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王女様とお風呂!

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 反乱の計画は、着々と進められていた。
 王女ルシアを筆頭に、俺とマクダフが宮廷魔導師や近衛騎士の信頼できる仲間を集める。少数精鋭の集団で王宮を占拠し、国王と王太子を捕縛するというのが計画の流れだ。

 そして、ルシアの即位を宣言するのだ。そうなってしまえば、支持する貴族も少なくないはず。国王と王太子は、近年、人望を失いつつあるからだ。

 迅速に行うことが必要なクーデターだが、計画の着手と仲間の糾合のために、二日間ほどの時間がいる。
 そのあいだ、もちろん反乱の計画はねっていたけれど、それ以外の時間は……ルシアに甘えられていた。
 ルシアは俺のことを好きだと言い、そしてキスをした。しかも、クレハやソフィアのいる前で。

 ルシアはそこまでしておきながら、「返事はいりません」と言って微笑んだ。俺は……ルシアのことをどう思っているんだろう? ルシアは大事な主で、仲間で、友人だった。信頼しあえる宮廷魔導師だった。

 それ以外の関係になることを俺は想像したことはなかった。でも、ルシアは違ったのだ。
 ともかく、クーデターを成功させないといけない。そうでなければ、俺は自分の身も、クレハやソフィアたちも、そしてルシアのことも守ることができない。

 ただ、ルシアを救出した翌日の夜、俺は困ったことになっていた。

 俺たちは聖女アリアを連れて宿を出た。そして、ある貴族屋敷に移動した。いつまでも市井の宿に留まるわけにもいかないし、怪しまれる。
 若い女当主の治める子爵家で、些細なことで前当主を国王に殺された過去があった。昔から親交もあるし、俺たちを「よくいらっしゃいました」と快く迎え入れてくれた。彼女も反乱の仲間となってくれる。

 それはいいのだが、その日の夜、俺が屋敷の大浴場へと入ったときに問題は起きた。
 さすがちゃんとした貴族屋敷の浴場というべきか、優雅な彫刻が並んでいる。今回はクレハとソフィアには風呂に入ってこないように釘を刺した。二人とも不満そうにしていたけれど……。

 ところが、俺はもうひとりの存在を忘れていた。
 今、湯船につかる俺の目の前には、同じく湯船につかるルシアがいた。バスタオル一枚のみを着ていて、頬を赤くして俺を見つめている。

「……来ちゃいました」

「ええと……体は平気ですか?」

 一番気になるのは、ルシアの体調だった。牢に捕らえられていたときの拷問でルシアは衰弱していて、いろいろ治療したとはいえ、本調子ではないはずだ。
 温泉の成分的にも、傷に染みたりしないだろうか?

 けれど、ルシアは嬉しそうに笑った。

「クリスがヒーラーとして私を癒やしてくれましたから。だから、もう平気です」

 そして、ルシアはふたたび、じっと俺を見つめる。なんだか恥ずかしくなってくる。
 まあ、ルシアはたしかに平気そうだ。なら、俺がすることは一つ。
 俺は立ち上がった。

「すみません。俺は先に出ます!」

「待って!」

 俺の腕をルシアはつかんだ。その小さな手が、俺にすがるように触れる。

「クリスと一緒のお風呂に入りに来たんです」

「しかし……そういうわけにはいきません」

「クレハとソフィアとは一緒に入ったんでしょう?」

「いえ、それはたしかに……そうですが……」

「なら、どうして私はダメなんですか?」

 ルシアの赤い瞳は、傷ついたように俺を見つめていた。俺は迷っていると、ルシアは頬を膨らませて「これは命令です!」と言った。

 仕方なく俺も腰をおろした。

 すると、ルシアは少し前に出て、今度はぴったりと俺と膝をあわせるぐらいにくっついた。
 俺はどぎまぎして赤面すると、ルシアも「えへへ」と笑った。

「ちょっと前なら、こんなことをするなんて想像もできませんでした」

「……俺もです」

「あ、でも、私は……想像も期待もしていたのかもしれません。だって……私はクリスのことがずっと好きだったんですから」

「ずっと?」

「はい。十二歳のとき、初めて会ったときから、ずっとです。私は臆病で、弱虫で、宮廷魔導師という形でしかクリスと触れ合えませんでした。だから、お父様の命令に従って、私はクリスを追放したりしたんです。あのときのこと、怒っていますか?」

「怒るなんて、とんでもありません。殿下の立場からすれば、陛下の言葉に従うのは、当然の義務でしたから」

「でも、私は間違っていました。お父様の言葉に従えば、いつかクリスをふたたび仲間に迎え入れることができると思っていたんです。ですが……」

 結果は、俺は命を狙われ、ルシアはすべてを失い、拷問された。
 今のルシアは魔法も上手く使えなくなってしまった。いずれ元通りに戻るかもしれないが、そうではない可能性もある。
 ルシアほどの魔法の天才が、その力を失うのは、痛ましいことだと思う。
 
 けれど、案外、ルシアはそのことについては平気そうにしていた。

「もちろん魔法が元通りに使えないのは困りますけれど……でも、魔法の天才とか宮廷魔導師団団長とか王女とか、そういうのを失くしてはじめて私は素直になれた気がするんです」

「素直に、ですか」

「クリスに素直に、私の気持ちを打ち明けることができたなって」

 ルシアは恥ずかしそうに微笑み、そして、さらに俺に近づき、そっと俺に身を重ねた。タオル一枚のみのルシアの体が俺に密着して、その柔らかい感触が伝わってくる。

 俺が目を白黒させていると、ルシアはいたずらっ子のように目を輝かせた。

「そうそう。私のこと、名前で呼んでくれるんじゃなかったんですか? なのに、また『殿下』なんて呼んで……ひどいです」

「い、いえ、やはり殿下は殿下ですし……」

「ダメです。せめてルシア様と呼んでください。それと……お仕置きとして、クリスからキスしてください」

 ルシアの意外な言葉に、俺はまじまじとルシアを見つめた。ルシアは耳まで真っ赤にして、目をそらす。

「べつにクリスが私のことを好きでなくてもいいんです。でも、ちょっとだけ、私は……クリスに甘やかしてほしいなって」

 苦しいほど胸の動悸がする。俺は……ルシアを……。思考がまとまらない。
 ルシアは俺の頬にそっと手を当てる。

「最後の戦いが終わった時、私もクリスも生きている保証はありません。だから、今、クリスにおねだりをしているんです」

「……ルシア様、少し目を閉じていてください」

 ルシアはどきっとした表情で「……はい」と消え入るような声でうなずいた。そして、俺を待ち望むかのように、目をつぶった。
 俺はルシアにそっと近づき、その唇に自分の唇を重ねようとし……。

「何やってるんですか、義兄さん」

 ……浴場に響いた言葉で、俺はぴたっと動きを止めて、慌てて振り返った。
 純白のワンピースを着たクレハが、浴場の入口に仁王立ちになり、俺たちを睨んでいた。
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