海原先生の恋

白河甚平@壺

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海原先生の恋

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そういえば、
この頃ママの店に行っていない。
今夜あたり行ってみようかなと思う。

夢の中の世界はとにかく美しい。
まず、町全体の色が現実と違う。
空の色も現実ではありえないような濃いブル-で、
建物の色もグリ-ン、ホワイト、
イエロ-、ピンク、エトセトラ・・・
実にファンタジックな世界なのだ。

ママの付き添いで
大通りのつき当たりにある
デパ-トによく行くが、
そのデパ-トの色はグリ-ン。

大通りには買い物に来た人達の
車がいっぱい停まっている。
その車の色もまたすごい。
ショッキングピンクの車の窓から、
パ-プルカラ-のプ-ドルが顔を出す。

ポ-ンという大きな音に驚いて見上げると、
デパ-トの屋上から、ものすごい数の
風船が飛んでいく。それはまるで、
大空にマ-ブルチョコレ-トを
バラ撒いたような騒ぎだ。

そんな世界に一度行ったら、
もう現実の世界になんて戻りたくなくなる。
しかしそこに、
とどまり続けると言う訳には
いかないのだ。
だって、私は
そことは別の世界の
人間なのだから。


夢の中での私の身分は大学生だ。

大通りに出て、デパ-トと反対側に行くと駅がある。
そこから電車に乗って花ヶ丘公園と言う駅で下車、
大きなスクランブル交差点を渡ったところに
私の通っている大学がある。

正面入り口を入ると広い石造りの階段があり、
上ると各教室に続く通路になっている。

通路の真ん中に大時計があって何故か文字盤が
グニャリと抽象的に歪んでいる。
学生達はその時計の側に行くと、
まるでビデオの早回しのように超スピ-ドで
各教室に吸い込まれて行くのだ。

私の所属している学部は何なんだろう・・・

教科書は大きな外国の絵本だ。
でも、先生の話なんかほとんど聞いていなくて、
おもしろい絵がいっぱい載っている
教科書ばかりを見てしまう。
だから、たまにあるテストのとき大変なことになるのだ。
山ほどあるテスト用紙を前に、
冷や汗ビッショリの悪夢・・・
しかし、まあそんなことはめったになく、
私なりに学校生活を楽しんでいる。

緑艶やかな芝生の中に、
色とりどりに香る美しい洋花が
たくさん植えられているキャンパスを
歩きまわるのもひとつの楽しみだ。
でも、かと言って決して静かな世界でもない。
時々空から、
髪に大きなピンクのリボンをつけた女の子が
落ちてくることがある。
落ちてもフンワリとした芝生の上だから、
絶対怪我することはないのだが、
メソメソと泣く女の子を取り囲んで、
ワイワイガヤガヤ大騒ぎをしている。


久しぶりにママの店に行った。
ママはちょうど今、
カウンタ-の止まり木に座っているお客に
コ-ヒ-を出したところだ。

私がいつもの場所に座ると、ニコニコ笑いながら
茶色の紙袋を持ってやって来た。

「それ何さ、何が入ってるの?」と私。

「中田先生が持ってきてくれたの。
 先生が焼いたパンよ。
 今コ-ヒ-入れてあげるから食べようよ」

「わ-い!ラッキ-」私はさっそく袋を開けた。

バタ-の香りが食欲中枢を刺激する。

「ウワッ!美味しそう・・・」

パン焼きが本職かと思えるくらい、
中田先生のパンは美味しいのだ。

いろいろな形のパンが十個入っている。
中でも私はこの三つ編みパンがとくに好きで、
表面にザラメをまぶした食感がたまらない。

ママがコ-ヒ-を入れてくれたから、
二人でパンを食べ始めた。

しばらく無言でパクついていたが、
ママが話しかけてきた。

「あんたの学校で殺人事件があったらしいね」

私は噛んでいたパンを喉に詰めかけた。

「えっ?なんのことさ」

「今日学校行かなかったの?」

「行ったよ。
 でも別に変わったことなんか・・・
 あっ、そういえば何か大騒ぎしていたなあ、
 どうせいつものように
 上から女の子が落ちて来たから
 騒いでるのかと思ってたけど、
 違うかったのかな」

