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2章、取り戻すために

18話、襲われたアンリエッタ

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 ふぁ~、清々しい朝だ。
 昨晩は初めてノルマを達成出来たからか、グッスリと眠る事が出来たよ。
 あのペースの結果を3か月維持する必要があったりと、不安はまだまだ山積みだったけれど『俺は金貨1枚稼げるんだ』、決して不可能じゃないんだ。という事実はやっぱ嬉しいものだ。今日も1日頑張るぞ。

 さてと、今日からはまた1人だ。
 マリーさんが来てくれるのは休みの日だけだからなぁ。
 そうそうマリーさんだけど、稼いだ報酬を受け取ってくれないんだよ。飲み代だけ払ってくれれば良いって……。
 アンリエッタさんを取り戻すまでは甘えさせて貰うつもりだけど、いずれちゃんと返したいと思う。
 
 顔を洗い、買い置きしてあるパンにチーズを載せれば、ハイ完成。
 これが今の俺の朝ごはんだ。
 
 あの家で、皆で食べる朝食のなんて美味しかったことか。
 パンはパッサパサで水気が全く無く、マヨネーズやバターなどの調味料は無い。
 ただのペラいチーズが乗っただけのパサパンさ。
 体と食欲を満たすためだけの食事。
 口へ入れた途端、口内の水分が持って行かれてしまい喉が通らない。
 それを水で無理やり流し込んだ。
 
 ふぅ、アンリエッタさんはちゃんとご飯を食べれてるのかな?
 ロルフとか言う男は『新たなる職が見つかるまでは食べさせる約束』と言っていたけど信用して良いのだろうか。アンリエッタさんが飢えているだなんて耐えられない。そこだけは頼むぞ。

 何の喜びも無い朝食を食べ終え、階段を降り冒険者ギルド1階へと躍り出る。
 よし、今日もマリーさんの列に並ぶとするか。
 もう今更混んでるから、違う列にしますとは言えない。
 死んでも言えん。言えばどう揶揄からかわれるかわかったもんじゃない。
 早朝から日が沈むまでは向日葵のようであり、日が沈むと酒好き親父に変貌するマリーさんだから。
 
 朝は、すぐ直上に住んでいて比較的早くに並べるお陰かな。そうは待たない。
 あと数人待てば俺の順番だったけれど、そこに一人の勇者が現れる。

「マリーさん、おはようございます!」
「…………」
「マリーさん?」
「……」
「あの~……」
 カウンター越しの上目遣いで、ジロリと冒険者を見つめるマリーさん。

「ア、アンさん、おはようございます」
「はい、おはようございます」
 数秒前が嘘のように、ニコり微笑むマリーさん。
 お前……、ガッツあるぜ。
 あれだろ? 俺がマリーさんて呼ぶからだよな?
 俺も『そう呼んでみたい』っておもったんだよな?
 ごめえええええん。
 ホントすまんかった。
 でもお前は凄いぜ、リヨンの勇者だわ。
 俺なら今のでもうHP0だよ。女性ってある意味怖えぇ……。

「マ、ママママ、マリーさんおはようございます」
 声ちっさ!
 俺の声ちっさ!
 
 それでなくてもだ、改めて受付嬢へとチェンジしたマリーさんに『マリーさん』と呼ぶのは緊張するのに、さっきの件がある。
 ここでマリーさんと呼ぶのは、すごく難易度が高くないか?
 俺の後ろには他の冒険者が既に列をなしていて、盗み聞きされてるかもしれないと思うと猶更だよ。プチ拷問だよ。朝から拷問とかノーマルな俺には無理です。そっちには一切興味ありませんから。
 お前の息子は新品未開封だから、そもそも知らん世界だろうがって?
 むぅ、確かにその通りだな。
 
「くすくす、どうしたの? 朝から噛みまくりじゃないの」
 いやそれは、あなたがね? リヨンの勇者と物言わぬ無言バトルをしたからですよ、と訴えたい。
「おはようございます。フェリくん」
 他の冒険者には見せない、圧倒的笑顔のマリーさん。
 
 ふぅ、俺を直上から見下ろしイメージしてみてくれ。
 俺の前方180°は花が咲き誇るように美しくも安らかで、後方180°は怒り、そねみ、ねたみで満ちていると思わんか?
 俺はそんな感じがするね(泣)。
 
「ではこれと、この依頼をお願いします」
「はい、ではこれが依頼書です。ちゃんと帰ってくるのよ? いい?」
「はい。じゃあ、行ってきます」
 ふぅ、けしてマリーさんのせいでは無いけど、朝から気疲れが半端ない。
 
 ◆◆

 はぁはぁ、やっぱこの女はいい。
 黒髪は縁起が悪いだの、死をつかさどるだの言う奴もいるが、そんな事は関係ねえ。
 そこに極上な女がいるんだぜ? 髪の色など知った事か。
 それにハーフであってもエルフだぞ? 誇りたけえアイツらは人里には滅多に姿を現さねえし、現れたところで襲おうものなら魔法でやられてイチコロよ。
 だがコイツは首輪のお陰で魔法は使えねえと来て、ロルフの野郎は昨晩から出てていやしねえ、グハハ。
 まさに神の思し召しってやつだ。ヤレって事だろうがよ。
 
