ナイフが朱に染まる

白河甚平@壺

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(第9話)ミネ子ちゃんが僕の家にきた。入浴のミネ子ちゃんのあられもない姿が見られる。うひひひ。

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アパートに着いた。
白髪交じりの男の運転手に料金を支払い外へ出る。
運転手は帽子をあげて
「ありがとうございます」
とドアを閉めて走り去っていった。
深呼吸をして、街灯の下で腕時計を見た。


「もう9時半になるのかあ…」


白い息がもれた。
地面は濡れているが、いつのまにか雨は上がったようだ。
足下からひんやりとしてくるが、星空がとても綺麗に見える。
寒く冷たい風が却って新鮮で、今の重苦しい気持ちを洗い流してくれるように心地良く感じた。
アパートの横にある階段を上る。
すると遠くの方に人影がみえた。位置的に僕の家の前で待っているようだ。
その人物も僕に気がついて振り向いた様子だった。


「誰だろ」


小走りで駆けよってみた。
玄関先までいくと蛍光灯が当たりようやく誰なのかが分かった。


「ミネ子ちゃんっ」
驚いた。ミネ子ちゃんだった。
彼女は赤い手袋をはめて手を振っている。
もう片方の腕には傘をぶら下げている。
先端から雨の雫が滴りおちコンクリートの床が濡れていた。


「あ……。スケオくん」
肩の辺りが濡れており、彼女は鼻を赤くさせスンスンと鳴らしていた。
このままでは
風邪をひかせてしまう。
あわてて鞄の中から鍵を取り出す。
鍵穴に差し込んでひねりドアを大きく開けた。


「来てくれたんだね。嬉しいよ。ささ。中はいって」


部屋は散らかっているけどそんなことは言ってられない。
もう、今日はありのままの僕の生活スタイルを見てもらうことにしよう。


「ありがとう」
ミネ子ちゃんはニコリと笑い、ドアの中へしゅるりと入り込む。


「住所、よく分かったね。どうやってここまで来たの」
ドアに鍵をかけながらミネ子ちゃんを見た。


「あ…実はあなたのお母様に頼まれて家の様子を見に来たの。その時に住所をきいたの」
ありがとう、と言ってミネ子ちゃんは黒髪を垂らして僕が用意したスリッパに履き替える。
彼女が家の中に入って僕は気づいた。
ミネ子ちゃんは小柄だから分からなかったけど、意外と背が高いんだなあ。


「あっ。思い出した。
ミネ子ちゃんと会ったよ、と昨日母さんにメールをしたからなんだなあ。全く、なんでミネ子ちゃんに頼んだんだろ。非常識な親でゴメンなあ」
「あ、ううん。こっちこそ勝手に押しかけちゃってゴメンね。
あっ、手作りクッキーをもってきたの。良かったら」
ミネ子ちゃんは白いバッグの中からクッキーの袋を取り出した。
袋の口をピンクのリボンで縛っていて、中は人や花の形をしたクッキーが入っている。


「わぁーありがとうー。すごい良い香りがする」
バターの香ばしい香りがする。
手作りという温かみがとても伝わってきた。


「なんか僕が気を遣わないといけないのにゴメンなあ」
「まあ。スケオくんったら、さっきから謝ってばかりよ」
ミネ子ちゃんはオホホと笑った。
真っ暗な中、感覚を頼りにリビングまで進み、天井の紐をつかんで電気をつけた。
はぁ…思ったとおり。
男やもめに蛆が湧くとは、僕みたいなヤツのことだろう。
油でベトベトのままの弁当のトレーとか、割り箸を突っ込んだ空のカップラーメンとか、そこら中に丸めたティッシュとかがこたつの上から床にまで転がっている。
うっ…いつの物なんだろう。
自分で散らかしといてなんだが…すごい臭い。汚ねぇ。


「あへへ。汚いなあ。片づけるからちょっと、ベッドにでも座っててよ」


初めて彼女を家に連れてきたのに、すごいカッコ悪いところを見せてしまったなあ。頭を掻いた。
すぐさまコンビニの白い袋をコタツの脇から取り出し、残骸を次々と詰め込む。


「ねぇ。スケオくん。シャワー使ってもいいかしら」
「え」


横を振り向くとミネ子ちゃんが白いコートを脱いでブラウスのボタンも外しているところだった。
ゴッ…クリ。生唾を呑む。
もう3つもボタンが外されていてブラジャーが見えるか見えないかの瀬戸際だ。僕は谷間に釘付けになってしまった。


「あ、あのあのあの」


しどろもどろになってゴミ袋をもったまま壊れたロボットみたいにクルクルと踊ってしまった。


「うふふ…。スケオくん、見てもいいわよ」
ミネ子ちゃんはうっとりとした目で見つめてくる。


「い、いやあ。あの、その」
「オホホ冗談よ。でも別に着替えているところを見てくれてもいいからね」
彼女はいたずらっぽく笑い、ボタンにまた手をかけていく。
おもわず裸体を想像してしまった。
ミネ子ちゃんの裸がどんなのかはもう見て知っているが、脱ぐ瞬間を見ているとハラハラドキドキさせ、妄想力が逞しくなってくる。
薄いブラウスの下に隠された、ツンと突き出た美しい豊満なおっぱい…。はぁ…はぁ…。
妄想すればするほど裸を見るよりも俄然にエロティックに感じてしまい、性欲が増して下腹部から突き上げてきそうだ。


