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1章、人が生きる世こそ地獄ではないか
25話、無血開城
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帝国歴202年5月4日
ユリシスが、アンネマリーが、偶然近くにいた者達も含めた皆が、私を必死になって止めようとしている。
「お一人では行かせません!」
「すまないアンネマリー、もう決めたんだ」
「ではせめて私一人でもお連れくださりませんか?」
ユリシスに向けて首を振る。
「気持ちは嬉しいが、それではダメなのだ。私一人でないと意味がない」
そう、あいつは私を舐めている。
一人で行けば必ず出てくるはずだ。
私が一人で奴と話す。
そうすると決めたのだ。
ノーファーの南門にずらりと並ぶ我がローゼリアの将兵達、その軍列を縦に割るように進み私は先頭に躍り出た。軽く後ろを振り返れば、良将に良く率いられた我が軍の壮観なることよ。そこに一切の乱れは無い。
『さすがだなオスヴァルト』
歩兵大隊を指揮するはオスヴァルト・ノイマイスター、なんだかんだ言っても面倒見の良い男だ。普段から視野も広く戦線の強いところ、弱い部分の見極めも早い。そして補佐にはあの暴風のホルガーが付いている。2人でよくまとめているようだな。
我が軍の陣前に一人立つ私は、ノーファーへ向けてあらん限りの声で呼びかける。
「アルザス聞こえるか? 出てこい。私とお前で話をしようじゃないか!」
門上に拵えた櫓の上が慌ただしい、おそらくあの辺りにアルザスがいるのだろう。
「貴様に限って私と話すのが怖いという事はあるまい!」
こう言えば奴の気性から言って、出てこないという事はまず無いはずだ。
ガコン、ギギィ。
先ほどの叫びから、そう遠くない僅かな時間しか経っていなかったが、固く閉ざされていた門が開かれると、その中央に1人の男が立っていた。
奴が出てきやすいように既に私は両軍の中間地点に立っている。弓を警戒する必要もあってこれ以上は進む事が出来ない。ただ奴が来るのを待つのみである。
「久しぶりだな、アルザス」
「用があるから呼んだのだろう? 早く言え」
相変わらず気の短い男だ。
「まあ待て、色々要件があってな? まずは最初の要件だ」
「チッ」
「これを受け取れ」
そういって数枚の紙を放り投げる。
流石にナイフなどで突かれる恐れがある距離までは近づかない。
刃が短く直線的な軌道は防ぎにくいからな。
ちなみに奴へ投げつけた紙は、昨晩アンネマリーやユリシスと書き上げた檄文だ。
「なんだ? これは?」
「檄文だ、帝国全土へ渡るよう手配した。今読んでくれて構わんぞ?」
昨晩書き上げた檄文のうち何枚かの写しを、ローゼンハーフェンの叔父上当てに送ってある。領都で写しを作り、帝国内へ領土を持つ全貴族宛に送るよう指示をつけてな。
「ふん」
腹立たし気に檄文へ目を移すアルザス。
檄文を読み始めるや、ものの数秒で激高していく様は見ていて不思議で仕方が無かった。あれだけの事を仕出かしたのだぞ? 事実をそのまま文にされたからと言ってなぜ真っ赤になって怒る必要がある? 悪しく言われるなぞ覚悟の上だったろうに。
怒る資格の無い奴が、顔を真っ赤にして怒っていた。
滑稽ですらあった。
「き、貴様……我らを辱めるか」
「お前たちが父を亡き者とし、我が母も殺めたのは事実だろ? どこに辱めがある。それはそうとだ、数枚あるのはヘルマン殿の分だ、お前から渡しておけ」
「なっ」
「──大勢の軍勢が後ろにいるからと強気になったか? ええ? 兄上よ」
激高したアルザスが顔を真っ赤にし、槍を振り下ろす。
「死ねえ、軟弱者が!」
こいつはまだ知らないのだ。
私がアレクシスである事を。
武に関する部分が根こそぎ欠落したままの私だと思っているのだ。
ガキィィィン
穂先と穂先が激しくぶつかり合い、青く爽やかな朝空に似合わぬ不釣り合いな金属音と、激しい火花を生み出していた。
女神シュマリナ様の加護により、現在の私の武力は77+5だ、巷で猛将と言われる類の将達には勝てはせんが、少し強い程度の奴らに臆する数値ではない。
「な、なにぃ?」
振り下ろされたアルザスの槍を横から弾き飛ばすや、その回転力を利用し軽やかに槍を旋回させると、その出来た一瞬の隙を逃さず、がら空きになった奴の左胴へ一撃を放つ。殺すのが目的ではない、刃を当てない一撃だ。
ガハッ。
弾かれた方向へ追撃を食らい、大きく体制を崩すアルザス。
反撃はさせじとアルザスの首付近へ槍の穂先を近づけ、動きを制し会話を続ける。
