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王女のクリスへの想い
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追手の宮廷魔導師の集団は、壊滅した。彼ら彼女らはみんな気を失って倒れている。ソフィアとクレハもまったくの無事だ。
俺はほっとして、胸をなでおろす。
ルシアは完全に戦意を喪失して、うつむいていた。綺麗な赤い髪が肩にかかっている。
俺はそっと身をかがめ、ルシアに微笑む。そして、ルシアの髪をそっと撫でた。初めて出会った頃、十二歳のルシアは、よく俺に頭を撫でるようにせがんでいた。
あの幼かった女の子は、いまや宮廷魔導師団の団長だ。
ルシアは驚いたように顔を上げ、そして、頬を赤くして、俺を真紅の瞳で見つめる。
「クリス……もう、あなたは私の仲間ではないのに……こんなこと、しないでください」
「勝手かもしれませんが、俺は今でも殿下を仲間だと思っていますよ」
「だったら、どうして私のもとに戻ってきてくれないんですか?」
「俺にはソフィアを殺せませんでした。だから、もうマグノリア王国には戻れません」
「仲間だというなら、私をもっと大事にしてくれてもいいじゃないですか。クリスは……ソフィアやクレハを優先して、私のことなんて本当はどうでもいいんでしょう?」
「そんなことありませんよ」
「嘘つき」
ルシアはそう言って赤い瞳からぽろぽろと涙をこぼした。そして、小さな手で、駄々っ子のように俺の胸を叩く。
いくら偉くなっても、ルシアはまだ十七歳の少女なんだな、と改めて思う。意外と子供っぽくて、意地っ張りで、感情に任せて『赤き雷槌』をぶっ放してしまうようなところもあるのだ。
でも、俺はそういうルシアのことが嫌いじゃなかった。
「俺も殿下のお側にいられないことを残念に思っています」
「……これから、クリスたちはどうするんですか?」
「助かる道を探しますよ」
このまま帝都カレンに残るわけにはいかない。かといって、アルストロメリア共和国への脱出の方法も今のところない。
どうすればいいのか、それはソフィアやクレハと相談して考えることにしよう。
俺はルシアに別れを告げた。ルシアの身柄を拘束しても追及が激しくなるだけで良いことはない。何より、俺はルシアには自由に生きていてほしいのだ。
王太子に命を狙われている俺と違って、ルシアはマグノリアの王女だ。マグノリア王国でいくらでも幸せに暮らすことができる
ルシアは涙に濡れた瞳で、俺を睨みつけた。
「今度は、必ずあなたを捕まえてみせます」
「そう簡単には、俺は倒せませんよ」
俺は微笑み、そして、ルシアの前から立ち去った。
ソフィアもクレハも微笑んで、俺を迎えてくれた。
「二人とも、怖い思いをさせてごめん」
俺がそう言うと、ソフィアとクレハは顔を見合わせ、そしてくすっと笑った。
「それほど怖くなかったわ」
「だって、義兄さんなら、絶対に勝つと思っていましたから」
そんなふうに言われて、俺は少し照れてる。二人は俺を信頼し、必要としてくれている。マグノリア王国に俺の居場所はもうないけれど、でも、俺を頼るソフィアとクレハのために俺は戦える。
そして、俺たちは、夜の帝都カレンの大通りを静かに歩いていった。
☆
マグノリア王国第三王女ルシア・マグノリアは、敗北感と悔しさと寂しさで胸をいっぱいにして、王都リアへと戻った
(……クリスを取り戻せなかった!)
