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1章、人が生きる世こそ地獄ではないか

32話、両親への報告

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 憎き仇が寝室で亡くなっていると聞き、誰がここまで想像できる?
 兄と妹で愛し合ったまま刺され亡くなるなど、想像できるはずが無いではないか。
 淫靡で凄惨なる光景を見て、浮かひ上がるはよこしまなる思い。
 我が弟が、実は弟では無かったのでは? などと思い浮かべてしまった。
 最初は小さな波紋の様であったこの疑念は、いまや大きく波を打つまでになり私はそれを消す事が出来ないでいた。
 それでは、この一連の騒ぎは何だったのだ?
 父と母に何と言えば良い?
 寄生虫が我が家を乗っ取ろうとした結果か?
 暗く陰鬱なる負の思考の連鎖は続く。

 そんな私を誰かがそっと包んでくれた。
 
 私の全てを包むように、優しく抱きしめるわけでは無い。
 遠慮がちに、肩口へそっと置かれた彼女の手が──
 背中に感じる微かな重みと体温が──
 私達の距離を物語っていた。

 届きそうで届かない、遠いようで近しい私達。
 最初はいつ消えてもおかしくない、ほんの小さな灯のようだったと思う。
 それは消えずに少しずつ、少しずつ私の中で育っていて、きっと今も育っている。

 私の左肩へそっと置かれた彼女の手に、ほんの数舜右の手の平を重ね合わせてみる。私が手を重ねてくるなんて思わなかったのだろう、美しい指の持ち主はピクリと少しの驚きを見せたあと落ち着いて、今は黙って私の左肩で重なりあっていた。

 周りには多数の人がいるし、何よりもだ。
 私はきっとこれから大勢の人を殺すだろう。
 暗澹たる世を打ち払い、人々に真の安寧をもたらせる。それを大義名分に史上最も大勢の人を殺すに違いない。そんな私が人並みの幸せを求めてどうする?
 神すら許すまい。

 ほんのわずかな時間触れあった手と手は悲し気に離れ、2人を別つ。
 
 彼女のお陰で、淫靡で凄惨なる光景を直視した事から始まった。
 邪なる思いは綺麗に霧散し、消え失せた。
 
 
 レムシュタットへ入城してから、しばらくの時が過ぎる。
 ローゼリア領主として何時までもここに留まる訳にはいかない、時はもう戦乱の世で、こうしてる間にも公爵は勢力を拡大しているに違いないのだ。
 だが、命を賭けて我が家の為に戦った兵達つわものどもに応えねばなるまい。
 領都へ戻る前日に、レムシュタット領主館へ主だったものを集めさせていた。

 扉を開け中央に敷かれた赤い絨毯を進むと、絨毯を挟むように全員が立ち並び私を迎えてくれる。最奥に設けられた壇上まで歩みそこへ立つと、全員がくるりと体をこちらへ向け、片膝をつきこうべを垂れるではないか。
 私は壇上から皆を見る。
 そして懐からを取り出し、それを上下に広げて見せ、皆へと告げるのだ。

 本来私は、こういう仰々しいのは不要だと思う種類の人間である。
 だが人を統べるのに、『格式や形式権威は必要で大事なもの。どうかご一考を』と言うものだから渋々取り入れたのだ。我が幕僚へ加わったリンハルトの最初の進言がそれであり、ユリシスもアンネマリーも賛成するのだからどうしようもない。

「みな、忙しい中すまないな」

「まず戦功について述べる」
「戦功第一位はシェリダンとする」
「理由は以下の通りだ」
「本決戦に至る一連の動きで、最も重きをなしたのがあの檄文だ。そしてノーファー無血開城も大きい。戦場で命を賭けて戦うのだけが功ではない事を皆に知って欲しい」
「翁と翁が率いた兵士には後日改めて、感状と褒美を送らせてもらう」

「戦功第二位はヴァイスと、ツェツィーリアの2名とする」
「かの者たちはそれぞれ敵騎兵隊長、副隊長、敵前線司令官を討つなど勝利に大きく貢献してくれた。まさに獅子奮迅の働きである。領都に戻り次第感状と褒美を渡したい」

 この一連の戦いで経験を大きく積んだのか、2人の能力値は上昇していた。
 ヴァイスはLVが9となり、統率が84+3に武力は92となっている。
 政治力や知力、魅力も少し伸びたようで、それぞれ64、74、80となっていた。

