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鬼の目にも涙
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私にとって、父は、宇宙人だった。
我が家に無言で頂点に君臨する帝王。
頭がいいので、母は口で父に勝てたことは一度もない。記憶力もいいので、昔の発言を蒸し返されて論破される。母の涙にも動じない。
酔っぱらってパンツはき損なって三枚破ったとか、自転車修理しようとして分解しすぎて結局捨てちゃったとか、不思議エピソードはあるにはあるが、それでも、私にとっては一線を画した人外のイメージだった。
常に不機嫌そうな顔をして、表情がほとんど動かない。泣いたり、笑ったりしない。
そんな、鉄面皮のイメージだった。あの日までは。
薄曇りの天気だったように思う。わたしは、病院でゴロゴロしていた。
そんななか、父が病室に駆け込んできた。文字通り、崩れ落ちながら。
「◯◯◯が、死んだ」
父が告げた名前は、姉の名前だった。
あれよあれよと父に抱き込まれるように、タクシーにのせられた。父の顔は、涙でグシャグシャだった。この人がなく顔は、初めて見た気がした。
車内で、私はずっと、父に抱き締められていた。まるで、逃げ出さないようにというばかりに。私はあまりにも話がいきなりすぎてついていけず、呆然としていた。
それから、別の病院についた。父があまりにも私を抱き込んだまま歩くので、病院玄関で足がもつれて倒れこんだ。あわてて、ごめんと謝っても、父は、いいんだ、いいんだ…と、壊れたように泣きながら私を抱き締めていた。
ここからはかなりおぼろげな記憶だ。
姉は、自らの誕生日の前日に、飛び降りたらしい。母は昼の買い物にいきたかったが、娘の様子が不安で、最後までしぶったが、姉に送り出されたそうだ。
「私は大丈夫だから、いってらっしゃい」
笑って送り出してくれたらしい。それが、姉の姿を見た最後だった。
母が買い物から帰ったとき、姉の姿はなかった。嫌な予感がして、母は探し始めたらしい。ふと、自宅から地上を見下ろしたとき、
人形のように動かなくなった姉を見つけたそうだ。
それからは早かった。救急車がやって来て、蘇生を行い始めた。
「奥さん、お嬢さんは外傷が少ないからもしかしたら!」
そう言って励ましてくれたそうだ。
普通、飛び降りは頭がパーン、とか、かなり正視できない状況になるらしい。しかし姉は、多少の擦り傷程度で、きれいな状態だったそうだ。
どこからともなくやって来た、記者をご近所さんが追い返してくれたり、父に連絡を取ったり、母は対応に追われたそうだ。
姉は、一晩、頑張った。21歳の誕生日を迎えた。
たくさんの輸血をして、電気ショックもした。
でも、二度と目を覚まさなかった。
外傷はほとんどなかったけれど、内臓ダメージがすごくて、だめだったそうだ。
そうして、姉はその生を終えた。
我が家に無言で頂点に君臨する帝王。
頭がいいので、母は口で父に勝てたことは一度もない。記憶力もいいので、昔の発言を蒸し返されて論破される。母の涙にも動じない。
酔っぱらってパンツはき損なって三枚破ったとか、自転車修理しようとして分解しすぎて結局捨てちゃったとか、不思議エピソードはあるにはあるが、それでも、私にとっては一線を画した人外のイメージだった。
常に不機嫌そうな顔をして、表情がほとんど動かない。泣いたり、笑ったりしない。
そんな、鉄面皮のイメージだった。あの日までは。
薄曇りの天気だったように思う。わたしは、病院でゴロゴロしていた。
そんななか、父が病室に駆け込んできた。文字通り、崩れ落ちながら。
「◯◯◯が、死んだ」
父が告げた名前は、姉の名前だった。
あれよあれよと父に抱き込まれるように、タクシーにのせられた。父の顔は、涙でグシャグシャだった。この人がなく顔は、初めて見た気がした。
車内で、私はずっと、父に抱き締められていた。まるで、逃げ出さないようにというばかりに。私はあまりにも話がいきなりすぎてついていけず、呆然としていた。
それから、別の病院についた。父があまりにも私を抱き込んだまま歩くので、病院玄関で足がもつれて倒れこんだ。あわてて、ごめんと謝っても、父は、いいんだ、いいんだ…と、壊れたように泣きながら私を抱き締めていた。
ここからはかなりおぼろげな記憶だ。
姉は、自らの誕生日の前日に、飛び降りたらしい。母は昼の買い物にいきたかったが、娘の様子が不安で、最後までしぶったが、姉に送り出されたそうだ。
「私は大丈夫だから、いってらっしゃい」
笑って送り出してくれたらしい。それが、姉の姿を見た最後だった。
母が買い物から帰ったとき、姉の姿はなかった。嫌な予感がして、母は探し始めたらしい。ふと、自宅から地上を見下ろしたとき、
人形のように動かなくなった姉を見つけたそうだ。
それからは早かった。救急車がやって来て、蘇生を行い始めた。
「奥さん、お嬢さんは外傷が少ないからもしかしたら!」
そう言って励ましてくれたそうだ。
普通、飛び降りは頭がパーン、とか、かなり正視できない状況になるらしい。しかし姉は、多少の擦り傷程度で、きれいな状態だったそうだ。
どこからともなくやって来た、記者をご近所さんが追い返してくれたり、父に連絡を取ったり、母は対応に追われたそうだ。
姉は、一晩、頑張った。21歳の誕生日を迎えた。
たくさんの輸血をして、電気ショックもした。
でも、二度と目を覚まさなかった。
外傷はほとんどなかったけれど、内臓ダメージがすごくて、だめだったそうだ。
そうして、姉はその生を終えた。
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