「まだ用事があると言っただろ?」
背後へ向けて左手を掲げ合図した。
「ヴァイス!」
「はっ」
背後から人の近づく音がする。
いよいよ我が策の全てを明かす時が来たな。
そしてヴァイスよ、嫌な役をさせてすまない。私を許してくれ。
「アルザス、確かに返したぞ? お前たちと違って私は約束を守る」
そう言ってヴァイスが連れて来た、目は布で覆われ、口を猿轡で閉じ、後ろ手に縛られたレーヴァンツェーンの嫡男をアルザスへ向けて放り投げる。
「まさか、ア、アウグスト殿か?」
「そのまさかだ、ちゃんと生きているぞ?」
「次が最後の要件だ」
「くっ、早く言えッ」
「以降二度とお前に手加減はしないから、よく聞けよ? ノーファー前で今から1日だけ待ってやる。レーヴァンツェーン領都、レムシュタットへ逃げるのをおすすめする」
怒りなのだろうか? アルザスはわなわなと肩を震わせていた。
「逃げないなら逃げないで構わんが、嫡子を送り届けない訳には行くまい」
「お、お前……本当に兄上なのか?」
「くだらんな。ではな、さらば我が弟よ」
アルザスから視線を切るや踵を返し、ローゼリア陣中へ向けて帰路を進むのであった。
天幕へ無事帰還を果たすと、それはもうプンスカと怒ったツェツィーリアとアンネマリーにしこたま叱られた。
生きた心地がしませんでした!
もう無茶はやめてください!
なぜ一緒に連れて行ってくれなかったのですか!
などと繰り返し何度も何度も言われてしまったぞ。
ただ私は一応領主だから、その、あまり怒ってくれるな……。
ちなみにユリシスが意外と怒らなかったので意外に感じていると、さりげなく小さな声で恐ろしい事を言っていたぞ。
『主様が亡くなられた時は、死出の旅路をお供するだけの事です』と。
重想美人がさらに重想化してないか?
やれやれ。
↓ 重想美人さんの挿絵です ↓
「全軍、明日のこの時間まで待機とする。但し警戒は怠るな」
伝令を呼び、各隊長へ通達させる。
アルザスへも言ったが、奴らが退却する時間として丸1日用意してやったからな、待たねばなるまい。
「アレクシス様、なんで奴等に丸1日もあげたのですか?」
ホルガーが問うてきた。
丸1日待機という事もあってか、自然と各隊長が入れ替わりで本営に顔を出すようになっていた。
「ああホルガーそれはな、アルザスはいま頭に血が上ってるだろうから、恐らく退却の決断は下せないと思うのだ。だが、アウグストを返しただろ? これでレーヴァンツェーンの二将は退却するに違いない。なにせ主君の嫡男を取り戻したのだ。ノーファーで籠城して今度は討ち取られましたと言う愚はおかせんだろ」
「な、なるほど……」
ホルガーはわかっているのか、わかってないのか微妙だな。
まぁいい、他の皆への説明も兼ねて続けさせてもらうか。
「レーヴァンツェーンの二将が退却すれば、アルザスも退却をせざるを得まい。兵50で戦えるか? 無理だろう? これでノーファーは無血開城、晴れて北方領は全て奪還という訳だ」
皆が口を開けてポカーンと私を見ていた。
「おまけに我らは、こんな状況であっても敵の嫡男を返したと、筋を通したとアピールも出来る。一石二鳥? いや三鳥くらいあるのではないか? 積み重ねた道理、義理と言うのは意外と馬鹿にできんぞ? それが後々我々を救うことだってあるかもしれん」
「凄いですけど、アレクシス様がまた悪そうな顔してます」「しかも結構悪い」
「はははっ、言うと思ったよアイリーン、それも予想済みだ」
「もうっ」
少しだけ口を尖らせたアイリーン、ホルガーが楽しそうにそれを眺めていた。
予想はしていたと言ったが、最後の『結構悪い』は予想していなかったぞ……。
信頼する臣下達に結構言われ放題なアレクシスだった。
◆◆
「ふざけるな! 撤退なぞ絶対に許さんぞ! みすみすこの地を奴等に渡すと言うのか?」
「しかし我らとしても、アウグスト様をこの地へ置いておく訳にはいきませぬ」
「それでは、俺に客将になれと!?」
「それは……」
「何をするにしても叔父上に頭を下げて生きろと?」
「う……」
「カールもう良い。アルザス様、我らは直ちに撤退します」
「だからそれはならんと!」
ベルトルトは途中で手をあげ俺の意見を妨げた。
なんて無礼な男であろうか、たかが騎士風情が舐めおって。
「わかっております。ですが我らの主君はヘルマン様なのです」
「わかっておるわ!」
「ヘルマン様のご嫡子を無事に届ける。それ以上に大事な要件はありません」
「──おわかり頂けますな?」
「くそっ!」
全部アウグストのせいではないか!