 ツェツィーリアは美しい瑠璃色の瞳でじっと私を見つめている。
 君のLVは10となって、統率は91+7となり、武力はヴァイスに次ぐ91みたいだよ。
 政治は74で知力は71、魅力は96。その凄まじい能力値で今後も私を助けてくれると嬉しい……。
 
「戦功第三位はオスヴァルト、お前だ」
 話の途中ではあったが一端辞め、壇上を降りオスヴァルトの前まで歩むと彼と同じ目線の高さとなるよう私もしゃがむ。
「歩兵全体の指揮という地味で華々しさはないが、軍にとって一番必要な者である。あらためて感謝を述べたい。オスヴァルトありがとう」
「恐れ多い事です」
 あのオスヴァルトが片膝をつき、頭を深々と垂れていた。
 地味で堅実な者にこそ報いねばならん。
 彼は良い見本となるだろう。
 皆が皆ヴァイスや、ツェツィーリアのようにはなれないのだから。

 なおこの戦いでしっかりと経験を積んだのだろう、彼も成長していた。
[オスヴァルト:LV11、統78、武82、政69、知71、魅78]
 私と共に歩く、忠実で頼れる者達の成長は喜ばしいことだ。
  
「戦功四位以下の者は、後ほど追って連絡とする」
「よいか皆、信賞必罰しんしょうひつばつ武門ぶもんって立つところだ、今後も功成り名を遂げし者にはローゼリア家は必ず報いると約束する」
「皆にそれぞれ領都へ戻り次第、褒美を取らせる事を約束する」

「それとだ、いまよりレムシュタットの各店で飲食出来るよう手配させて貰った。みな楽しんでくれ、それぞれの移動先は直属の上役へ確認するように、以上」

 わあああああああ。
 広場を喝采が埋め尽くす。
 皆が嬉しそうに騒いでいた。
 皆の喜ぶ顔は良いな、いくら見ても飽きる事はない。

 喧噪の中、靴底を鳴らしユリシスへ向けて歩む。
 ここからは個人的な礼だから、別に皆が見てなくても良い。
「ユリシス」
「はい、主様」
「戦功序列は関係ない、君があの時盾を掲げてくれたから私はここに立っている。ありがとう」
「私のした事が主様の役に立ったのであれば、こんなに嬉しい事はありません」
 彼女もまた、オスヴァルトのように深々と頭を下げた。
 そんなユリシスの背をそっとポンポンと叩き、次へ向けて移動する。

 彼女もまたこの戦いで成長していたよ、ここに記しておこう。
[ユリシス:LV11、統76+3、武76、政68、知78、魅84]
 
「お前たちは一緒にいる事が多いなぁ」
[アイリーン:LV9、統78、武80、政58、知73、魅79]
[ホルガー:LV9、統64、武86、政49、知53、魅73]
 2人揃っていたので同時に拝見しておいた。
 彼女らもまた成長しているようで何より。
 
「気が付いたら近くにいるんです! もぅ」
「そ、そんなぁ、アイリーン」
「ぷっ、ははは」
 子供の頃からの付き合いという者はいいな、何も考えずに笑う事ができる。
「アイリーン此度の戦いよくやってくれた、ありがとう」
「そしてホルガー、良くオスヴァルトを支えてくれたな。感謝している。」
 それぞれの顔を見たあと、それぞれに礼を述べた。
「これからも、どうかよろしく頼む」
「はい!」「はっ」
 2人と固く握手を交わす。

 さてお次は紫の君だな。
 最近弄りすぎてるからな、今回は我慢するとしようか。
 彼女を探すのは簡単だ、大体ツェツィーリアの側に居る。
[ラウラ:LV11、統76、戦74、政68、知69、魅76]
 ほら、いた。
「ラウラ、彼女ツェツィを支えてくれてありがとう」
 チラリと美しい彼女ツェツィへ視線を移した後、ラウラへと戻す。
「いえ、そんな……」
「人数が増えて大変だろうが、今後は私も支えてくれると嬉しい」
「は、はい! 喜んで」
 去り際にツェツィの肩へ手をやり「いつもありがとう」と伝えておいた。
 たぶん美しい笑みで返してくれたのだと思うが、あえて見なかった。
 いや、見れなかったんだ。
 これ以上私の中で彼女の存在を大きくしない方が良い。
 そう思えたから……、今ならまだ踏みとどまれる。

