ナイフが朱に染まる

白河甚平@壺

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(第10話)ミネ子と朝気持ちよく食事をして出社。マコト、疲れ気味だあ。大丈夫かな。

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あれから僕たちは浴室から出て裸のままベッドの中で愛し合った。
そしてミネ子ちゃんと魚のようになって泳ぎ、
気がつくとぐっすりと眠っていた。
カーテンの隙間からゆるやかな朝日が差し込み僕は目覚める。


「おはよう。スケオくん」


ミネ子ちゃんはもう起きているらしく僕に目覚めのキスをしてくれる。彼女はもう服を着ていた。


「…ミネ子ちゃん、おはよう」
ふわぁー、と大きな欠伸がでる。


「うふふ。昨日はとても素敵な夜だったわ」
ミネ子ちゃんは頬を赤らせて言った。


「ああ。僕もだよ。君のおかげで毎日が薔薇色さ」
「まあ」
ミネ子ちゃんは目を大きくさせてから微笑んだ。
「パンとコーヒーを作ったのよ。一緒に食べましょ」
寝ぼけ眼のまま、ミネ子ちゃんに手をひかれた。


彼女は冷蔵庫の中にあるものを使って、ハムとチーズをのせて焼いたトーストとケチャップをつけたスクランブルエッグと熱いコーヒーを作ってコタツの上に用意してくれていた。
朝ご飯なんてまともにとった事がない。
それに彼女の料理は家庭の温かみが溢れとても美味しかったので感動した。
朝から幸せな気持ちでいっぱいになった。
満面の笑みを浮かべてミネ子ちゃんに感謝をしたら、大袈裟ね、と彼女に言われた。でも、とても嬉しそうにしてた。



食べてからミネ子ちゃんは先に仕事へ行き、後に続いて僕も歯を磨いて髭をそって服を着替えて出社した。
さあ。今日も仕事だ。引き締めていかねばっ。
両頬を軽く叩き、ビルの中へと入る。
エレベーターをつかっていつもの3階の部署の中へと入った。


「おはようございます」


と大きな声でいうと挨拶を返してくれた。
もう、3人の社員が来ており各々の席について寛いでいる。
壁の時計をみる。まだ8時半だ。
マコトも僕より先に出社していた。
彼女はいつも僕より先に着いているか、僕が来た直後に着くかの時間で出社している。
しかし、今日はいつもより元気がなかった。


「うっす。マコト。昨日は眠れたか?」
彼女に声をかけると沈んでいるが体を向けてニコリと笑ってくれた。


「はい…睡眠は十分とれています」
「そうか。まあ。あんまり無理すんなよ」
マコトの肩をぽんぽんと叩いた。


「はい。でももう大丈夫です。
今日も頑張りますのでよろしくお願いします」


マコトがポニーテールをだらりと垂らして座ったままお辞儀をしてみせた。
なんだか無理をしているような気がするが、辛いことがあっても前向きに取り組むマコトに感心をした。
後輩の体調と心の管理をしてあげないとなあ。
今夜にでもすき焼きをご馳走してやるかあ。
僕は肯き、自分のデスクへ向かって鞄を置いた。



伊藤は朝礼が始まってる最中に出社してきた。
もう社員全員が今日の仕事内容の報告を済ませ、朝礼も締めくくろうとしてた。
伊藤は
「今日もほどほどに頑張りまーす」と間延びした一言で終わる。

こいつ、会社なんかどうでもいいと思ってるのか?
それとも、社長に目をかけてもらっているから調子にのっているのか。
僕はいままでコイツの仕事に対する姿勢が気に入らなかったが、昨日の居酒屋での挑発的な発言を聞いて完全に軽蔑をしてしまった。
僕の後輩のことをそんな目で見ていただなんて汚らわしい!
こんなヤツと並んで仕事をしているだけで反吐がでる!
社長も何を考えて、こんなチャラけている伊藤なんかをプロジェクトのリーダーに任命したのか全く理解ができない。
伊藤はしれっとした態度で僕に話しかけてきた。
僕は感情をできるだけ表に出さないよう返事をかえしていたが、
伊藤はそれを知っているようで、その度に肩を震わせてほくそ笑んでいた。
僕がどんなに怒っても、彼が馬鹿にしている所が見えてくるので憤りを感じる。
全く、何様のつもりなんだよ。
だけどここで怒鳴ったら会社の秩序が乱れる。
僕は伊藤よりも全うに仕事をしているんだ。
できるだけ視界に入ってこないように黙々と昨日の設計図作成に取り組んでいく。
すると、マコトのデスクから席を立つような音がした。


「資料室へいってきます」


と彼女は言い残して部署から出て行く。
会社の中にいても部署から離れるときは行き先を言っていくのが会社のルールだ。
隣で難しい顔して仕事をしていた伊藤が


「ちょっと一服」


と呟きタバコとライターを持って扉へと向かう。
ドアが閉まった音を聞いて、ほっと安堵の胸をなでおろした。
はぁ。マイッタなあ。窒息するかと思ったよ。
作業中も、伊藤の視線が気になってた。
なんだか生きた心地がしない。
デスクの脇に置いてある缶コーヒーが空になってる事に気づき、僕も席を立って部署を出た。


自販機は1階にある。
運動になるし階段をつかうかあ。
階段へ向かおうとした。
すると昇りの一段目に、ドーナツの形をした青い布製の髪飾りが落ちているのを見つけた。
見覚えがある。これはきっとマコトが気づかずに落としてったものだ。


「届けにいってやるか。ついでだ」


僕は髪飾りをポケットの中に入れて階段を昇って行った。
たしか…資料室はこの上すぐの階だったよな。
人気のない4階に上がり、“資料室”と書いてある札の下がった赤いスチール製の扉の前まで来た。
ドアが薄く開いていた。
ノブに手をかけた瞬間――


『あの…困ります』


と隙間からマコトの掠れた声が聞こえてきた。
誰かと話をしているようだ。


『え。なんで。昨日新宿でデートする話、マコっちゃんノリノリだったジャン。なんで困るの』


今度は執拗に絡んでくる伊藤の声が聞こえてきた。
伊藤の野郎、マコトの跡を追っかけてきたのか。
なんて執念深いヤツなんだ!
僕は扉の後ろに隠れて二人の様子を見ることにした。


『だから…さっきから何度も言ってますが、あの時はスケオ先輩も一緒だと思っていたんです…』
『あー。そうかあ。ハハハ。
あれはね。俺がマコっちゃんにだけ誘ったつもりだったんだよ』
伊藤は機嫌が良くなり、猫なで声で言う。
マコトは非常に迷惑をしている様子だ。彼は続けて言った。


『新宿の高級ホテルの最上階のレストラン、もう予約とってあるんだよ。
勿論全部俺がおごるよ。
ブランド物でも宝石でもドレスでも欲しい物があったら何でも買うよ。
マコっちゃんのお望み通りのままだよ。
どうかな?ん』
『えっと…』
マコトは口ごもった。
伊藤は執拗に彼女に迫る。
しかし、マコトは彼の圧力に負けず、
『スケオ先輩と伊藤先輩の三人だったら喜んでいきますっ』
と明るい声で伊藤に言った。
その瞬間、伊藤が突然大きな声をあげた。





(つづく)
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