王宮の自室へと向かう中、ルシアは唇を噛む。
ルシアにとって、クリス・マーロウは特別な存在だった。
王女であるルシアは、幼いころから孤独だった。王室は家族同士の愛情など皆無だったし、兄弟は王位継承のライバルともなりうる存在だ。
たった一人、ルシアが尊敬し、信頼していたのが、第一王女にして当時の宮廷魔導師団団長だったフィリアだった。
フィリアはルシアよりも十歳も年上だったけれど、歳が離れている分、フィリアはルシアを手放しで可愛がってくれた。
フィリアは優秀な宮廷魔導師でもあり、とても賢明な女性だった。次代の女王としても、みなから期待されていた。
ルシアはそんな姉に憧れた。
ただ、フィリアは多忙で、いつもルシアを構う時間はあまりないようだった。そのことが不満で、ある日、十歳のルシアは思いついた。
自分も宮廷魔導師団に入ればいい。そうすれば、姉のフィリアと一緒にいられるし、姉のようにもなれるかもしれない。
ルシアはそれから魔法の勉強を必死で頑張った。ルシアには才能もあったし、いつしか魔法の天才と呼ばれた。
「ルシアは私よりずっと才能があるね」
フィリアにそう言われ、ルシアは嬉しくなった。わずか十二歳にして、宮廷魔導師団の入団試験にも合格した。
すべては順調だった。
フィリアが戦争で死んだのは、そのすぐ後のことだった。カレンデュラ帝国との大戦で、フィリアは自ら先頭で指揮をとっていたのだ。そのことは軍の士気を高めたし、フィリアの魔導師としての戦闘力も、帝国軍を圧倒するのに役立った。
けれど、ある戦いで、フィリアは部下をかばって、あっさりと戦死した。
国王は、自身の子のなかでもフィリアのことだけは溺愛していたし、王子エドワードも姉であるフィリアのことを慕っていたようだった。けれど、皆から愛された王女フィリアは、いなくなってしまったのだ。
ルシアも、フィリアの死から数日は起きられないほどのショックを受けた。
……一人ぼっちになってしまった。フィリアを目指し、フィリアとともに戦うことを夢見て、宮廷魔導師団に入ったのに。
そんな新入りの宮廷魔導師ルシアの指導役になったのが、クリスだった。クリスはその頃、十九歳で、宮廷魔導師団の先輩だった。
他の宮廷魔導師たちが王女のルシアに遠慮するなかで、あくまでもクリスはルシアを一人の魔導師見習いとして扱ってくれた。そして、ルシアが知る中で、クリスは一番優秀な宮廷魔導師の一人だった。
七歳年上のクリスは、いつもルシアに優しく接し、ときに厳しく教え、そしてルシアの話を真剣に聞いてくれた。
そんなクリスに、ルシアはあっさりと恋に落ちた。戦争の中で、何度もクリスに助けられて、ルシアの思いはますます強くなった。
大戦で多くの宮廷魔導師が死んだ。五年の戦いを経て、ルシアは宮廷魔導師団の団長に、クリスは副団長になっていた。
そして、戦争が終わった。
平和になっても、きっとクリスは自分のそばにいてくれる。ルシアはそう信じていた。
けれど……。
現実には、ルシアはクリスを失った。もう、クリスはマグノリア王国に戻ってこない。公爵令嬢ソフィアとともに、外国へと亡命せざるを得なくなった。
どこで選択を間違えたのだろう?
もっと早く、自分の気持ちをクリスに伝えていれば、違ったのだろうか?
(でも、臆病な私には……そんなことはできなかった)
もしクリスに拒絶されたらと思うと、怖かった。フィリアのように、遠くへクリスが行ってしまうような気がしたのだ。
だから、ルシアはあくまで宮廷魔導師の仲間として、クリスに対して振る舞った。本心を隠しながら、マグノリア王室の命令に従うように、クリスに命じた。その選択は間違いだったのかもしれない。
いずれにせよ、実力行使でクリスを捕まえようという試みも失敗した。怒りに任せてクリスに『炎の雷槌』を放ち、そして失敗し、子どもみたいに泣いてしまった。
思い出すだけで恥ずかしくなる。
どうすれば、クリスを取り戻せるのか、ルシアはそのことばかり考えていた。
ルシアが王宮の自室の前にたどり着くと、そこには何人かの兵士がいた。
……なんだろう?
