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(第8話)あぶないなあ!マコトとキスをしようとしたらいきなり、出刃包丁が飛んできた。誰の仕業なんだ!
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目を閉じてたから、包丁が飛んできたことなんて全く気付かなかった。
「大丈夫か!マコト!」
僕はマコトを引き寄せ頭を抱いた。
彼女の肩は小刻みに震えて奥歯が鳴っている。
一体、どこからこんな危ないものが飛んできたんだ。
ちょっとでもズレて飛んできたら僕の背中に刺さるかマコトの顔か首に刺さってたところだ。
頭から血がサー…っと引いていく感覚がした。
客たちもざわつき出し、女性客の裂くような悲鳴が聞こえる。
もう、これは酔って楽しむどころではない。
居酒屋に来ていた客たちが総立ちしていた。
僕たちの異変に気付いた店員たちが駆け寄り、その中にいた一人の店員は厨房の中へしゅるりと入っていく。
数秒後に厨房から店長と料理人と店員が僕たちのもとへと駆けつけた。
「お客様!お怪我はありませんか!」
ちょび髭を生やした浅黒い50代の店長が血相を変えて僕に声をかける。
「馬鹿野郎!あと、もうちょっとで彼女に刺さるところだったんだぞ!怪我ぐらいじゃあ済まないよ!」
僕は声を張り上げた。
僕たちを取り囲んだ客たちもそうだそうだ!と加勢した。
店長と料理人と店員が一列に並び、ひたすら平謝りをしている。
僕の腕のなかにいるマコトは俯いて嗚咽を漏らしていた。
「おいおいおい。一体全体どうなってんだ」
廊下から出てきた伊藤は額に手を当てて目を丸くして見てた。
明るく楽しい雰囲気で満ちてた居酒屋が一変し、悲鳴と怒号が飛び交う酷い酒場と化していた。
あれから店側が警視庁に電話を入れ、数分後に二人の刑事がやってきた。
一人は剛田というがっしりとした体格の男で、もう一人は新川という細身で新鮮な印象を受ける若い男だ。
どちらも鋭い目をして店の中にいる全員に事情徴収をしていた。
調査の結果、あれは魚を捌いたりする出刃包丁であり店の物ではないことが分かった。
大きさからして家庭向きで、おそらくホームセンターで買ったものではないかと警察は睨んでいる。
店の出刃包丁でないとしたら、客か外部の人間が持ってきたものと思うしかない。
これは僕かマコトが、悪質な嫌がらせか恨みを買われているのではなかろうか。本当にこんな人が沢山見ている居酒屋で殺そうと図ったヤツがいるのだろうか。
いや、それだったら客は見ている筈だし、包丁が飛んできている所を見ている人が一人か二人ぐらいいる筈だ。
刑事たちは一人一人の客に事情徴収したが、目撃したものは誰ひとりといなかった。
僕はアッと閃いた。
もしかしたら、僕とマコトが目を閉じキスをしようとした時に、犯人がこっそり側に来てマコトの顔の横に包丁を刺して逃げたのではないのだろうか。
「今日のところは帰ります」
と言って二人の刑事が頭を下げた。
白い手袋をはめた上で出刃包丁を持ち帰り、報告書を作りにいったん警視庁へと戻った。
剛田刑事が引き戸から出た後、新川刑事がくるりと振り向いた。
「何かあったらここに電話して下さい」
彼は僕に名刺を渡した。
それから頭をもう一度下げ、引き戸を開けて出て行った。
事情徴収が一時間ほどかかり、ようやく僕とマコトと伊藤も解放された。
居酒屋から出て伊藤が電車で帰ろうとした時に、踵をかえして、
俺がマコトを送ろうか、と言っていた。
冗談じゃない!