父を討った勢いでローゼンハーフェンを急襲すれば奴も討てたはずだ。
アウグストが捕らえられたせいで侵攻は止まり、停戦の末がこのザマだ。
◆◆
「閣下! 敵が引き揚げております!」
北門付近に偵察の為に置いてあった騎兵数騎からの連絡であった。
思ったよりも早かったな。
「わかった、連絡ご苦労。オスヴァルトへ敵兵がいなくなり次第ノーファー内へ突入、念のため調べるように伝えてくれるか? 特に火計には気を付けるようにと」
「はっ、わかりました」
私がもし奴らの立場でやるとすれば火計だろう。
集落を1つ失わせると共に敵軍に損害を与え、且つ指揮官の命をも奪える可能性がある。後の統治を一切考えないならば、という条件付きではあるが……。
「よし、敵は引きあげたな?」
「はっ」
「ノーファーへ入るぞ、ついてこい!」
直ちに全軍が入るという愚は侵さない。
まずは俺が部隊を率いて、ノーファー内の安全を確認するのが先だ。
「お前たちは右側から調べていけ、建物の影などに積まれた干し草や撒かれた油などあればすぐに報告しろ! 火は絶対に防げ! わかったな」
閣下からの特命だ、火は何が何でもふさがねばならぬ。
「お前たちは左だ!」
「よし、そこの2隊は俺についてこい、あの一番デカい建物を調べる。おそらくあれが敵の本営だろう、残りの隊は中央の通りから順に調べていけ」
「はっ」
2つの隊とホルガーを伴い、ノーファー中心の大きな建物へ向かう。
「しかしノーファーをただの一兵も損なわずに、住民に一人の死者も出さずに取り戻すなんて驚いたよな。うちのアレクシス様は大したもんだぜ、そう思わないか? ホルガー」
「うん、大したものだよ。僕達も頑張らないとね」
「ああ、その通りだな」
「よし、では我らは正面から入る。ホルガーともう1隊は背後から突入してくれ。今から30数えたら突入するからな? 遅れるなよ」
「うん、わかったよ」
「よし、行け!」
……3
……2
……1
「よし、行くぞ!」
剣を鞘から抜き放ち、抜刀状態で中へ突入を開始する。
◇◇
「ほう、それで?」
「捜索を始めると1人床に倒れておりました。まだ息がありましたので、急ぎ問いただすとノーファー出身の者とわかり、『この場に残りたい』と願い出たところ、アルザス殿に剣の柄頭で激しく殴打され気を失っていたそうです」
「はぁ、そうか……」
「その者によると、やはりアルザス殿は残した兵士たち数名に火を点けるよう指示を出していたそうですが、火付け現場では既に兵を捕らえておりまして、その兵が申すには『俺はノーファー出身だぞ? 自分の街を焼けると思うか?』と言って素直に捕縛されたそうです。持ってた油樽もそのままとの事でした」
「閣下どうかその者らに寛大な処置を」
「ノーファー出身の兵はそのまま開放してやってくれ、もしそのまま我が軍に加わると言うならば正規の兵と同じ賃金を出すとも伝えてくれるか? ああ、それと、そのアルザスに強く殴打された者は我が治療隊で治療を受けられるよう手配も頼む」
「はっ、わかりました。寛大なご処置に感謝します」
オスヴァルトはそう礼を言い天幕を離れて行った。
よし、ではノーファー内へ移動するとするか。
しかし、アルザスよ……。
火を点けさせるならレーヴァンツェーンの者にやらせるべきだったな。
ノーファーの者にさせるのは無茶がすぎると言うものだ。
ユリシスが、アンネマリーが、偶然近くにいた者達も含めた皆が、私を必死になって止めようとしている。
「お一人では行かせません!」
「すまないアンネマリー、もう決めたんだ」
「ではせめて私一人でもお連れくださりませんか?」
ユリシスに向けて首を振る。
「気持ちは嬉しいが、それではダメなのだ。私一人でないと意味がない」
そう、あいつは私を舐めている。
一人で行けば必ず出てくるはずだ。
私が一人で奴と話す。
そうすると決めたのだ。
ノーファーの南門にずらりと並ぶ我がローゼリアの将兵達、その軍列を縦に割るように進み私は先頭に躍り出た。軽く後ろを振り返れば、良将に良く率いられた我が軍の壮観なることよ。そこに一切の乱れは無い。
