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カナは、遊具に両足をそろえて横向きに座り込んで、時折自身を揺らしながら、丁度後ろあたりに立つ裕貴に笑いかけた。

「ずっと、ずっと…かぁちゃんとふたりで暮らしていたの。」

ここの、なかで。カナは、穏やかな顔をして、胸の上に左手を添えた。

「時々、加奈子ちゃんも遊びに来て。みんなで、お話したり、泣いたり…」

何にも考えなくてよかった。とっても、らくだったわ。

そう話すカナは、眼前にある公園のシンボルであろう、石でできたぞうの滑り台をまっすぐ眺めている。

「わたしたち、じぶんたちのことばかりで…まわりがどうなっているかなんて、考えていなかった…」

ぼんやりと前を見つめていたカナは、眉をひそめて、軽く首を振った。

「気がついたら何年もたっていた、なんてね。…まわりのことなんか、忘れていたわ…」

「…それは」

声を掛けようとした裕貴を、カナはちらりと一瞥して、首を振った。

「必要な時間だったのかもしれない。でも、それでも、時間を掛けすぎたわ。…ねえ、知ってる?加奈子ちゃんはね、」

泣かないの。

裕貴ののどが、ヒュっと鳴った気がした。

「…加奈子ちゃんは、どんな子だった?」

ぞうさんの滑り台を睨むように見つめるカナを、裕貴は気遣わしげに見つめる。

「…気が強くて、悪戯っぽくて。それでいて、心を許したやつの前以外では、まったくといっても無個性に振舞うな。とりあえず、優等生キャラみたいだけども。裏表が激しいやつだと思う」

「…そう、なんだ」

カナはその答えを聞いて、軽く首を振り、遊具から降りた。

裕貴と向き合う。

どこと無く微笑んでいるようなカナの表情は、今は何かをこらえるような、辛そうな顔になっていた。

「わたしたちは、心がつながっているの」

「…ああ」

「お互い、何を考えているか、すぐにわかるんだ」

「…そうか」

「…この間までは、そうだったの。加奈子ちゃんは、かぁちゃんよりは、表現は少ないけれど、ひねくれているけど、優しい人なの。じんわりと、そっと、見守ってくれる。そんな優しいお姉さん」

「…そうか…」

おもむろに強い風が吹いて、裕貴は砂埃に眼を瞑った。目の前のカナは、風にかまうことなく、立ち尽くしたまま、ぽつりとつぶやいた。

「…わからないの」

「…わからない、とは…」

眼を開けて裕貴がカナを見つめたとき、カナの頬からは一筋の涙が伝っていた。

「最近、加奈子ちゃんの心が、見えないの…あんなに伝わってきてた気持ちが、わたしたちには、わからないの…」

こわいの。加奈子ちゃんが、どこかに行ってしまう気がして。

「いつも、ずうっと、外のことは加奈子ちゃんにばかり、押し付けていたから。気がついたら、加奈子ちゃんがどうしてこうなっちゃったのか、わからないの…」

わからない、わからないの。

カナは、うわごとのように首を振りながら、繰り返す。その度に、流れ出した涙がはらはらと散っていった。

「このままでは、加奈子ちゃんが、消えてしまうような…気がして。いまさらだけど、わたしたちが、加奈子ちゃんに甘えすぎていたと、気づいたの…」

カナの眦からは、涙がとめどなくあふれて来る。

裕貴は、どう声を掛けていいかわからず、戸惑う。

「ごめんね…ごめんね、ひろちゃん…わたしたちからでは、加奈子ちゃんは、応えてくれないの…」

カナは涙をぬぐいもせず、とうとうしゃくりあげ始めてしまった。

裕貴は、カナを宥めようと触れようとして、上げた手を下げた。

「俺は…」

「ねぇ、ひろちゃん。わたしたちは、ひろちゃんにしか、頼めないの…」

ほかのひとは、こわい。でも。かなこねぇがいなくなるのは、もっといや。

わたしたちにできることは、なんでもするわ。

「加奈子ちゃんが、どうしてそうなっちゃったのか、教えてほしい。」

あふれる涙をぬぐいもせず、カナはひたと裕貴を見つめる。

砂埃でわずかに涙がにじんだ裕貴の眼に、小さな女の子が二人、真剣な目つきで自分を見定めるように見つめている、そんな幻が見えたような気がした。
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