精神的なダメージを受けているのにこの上にマコトを襲ったりなんかしたらもう、マコトの心も体もボロボロとなり立ち直れなくなるだろう。最悪の場合、会社を辞めて自殺してしまうかもしれない。
僕は強くつっぱねてマコトと一緒にタクシーで帰ることにした。
タクシーを拾った。
乗り込んで運転手に行き先を伝えてから座席にもたれる。
やれやれ…今日はとんだ一日だ…。
深い溜息をついた。
雨が当たってきた。そんなきつい降り方ではない。
フロントガラスにシャワーのような水滴がつく程度だ。
ワイパーなしでも、かろうじて運転ができそうだ。
隣に座っているマコトに目を遣る。
ショックのあまりにあれからずっと口を閉ざしてしまっている。
身を縮こまらせて腕を組んで震えていた。
「ここでいいです」
マコトが運転手に言って途中で降りた。
「大丈夫かい?」
青白い顔をさせたマコトに声をかけた。
「ありがとうございます。大丈夫です」
マコトは軽く僕に会釈をしてドアを閉めて雨の中を歩いていった。
タクシーがまた国道に沿って走り出した。
ぼんやりと、雨に濡れた標識や看板、線を描くようなネオンや対向車を見ていた。
僕は頭の中で今日あったことを並べてみる。
――伊藤のとんでもない発言。
――マコトとの未遂のキス。
――出刃包丁の事件。
これらが今日一日で立て続けにおこった。
三つ目の『出刃包丁の事件』と残りの二つとをくっつけて考えてみると、とんでもなく危険な想像をしてしまった。
事故で出刃包丁が飛んできただなんて、まさか漫画の世界ではあるまい。
これは誰かの殺意があって出刃包丁を刺したという方向で考えてみる方が自然だ。
三つの出来事をすべて繋げてみると、こういう事になるわけだ。
――伊藤はマコトとセックスがしたい。
――だが、伊藤の目から見たら彼女は僕に慕っているように見える。
――僕に腹を立てたから、伊藤は挑発的な言葉をかけたんだ。
――トイレへいくと見せかけて伊藤は影で、僕とマコトがキスをしようとした所を見てた。
――そして、僕らに激しく嫉妬し、出刃包丁をもって忍び寄り、マコトの横に刺して廊下の奥の方へと逃げた。
と頭の中で考えてみた。これはあくまでも仮説だ。
しかし、包丁が刺さった後にマコトはすぐに目を開けて悲鳴を上げた。
周りの客たちは逃げていく犯人を見ていないと事情徴収で言っていた。
伊藤は……いや、これはあくまでも何度も言うが仮説なのだが、彼がマコトか他の客たちに見つかる筈なのに誰も見ていないというのが不自然な点なのだ。
もう、何が一体どうなってるんだよ。はぁ…。
僕は何度も右手で顔をこすった。
マコト…マコトは僕のことを先輩として一緒に仕事をしてきたとばかり僕は思っていた…が、どうやらマコトも僕のことが好きだったみたいだ。
彼女が僕と一緒に仕事ができてこの上に幸せなことはない、と言ってくれた。しかも、真っ直ぐに僕を見て瞳を潤ませていた。
そして、最後に「ワタシのことをどう思ってるの?それだけ?」とネクタイをひっぱられてキスを迫られた。
彼女は酔っていたが、顔は真剣そのものだった。
僕も正直言うとマコトが好きだった。
憧れのミネ子ちゃんと出会うまでは。
僕は伊藤とは違って一人の女性しか愛せない。
だから、可哀想だがマコトを突き放そうと思った。
辛いが、こうなってしまった以上は割り切るしかない。
今の僕の心はミネ子ちゃんでいっぱいになっているのだ。
よしっ。明日から仕事上の関係として割り切っていこう。
拳を固くして膝の上で握りしめた。
(つづく)
「大丈夫か!マコト!」
僕はマコトを引き寄せ頭を抱いた。
彼女の肩は小刻みに震えて奥歯が鳴っている。
一体、どこからこんな危ないものが飛んできたんだ。
ちょっとでもズレて飛んできたら僕の背中に刺さるかマコトの顔か首に刺さってたところだ。
頭から血がサー…っと引いていく感覚がした。
客たちもざわつき出し、女性客の裂くような悲鳴が聞こえる。
もう、これは酔って楽しむどころではない。
居酒屋に来ていた客たちが総立ちしていた。
僕たちの異変に気付いた店員たちが駆け寄り、その中にいた一人の店員は厨房の中へしゅるりと入っていく。
数秒後に厨房から店長と料理人と店員が僕たちのもとへと駆けつけた。
「お客様!お怪我はありませんか!」
ちょび髭を生やした浅黒い50代の店長が血相を変えて僕に声をかける。
「馬鹿野郎!あと、もうちょっとで彼女に刺さるところだったんだぞ!怪我ぐらいじゃあ済まないよ!」
僕は声を張り上げた。
僕たちを取り囲んだ客たちもそうだそうだ!と加勢した。
店長と料理人と店員が一列に並び、ひたすら平謝りをしている。
僕の腕のなかにいるマコトは俯いて嗚咽を漏らしていた。
「おいおいおい。一体全体どうなってんだ」
廊下から出てきた伊藤は額に手を当てて目を丸くして見てた。
明るく楽しい雰囲気で満ちてた居酒屋が一変し、悲鳴と怒号が飛び交う酷い酒場と化していた。
あれから店側が警視庁に電話を入れ、数分後に二人の刑事がやってきた。
一人は剛田というがっしりとした体格の男で、もう一人は新川という細身で新鮮な印象を受ける若い男だ。
どちらも鋭い目をして店の中にいる全員に事情徴収をしていた。
調査の結果、あれは魚を捌いたりする出刃包丁であり店の物ではないことが分かった。
大きさからして家庭向きで、おそらくホームセンターで買ったものではないかと警察は睨んでいる。
店の出刃包丁でないとしたら、客か外部の人間が持ってきたものと思うしかない。
これは僕かマコトが、悪質な嫌がらせか恨みを買われているのではなかろうか。本当にこんな人が沢山見ている居酒屋で殺そうと図ったヤツがいるのだろうか。
いや、それだったら客は見ている筈だし、包丁が飛んできている所を見ている人が一人か二人ぐらいいる筈だ。
刑事たちは一人一人の客に事情徴収したが、目撃したものは誰ひとりといなかった。
僕はアッと閃いた。
もしかしたら、僕とマコトが目を閉じキスをしようとした時に、犯人がこっそり側に来てマコトの顔の横に包丁を刺して逃げたのではないのだろうか。
「今日のところは帰ります」
と言って二人の刑事が頭を下げた。
白い手袋をはめた上で出刃包丁を持ち帰り、報告書を作りにいったん警視庁へと戻った。
剛田刑事が引き戸から出た後、新川刑事がくるりと振り向いた。
「何かあったらここに電話して下さい」
彼は僕に名刺を渡した。
それから頭をもう一度下げ、引き戸を開けて出て行った。
事情徴収が一時間ほどかかり、ようやく僕とマコトと伊藤も解放された。
居酒屋から出て伊藤が電車で帰ろうとした時に、踵をかえして、
俺がマコトを送ろうか、と言っていた。
冗談じゃない!