『さすがだなオスヴァルト』
歩兵大隊を指揮するはオスヴァルト・ノイマイスター、なんだかんだ言っても面倒見の良い男だ。普段から視野も広く戦線の強いところ、弱い部分の見極めも早い。そして補佐にはあの暴風のホルガーが付いている。2人でよくまとめているようだな。
我が軍の陣前に一人立つ私は、ノーファーへ向けてあらん限りの声で呼びかける。
「アルザス聞こえるか? 出てこい。私とお前で話をしようじゃないか!」
門上に拵えた櫓の上が慌ただしい、おそらくあの辺りにアルザスがいるのだろう。
「貴様に限って私と話すのが怖いという事はあるまい!」
こう言えば奴の気性から言って、出てこないという事はまず無いはずだ。
ガコン、ギギィ。
先ほどの叫びから、そう遠くない僅かな時間しか経っていなかったが、固く閉ざされていた門が開かれると、その中央に1人の男が立っていた。
奴が出てきやすいように既に私は両軍の中間地点に立っている。弓を警戒する必要もあってこれ以上は進む事が出来ない。ただ奴が来るのを待つのみである。
「久しぶりだな、アルザス」
「用があるから呼んだのだろう? 早く言え」
相変わらず気の短い男だ。
「まあ待て、色々要件があってな? まずは最初の要件だ」
「チッ」
「これを受け取れ」
そういって数枚の紙を放り投げる。
流石にナイフなどで突かれる恐れがある距離までは近づかない。
刃が短く直線的な軌道は防ぎにくいからな。
ちなみに奴へ投げつけた紙は、昨晩アンネマリーやユリシスと書き上げた檄文だ。
「なんだ? これは?」
「檄文だ、帝国全土へ渡るよう手配した。今読んでくれて構わんぞ?」
昨晩書き上げた檄文のうち何枚かの写しを、ローゼンハーフェンの叔父上当てに送ってある。領都で写しを作り、帝国内へ領土を持つ全貴族宛に送るよう指示をつけてな。
「ふん」
腹立たし気に檄文へ目を移すアルザス。
檄文を読み始めるや、ものの数秒で激高していく様は見ていて不思議で仕方が無かった。あれだけの事を仕出かしたのだぞ? 事実をそのまま文にされたからと言ってなぜ真っ赤になって怒る必要がある? 悪しく言われるなぞ覚悟の上だったろうに。
怒る資格の無い奴が、顔を真っ赤にして怒っていた。
滑稽ですらあった。
「き、貴様……我らを辱めるか」
「お前たちが父を亡き者とし、我が母も殺めたのは事実だろ? どこに辱めがある。それはそうとだ、数枚あるのはヘルマン殿の分だ、お前から渡しておけ」
「なっ」
「──大勢の軍勢が後ろにいるからと強気になったか? ええ? 兄上よ」
激高したアルザスが顔を真っ赤にし、槍を振り下ろす。
「死ねえ、軟弱者が!」
こいつはまだ知らないのだ。
私がアレクシスである事を。
武に関する部分が根こそぎ欠落したままの私だと思っているのだ。
ガキィィィン
穂先と穂先が激しくぶつかり合い、青く爽やかな朝空に似合わぬ不釣り合いな金属音と、激しい火花を生み出していた。
女神シュマリナ様の加護により、現在の私の武力は77+5だ、巷で猛将と言われる類の将達には勝てはせんが、少し強い程度の奴らに臆する数値ではない。
「な、なにぃ?」
振り下ろされたアルザスの槍を横から弾き飛ばすや、その回転力を利用し軽やかに槍を旋回させると、その出来た一瞬の隙を逃さず、がら空きになった奴の左胴へ一撃を放つ。殺すのが目的ではない、刃を当てない一撃だ。
ガハッ。
弾かれた方向へ追撃を食らい、大きく体制を崩すアルザス。
反撃はさせじとアルザスの首付近へ槍の穂先を近づけ、動きを制し会話を続ける。
「まだ用事があると言っただろ?」
背後へ向けて左手を掲げ合図した。
「ヴァイス!」
「はっ」
背後から人の近づく音がする。
いよいよ我が策の全てを明かす時が来たな。
そしてヴァイスよ、嫌な役をさせてすまない。私を許してくれ。
「アルザス、確かに返したぞ? お前たちと違って私は約束を守る」
そう言ってヴァイスが連れて来た、目は布で覆われ、口を猿轡で閉じ、後ろ手に縛られたレーヴァンツェーンの嫡男をアルザスへ向けて放り投げる。
「まさか、ア、アウグスト殿か?」