ルシアはまったく深刻に考えず、部屋へと近づいた。そのとき、後ろから肩を叩かれた。
「やあ、ルシア。悪いが、王太子の権限で、君を反逆者として逮捕する」
ルシアは言葉の意味が飲み込めず、ゆっくりと後ろを振り向く。
そこにいたのは、赤髪赤目の長身の青年だった。
王太子エドワード・マグノリアが短剣を手に持ち、ルシアに微笑みかけていた。
「あ、兄上!? 私が反逆者とはどういうことですか!?」
「直接的な罪状は、クリス・マーロウとその仲間を故意に見逃したことだ。反逆者の逃亡を手助けした。だが、もう一つ、君には罪がある」
ルシアは何も言えず、王太子の赤い瞳を見つめた。
王太子は、ゆっくりとルシアにささやく。
「ルシア。君は『悪役令嬢』なんだよ」
俺はほっとして、胸をなでおろす。
ルシアは完全に戦意を喪失して、うつむいていた。綺麗な赤い髪が肩にかかっている。
俺はそっと身をかがめ、ルシアに微笑む。そして、ルシアの髪をそっと撫でた。初めて出会った頃、十二歳のルシアは、よく俺に頭を撫でるようにせがんでいた。
あの幼かった女の子は、いまや宮廷魔導師団の団長だ。
ルシアは驚いたように顔を上げ、そして、頬を赤くして、俺を真紅の瞳で見つめる。
「クリス……もう、あなたは私の仲間ではないのに……こんなこと、しないでください」
「勝手かもしれませんが、俺は今でも殿下を仲間だと思っていますよ」
「だったら、どうして私のもとに戻ってきてくれないんですか?」
「俺にはソフィアを殺せませんでした。だから、もうマグノリア王国には戻れません」
「仲間だというなら、私をもっと大事にしてくれてもいいじゃないですか。クリスは……ソフィアやクレハを優先して、私のことなんて本当はどうでもいいんでしょう?」
「そんなことありませんよ」
「嘘つき」
ルシアはそう言って赤い瞳からぽろぽろと涙をこぼした。そして、小さな手で、駄々っ子のように俺の胸を叩く。
いくら偉くなっても、ルシアはまだ十七歳の少女なんだな、と改めて思う。意外と子供っぽくて、意地っ張りで、感情に任せて『赤き雷槌』をぶっ放してしまうようなところもあるのだ。
でも、俺はそういうルシアのことが嫌いじゃなかった。
「俺も殿下のお側にいられないことを残念に思っています」
「……これから、クリスたちはどうするんですか?」
「助かる道を探しますよ」
このまま帝都カレンに残るわけにはいかない。かといって、アルストロメリア共和国への脱出の方法も今のところない。
どうすればいいのか、それはソフィアやクレハと相談して考えることにしよう。
俺はルシアに別れを告げた。ルシアの身柄を拘束しても追及が激しくなるだけで良いことはない。何より、俺はルシアには自由に生きていてほしいのだ。
王太子に命を狙われている俺と違って、ルシアはマグノリアの王女だ。マグノリア王国でいくらでも幸せに暮らすことができる
ルシアは涙に濡れた瞳で、俺を睨みつけた。
「今度は、必ずあなたを捕まえてみせます」
「そう簡単には、俺は倒せませんよ」
俺は微笑み、そして、ルシアの前から立ち去った。
ソフィアもクレハも微笑んで、俺を迎えてくれた。
「二人とも、怖い思いをさせてごめん」
俺がそう言うと、ソフィアとクレハは顔を見合わせ、そしてくすっと笑った。
「それほど怖くなかったわ」
「だって、義兄さんなら、絶対に勝つと思っていましたから」
そんなふうに言われて、俺は少し照れてる。二人は俺を信頼し、必要としてくれている。マグノリア王国に俺の居場所はもうないけれど、でも、俺を頼るソフィアとクレハのために俺は戦える。
そして、俺たちは、夜の帝都カレンの大通りを静かに歩いていった。
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マグノリア王国第三王女ルシア・マグノリアは、敗北感と悔しさと寂しさで胸をいっぱいにして、王都リアへと戻った
(……クリスを取り戻せなかった!)