「あんたの学校じゃ、
 しょっ中女の子が落ちてくるの?」
ママが呆れた顔をする。

「そうなんだよ、髪に大きなリボンをつけた
 ロリ-タ系の派手な服を着た女の子が落ちてくるんだ。
 地面がフワフワ柔らかいから怪我もないんだけど、
 女の子が可愛いもんだから男子が大騒ぎ、
 まったくもって ばかばかしい話さ」

「ふう-ん・・・でもさ、殺人事件は本当らしいわよ」
ママが眉をひそめる。

「あ-、失礼ですが、君は花ヶ丘大学の学生さんですか?」
カウンタ-にいた客だ。

「そうですが、あなたは・・・」

白っぽいトレンチコ-トを着た中年の男が私の前に座り、
内ポケットから黒皮の手帳を出して見せた。
警察の人らしい。
開いたペ-ジにその人の写真が貼ってある。

「私は昭日町(あけびまち)警察 
 殺人課の宮下と申します。
 じつは今朝、
 あなたの通っていらっしゃる花ヶ丘大学の構内で、
 男の変死体が発見されました」

「男の変死体?嘘でしょ、私は今日一時間目から授業が
 ありましたが、そんな騒ぎは知りませんでしたよ」

私はビックリして思わずママの顔をみた。
ママが、だから言ったでしょうというような顔をする。

「いったい構内のどこで見つかったんですか」と私。

「南側校舎の植え込みの中に大きな箱が置いてありましてね、
 その中に入れられてありました」

南側校舎といったら私も今日の授業で行っている。
黒い箱なんてあったっけ・・・それよりそんな騒ぎに
全然気づかなかった。

「あっ!」

私は思わず声をあげた。
宮下刑事とママが私の顔を見る。

「どうしたんです、何か思い出しましたか?」

箱は確かにあった。私は真っ白いフリ-ジャ-の花の中に
黒い箱が見えていたのを思い出した。

「箱、ありましたよ。思い出しました。
 花の植え込みの中に大きな黒い箱がありました。
 何の箱かなと思ったんですが、授業に遅れそうだったんで
 それ以上考えなかったんです。
 ゲッ、あの中に入ってたのか」

宮下刑事はポケットからさっきとは別の手帳を取り出し、
私の話す内容を書き留める用意をした。

「あなたがその場所を通ったのは何時頃ですか」

「九時丁度です。九時から授業が始まるから焦っていました。
 時間にうるさい先生なんです」

「その時、箱はどんな具合に置かれていましたか、
 蓋は開いていましたか」

蓋・・・・そこまで見なかった。

「わかりません。ただ、何でこんなところにあるのかな、
 くらいしか考えませんでしたから」

「箱に見覚えがありませんか、たとえばどこかの部屋に
 置いてあるのを見たことがあるとか・・・」

私はウ-ンとうなって考え込んだ。

箱・・・箱ねえ・・・・

「部活で使う箱かもしれませんが、私は一度も見たこと
 ないですねえ・・・」

「そうですか、いや、ありがとうございました」

宮下刑事は手帳をしまい、何か思い出したらここへ
連絡をと言って名刺を渡し、帰って行った。

「刑事さんも大変ね」
ママが溜息をついた。

その時私はあることに気がついた。
ここは夢の中、殺人事件も夢の中での出来事なのでは。

「ねえ、ママ本当に殺人事件があったのかな」

ママは怪訝な顔をする。

「あったから刑事さんが聞きに来たんでしょうが」

でも、これは夢だ・・・

「ママ、ここは現実の世界じゃないでしょ。
 私はビジタ-だけど、他の人達はみんな死んでるはず。
 死んだ人達の世界でも殺人なんて起こるわけ?」

ママはちょっと考えているようだったが、

「あのね、私もうまく説明出来ないんだけど、
 あんたのあっちでの世界では普通自分の考えたことが
 現実に起こったりしないでしょ。
 自分の記憶とか空想は
 絶対形になって現れないものだと思うの。
 でもこちらの世界では、
 自分の記憶と空想が現実になってしまうのよ・・・
 わかる?」

私にはママの言うことが理解出来た。
ここは想念の世界だと思うからだ。
でも、今回の殺人事件は誰の想念から起こったのだろうか。

「じゃあさ、誰がこの事件を造ったの?
 私が造ったわけ?」

ママはまた考えている。

「あんたじゃないと思うわ。だって、私はあんたが入って来る前に
 あの刑事さんから事件のことを聞いたんだもの。
 あんたが知ったのは、私が話してからでしょ」

「じゃあ、もしかしてあの刑事さん?」

「そうだと思う。だいたいこの世界の人達の職業は
 あっちの世界にいた時の記憶でしかないからね。
 あんただって、大学生ってのは自分でそうありたいと
 考えたからよ。あの刑事さんもそう。
 事件はあの人が造っているのよ」