ミネ子ちゃんはお構いなしに僕に背中を向けて脱ぎだした。
それを堂々と見ているのも可笑しいので、僕は座ってテレビをつけて見ているフリをする。
脱いでいったものが、一枚一枚絨毯の上に落ちていく音がする。
最後に一本一本足からハンカチのような軽い物を抜き取ったような音がした。
あぁ…今頃はミネ子ちゃん、裸になってしまったのだろうか。
真っ白なうなじから細い肩、しなやかな背中、くびれた腰、桃のような尻…。
胸が早鐘を打ちニュースどころではなかった。
ああ…気になる…。
振りかえろうとしたときにミネ子ちゃんが喘いだのでまたテレビに顔を向けた。
アアッ。ダメだ。とても見る勇気がない。
見てもいいって言ってたのにダメな男だ。頭を振った。


ミネ子ちゃんはスタスタと進み、台所の横にある浴室へと入った。
扉を閉め、壁にあたるシャワーの音と彼女の鼻歌が聞こえてくる。
僕はゆっくりと振り向き、テレビをつけたままでそろーり、と浴室前まで這っていく。


足マットの上の端っこに、脱いだ服がきちんと畳まれている。
僕はカエルのように飛びついた。
服の上に手をのせてみた。
アァ…これがマドンナの脱ぎたての御召し物。
ほのかに温かい。ポワゾンのような香水を感じさせた。
ブラウスとスカートの間からピラリと黒いものが見えていた。
ドキドキ。
僕はそれを指でつまみ、少年のように胸をときめかせて抜き取る。


「わあ…」


思わずため息がもれた。黒いTバッグだ。
股の部分に少し幅があるだけでほとんど紐に近いパンツだ。
エレガントなカップの形をしたブラジャーも一緒に出てきた。
大きい…DカップかEカップはありそうだ。ゴクン。
まるで黒アゲハを思い出すような怪しげでエロスを感じさせるようなブラだ。
思わず頬ずりをしてしまった。
ブラジャーの内側の先端から乳臭い匂いがして、パンツの股間の辺りからツンと鼻をつくような甘酸っぱい匂いがしてきた。
はぁ…はぁ…ミネ子様…。
シャワーを浴びているミネ子ちゃんを前にして、
僕はまたイケない妄想をしてしまった。
脱ぎ捨てたものに飛びついて犬のように嗅ぎまくる。
僕はなんてイヤらしく汚らわしい人間なんだ。
彼女は僕に勇気がないことを知っていて誘ってくる。
裸を見れる筈なのに見れない。
浴室の前まで来たのに覗けない。
僕は今まさに蛇の生殺しの状態だ。
僕が根性なしだと知ってミネ子ちゃんはあえて餌を蒔いておく。
ミネ子ちゃんはとんでもない悪女だったりして。
じゃあ。僕はありがたく、この蒔いてくださった餌をいただきます。
黒いTバッグを広げて股間を鼻にくっつけようとした。
すると、扉に打ち付けてたシャワーの音が止み、鼻歌も止まった。
あわてて僕はTバッグを顔から離し、たたんだ服の間に下着をねじ込んだ。


やばい。僕、変態かと思われちゃう!


目を白黒させ僕は思わず扉を見上げた。
スモークグラスの凸凹の屈折を通して、くねくねと揺れ動く肌色の像が見える。
僕は魅せられたようにその映像の戯れを見入った。


『来て…』


彼女の喘ぐ声が聞こえてきた。
内側からペタりと手をつけ、彼女は手招きをして見せる。
ごくり。
生唾をのみ高鳴る胸をおさえて、取っ手に指を差しこみ引き開けてみた。
湯煙とボディーソープの匂いが立ち込める。
そこにはびちょびちょに濡れて火照ったミネ子ちゃんの裸体が立っていた。
まるで、雨に打たれた白百合のようだ。美しさのあまりに息をのむ。
ミネ子ちゃんは前を隠さないで僕をじっと見つめた。


「入って…」


彼女はハスキーな声で誘った。瞳が濡れている。
僕の体が灼熱してきた。
無様な恰好を立て直してからネクタイをとり、シャツも脱ぎ捨てた。
そのまま浴室の中にはいりミネ子ちゃんの腰を抱いて唇を奪う。
狂おしく唇が重ねられた。


「うん………っ」


熱い嵐が一気に突き上げる。
僕はミネ子ちゃんの乳房を優しく撫でまわし上げた。
気持ち良かったみたいか、彼女の吐息がもれる。
ミネ子ちゃんは僕のベルトに手をかけた。
それから我を忘れ、いつのまにか僕も生まれたままの姿となっていた。
ミネ子ちゃんは僕の胸板に舌を這わせながらシャワーのレバーをひねる。
ほとばしったシャワーは僕たちを濡らした。
立ち込める湯煙の中で抱き合って、隅から隅まで愛撫しあった。
喘ぎ声の中、息も荒々しくなる。
僕たちはむさぼりあって、湯船につかり、激しく愛し合った――。





(つづく)
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