 最後はアンネマリーかな。
[アンネマリー:LV7、統65+3、武38、政68、知78、魅80]
 順調にすくすくと伸びているな。
 初めてみた頃は確かLV4だったぞ? 末恐ろしい娘だ。
 LVが低い間は伸びやすいのかもしれんが……。
 
 ふぅ、ツェツィとの未来をあえて閉ざしてしまうような、陰鬱な考えの後は何も考えずに接すれる彼女がいいと思えたから最後に選んだ。
 そして何も考えずに頭をわしゃわしゃと撫でてやった。
「も、もう」
「私には何かお言葉はないのですか?」
「ぷっ、くくく。言葉? 必要か? 私とアンネマリーに」
「いいえ!」
「だろう?」
「はい!」
 
 ◇◇

 領都ローゼンハーフェンの一角に緑豊かな地がある。
 修道院が近いこともあってか、その緑豊かな地を子供たちが元気一杯に走り回り、木々の木漏れ日の中ひっそりと愛を囁き合う若者達もいる。
 そんな我が民たちの憩いの場である一角に、時代を感じさせる古めかしい白亜の門がひっそりとたたずみ守る場所があった。 我がローゼリア家の墓所である。
『民の喜びと共に』との事からこの地が選ばれたらしい。
 ずっと前に父上から聞いたな。ふふ、懐かしいものだ。

 夕暮れの墓所は静かで、穏やかな雰囲気が漂っている。
 まるで先の戦いを祖霊が祝うかのように、穏やかで明るい。
 墓所の中を歩むと、歴代の祖霊達の墓に続いて真新しい墓が並んでいた。
 死後も寄りそうように並ぶ墓石に我が父と母が眠る。
 アレクスの両親の墓で、私にとっても両親と言える2人の墓だ。

 墓前でそっと頭を下げ、両親に対する尊敬と愛情を込めて静かに祈る。
 すると父母が答えてくれたかのように、優しい風が私の髪を撫でて揺れた。
 
 そっと片膝をつき、静かに語り始める。
「父上、母上、今ここに立つのは、私が約束を果たしたからです」
 母までも亡くなったと聞いたあの日、私は亡き両親に誓ったのだ。
「あの日、貴方達の命が奪われたとき私は無力でした。でも今は違います。皆の力を借り、無力さを超えて仇を討つことが出来ましたよ」

「でも、駄目ですね。思ったよりも満たされませんでした」
「──仇を討ったところで、私の家族は誰一人帰って来ません」

「私はこの広い世界に……、ただ一人です」

「私は、こんな世を変えたいと思っています。誰もが安心して暮らせる世の中にしたいのです。でも私のそんな思いは、父上と母上が愛したこのローゼリアの民の命を、きっと沢山奪うでしょう」
「どうか、許してください」
 両親に許しを請うように、深く深く頭を下げる。
「その代わり、私が生きている限り親子が殺し合うような事は2度とさせません」

「最後に、これは少し恥ずかしいのですが……」
「──えっと、私はどうやら……、好きな女性が出来たようです。はは」
 生きている時に、こういう話をもっとするべきだった。
 人はどうして、いつも失ってから気づくのだろう……。

「でも、きっとここへ事は無いと思います」
「──私の家族となった人は、全て死してしまうから……」

 ポタリポタリと涙が頬を伝い、地を濡らす。
 誰にも言えないような事も、天上におわす父母になら言える。
 かつて王太子だった時もそうだった、私の家族だった人で無事余生を過ごせた人は誰一人いない。皆亡くなってしまうんだ、それも無残にな。
 それは今世も変わらなかった。

「挨拶がしたいと言うので、その女性も含めて何名か連れてきました。私が去った後参りますのでお話を聞いてあげてくださいね」
「──その、出来れば……見守ってあげてください……我が娘のように」

「ツェツィーリアを……」

 あの日、私と私の大事な臣下仲間達が征く先は、おびただしい血と犠牲の上に成り立つのだと覚悟は決めた。ただ、その流される大量の血の中には当然ローゼリアの民も多く含まれているのだ。
 一度どうしても其の事を父母へ詫びたかった。
 そして一つだけ聞いて欲しかったんだ。彼女への想いを。

「いつか必ず世界を統べる。何もかも失って、それくらい叶えないでどうする……。なぁ、アレクス」

ーローゼンクランツ王国再興記ー
 第1章『人が生きる世こそ地獄ではないか』完
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