「じゃあ、殺人事件は起こってないんだね」

「いいえ、あの刑事さんのシナリオが
 今始まろうとしているのよ」

ママの声が暗くなった。

「行ってみようか・・・」ママがボソッと言う。

ママは何にでもすぐ首をつっこみたがる。
しかし、さっき宮下と話した時
すでに私とママは、彼のシナリオに
組み込まれてしまったのではなかろうか。

役者は揃った、もう逃れられはしない。

私は二時間ほど前までいた大学に、ママを連れて戻った。
正面の階段を上り、まっすぐ南校舎に向かう。
南校舎の入り口辺りには真っ白いフリ-ジャ-が
小山のように植えられてあり、いつもなら甘く感じる香りが、
今は生臭味をおびて吐き気すら感じる。
それは、そこにある黒い箱のせいだ。

箱の中に血まみれの男が裸で横たわり、
カッと見開いたその目が、死ぬ瞬間の恐怖を物語っている。

こっ怖い・・・ゾワッと肌が粟立った時、

ママが震えながら私の腕にしがみついてきた。

「あっ、お二人ともいらしたんですか・・・」

植え込みを掻き分けて宮下がいきなり現れた。

「今現場検証をしているんですが人手が足りなくてねえ、
 お恥ずかしいことに私一人なんですよ。
 申し訳ないですが、あまり動き回らないようにお願いします。
 足跡一つでも犯人に繋がる可能性がありますからね」

殺人の現場検証にあんた一人かい・・・と思ったが口にせず、

「捜査のお邪魔をしてしまい申し訳ありません。
 刑事さんに伺ってから私達も気になりましてねえ・・・」

私は素直に頭を下げた。

「あっ、それじゃあ・・・せっかくですから
 少しご協力願います。害者に心あたりありませんか?」

心あたり・・・?
そんなもんあるわけがないが、
一応しっかりと顔を見ておこうと箱の中を覗き込んだ。

さっきチラッと見た通り、死体の顔は石灰のように白く、
眼球は魚の干物のように水分が抜けている。
半開きになった口から
舌らしき物が赤黒く変色して垂れているが、
その舌先にくっついている砂利のような物は・・・歯?

「いやだ、この人・・・口の辺りを何かで殴られたのね。
 歯が砕けちゃってる」

私の腰にしがみつきながらママがつぶやいた。

「殴られたにしては顔がきれいすぎない?」

私が言うように、死体の顔には殴られた跡がない。

「これは口で何か非常に硬いものを噛まされた、
 あるいは・・・突っ込まれたとか」

宮下が暗い声で話を続ける。

「猟奇殺人ですな・・・殺しておいて箱に詰め、
 死体を花で飾る」

花?

花なんかどこにもない。

「花が飾られてあったんですか?」と私が聞くと、

宮下は箱の近くにある黒いゴミ袋を指差す。

あんなところにゴミ袋があったなんて今初めて気がついた。

「体を調べるのに邪魔になりますので
 一応花は取り除いて袋に入れましたが、
 私が見た時には 
 死体が見えないくらいにギッシリと
 白い花が箱に詰められておりました」

今我々がいる場所には
フリ-ジャ-の花が満開の状態で咲いている。
その中に黒い箱があったとしても、
中に同じ花が敷き詰められてあったとしたら
気がつかなくても当たり前か・・・
そんなことを考えているとき、

「なんか、キボチワルヒ・・・」

ママが急に口を押さえて走りだした。

「ママ、大丈夫?」

ついて行こうとしかけた私をママが手を振って止める。
きっとどこかの植え込みで吐きたいのだろう。
そう思って私は行くのをやめた。

内臓の損傷まではわからないが、ざっと見たところ
顔や体に目立った外傷はなさそうだ。
問題は口の中、歯が折れるほど何をしたのか。
しかも被害者は息のあるうちに
凄まじい拷問を受けたに違いない。
多量の出血と恐怖に引きつる顔が、
生きている時に加えられたものであることを
証明している。
そして、死体を花で覆いつくしたのは何故なのか。
発見を遅らす為だけではないように思えるのだが・・・

