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 翌日、授業の準備をして、裕貴は二時間目からの授業に出た。
 
 まだまだ大学一年、専門分野は数えるほどしかなく、選択の教養科目をひたすらこなす。慣れない選択外国語も、予習と復習を反復して、何とかものにしていっていた。進路は漠然としたものではあったが、加奈子のこともあってまわせる時間が少ないことを自覚すると、意外に集中できていた。
 
 大学四年間、長くなるかと思っていたが、意外にもやることが多くて時間が足りないほどなのだ。うかうかしていたら時間を無駄にしてしまう。
 
 遊びも、勉強も、必死になってやらないといけないのだと裕貴は思っていた。良くも悪くも、融通のきかない性格である.
 
 待ち合わせは昼休みの教養棟の一階の休憩室。自販機前となっていたため、裕貴は大学についた時点で生協で昼飯を買い求め、昼食がてら待っていた。
 
 親の仕送りがあるとはいえ裕貴も大学進学を機に一人暮らしを始めている。バイトも定めていない今、親の仕送りと高校時代のバイト代の残りは貴重な資金だ。節約すべく、裕貴はコンビニと自販機利用を避けていた。そんなところも、加奈子に「嫁に良いわね」なんてからかわれる要因にはなっているのだが。
 
 昆布としゃけのおにぎり、コロッケパンを入れたビニールをテーブルに置き、お茶のペットボトルとスマホを脇において裕貴は食べながら相手を待った。
 
 ややあって、時間前三分をきったころに背後に影がさして、裕貴は振り向いた。相変わらず、時間前集合を心がける相手だった。
 
 「よお」
 
 行儀が悪いとは思ったが、裕貴はコロッケパンにかじりついたまま加奈子を見上げた。
 
 加奈子は変身すると宣言して以来、きちんと服装に気を遣うようになっていた。今日は髪にゆるくコテをあてたようで、サイドは緩やかに内巻きになったうえ、シフォンのリボンがついたヘアゴムで後ろに束ねていた。薄いベージュの七分袖のアウターに、若草色よりやや薄めの色彩のカーディガンを羽織り、膝丈のブラウンの薄手の生地のスカートをはいていた。眼鏡はやめたようだった。
 
 「忙しいのに悪かったわね、はい、お駄賃」
 
 加奈子はそういって向かいに座り、菓子が数点入ったビニールを裕貴の目の前に置いた。
 
 「お、さんきゅー」
 
 「早めに気づいてくれて助かったわ。一応早めに用意はしてるんだけど、向こうも都合があるからね」
 
 「ふうん。…ほい、これだ。カナがさわったもんで、ちょっとよれちまってるんだけどな…」
 
 そのまま渡すのは気がひけたため、裕貴は小箱用に新しく小さな紙袋を買い求め、それに入れて加奈子に渡した。
 
 「ありがとう。まぁカナたちと話すと思った時点で、ある程度の破損は覚悟してたから…思ったより綺麗ね、よかったわ」
 
 小袋の中の小箱の様子を覗き込んで確認し、加奈子はほっとした顔をした。
 
 「おそらく中身は無事だと思うんだが、もし無事じゃなかったら俺のほうからも謝罪したいからそのお相手にはよろしくいっといてくれ」
 
 そういわれて、加奈子は首を傾げた。
 
 「んー、まぁ向こうはそれどころじゃないから大丈夫とは思うんだけどね。まぁ伝えるわ。あっちも忙しいし」
 
 わかった、と裕貴が頷いて用事は済んだと立ち上がろうとすると、斜め向こうから裕貴を呼び止める声がかかった。
 
 「あ、田淵じゃん。よぉ」
 
 片手をわざとらしく挙げて、若干口の端をあげて相手は裕貴の進行方向にさりげなく回ってきた。
 
 「…西村か」
 
 「最近お前忙しいんだってな。返事無いから心配したんだぜ?…サークルは残念だったな?」
 
 最後の一言は小声で、語尾を上げて薄笑いを浮かべる相手を裕貴は忌々しそうに見上げる。
 
 「これから授業で移動なんだ、後にしてくれ」
 
 そんないらだつ裕貴を心底愉快げに西村は眺め、それから向かいの加奈子に目をやった。
 
 「こんちは。田淵の知り合いですか?可愛いですね、俺西村海斗っていいます、よろしくね」
 
 「はじめまして。佐々木加奈子です」
 
 加奈子は表情を変えず、軽く会釈をする。西村は加奈子の顔を食い入るように見つめて、にっこりと笑った。
 
 「さっき田淵となんかやりとりしてましたけど。仲がいいんですね?どういった関係なんですか?」
 
 加奈子にくいついたように話しかける西村に、裕貴はだんだん苛立ちを覚え始めた。
 
 「おい、西村いいかげんに…」
 
 そんな裕貴に、加奈子は一瞬目線をやると、西村に向かってにっこりと笑って爆弾発言を投げかけた。
 
 「ふふ、裕貴君とはお付き合いをさせていただいているんです」
 
 「ちょ、」
 
 「ええ、マジっすか!?」
 
 西村は大仰に驚いて、加奈子に詰め寄る。
 
 「いつからですか?」
 
 「…この間の土曜なんです」
 
 恥ずかしそうに加奈子はテーブルを見つめて答える。
 
 「ええっ?…田淵、水臭いなあ!彼女口説くのに忙しかったとか…」
 
 「え、いや…」
 
 裕貴が逡巡していると、テーブル下からペンで太ももを突かれた。加奈子だ。
 
 「ごめんなさい。わたしがわがままを言って、一緒に出かけているときはスマホはあまり見ないでって言ってしまったから・・・」
 
 加奈子は西村からやや視線を外したまま答える。
 
 「そのときにわたしが忘れ物をしたので、届けてもらっただけなんです」
 
 加奈子は西村に笑いかけた。
 
 「少しでもお話していたいので、あの、西村さん、裕貴君ともう少し話させていただいても宜しいですか?」
 
 上目遣いに頼まれて、西村はあー、うーと唸ってそのまま立ち去った。
 
 「よし。駆除完了」
 
 西村が休憩室から完全に立ち去ったのを確認して、加奈子は大きく息を吐いた。
 
 「駆除って、ひどい奴だなお前」
 
 「どうせあんな奴はあんたが不幸になるのを見に来るような性悪でしょ。構うだけ時間の無駄。どうせ彼女無しのこととかずっと言ってきてたのああいう手合いでしょ?」
 
 「…ソノトオリデス」
 
 裕貴はがくりとうなだれた。
 
 「ふん。バカらしい。童貞だろうが処女だろうが、くだらないことで優劣つけたところで、どうせ死ねば骨と皮。穴や竿が使用済みかどうかなんて関係ないわ」
 
 「…俺はお前が怖いよ…」
 
 いつになく機嫌が悪く口の悪い加奈子に、裕貴は少々戦慄した。
 
 「ちょっとちょっかいだしといたから、少しはあんたへの当たりが弱くなると思うわ。その間、カナやかぁちゃんのこと頼むわ」
 
 「いや…お前に矛先が行きそうだから俺としては勘弁してほしいんだが」
 
 裕貴の懇願に、加奈子は鼻息荒く一刀両断した。
 
 「どうせああいう手合いは邪魔してくるからどちらでも同じことよ。自分の周りが幸せに見えると不幸に引きずり込みたくなる奴。よくいるよ」
 
 あんまりああいう手合いは付き合いしないほうがいいわよ、と加奈子は裕貴に言い含めて、颯爽と去っていった。
 
 「…カッケーなぁ、加奈子さんは…」
 
 裕貴はぽつりとつぶやいた。
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