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聖女の役目

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「でも、今のクレハは俺の敵だ。アリアと王太子の言いなりになってしまってはダメだ!」

 アリアが離れた位置で笑う。

「無駄ですよ。私はこの子に精神操作をしています。覚醒した真の悪役令嬢クレハに敵はいません」

 そう言うと、アリアは兵士に一人の少女を連れてこさせた。ぐったりとした様子の幼い少女だったが、金髪金眼の可憐な容姿は高貴さを感じさせる。

 アリアは乱暴にその少女を地面に突き飛ばし、少女が悲鳴を上げる。

 ひどいことをする、と俺は憤り、そして、その少女がカレンデュラ帝国の皇女であることに気づいた。戦後処理のなかで面会したことがある。

「これ四人目の悪役令嬢である皇女シャルロット・カレンデュラです。この場に五人の悪役令嬢が揃いました。そして、真の悪役令嬢クレハ……覚醒した彼女こそ、完全なるフロースの器となる存在です。他の四人の力で、彼女の力は最大限まで上がっています」

 アリアは嬉しそうに説明するが、俺は引っかかった。五人の悪役令嬢?

 ソフィア、ルシア、クレハ、シャルロット。たしかに四人の悪役令嬢がいる。だが、五人目とは誰のことなのか?

 アリアは手を高く掲げ、叫ぶ。

「さあ、クレハさん。欲望のままに行動なさい。クリス・マーロウは生かしておいてあげます。でも、他の人は皆殺しにしてくださいね?」

 クレハは黙ったまま、アリアをちらりと見た。アリアが怪訝な顔をする。

「不満ですか? それがあなたの望みでもあると思うのですが。私はあなたに力を上げました。役に立ってくださらないと。ああ、というか精神操作が効いているんだから、不満なわけ無いですね……」

「はい、そうですね。わたし、アリアさんには本当に感謝しているんです。わたしの本当の気持ちに気づかせてくれて、義兄さんを手に入れる方法を与えてくれて。だから……」

 クレハは、一歩踏み出し、アリアに近づいた。
 そして、クレハは拳銃を抜くと、引き金を引き、アリアを撃ち抜いた。

「なっ……」

 王太子が驚愕の表情を浮かべる。アリアもクレハもいずれも自陣営だと思っていたのだろう。いや、驚いたのは俺も同じだ。

 次の瞬間には、クレハの拳銃は王太子をも貫いていた。
 クレハは倒れる王太子を眺めていて、そして、くるりとこちらを振り返った。

 ドレスの裾が優美にふわりと揺れる。クレハは微笑んだ。その表情はとても……美しかった。

「皆殺しにしろ、と言われましたものね。聖女……いえ、五番目の悪役令嬢アリアにも、退場していただかないといけません」
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