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20話
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「――だそうですよ」
大神官の声をリュイ、メイヴィス伯の声をリュカが代役して語り終えると、ふたりの目がリネットに向いた。
双子の声なのでさほど違いはないが、臨場感たっぷりな彼らの語りにリネットはぎゅっと窓枠を握りしめる。
メイヴィス伯がリネットのことをあまり話題に出さなかったことは、いいことなのかもしれない。
「……お母さまの、葬儀」
だがそれを喜ぶことはできなかった。
無理やりに侍女に連れだされ、母の死を悼むことも、言葉をかけることもできず、ここにやってきた。
最後に見たのは、眠るように目を閉ざした姿。葬儀が終われば、彼女は地面の下に埋められ、もう会うことはできなくなる。
「葬儀に参列したいのですか?」
首を傾げるリュカに唇をかみしめた。
最後にもう一度シゼルに会い、ちゃんとした別れの言葉を告げたいという気持ちはある。だがそれは、教会を出ることになる。のんきに葬儀に参列しにきたリネットをメイヴィス伯は許さないだろう。
もう二度と教会に迎えないように、閉じ込められるかもしれない。
「……いいえ、無理なことは、わかっています」
だからゆっくりと首を横に振る。
リュイとリュカはどちらからともなく顔を見合わせ、うーんと悩むように首をひねると、ぱっと顔を輝かせた。
「じゃあローゼに頼んでみましょう」
「ローゼは死霊術師ですから、死者ならなんとかなるはず」
ローゼというのは、メイヴィス伯の対応をしていた大神官の名前だ。
教会に通うさいに何度も耳にし、口にもしてきたことのある名前と、あまり口にすることのない単語にリネットは首を傾げる。
「死霊術師……?」
死者を弄ぶ術として、禁忌とされている。それなのにどうしてそんな言葉が出てくるのかわからなかったからだ。
「――ふたりとも、馬鹿げたことを言わないように」
こんこん、と申し訳程度のノックの音と聞こえてきた声にリネットの顔が扉のほうに向く。いつの間にか開かれていた扉の前にローレンスが呆れた顔をして立っていた。
彼は苦笑しながらリュイとリュカ――それからリネットのほうに近づいてくる。
「お疲れ様です」
「いえ、さほど疲れてはいないのでお気になさらず」
ぺこりとリネットが頭を下げると、柔らかな声が降ってきた。
「あの……死霊術師というのは……聞かなかったことにしたほうが、よろしいのでしょうか」
大神官が禁忌に手を染めているというのは、あまりよくない話だろう。だからここだけの話に留めておいたほうがいいのか。
そう問いかけるリネットにローレンスは小さく肩をすくめた。
「ご存じではなかったのですね。ローゼが死霊術師であることは……ある程度知られていることなので、お気になさらず」
神に仕える大神官なのに。そんな言葉をすんでで止める。
だがリネットの言いたいことが伝わったのだろう。ローレンスは窓枠に腰かけるようにして、リネットの横に立った。
「神の教えに、死者や死霊を操ってはいけないというものはありませんよ」
神の教えはただひとつ。
迷える者を救いたまえ。
それは、長年教会に通っているから知っている。
「人の法に縛られていては救える者を救えないかもしれません。我々が遵守すべきは神の教えのみ。それを守るためであれば、手段など問わないのです」
優しく微笑むローレンスに、リネットはさまよわせる。
彼の考えがわからないから、ではない。長年教会に通っているのに、知らないことが多いのだと今さらになって気づかされたからだ。
大神官が死霊術師であることも、読唇術が神官の基本技能であることも――そして彼らを快く思わない者がいることも、知らなかった。
「……どうやらご存じなかったようですね。民の間ではわかりませんが、貴族には知られている話ですので、てっきり存じているとばかり……」
「……淑女教育は受けていましたが、あまりそういう話をすることはなかったので……」
私的な会話を家族と交わしたことはほとんどない。唯一言葉を交わすシゼルは、教会に楽しそうに通っているリネットに水を差してはいけないと黙っていたのだろう。
そして社交界に上がってからも、リネットと交友を深めようとする者はいなかった。
「人の理のなかでは禁忌とされているものでも、我々にとっては手段のひとつにすぎません。ですがそれを快く思わない者がいることも我々は存じています。なので、リネット。あなたが禁忌を厭い、ここにはいたくないと思うのであれば、止めることはしません」
禁忌を厭うかどうか。リネットは少しの間だけ考える。
死霊術師という言葉が出てきて驚きはしたが――そこに不快感を抱きはしなかった。
きっとそれが、答えなのだろう。
「私は……迎え入れてくれたことに、感謝しています。私を助けてくれる人は、もうどこにもいないのだと、思っていたので……」
人の理のなかで、リネットに手を差し伸べる者はいなかった。唯一そばにいてくれたシゼルは、もうどこにもいない。
禁忌を扱おうと、リネットを助けようとしてくれたのは彼らだけだった。
「あの、死霊術というのは……頼めば、母に……また会うことができるのでしょうか」
そして、死者や死霊を操れるというのなら、もう一度母に会えるのなら。
今までありがとうとお礼を言って、優しい微笑みを向けてくれるのなら、また抱きしめてくれるのなら、たとえ禁忌だろうと構わない。
垣間見えた希望を胸に抱くリネットに、ローレンスは少しだけ困ったように視線を下げた。
「……あなたが期待しているようなものではないでしょう。死霊術は、操ることしかできません。生前のようにふるまわせることはできるかもしれませんが、それだけです。自らの意思で動くことのできない姿は、あなが望むものとはかけ離れているはずです」