「そのまさかだ、ちゃんと生きているぞ?」
「次が最後の要件だ」
「くっ、早く言えッ」
「以降二度とお前に手加減はしないから、よく聞けよ? ノーファー前で今から1日だけ待ってやる。レーヴァンツェーン領都、レムシュタットへ逃げるのをおすすめする」
怒りなのだろうか? アルザスはわなわなと肩を震わせていた。
「逃げないなら逃げないで構わんが、嫡子を送り届けない訳には行くまい」
「お、お前……本当に兄上なのか?」
「くだらんな。ではな、さらば我が弟よ」
アルザスから視線を切るや踵を返し、ローゼリア陣中へ向けて帰路を進むのであった。
天幕へ無事帰還を果たすと、それはもうプンスカと怒ったツェツィーリアとアンネマリーにしこたま叱られた。
生きた心地がしませんでした!
もう無茶はやめてください!
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などと繰り返し何度も何度も言われてしまったぞ。
ただ私は一応領主だから、その、あまり怒ってくれるな……。
ちなみにユリシスが意外と怒らなかったので意外に感じていると、さりげなく小さな声で恐ろしい事を言っていたぞ。
『主様が亡くなられた時は、死出の旅路をお供するだけの事です』と。
重想美人がさらに重想化してないか?
やれやれ。
↓ 重想美人さんの挿絵です ↓
「全軍、明日のこの時間まで待機とする。但し警戒は怠るな」
伝令を呼び、各隊長へ通達させる。
アルザスへも言ったが、奴らが退却する時間として丸1日用意してやったからな、待たねばなるまい。
「アレクシス様、なんで奴等に丸1日もあげたのですか?」
ホルガーが問うてきた。
丸1日待機という事もあってか、自然と各隊長が入れ替わりで本営に顔を出すようになっていた。
「ああホルガーそれはな、アルザスはいま頭に血が上ってるだろうから、恐らく退却の決断は下せないと思うのだ。だが、アウグストを返しただろ? これでレーヴァンツェーンの二将は退却するに違いない。なにせ主君の嫡男を取り戻したのだ。ノーファーで籠城して今度は討ち取られましたと言う愚はおかせんだろ」
「な、なるほど……」
ホルガーはわかっているのか、わかってないのか微妙だな。
まぁいい、他の皆への説明も兼ねて続けさせてもらうか。
「レーヴァンツェーンの二将が退却すれば、アルザスも退却をせざるを得まい。兵50で戦えるか? 無理だろう? これでノーファーは無血開城、晴れて北方領は全て奪還という訳だ」
皆が口を開けてポカーンと私を見ていた。
「おまけに我らは、こんな状況であっても敵の嫡男を返したと、筋を通したとアピールも出来る。一石二鳥? いや三鳥くらいあるのではないか? 積み重ねた道理、義理と言うのは意外と馬鹿にできんぞ? それが後々我々を救うことだってあるかもしれん」
「凄いですけど、アレクシス様がまた悪そうな顔してます」「しかも結構悪い」
「はははっ、言うと思ったよアイリーン、それも予想済みだ」
「もうっ」
少しだけ口を尖らせたアイリーン、ホルガーが楽しそうにそれを眺めていた。
予想はしていたと言ったが、最後の『結構悪い』は予想していなかったぞ……。
信頼する臣下達に結構言われ放題なアレクシスだった。
◆◆
「ふざけるな! 撤退なぞ絶対に許さんぞ! みすみすこの地を奴等に渡すと言うのか?」
「しかし我らとしても、アウグスト様をこの地へ置いておく訳にはいきませぬ」
「それでは、俺に客将になれと!?」
「それは……」
「何をするにしても叔父上に頭を下げて生きろと?」
「う……」
「カールもう良い。アルザス様、我らは直ちに撤退します」
「だからそれはならんと!」
ベルトルトは途中で手をあげ俺の意見を妨げた。
なんて無礼な男であろうか、たかが騎士風情が舐めおって。
「わかっております。ですが我らの主君はヘルマン様なのです」
「わかっておるわ!」
「ヘルマン様のご嫡子を無事に届ける。それ以上に大事な要件はありません」
「──おわかり頂けますな?」
「くそっ!」
全部アウグストのせいではないか!