王宮の自室へと向かう中、ルシアは唇を噛む。
ルシアにとって、クリス・マーロウは特別な存在だった。
王女であるルシアは、幼いころから孤独だった。王室は家族同士の愛情など皆無だったし、兄弟は王位継承のライバルともなりうる存在だ。
たった一人、ルシアが尊敬し、信頼していたのが、第一王女にして当時の宮廷魔導師団団長だったフィリアだった。
フィリアはルシアよりも十歳も年上だったけれど、歳が離れている分、フィリアはルシアを手放しで可愛がってくれた。
フィリアは優秀な宮廷魔導師でもあり、とても賢明な女性だった。次代の女王としても、みなから期待されていた。
ルシアはそんな姉に憧れた。
ただ、フィリアは多忙で、いつもルシアを構う時間はあまりないようだった。そのことが不満で、ある日、十歳のルシアは思いついた。
自分も宮廷魔導師団に入ればいい。そうすれば、姉のフィリアと一緒にいられるし、姉のようにもなれるかもしれない。
ルシアはそれから魔法の勉強を必死で頑張った。ルシアには才能もあったし、いつしか魔法の天才と呼ばれた。
「ルシアは私よりずっと才能があるね」
フィリアにそう言われ、ルシアは嬉しくなった。わずか十二歳にして、宮廷魔導師団の入団試験にも合格した。
すべては順調だった。
フィリアが戦争で死んだのは、そのすぐ後のことだった。カレンデュラ帝国との大戦で、フィリアは自ら先頭で指揮をとっていたのだ。そのことは軍の士気を高めたし、フィリアの魔導師としての戦闘力も、帝国軍を圧倒するのに役立った。
けれど、ある戦いで、フィリアは部下をかばって、あっさりと戦死した。
国王は、自身の子のなかでもフィリアのことだけは溺愛していたし、王子エドワードも姉であるフィリアのことを慕っていたようだった。けれど、皆から愛された王女フィリアは、いなくなってしまったのだ。
ルシアも、フィリアの死から数日は起きられないほどのショックを受けた。
……一人ぼっちになってしまった。フィリアを目指し、フィリアとともに戦うことを夢見て、宮廷魔導師団に入ったのに。
そんな新入りの宮廷魔導師ルシアの指導役になったのが、クリスだった。クリスはその頃、十九歳で、宮廷魔導師団の先輩だった。
他の宮廷魔導師たちが王女のルシアに遠慮するなかで、あくまでもクリスはルシアを一人の魔導師見習いとして扱ってくれた。そして、ルシアが知る中で、クリスは一番優秀な宮廷魔導師の一人だった。
七歳年上のクリスは、いつもルシアに優しく接し、ときに厳しく教え、そしてルシアの話を真剣に聞いてくれた。
そんなクリスに、ルシアはあっさりと恋に落ちた。戦争の中で、何度もクリスに助けられて、ルシアの思いはますます強くなった。
大戦で多くの宮廷魔導師が死んだ。五年の戦いを経て、ルシアは宮廷魔導師団の団長に、クリスは副団長になっていた。
そして、戦争が終わった。
平和になっても、きっとクリスは自分のそばにいてくれる。ルシアはそう信じていた。
けれど……。
現実には、ルシアはクリスを失った。もう、クリスはマグノリア王国に戻ってこない。公爵令嬢ソフィアとともに、外国へと亡命せざるを得なくなった。
どこで選択を間違えたのだろう?
もっと早く、自分の気持ちをクリスに伝えていれば、違ったのだろうか?
(でも、臆病な私には……そんなことはできなかった)
もしクリスに拒絶されたらと思うと、怖かった。フィリアのように、遠くへクリスが行ってしまうような気がしたのだ。
だから、ルシアはあくまで宮廷魔導師の仲間として、クリスに対して振る舞った。本心を隠しながら、マグノリア王室の命令に従うように、クリスに命じた。その選択は間違いだったのかもしれない。
いずれにせよ、実力行使でクリスを捕まえようという試みも失敗した。怒りに任せてクリスに『炎の雷槌』を放ち、そして失敗し、子どもみたいに泣いてしまった。
思い出すだけで恥ずかしくなる。
どうすれば、クリスを取り戻せるのか、ルシアはそのことばかり考えていた。
ルシアが王宮の自室の前にたどり着くと、そこには何人かの兵士がいた。
……なんだろう?
ルシアはまったく深刻に考えず、部屋へと近づいた。そのとき、後ろから肩を叩かれた。
「やあ、ルシア。悪いが、王太子の権限で、君を反逆者として逮捕する」
ルシアは言葉の意味が飲み込めず、ゆっくりと後ろを振り向く。
そこにいたのは、赤髪赤目の長身の青年だった。
王太子エドワード・マグノリアが短剣を手に持ち、ルシアに微笑みかけていた。
「あ、兄上!? 私が反逆者とはどういうことですか!?」
「直接的な罪状は、クリス・マーロウとその仲間を故意に見逃したことだ。反逆者の逃亡を手助けした。だが、もう一つ、君には罪がある」
ルシアは何も言えず、王太子の赤い瞳を見つめた。
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