精神的なダメージを受けているのにこの上にマコトを襲ったりなんかしたらもう、マコトの心も体もボロボロとなり立ち直れなくなるだろう。最悪の場合、会社を辞めて自殺してしまうかもしれない。
僕は強くつっぱねてマコトと一緒にタクシーで帰ることにした。
タクシーを拾った。
乗り込んで運転手に行き先を伝えてから座席にもたれる。
やれやれ…今日はとんだ一日だ…。
深い溜息をついた。
雨が当たってきた。そんなきつい降り方ではない。
フロントガラスにシャワーのような水滴がつく程度だ。
ワイパーなしでも、かろうじて運転ができそうだ。
隣に座っているマコトに目を遣る。
ショックのあまりにあれからずっと口を閉ざしてしまっている。
身を縮こまらせて腕を組んで震えていた。
「ここでいいです」
マコトが運転手に言って途中で降りた。
「大丈夫かい?」
青白い顔をさせたマコトに声をかけた。
「ありがとうございます。大丈夫です」
マコトは軽く僕に会釈をしてドアを閉めて雨の中を歩いていった。
タクシーがまた国道に沿って走り出した。
ぼんやりと、雨に濡れた標識や看板、線を描くようなネオンや対向車を見ていた。
僕は頭の中で今日あったことを並べてみる。
――伊藤のとんでもない発言。
――マコトとの未遂のキス。
――出刃包丁の事件。
これらが今日一日で立て続けにおこった。
三つ目の『出刃包丁の事件』と残りの二つとをくっつけて考えてみると、とんでもなく危険な想像をしてしまった。
事故で出刃包丁が飛んできただなんて、まさか漫画の世界ではあるまい。
これは誰かの殺意があって出刃包丁を刺したという方向で考えてみる方が自然だ。
三つの出来事をすべて繋げてみると、こういう事になるわけだ。
――伊藤はマコトとセックスがしたい。
――だが、伊藤の目から見たら彼女は僕に慕っているように見える。
――僕に腹を立てたから、伊藤は挑発的な言葉をかけたんだ。
――トイレへいくと見せかけて伊藤は影で、僕とマコトがキスをしようとした所を見てた。
――そして、僕らに激しく嫉妬し、出刃包丁をもって忍び寄り、マコトの横に刺して廊下の奥の方へと逃げた。
と頭の中で考えてみた。これはあくまでも仮説だ。
しかし、包丁が刺さった後にマコトはすぐに目を開けて悲鳴を上げた。
周りの客たちは逃げていく犯人を見ていないと事情徴収で言っていた。
伊藤は……いや、これはあくまでも何度も言うが仮説なのだが、彼がマコトか他の客たちに見つかる筈なのに誰も見ていないというのが不自然な点なのだ。
もう、何が一体どうなってるんだよ。はぁ…。
僕は何度も右手で顔をこすった。
マコト…マコトは僕のことを先輩として一緒に仕事をしてきたとばかり僕は思っていた…が、どうやらマコトも僕のことが好きだったみたいだ。
彼女が僕と一緒に仕事ができてこの上に幸せなことはない、と言ってくれた。しかも、真っ直ぐに僕を見て瞳を潤ませていた。
そして、最後に「ワタシのことをどう思ってるの?それだけ?」とネクタイをひっぱられてキスを迫られた。
彼女は酔っていたが、顔は真剣そのものだった。
僕も正直言うとマコトが好きだった。
憧れのミネ子ちゃんと出会うまでは。
僕は伊藤とは違って一人の女性しか愛せない。
だから、可哀想だがマコトを突き放そうと思った。
辛いが、こうなってしまった以上は割り切るしかない。
今の僕の心はミネ子ちゃんでいっぱいになっているのだ。
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