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19話
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ガタンと馬車が止まり、メイヴィス伯と従者が降りてくる。
彼らの目に映るのは、高く聳えたつ教会。ふたつみっつ邸宅が入りそうな広大な土地を有している建物に顔をしかめたのは、従者の隣に立つメイヴィス伯だった。
「ようこそ、お待ちしておりました」
教会の出入り口で待ち構えていた女性が頭を下げる。年の頃は三十代後半といったところだろうか。金糸で刺繍が施された神官服が彼女の位を物語っている。
「大神官自ら出迎えてくれるとは、殊勝な心掛けだな」
冷ややかなメイヴィス伯の言葉に、大神官は何も言わず、だけど笑みを絶やすことなく佇んでいる。
彼女の隣には銀糸で刺繍された神官服を着ている青年がふたり。そのうちのひとりの顔に、従者は内心で舌を打った。
リネットが馬車から飛び出したあの日、彼女を教会に迎え入れた男――ローレンスが悠然と微笑んでいたからだ。
(余裕そうな顔をして……)
心の中で悪態を吐いて、苛々とした様子でメイヴィス伯と大神官のやり取りを見守る。
「伯爵自らお越しいただいたのです。出迎えなければ失礼にあたるというものでしょう」
「我が娘を拉致し監禁しているのは失礼ではない、と?」
「まあ、人聞きの悪いことはおっしゃらないでくださいな。我々は助けを求めにきた方に心安らげる場所を提供しているだけです」
にこにこと笑みを崩さない大神官に何を思ったのか、メイヴィス伯の視線がわずかに上を向く。
そこに何かあるのかと従者も視線を追おうとしたが――それよりも早く、大神官の声が耳に届き視線を戻した。
「それで、本日のご用件をうかがってもよろしいでしょうか。禊にいらしたということで、構いませんか?」
「妻が死んだことは耳に入っているだろう。葬儀を行うから神官を手配してほしい」
「かしこまりました。それでは神官をひとりと、見習いを数人うかがわせていただきます。お日にちはお決まりですか?」
神官に関わりたいと思っている貴族は少ない。だが、過去の貢献や大神殿から派遣された者たちの功績により、葬儀や催事を執り行う権利を彼らは有している。
そのため、いくら関わりたくなくても必要なときには関わらざるを得ない。
(……そもそも、なぜそんな勝手を許したのか)
神殿が有している敷地のなかでは神の教えに従ってよい。そのような契約を交わしていなければ、教会も王家の傘下に降り従っていただろう。
だが法から外れた彼らは王家に従う素振りすら見せない。いくら多大な貢献をしたとはいえ、そんな勝手を王国内で許すのはいかがなものなのか。
従者はかつての王の判断に、小さくため息を落とした。
かつての王が間違えた判断を下していなければ、リネットを取り返すのは造作もなかっただろう。
なにしろ、子は親の管理下に置かれるという法がある。親の許可なく、勝手に連れ出したりしてはいけないと決まっている。
先ほどメイヴィス伯が言ったように、拉致監禁の罪で問うぐらいのことはできたはずだ。
「――ご用件は以上でよろしいでしょうか」
「当たり前だろう。無駄話をする趣味はない」
それで話を打ち切り馬車に戻ろうとするメイヴィス伯に従者はぎょっと目を見開いた。
リネットはどうなるのかと胸中で問いかけるが、面と向かって聞く度胸はない。おろおろと視線をさまよわせていると、大神官の笑みが深まった。
「我々に助けを求めにこられた方の近況はお聞きしなくてよろしいのですか?」
「聞いたところでなんの意味がある」
「子を思う親であれば、知りたいと思うのが親心かと思いましたが違いましたか?」
「……知ったような口を……貴様らの住まいていど、簡単に壊せることを忘れるな」
突き刺さるような冷たいまなざしを受けても、大神官の笑みが崩れることはない。けっして揺るぐことのない自信が彼女にはあるのだろうと、その笑みからは察することができた。
「もちろん、存じております。ですがあなた様もどうぞお忘れなきように。我々のもとには神のもとで穏やかに過ごしている子たちがおります。その子たちが解き放たれればどうなるか……その責を負う覚悟があるのであれば、お好きにどうぞ」
するりと挙げられた大神官の腕に一羽の鳥が止まる。人の半身ぐらいの大きさのあるその鳥は羽の先から目の色までも赤く染まり、キュウと泣いた嘴からちろりと炎がのぞく。
火吹き鳥と呼ばれるそれは、魔物の一種として扱われている。王都に魔物がいるなんて一大事だが、教会の敷地内であれば、口出しすることはできない。
それもまた、貴族が教会を快く思っていない理由のひとつだ。魔物飼いと呼ばれるその力は異端とされ、禁術に指定されている。それなのに彼らは厭うことなく使う。
神は禁じていないから、という理由だけで。
「……忌々しい」