父を討った勢いでローゼンハーフェンを急襲すれば奴も討てたはずだ。
アウグストが捕らえられたせいで侵攻は止まり、停戦の末がこのザマだ。
◆◆
「閣下! 敵が引き揚げております!」
北門付近に偵察の為に置いてあった騎兵数騎からの連絡であった。
思ったよりも早かったな。
「わかった、連絡ご苦労。オスヴァルトへ敵兵がいなくなり次第ノーファー内へ突入、念のため調べるように伝えてくれるか? 特に火計には気を付けるようにと」
「はっ、わかりました」
私がもし奴らの立場でやるとすれば火計だろう。
集落を1つ失わせると共に敵軍に損害を与え、且つ指揮官の命をも奪える可能性がある。後の統治を一切考えないならば、という条件付きではあるが……。
「よし、敵は引きあげたな?」
「はっ」
「ノーファーへ入るぞ、ついてこい!」
直ちに全軍が入るという愚は侵さない。
まずは俺が部隊を率いて、ノーファー内の安全を確認するのが先だ。
「お前たちは右側から調べていけ、建物の影などに積まれた干し草や撒かれた油などあればすぐに報告しろ! 火は絶対に防げ! わかったな」
閣下からの特命だ、火は何が何でもふさがねばならぬ。
「お前たちは左だ!」
「よし、そこの2隊は俺についてこい、あの一番デカい建物を調べる。おそらくあれが敵の本営だろう、残りの隊は中央の通りから順に調べていけ」
「はっ」
2つの隊とホルガーを伴い、ノーファー中心の大きな建物へ向かう。
「しかしノーファーをただの一兵も損なわずに、住民に一人の死者も出さずに取り戻すなんて驚いたよな。うちのアレクシス様は大したもんだぜ、そう思わないか? ホルガー」
「うん、大したものだよ。僕達も頑張らないとね」
「ああ、その通りだな」
「よし、では我らは正面から入る。ホルガーともう1隊は背後から突入してくれ。今から30数えたら突入するからな? 遅れるなよ」
「うん、わかったよ」
「よし、行け!」
……3
……2
……1
「よし、行くぞ!」
剣を鞘から抜き放ち、抜刀状態で中へ突入を開始する。
◇◇
「ほう、それで?」
「捜索を始めると1人床に倒れておりました。まだ息がありましたので、急ぎ問いただすとノーファー出身の者とわかり、『この場に残りたい』と願い出たところ、アルザス殿に剣の柄頭で激しく殴打され気を失っていたそうです」
「はぁ、そうか……」
「その者によると、やはりアルザス殿は残した兵士たち数名に火を点けるよう指示を出していたそうですが、火付け現場では既に兵を捕らえておりまして、その兵が申すには『俺はノーファー出身だぞ? 自分の街を焼けると思うか?』と言って素直に捕縛されたそうです。持ってた油樽もそのままとの事でした」
「閣下どうかその者らに寛大な処置を」
「ノーファー出身の兵はそのまま開放してやってくれ、もしそのまま我が軍に加わると言うならば正規の兵と同じ賃金を出すとも伝えてくれるか? ああ、それと、そのアルザスに強く殴打された者は我が治療隊で治療を受けられるよう手配も頼む」
「はっ、わかりました。寛大なご処置に感謝します」
オスヴァルトはそう礼を言い天幕を離れて行った。
よし、ではノーファー内へ移動するとするか。
しかし、アルザスよ……。
火を点けさせるならレーヴァンツェーンの者にやらせるべきだったな。
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突如として手に入れた力に戸惑いながらも、リバンスはその力を使って仲間を救い、少しずつ自分の可能性を信じ始める。だが、彼の力にはまだ誰も知らない秘密が隠されていた…。
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