 目を覚まさぬよう静かに部屋へ入り、掛け布のリネンをそっと捲ると、目に飛び込む美しくなだらかな曲線に俺の興奮は最高潮となる。決して大きくはないが小さくもない、ギリギリ手には収まり切らないサイズの双丘が呼吸のたびに微かに上下に揺れていた。
 何よリもこの白く美しい肌が、首筋から鎖骨を経て上乳に至る神々しいまでの造形や、細いのにしっかりと丸みを帯びた腰つきがたまらねえ。コイツを今から俺の好きに出来ると思うとたぎって仕方がねえぜ。
 
 俺はそっとズボンを脱ぎ、黒髪のエルフの上に覆い被さる。
 あぁ、いい香りだ。
 いいぞ、思った通り最高の女だ。
 上着の裾から手を入れていき、まるで神が創りたもう至極の双玉へそっと手を触れる。きめ細やかで潤いに満ちた肌は、吸い付くような肌触りだった。
 こ、こんな肌触った事ねえぞ……。
 至福の感触に、歓喜に打ち震えた瞬間、黒髪のエルフが目を覚ます。
 ちっ、まぁ、いい。
 ただ騒がれると面倒だ、どうにか静かにさせねえとな。
「なっ、何を!?」
「黙れハーフエルフ、そのまま大人しくしていろ」
 最高の女が、眼光鋭く俺を睨んでやがる。
 お前らエルフ族はいつもそうだ。まるで汚物を見るように俺を見やがる。
 その眼が、逆に俺をたぎらせるんだよッ!
 
「大人しくしていれば、これからは毎日俺が可愛がってやる。それとも何か? 毎日執拗に嫌がらせされたいのか?」
「くっ!」
「わかったら黙ってろ」
 そう言い、黒髪のエルフの両手を寝具へと押さえつけ、首筋へ顔を落とそうとしたが、な、何ぃ?
「あなたって人は!」
 俺が上で、コイツが下だ。
 体重が載る分だけ俺の方が有利なはずだ。
 なのになぜだ? 非力なエルフに俺の全体重を掛けた腕が上げられ始めている。
「くそっ、一体どうなってやがる」

 腕を上げられ、細腰を上手く捻るや、上に乗るはずの俺の下半身を横にずらし見事寝具から逃げ出しやがった。
「一体どういう事ですか? これが商業ギルドのやる事ですか!」
「うるせえ黙れ! 人が来ちまうだろうが」
 魔法は使えず、武器も持たない。
 そして屋敷から出れば殺される。
 まだ、やりようはある。
 仕方ねえ、萎えちまうから殴りたくはなかったが、もうそうは言ってられねえ。
「寝台に戻れ、今ならまだ許す」
「いやです」
「チッ、後悔するなよ?」
 ファイティングポーズから、地を力強く蹴り急加速でハーフエルフへと向かう。
 顔はやめておくか、腹部目掛けて拳をショートアッパー気味に放つ。
 ブウン
「かわした?」
 その後も速度重視の体重を乗せない拳を中心に、時折り足技も繰り出すが俺の攻撃の全てが空を切り当たらない。何だこのハーフエルフ。
 まぁ、いいさ喧嘩には色々と方法がある。
 ハーフエルフの顔面にパンチを入れる軌道で拳を放つと、直前で手を開き奴の視界を奪う。この状態で逆手のフックで側頭部を撃ち抜く。これで終わりだ。
「フッ」「ハッ」
 もらった!
 ドゴッ
 「ブハッ」
 腹部へメリっと音を立て突き刺さるハーフエルフの膝。
 倒れる直前の俺が最後に見たのは、薄暗い部屋でも微弱な光を放つような、細くも肉付きの良い真っ白なハーフエルフの太ももだった。
「俺もヤキが回ったもんだ。まさか肉弾戦でエルフに負けちまうとは」
 ドサッ
 
 あのいやらしい目つきが嫌い。
 女性をモノとして見るような男。
 醜く穢らわしい、あの大嫌いな男が地に伏せていた。
 
 そっと自分の手や腕を見るアンリエッタ。
 スラリと長くも細い腕、細い脚が目に映った。
「私もまた、ぼっちゃまに守られていたのですね……」
「──ありがとうございます。グスッ」
 私の大事な宝物と過ごしたかけがえのない日々、毎日疲れてるでしょ? と言ってはかけてくれた治癒強化魔法の数々。
 フェリクス様。あなたのお陰で私は今日、穢されずにすみました。
 
 ◆◆

「と、言うわけなんだ。坊主すまん!」
「すまんで済むか!」
「まさか、奴があんな暴挙に出るとは思わんかった」
 そんな、アンリエッタさんが屋敷警護の男に襲われただなんて……。
 何もなかったから良いという問題ではない!
 
「すまんが続きはまだあってな……」
「なに? まだあるのか?」
「その出来事がギルド長の耳に入っちまった。『早く次の仕事を見つけろ。外へ出してしまえばトラブルも無くなる』となっちまったんだ」
 大きい体をガバッと器用に折り曲げて、謝罪の意を示すロルフ。
 
「本当申し訳ねえ。もう3ヶ月は待ってやれねえと思う」
 そんなバカな。
 今でもギリギリのペースなんだぞ? これを短縮なんて無理だ。
 
「では、いつまでだ! いつまでなら待ってくれるんだ」
「わからねえ。明日かもしれんし4ヶ月後かもしれねえ。あのハーフエルフを気に入った客が現れた日が最後の日だ」
「くそっ、約束と違うじゃないか!」
 テーブルを激しく叩く俺。

「すまん。俺ではどうしようも無いんだ。期待を持たせるような事を言ってすまなかった」
「──この通りだ」
 立ち上がり、深々と頭を下げるとロルフは出て行った。
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