そんなことを考えていたら、向こうの方から
ママがハンカチで口を押さえて戻って来た。
手に三十センチくらいの透明な棒のような物を持っている。

「ママ、大丈夫?何持って来たの」と私。

宮下刑事も鋭い目をしてママの手元を見る。

「それは・・・どこにあったんですか」

「あっちの草むらの中にあったんです」

ママが来た方向を指差す。

宮下はポケットから白いハンカチを出して、

ママの手から物(ぶつ)を受け取った。

「ガラス細工の手の部分みたいだね、
 ここに血がこびりついている・・・」

宮下が慎重に検分しながら、つぶやく。

「あの・・・」ママが遠慮がちに話しかけると、

宮下がうるさそうに振り向いた。

「それはガラスではなくって、
 もっと高級なものに思えるんですけど。
 たとえば、水晶とか・・・」

なるほど、そう言われてみれば、この輝きと硬質感は
ただのガラスなんかじゃない。

「水晶で出来た彫像の腕の部分か・・・」と私がつぶやくと、
宮下も唸って頷いた。

「一点の曇りもないところを見ると、
 かなり高級な美術品ってとこかな。
 親指の位置からすると、右手の部分ね」

ママはこういう物には詳しいようだ。

「この血痕が害者の物と一致したとすれば、
 これが凶器に使われたということだ。
 こいつで殺しといて、死体を花で埋める・・・」

宮下は何とかママの持ってきた物と、
死体の状況を関連づけようと考えているようだ。

「ねえ、こんな想像はどう?」ママがいきなり切り出した。

「犯人と被害者のいた場所に水晶で出来た彫像があった。
 どちらかが 故意か過失でそれを壊してしまう。
 犯人は割れて外れた腕の部分を 
 被害者の口にねじ込んで殺害した。
 その時はカッとなって
 自分のしたことがわからなかったけど、
 殺すつもりは全然なかった。
 自首しようかと思ったけれど、その勇気もなくて、
 遺体を捨てるしかないと考える。
 そんな時目の前にあった花が
 フリ-ジャ-だったのではないかしら。
 本当はやさしい人だったのね、
 お詫びのつもりで遺体を入れた箱に
 花をたくさん詰めたのよ。
 そして、同じ花がたくさん咲いている 
 この場所に置いた。
 ここがすぐ思い浮かぶということは、この大学の構内を
 よく知っている人ということになるわね。
 そして芸術に関係のある人。
 凶器を何の考えもなしに遺棄したのは、
 計画性のない犯行だった証拠。
 そして犯人は殺人を犯したことを心から後悔している。
 ひょっとしたらもう自殺しているかも・・・」

構内をよく知っている人、

水晶のオブジェ・・・芸術家・・・アッ!

私はだいぶ前に何かの用事で
美術科の教授の部屋に行ったことを思い出した。

たしか、その教授の専門は彫刻だった。

部屋に水晶の彫像が飾られてあった・・・カモ。

私の目が宮下刑事の目と合った。

「何か心当たりがあるのですか?」宮下が聞いてくる。

「今から行ってみたい所があります。ひよっとしたら
 えらいことになっているかもしれません」

何で早く思い出さなかったのだろう・・・

私はママと宮下刑事を連れて美術科の教授の部屋に飛んでいった。

美術科がある校舎は、すぐ目の前にあった。
教授の部屋は確か五階だ。
我々はエレベ-タ-に乗り五階で降りた。
ここには用具置き場と教授の部屋がある。
我々は目指す教授の部屋に直行した。

ドアに名札が掛かっている。
海原と書いてある。

そう、確かにウナバラ先生の部屋だ。
私はこの前ここに来たことがある。

「海原先生、いらっしゃいますか?」

ドアを叩いて呼びかけても返事が無い。

宮下刑事が体当たりしてドアを開けると、
我々は一気に部屋の中へ飛び込んだ。

部屋の中に見覚えがあった。

正面に窓があり、
そこからさっきまで我々がいた
フリ-ジャ-の植え込みが見えるはずだ。
その窓の側、
本も書類もきちんと整理された机に
海原先生がもたれ掛かるように死んでいた。
遺書と書かれた白封筒が机の上に置かれてあり、
その横に空になった薬ビンが倒れている。
宮下刑事は先生の目をライトで照らして見た。
次に腕を取り、脈拍があるかどうか確かめて、
静かに首を振った。

