならば、そのようなもの無視するのだが、書かれていた内容も内容なので、こちらからも召喚することにした。
「では改めて。祓い屋協会の藤崎那由多です。どうぞお見知り置きを」
「…奴良家当主、加賀美早苗です。御三家と不可侵条約を結んでいる祓い屋協会の方が、どういう風の吹き回しで?」
「ははは、そんなに怒らないでくださいよ。分家であろうとも、もうとっくに立派な当主様ってわけですか。いやはや。参りましたよ。貴方とは少しは冷静に話が出来ると思っていたのですが」
 ソファーに座り、けたけたと笑う藤崎さん。その隣で、出された紅茶をマスク越しに嗅ぐ少女が腰かけている。
「ところで、本当なんですか?近いうちに、夜行が来るというのは」
「はい。祓い屋達からの情報です。信憑性は高いですよ」
 なるほど。だがそれだけでは手紙の内容と少し齟齬がある。
「手紙によると、過去最大級の夜行が来るとのことですが」
「その通りです。報告によると、その最後尾にね。かなりの大物がいたんですよ。あなたとも因縁のある邪鬼なはずです」
 私と因縁のある邪鬼?まさか…。三年前と同じような、あの惨劇を繰り返すことになるかもしれない。ここは、協力を仰ぐのが英断か。
「分かりました。こちらとしても、被害は最小限に抑えたい」
「交渉成立、ですね。出来れば今後とも、良好な関係を築きたいものなのですが」
「前向きに検討させてもらいます」
 私は、差し出された彼の手を握った。少し胡散くさいが、見たところ、彼は準上級だ。戦力としては申し分ないだろう。にしても、この子、身体中に痛々しいほどの包帯が巻かれているな。ちびちびと紅茶を飲んでいる時に見たのだが、マスクに隠れた口元には、大きな火傷跡があった。
「彼女の傷は、かなり酷いですね。祓い屋の治療を生業としている知り合いがいるので、紹介致しましょうか?」
「いえ。これは彼女の術式の影響です。まずはその術式を使いこなせるようにならなければ、治療したとしてもすぐに新しい火傷を作るだけですので」
 若干、心無い気はするのだが。術式に振り回されているようではまだまだ三流だ。そもそも、彼女の様子を見るに、肉体に直接影響を及ぼす術式だろう。自らの身を焼いているだけならばいいのだが、周りにまで被害を及ぼせば、彼女はきっと処分される。藤崎さんの体を見る限り、火傷は見られないようだが。
「そうですか。宿はどうなさります?宛がないようなら…」
「さすがに年頃の又従姉妹さんもいるここに泊まるのは、気が引けますよ。大丈夫、きちんと宿はとってありますから」
「心配無用ですか。では、逐一情報交換の程をよろしくお願いしますね」
「はい。全てはこの街と御三家の安寧のため。この命、使わせて頂きますよ」
 そう言うと、藤崎さんはソファーから立ち上がった。その後を追うように、少女が立ち上がる。チラリとスカートに隠れた膝から幾何学模様の痣が見えた。
「あの、この子の名前は?」
 彼女の痣の形、そして痣の位置。少し見覚えがあった。それに、彼女が生きていればこの子と同年代だろう。藤崎さんは立ち止まり、少女の頭に手を置いてくしゃくしゃと撫でた。
「藤崎真奈といいます。可愛いでしょう?姪っ子ですよ。亡くなってしまった兄夫婦の子供を、私が育てているんです」
「そうですか…。すみませんね、この子にとっても、あなたにとっても、思い出させたくない過去を掘り返してしまって」
「いえいえ。では、失礼致します」
 人違いか。そもそも大火傷やマスクのせいで元がどんな顔かもあまり分からないし、人違いするのも無理もないだろう。
 だが、彼らを完全に信じたわけじゃない。こちらからも隠し球を二人招集するとしようか。所謂、彼らが私たちと敵対した時の保険だ。
 とにかく、この先は少し忙しくなりそう。奴良家の当主、最後の大仕事ね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

探偵尾賀叉反『騒乱の街』

安田 景壹
キャラ文芸
いつの頃からか、彼らはこの世に誕生した。体に動植物の一部が発現した人間《フュージョナー》 その特異な外見から、普通の人間に忌み嫌われ、両者は長きに渡って争いを繰り返した。 そうして、お互いが平和に生きられる道を探り当て、同じ文明社会で生きるようになってから、半世紀が過ぎた。 エクストリームシティ構想によって生まれた関東最大の都市<ナユタ市>の旧市街で、探偵業を営む蠍の尾を持つフュージョナー、尾賀叉反は犯罪計画の計画書を持ってヤクザから逃亡したトカゲの尾を持つ男、深田の足取りを追っていた。 一度は深田を確保したものの、謎の計画書を巡り叉反は事件に巻き込まれていく……。

【完結】出戻り妃は紅を刷く

瀬里
キャラ文芸
 一年前、変わり種の妃として後宮に入った気の弱い宇春(ユーチェン)は、皇帝の関心を引くことができず、実家に帰された。  しかし、後宮のイベントである「詩吟の会」のため、再び女官として後宮に赴くことになる。妃としては落第点だった宇春だが、女官たちからは、頼りにされていたのだ。というのも、宇春は、紅を引くと、別人のような能力を発揮するからだ。  そして、気の弱い宇春が勇気を出して後宮に戻ったのには、実はもう一つ理由があった。それは、心を寄せていた、近衛武官の劉(リュウ)に告白し、きちんと振られることだった──。  これは、出戻り妃の宇春(ユーチェン)が、再び後宮に戻り、女官としての恋とお仕事に翻弄される物語。  全十一話の短編です。  表紙は「桜ゆゆの。」ちゃんです。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

処理中です...