上 下
1 / 1

とある国の出来事

しおりを挟む
 ゴーンゴーンゴーン

 時計台の鐘の音が響く。

「この者の処刑を始める」

 私はみすぼらしい服を着せられ、断頭台だんとうだいの上へと連れてこられた。手にかけられたかせが重い。

「ユリエラ・ルミナリス・ヴァイオレット。お前は罪なき国民を欺き、毒を薬と言って国中にばらまき――」

 皆、これで、治ると喜んでいたくせに――。

「希望を持った人々を絶望へと叩き落とした罪――」

 私は、たしかに薬を作ったのだが。あの材料からどうやったらあんなことになると言うのだ? 誰か教えては、くれないか?

「それをさも自分が治した! と吹聴し、聖女と呼ばれ、殿下の寵愛を獲得しようとする行動――」

 殿下? あそこで、ニヤニヤ笑う口元を上手に隠している女を横に侍らせていらっしゃるあの方か?

 好きだと言っていたのに。私を愛していると言っていたのに。婚約までしたというのに!
 貴方のために、そして私達で守っていこうと決めた国民の為に作った薬だった――。それが、毒と言われるのか。

「聖女だと? おこがましい、お前は魔女だ! 本物の聖女マリアン様の薬がなかったら我々は滅びていただろう。この希代の魔女ユリエラによって!」

 わーーーと、歓声が上がる。殿下と横にいる聖女が、水薬を掲げた。
 あぁ、それは私の作った――。そうか、そういうことか。薬と作り方さえあれば、私はもう用済みと言うことか。だから、渡した瞬間、殿下は――。やめよう、考えたところで無意味ね。
 そう、私は魔女なの。なら、あそこにいる二人は悪魔? 魔王?

 隣に立つ男が、刃物を振り上げる。
 あぁ、あの刃物でロープが切られれば私の生は終わる――。
 今から貴方達に精一杯の、今日産まれたばかりの魔女の祝福を聞かせてあげます。しっかり、脳に焼き付けて下さいね。

「あはははははははははははは、呪ってや――」

 ダンッ


 嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき!!

 ねぇ、なんで君も来てくれないのかな?

 いつだって私の味方だと、誓ってくれたじゃない。
 にこりと笑って、約束したのに。

 ねぇ、何故?

 その言葉、信じていたのに。

 アスファイン!!

 もう誰も信じない。生まれ変わることがあるなら、私は一人で……生きていく。
 裏切られて傷つくのは、もう嫌だ。

 ◇ ◆ ◇

「ユリ? 寝てるのかい? ユリー?」

 なんだか、久しぶりに君の声がする。

「おーい。立ったままよく寝れるな。危ないぞ?」

 嘘つきの君に言われたくないな……。あれ? 何故君の声がするんだ?

「ユリ」

「わぁ!?」

 突然、耳に息を吹きかけられ、驚いた私は目を開き飛び上がった。

「お、起きたか。相変わらず耳が弱いのな」

 ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべる。子供の頃から家が隣どうしでいつも一緒に研究や仕事をした、大切な仲間。

 アスファイン・レール・レッド

「なんだ、アス。私は寝ていない。目を閉じているだけだ!」

 息を吹きかけられた耳を押さえ、私は反論する。耳と顔が熱い。
 あれ、何で私の首は繋がっている?
 いや、私は何で生きている?

 さっきのあれは、ただの夢……? 世界が一瞬で逆さまになったあの瞬間も?
 違う、あれは、あれが夢のわけがない。
 私は首に手をやり、繋がっていることを確かめる。

「どうした? 喉でも痛いのか?」

 心配の眼差しでアスは私を見つめてくる。

「あの薬がもうすぐ完成するからって、寝ないで無茶ばかりするからだろう。体力回復の魔法でもかけてやろうか?」

 そうだ。君はいつだって私のことを心配してくれていた。なぜ、私は殿下を選んだのだろう。
 好きだと正面から伝えてくれたから? 愛してると言葉にしてくれたから?
 偽りの言葉に騙された、滑稽こっけいな私の末路があれか――。
 心が凍りつきそうだ。何も信じたくない――。そう、君だって……。

「大丈夫だ。自分で魔法はかけられる。

 ……、自分にかけられる?