だがそんなささやかな希望は、膨れるまえにあっけなく消えてしまう。
大神官の声をリュイ、メイヴィス伯の声をリュカが代役して語り終えると、ふたりの目がリネットに向いた。
双子の声なのでさほど違いはないが、臨場感たっぷりな彼らの語りにリネットはぎゅっと窓枠を握りしめる。
メイヴィス伯がリネットのことをあまり話題に出さなかったことは、いいことなのかもしれない。
「……お母さまの、葬儀」
だがそれを喜ぶことはできなかった。
無理やりに侍女に連れだされ、母の死を悼むことも、言葉をかけることもできず、ここにやってきた。
最後に見たのは、眠るように目を閉ざした姿。葬儀が終われば、彼女は地面の下に埋められ、もう会うことはできなくなる。
「葬儀に参列したいのですか?」
首を傾げるリュカに唇をかみしめた。
最後にもう一度シゼルに会い、ちゃんとした別れの言葉を告げたいという気持ちはある。だがそれは、教会を出ることになる。のんきに葬儀に参列しにきたリネットをメイヴィス伯は許さないだろう。
もう二度と教会に迎えないように、閉じ込められるかもしれない。
「……いいえ、無理なことは、わかっています」
だからゆっくりと首を横に振る。
リュイとリュカはどちらからともなく顔を見合わせ、うーんと悩むように首をひねると、ぱっと顔を輝かせた。
「じゃあローゼに頼んでみましょう」
「ローゼは死霊術師ですから、死者ならなんとかなるはず」
ローゼというのは、メイヴィス伯の対応をしていた大神官の名前だ。
教会に通うさいに何度も耳にし、口にもしてきたことのある名前と、あまり口にすることのない単語にリネットは首を傾げる。
「死霊術師……?」
死者を弄ぶ術として、禁忌とされている。それなのにどうしてそんな言葉が出てくるのかわからなかったからだ。
「――ふたりとも、馬鹿げたことを言わないように」
こんこん、と申し訳程度のノックの音と聞こえてきた声にリネットの顔が扉のほうに向く。いつの間にか開かれていた扉の前にローレンスが呆れた顔をして立っていた。
彼は苦笑しながらリュイとリュカ――それからリネットのほうに近づいてくる。
「お疲れ様です」
「いえ、さほど疲れてはいないのでお気になさらず」
ぺこりとリネットが頭を下げると、柔らかな声が降ってきた。
「あの……死霊術師というのは……聞かなかったことにしたほうが、よろしいのでしょうか」
大神官が禁忌に手を染めているというのは、あまりよくない話だろう。だからここだけの話に留めておいたほうがいいのか。
そう問いかけるリネットにローレンスは小さく肩をすくめた。
「ご存じではなかったのですね。ローゼが死霊術師であることは……ある程度知られていることなので、お気になさらず」
神に仕える大神官なのに。そんな言葉をすんでで止める。
だがリネットの言いたいことが伝わったのだろう。ローレンスは窓枠に腰かけるようにして、リネットの横に立った。
「神の教えに、死者や死霊を操ってはいけないというものはありませんよ」
神の教えはただひとつ。
迷える者を救いたまえ。
それは、長年教会に通っているから知っている。
「人の法に縛られていては救える者を救えないかもしれません。我々が遵守すべきは神の教えのみ。それを守るためであれば、手段など問わないのです」
優しく微笑むローレンスに、リネットはさまよわせる。
彼の考えがわからないから、ではない。長年教会に通っているのに、知らないことが多いのだと今さらになって気づかされたからだ。
大神官が死霊術師であることも、読唇術が神官の基本技能であることも――そして彼らを快く思わない者がいることも、知らなかった。
「……どうやらご存じなかったようですね。民の間ではわかりませんが、貴族には知られている話ですので、てっきり存じているとばかり……」
「……淑女教育は受けていましたが、あまりそういう話をすることはなかったので……」
私的な会話を家族と交わしたことはほとんどない。唯一言葉を交わすシゼルは、教会に楽しそうに通っているリネットに水を差してはいけないと黙っていたのだろう。
そして社交界に上がってからも、リネットと交友を深めようとする者はいなかった。
「人の理のなかでは禁忌とされているものでも、我々にとっては手段のひとつにすぎません。ですがそれを快く思わない者がいることも我々は存じています。なので、リネット。あなたが禁忌を厭い、ここにはいたくないと思うのであれば、止めることはしません」
禁忌を厭うかどうか。リネットは少しの間だけ考える。
死霊術師という言葉が出てきて驚きはしたが――そこに不快感を抱きはしなかった。
きっとそれが、答えなのだろう。
「私は……迎え入れてくれたことに、感謝しています。私を助けてくれる人は、もうどこにもいないのだと、思っていたので……」
人の理のなかで、リネットに手を差し伸べる者はいなかった。唯一そばにいてくれたシゼルは、もうどこにもいない。
禁忌を扱おうと、リネットを助けようとしてくれたのは彼らだけだった。
「あの、死霊術というのは……頼めば、母に……また会うことができるのでしょうか」
そして、死者や死霊を操れるというのなら、もう一度母に会えるのなら。
今までありがとうとお礼を言って、優しい微笑みを向けてくれるのなら、また抱きしめてくれるのなら、たとえ禁忌だろうと構わない。
垣間見えた希望を胸に抱くリネットに、ローレンスは少しだけ困ったように視線を下げた。
「……あなたが期待しているようなものではないでしょう。死霊術は、操ることしかできません。生前のようにふるまわせることはできるかもしれませんが、それだけです。自らの意思で動くことのできない姿は、あなが望むものとはかけ離れているはずです」
だがそんなささやかな希望は、膨れるまえにあっけなく消えてしまう。
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