吐き捨てるようなメイヴィス伯の言葉に従者は心の中に同意しながら、馬車に戻った。
彼らの目に映るのは、高く聳えたつ教会。ふたつみっつ邸宅が入りそうな広大な土地を有している建物に顔をしかめたのは、従者の隣に立つメイヴィス伯だった。
「ようこそ、お待ちしておりました」
教会の出入り口で待ち構えていた女性が頭を下げる。年の頃は三十代後半といったところだろうか。金糸で刺繍が施された神官服が彼女の位を物語っている。
「大神官自ら出迎えてくれるとは、殊勝な心掛けだな」
冷ややかなメイヴィス伯の言葉に、大神官は何も言わず、だけど笑みを絶やすことなく佇んでいる。
彼女の隣には銀糸で刺繍された神官服を着ている青年がふたり。そのうちのひとりの顔に、従者は内心で舌を打った。
リネットが馬車から飛び出したあの日、彼女を教会に迎え入れた男――ローレンスが悠然と微笑んでいたからだ。
(余裕そうな顔をして……)
心の中で悪態を吐いて、苛々とした様子でメイヴィス伯と大神官のやり取りを見守る。
「伯爵自らお越しいただいたのです。出迎えなければ失礼にあたるというものでしょう」
「我が娘を拉致し監禁しているのは失礼ではない、と?」
「まあ、人聞きの悪いことはおっしゃらないでくださいな。我々は助けを求めにきた方に心安らげる場所を提供しているだけです」
にこにこと笑みを崩さない大神官に何を思ったのか、メイヴィス伯の視線がわずかに上を向く。
そこに何かあるのかと従者も視線を追おうとしたが――それよりも早く、大神官の声が耳に届き視線を戻した。
「それで、本日のご用件をうかがってもよろしいでしょうか。禊にいらしたということで、構いませんか?」
「妻が死んだことは耳に入っているだろう。葬儀を行うから神官を手配してほしい」
「かしこまりました。それでは神官をひとりと、見習いを数人うかがわせていただきます。お日にちはお決まりですか?」
神官に関わりたいと思っている貴族は少ない。だが、過去の貢献や大神殿から派遣された者たちの功績により、葬儀や催事を執り行う権利を彼らは有している。
そのため、いくら関わりたくなくても必要なときには関わらざるを得ない。
(……そもそも、なぜそんな勝手を許したのか)
神殿が有している敷地のなかでは神の教えに従ってよい。そのような契約を交わしていなければ、教会も王家の傘下に降り従っていただろう。
だが法から外れた彼らは王家に従う素振りすら見せない。いくら多大な貢献をしたとはいえ、そんな勝手を王国内で許すのはいかがなものなのか。
従者はかつての王の判断に、小さくため息を落とした。
かつての王が間違えた判断を下していなければ、リネットを取り返すのは造作もなかっただろう。
なにしろ、子は親の管理下に置かれるという法がある。親の許可なく、勝手に連れ出したりしてはいけないと決まっている。
先ほどメイヴィス伯が言ったように、拉致監禁の罪で問うぐらいのことはできたはずだ。
「――ご用件は以上でよろしいでしょうか」
「当たり前だろう。無駄話をする趣味はない」
それで話を打ち切り馬車に戻ろうとするメイヴィス伯に従者はぎょっと目を見開いた。
リネットはどうなるのかと胸中で問いかけるが、面と向かって聞く度胸はない。おろおろと視線をさまよわせていると、大神官の笑みが深まった。
「我々に助けを求めにこられた方の近況はお聞きしなくてよろしいのですか?」
「聞いたところでなんの意味がある」
「子を思う親であれば、知りたいと思うのが親心かと思いましたが違いましたか?」
「……知ったような口を……貴様らの住まいていど、簡単に壊せることを忘れるな」
突き刺さるような冷たいまなざしを受けても、大神官の笑みが崩れることはない。けっして揺るぐことのない自信が彼女にはあるのだろうと、その笑みからは察することができた。
「もちろん、存じております。ですがあなた様もどうぞお忘れなきように。我々のもとには神のもとで穏やかに過ごしている子たちがおります。その子たちが解き放たれればどうなるか……その責を負う覚悟があるのであれば、お好きにどうぞ」
するりと挙げられた大神官の腕に一羽の鳥が止まる。人の半身ぐらいの大きさのあるその鳥は羽の先から目の色までも赤く染まり、キュウと泣いた嘴からちろりと炎がのぞく。
火吹き鳥と呼ばれるそれは、魔物の一種として扱われている。王都に魔物がいるなんて一大事だが、教会の敷地内であれば、口出しすることはできない。
それもまた、貴族が教会を快く思っていない理由のひとつだ。魔物飼いと呼ばれるその力は異端とされ、禁術に指定されている。それなのに彼らは厭うことなく使う。
神は禁じていないから、という理由だけで。
「……忌々しい」
吐き捨てるようなメイヴィス伯の言葉に従者は心の中に同意しながら、馬車に戻った。
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