「アス、あの薬って――」
「は? 何言ってるんだ。いま国中に流行っている熱病の薬だろ」

 あの薬……。
 私は自分の作業机をバサバサとかき回す。そうだ、今日完成するのだ。あの薬が!!
 ふふふ、そうか。そういうことか。

「なぁ、アスファイン。私の事が好きか?」
「は? 何を言ってるんだ? お前は殿下の――」

 アスの言葉が出る前に私は首を横に振った。

「私の事ではない、アスの気持ちを聞きたい」
「オレの?」
「あぁ……」
「……、昔誓っただろう。何があろうと何時だってお前の味方だって――」

 ふいっと、視線を外される。私が聞きたいのはそうじゃないんだ。

「アス、はっきり言ってくれないか?」
「……。あとで忘れてくれよ? ……、オレはユリエラが好きだ。ずっと前から。すまない、今さら言ったところでもう遅いのにな」

 顔を耳まで赤くして、口を押さえる君を見て、私は愛しいという気持ちを思い出す。誰が忘れてやるものか。

「ありがとう」
「なんなんだよ、急に――」

「アス、今から私と逃げよう」
「は?!」

 ◇ ◆ ◇

「いらっしゃいませー、明日も元気! 魔法使いユーリの薬屋へようこそ!」

 ここは、とある街の一角にある薬屋。

「ありがとうございました! またどうぞ」

 閉店の時間。店員が最後の客を見送り店の扉をしめて、鍵をかける。

 くくくくと、笑い声が店の中に響く。

「笑うな! そろそろ慣れろ!」

「あーっははははは」

「この魔女め!」
「笑うわ! 笑わぬ方が無理だ! 可愛いな、アーシャ」

 赤色の美しい髪を伸ばし、裏声で看板娘を演じるアスファイン。

「あー、お前もカッコいいよ! ユーリ」

 紫色の髪を短く切り、男前な魔法使い姿に変装するユリエラ。

「あの国、熱病がついに王や王子までひろがったそうだ」
「そうか、死にはしないよ。少し長く苦しむだけで、自分の力で治せるさ。まあ、その後、高熱が長く続いたやつらがどうなるかなんてしらないけれどな……」

 私は小さな瓶に入った水薬をふりながら、くすりと笑う。気のせいか、アスが鳥肌をたてているように見えるが?

「怖いか?」
「あぁ、怖いね。でも、ユリが好きなことに変わりはないよ」
「くく、どうだか」

 アスが、近づいてきて私の手をとった。

「どんな悪役になろうと、オレはお前の味方だ」
「わかってる――」

 君はあの時、きっと来てくれたんだろう。ちょうど、あの後すぐだったのかな? それはもうわからないけれど。
 自分に魔法をかけることが出来ない君がとった選択は、私に禁忌きんきの時間逆行魔法をかけたんだろう?

 私が、選択をやり直せるように。あの時間の自分を犠牲にしてでも、私を助けるために。
 あの時間の君を、私は助けることは出来ない。だから、もう一度、君を信じるよ。

 自分に魔法をかけることが出来ない魔法使い、アスファイン。

「なぁ、変装これいつまで続けるんだ?」
「私が飽きるまで」

 そんなに遠くない未来だから、絶望の顔をしないでくれ。
 あぁ、楽しいな。
 ありがとう。こんな時間をくれて。君に裏切られる日がこないことを祈るよ……。愛してる。

「オレ、ノーマルだと思ってたんだよ。自分のこと」
「ほう」
「最近、変装がたのし――。だーーーー! 何言ってるんだ、しっかりしろ。オレーー!」
「あーはっはっは!」

 私が楽しそうに笑うと、君も優しく微笑ほほえむ。
 とても、とても、幸せな時間。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます

刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました

まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」 あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。 ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。 それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。 するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。 好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。 二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。

拾った仔猫の中身は、私に嘘の婚約破棄を言い渡した王太子さまでした。面倒なので放置したいのですが、仔猫が気になるので救出作戦を実行します。

石河 翠
恋愛
婚約者に婚約破棄をつきつけられた公爵令嬢のマーシャ。おバカな王子の相手をせずに済むと喜んだ彼女は、家に帰る途中なんとも不細工な猫を拾う。 助けを求めてくる猫を見捨てられず、家に連れて帰ることに。まるで言葉がわかるかのように賢い猫の相手をしていると、なんと猫の中身はあの王太子だと判明する。猫と王子の入れ替わりにびっくりする主人公。 バカは傀儡にされるくらいでちょうどいいが、可愛い猫が周囲に無理難題を言われるなんてあんまりだという理由で救出作戦を実行することになるが……。 もふもふを愛するヒロインと、かまってもらえないせいでいじけ気味の面倒くさいヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより pp7さまの作品をお借りしております。

婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?

tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」 「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」 子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。

お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!

奏音 美都
恋愛
 まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。 「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」  国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?  国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。 「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」  え……私、貴方の妹になるんですけど?  どこから突っ込んでいいのか分かんない。

婚約者に裏切られた女騎士は皇帝の側妃になれと命じられた

ミカン♬
恋愛
小国クライン国に帝国から<妖精姫>と名高いマリエッタ王女を側妃として差し出すよう命令が来た。 マリエッタ王女の侍女兼護衛のミーティアは嘆く王女の監視を命ぜられるが、ある日王女は失踪してしまった。 義兄と婚約者に裏切られたと知ったミーティアに「マリエッタとして帝国に嫁ぐように」と国王に命じられた。母を人質にされて仕方なく受け入れたミーティアを帝国のベルクール第二皇子が迎えに来た。 二人の出会いが帝国の運命を変えていく。 ふわっとした世界観です。サクッと終わります。他サイトにも投稿。完結後にリカルドとベルクールの閑話を入れました、宜しくお願いします。 2024/01/19 閑話リカルド少し加筆しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...