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中編

狙われた神楽

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 神楽はだいたい午後の3時位には店にいる。clubKがオープンしてからずっと開店前の準備は神楽が1人で全て済ませてきた。
 だが今は保育士の資格の勉強をしているので夕方になってしまうことが多く、だから最近は店の準備などは店長の雪絵に任せてしまっている。

 いずれ自分は店を離れるつもりなのでいい機会だと思っていた。
 事実雪絵はよくやってくれていると思う。彼女なら自分がいなくなってもちゃんとやっていけるだろうし彼女にこの店を譲りたかった。

 それが覇女の副総長として、店長としてずっと尽くしてくれた彼女への気持ちだ。

 水商売は儲かる。それは分かっているし自分は向いていると思う。
 それが分かっていながらも保育士などという決して楽でも給料がいい訳でもない仕事を目指すのは、死んだ兄の気持ちに応えたいからだ。

 兄は自分を保育士にさせようとしていた。

 それを知ってからというもの、自分でも保育士という仕事に興味が湧いてきてもいる。

 それは彼女が兄の死を越え、少しずつ自身の心が落ち着いてきているということの裏返しでもある。

 覇女の総長として横浜を仕切り、キャバクラの経営者となり同時にママとして忙しい毎日を送り常に人の上に立つ。
 その理由が段々となくなってきている。

 むしろ何も分からない世界に1番下っ端として踏み出し務めることに魅力さえ感じてしまっている。

 神楽で言うとこのガキと呼べる子供たちの面倒を見たり、手取り足取り世話をやかされることをぼんやりと想像したりしている。

『あたしともあろう者がどうしちまったのかねぇ…』

 そう口では言うものの、今は毎日が楽しいとさえ感じていた。


 clubKは横浜の飲み屋がズラリと入ったビルの2Fに入っている。
 階段を上がるとすぐドアがある。

 中に入ると電気は暗く妙に静かだった。

 いつもだったら音楽を流しながら雪絵が掃除をしているのだが物音1つしない。

 あれ?誰もいない?

 まさか…カギは開いているんだしと中に入っていくと店のフロアに見知らぬ人間が数人いることに気づいた。
 驚いたのはそれだけではなく、すぐそこに雪絵が倒れている。

『雪絵?…おい!雪絵!』

 神楽が駆け寄って声をかけるとかろうじて意識がまだあるようだった。

『…ごめん、絆…やられちゃった…』

 雪絵は力なく言うと涙を流した。

『お前が覇女の神楽か?』

 奥の席で座っていた女が口を開いた。

『誰だ、お前ら』

 見回すと他に女が1人、男が2人いた。男の方は入れ墨がチラチラ見え歳は20代半ばだろうか。いかにもヤクザであることをアピールした身なりだ。
 奥で座っている女はそれこそスーツ姿で女らしい所などなく鋭い目をしている。

 そんな中もう1人いる女は青い学ラン姿だ。女?男か?
 いや、女だ。そこまで太くないボンタンに短ランを着ている。

『あたしは鷹爪っつーもんでね。今日はお前に用があって来たんだけど、その女が帰れなんて言うからよ、ちょっと黙ってもらったんだ』

『…なんの用だい?悪いけどさ、当たり前のように座ってんのやめてくれるかい?そこはさ、お客さんの座る場所なんだよ』

 神楽が鷹爪の方に向かって歩きだすと男の2人が立ちふさがった。

『言っとくけど、男だからって容赦しないよ?』

 神楽が目の前の男をにらみつけると男は拳を振りかぶってきた。神楽はそれをよけると代わりに腹のど真ん中に拳を叩きこんだ。

『うっ!』

 男はおもわず腹を押さえて後ずさり、神楽は追い討ちをかけるように続けておもいきり金的蹴りした。

『がぁぁぁあ!!』

 相手が絶叫して倒れこむともう1人の男の方に神楽がつかみかかっていく。
 そのまま頭突きを相手の鼻に打ちつけ相手がたまらず鼻を押さえる。すかさずまた腹に拳を叩きこむと足をかけ首をつかみそのまま勢いよく後ろに押し倒した。

 かなり強烈な技ばかりで男たちはしばらく向かってこれないだろう。

『ほう。さすがだ、やるじゃないか。四阿あずまや、お前相手してみな』

 鷹爪が言うと青い学ランの女が近づいてきた。髪を何本もの三つ編みにしていてメデューサのようなあの女だ。

 四阿と呼ばれた女は構えるとジリジリと間合いを詰めてきた。
 そしてその動きは予想よりもずっと速かった。

 まだパンチも蹴りも届かない距離から四阿は突然跳んできた。

『うっ!』

 顔面への跳びひざ蹴り。神楽がまんまとそれをくらうと続けて四阿は首に足を巻きつけ絞める足に力を込めた。
 おそらく、この女は総合格闘技。完全に油断してしまっていた。

(くそっ!マズい…)

 神楽は引き剥がそうとしたが足は外れない。このままでは落とされる。
 神楽は仕方なく四阿をおぶさったまま四阿を叩きつけるようにして倒れこんだ。

『ちっ』

 すると四阿は受け身を取り、神楽の首を絞める足の力を一瞬緩めた。
 その一瞬を見逃さず逃げればいいものを彼女は逆に相手をつかみ放さなかった。

『くらえ!』

 そして首に足をかけられたままのその状態から相手めがけて拳を連続で叩きつけていく。
 届く範囲、腹のできるだけど真ん中に神楽は打ちこむ。

『ちぃっ!くそ!』

 たまらず四阿の方が足を外し距離を取った。

『はぁっ…はぁっ…なんだ…もう終わりか?あたしを覇女の神楽と知って来てるってことは覚悟決めてるのかと思えば、案外打たれ弱いじゃないか』

『けっ、偉そーな女だな』

 四阿は構え直した。今度は神楽の反撃だ。蹴りとパンチの連続技で四阿を圧倒していく。
 四阿も攻撃を返すが殴り合いのケンカでは神楽が1枚上だった。

『くわぁ~。鷹爪さん、やっぱこいつ強ぇーよ。相当なもんだ』

『へぇ…どうだ神楽。ウチの組で覇女の面倒見させてくれよ。月にカンパだけ払えや文句は言わねぇ。悪くねぇだろ?』

『今時ヤクザに金払ってまで面倒なんて見てもらいたくないね。めんどくさいったらありゃしないよ』

『そうか…じゃあ、仕方ないな』

 鷹爪はニヤリと笑い店の奥に向かって呼び掛けた。

『先生!こっちに来てくれよ!』

 そう言うと奥から1人の人物が現れた。

 神楽は目を疑った。
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