海原先生・・・私は胸が熱くなった。

宮下刑事が遺書を読み始める。

「私はもっとも大切な友、
 山田恵一郎君を殺してしまいました。
 山田君に私の作品をけなされて、
 カッとなってしまったからです。
 山田君をモデルにした彫像は私の力作でした。
 心を込めて造った為、
 自分でもかなりの作品になったと
 思っていたのですが、
 山田君が私の交友関係を誤解して
 彫像を壊した挙句に、
 こんなヘタクソな作品のモデルだなんて
 思われたくないとまで言いました。
 私は悲しかった。この世で一番大切な山田君に
 そういう暴言を吐かれるなんて思いもしませんでした。
 すべて誤解から始まったことです。
 私は誓って山田君以外に心を寄せる人などおりません。
 しかし、はずみとは言え、私は山田君を殺しました。
 もう生きてなどおられません。
 私も彼の後を追おうと思います。
 フリ-ジャ-の花は山田君が好きだった花です。
 その花で布団を作ってあげたら、
 彼も私を許してくれるかもしれません。
 私によくしてくださった方々、また生徒の皆様、
 私が犯した恥ずべき犯罪をお許しください。
                
             海原慶呉  」

読み終わった宮下刑事は、軽く握った手を口に当て、
ゴホンと一つ咳払いをしてから説明を始めた。

「つまり害者の山田氏と、海原は恋愛関係にあり、
 なんらかの事情で、海原が浮気をしたと
 勘違いした山田氏が、怒って彫像を壊した。
 それでカッとなった海原が山田氏の口に
 彫像の腕の部分をねじ込んで死なせてしまった、
 と まあ、そういうことですな・・」

海原先生は大柄で立派な体格をしている。
腕力も相当な物だろう。
殺された山田君は、ほっそりとした
女性的な体つきだったように思う。
海原先生が本気で怒ったら、山田君などすぐに死んで
しまうだろう。
それに、たとえ先生一人でも、
死体があんなに華奢な体だったら
下に運ぶのはたやすいことだ。

それにしても恋愛関係だなんて、
二人とも男・・・まいったな・・・
と思っていたらママが

「一件落着ね、宮下刑事」
と笑いながら言った。

宮下は険しい顔をしながらも、ママに

「あなたの想像力はたいしたものだ。
 ご協力感謝します」と頭を下げる。

その時携帯の着信音が鳴り出した。
宮下が懐から携帯を出す。

「もしもし、宮下ですが・・・えっ?
 六丁目の交差点で殺しが・・・はい、
 今からそちらに向かいます」

宮下は電話を切ると、私とママに、

「それではまた・・・」と軽く頭を下げて走り去る。

「えっ、あの・・・海原先生はどうするの」

彼に私の声は届かなかったようだ。

「ママ、どうしたらいいのさ。海原先生とか
 例の箱詰め死体・・・」

ママは笑いながら、

「夢の中、夢の中・・・見て御覧なさい」

ママが海原先生を指差すと、先生の姿は掻き消えて、
部屋の中もいつのまにか
ママの店に変わっていた。
 
私は口を開けたまま呆然としていたようだ。

「何だらしない顔してんのよ!早く口を閉じなさい、
 よだれが垂れてるわよ」

ママの意地の悪い声で我に返った。

「よだれなんか垂れてません!それより何で
 こうなったか説明してよ」

ママは右の眉をピクッと動かして不機嫌な顔になった。

「だって、あの刑事さんたら、自分でどんどん恐ろしい
 事件にしたてあげていっちゃうんだもの。
 あれ以上怖い物みせられたらたまんないわよ。
 ホラ-映画じゃないんだからね」

「それじゃ、やっぱりママが
 筋書きを変えちゃったんだね」

「そうよ。
 我ながらステキなスト-リ-になったと思うんだけど
 どうだった?」

「何がステキなスト-リ-だよ、
 海原先生のイメ-ジが
 ものすごく気持ち悪くなっちゃったじゃないか。
 どうせ死んだってのも嘘でしょ、
 明日学校で会ったら
 どうすりゃいいんだよ・・・」

ママが声を出して笑う。

「オホホホじゃないよ、
 でもまあ先生が死んでなかって良かったよ」

私のホッとした顔を見てママが首を傾げる。

「ねえ・・・海原先生って本当にいるの?」            

「えっ・・・・?」

私にあったはずの海原先生に関する記憶が

少しずつ消えていく。




(完)
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