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3-1 五年後の里

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平穏に五年の時が過ぎていった。

その間にあたしと俺の意識と感情が徐々に混じり合って来たみたい。考えた事、感じた事が俺のものなのかあたしの物なのか区別が付かなくなってきた。ただ、あたしの体に居るときは女っぽく、俺の体に居るときは男っぽくと感情や思考が自然に切り替わるようだ。

あたしおれは三年目の春に女になった。変な意味じゃないよ。
生理が始まったんだ。この世界では生理が始まると一人前の女と認められる。
初めは少しおなかが痛くて食べ過ぎたかな?と思ってた。
気が付いたのは初めに来た少女達の一人、シノラ。
「ミクル様。血が・・」と指を指す。
驚いて裳裾を上げると血が内ももをつたわっていた。一瞬、あたしおれはどうして良いか分からず固まってしまう。シノラは黙って微笑んで浴場へ連れて行き、下半身を洗ってくれた。彼女は二年前に始まっていたから手慣れた物で、清潔な布を取ってきて、局所にあてがってくれる。
ちょっと気恥ずかしい。
シノラは多分、あたしおれより年下。この世界では数を十より先数えられる者がほとんど居なかったので、皆、正確な年齢は分からない。まだ童顔が少し残った愛くるしい顔立ちで、体はすらりと細い。でも胸はあたしおれよりずっと豊かだ。ずるいよね、それって。
ミクルだって五年前よりずっと発達してるし形も良いと思うぞ。
あー、もう、おじいちゃんなんだからそういうの止めてよ。
おいおい、俺はまだ五十前だって。
この関係にも慣れたけど、プライパシーが無いのが難点だな。

ミクルの里は百人近くに増えてた。
最初に来た十七人の男達は全て配偶者をゲット。あー、幸せだね、良かった良かった。
ミクルの里はどこへ行っても人気で、女性の方から夜這い(逆ナン?)をかけてくる事もあったそうな。
三人の女性の配偶者も里に移る事を望んだ。まあ、そうだよね。
他にも他の集落から移住を望む者も多いので、一定の条件をつけた。
何かしらの一芸を持っていること、三年以内に読み書き計算を習得すること。
配偶者を望む場合も、夜這いの前に神使ミクルがこの点を確認する。
里では夜這いには神使ミクルの許可が必要、という暗黙の掟が出来ちゃってたんだよね。
これで、ただ良い目を見たいってだけの輩は排除。乱暴者や無作法な奴もカット。
結果的にミクルの里はシムリ地方でもピカイチの人材が集まる場所になった。
こうして出来た夫婦は次々に子供を産み、今や三十人以上に増えたんだよ。皆可愛いったら!

里のリーダーは神使ミクルという事になってるけど、実際には助言、アドバイザー以外のことは何もしない。
マクセンが事実上のリーダーとして万事を仕切るようになってた。交易で不在の時はハタが代行。
ハタは日常、読み書き計算を教える塾長って所。あと色々な記録を作成、管理する役割を担ってる。
ちなみに、里の開墾開始を一年目として暦を作成。日付などはこの暦を元に記録している。
元々月と言う概念がない――この世界の月は満ち欠けが一ヶ月ではない――ので、まずは一年を春夏秋冬に分けた。一季節は三つに分け、早・中・遅を頭に付ける。早春、中春、遅春って感じ。それぞれが一ヶ月に対応する。
一ヶ月は三十日固定。長くてちょっと不便なのでこれも三等分して十日を小節とした。一年がこの世界でも三百六十五日なので、半端な五日は年初に季節外の初節を設けた。うるう年の時は初節が六日になる。
一年は初節の後に春夏秋冬と続く。日時計がこういったことを正確に教えてくれる。日照が無いときは補助に水時計を使う。水時計は正確じゃ無いので日時計で校正する。
そういった管理もハタの役目だ。まあ、発案者だからね。

藻塩作りでは最初に来た少女達の中のキヨリがまとめ役がうまいので、ハタからリーダーを引き継いだ。
彼女は姉御肌で面倒見が良い。気性がすっぱりしていて判断も速い。そんなところが皆に信頼されるんだね。
農耕は山向こうから来たタタがリーダー格だ。元々作物の生育具合や土壌の状態等には詳しかったけど、新農法も成果が出るといち早くその意味を掴んだ。寡黙だが指示が的確なので信頼は厚い。
干物や塩漬けなどの食品加工は少女達の中のノリエンがリーダー。彼女は水棲人達と一番仲が良く、海産物の干物は水棲人を指揮してやらせている。飲み込みも早く、食品加工については第一人者となった。農閑期には大の大人を顎でこき使っている所、見物だね。
料理は当番制だけど、山向こうから来たリテンが仕切っている。里に来て次々に味わう料理に完全に虜になったみたい。新しいレシピなんかも次々に考案している。里の料理長ってとこかな。

アルタラは里でも特殊な存在なんだよね。何かを作ったり新しいことを始めるとき、斬新なひらめきを見せるんで、里の技術顧問って役どころかな。
アルタラの最大の功績は藻塩作りの改良にあるんだよ。
それまで海藻を土鍋の海水に漬け乾燥させていたのを、竹のといに穴を開け下に吊した海藻に少しずつ垂らして乾燥させるようにした。海藻から滴るしずくはかなり濃度が高まっている所を、再度竹のといに汲み上げる、そういう繰り返しで濃度を高めていくわけ。といに汲み上げるポンプはアルタラが何度も竹で試作し、といに開ける穴も大きさや間隔を調整して最適な物を作り出した。最終的に下に溜まった濃厚な海水を煮詰める訳だけど、これまでの四分の一の時間で藻塩が抽出できたんだ。これを五基用意し、五人がポンプを動かす。
労力は大幅に削減でき、収量も飛躍的に伸びた。まきの消費量も激減したってわけ。凄くない?

アルタラの才能はムーに引かせるすきの制作でも発揮された。
この時は生まれて半年の赤ん坊を抱えてトカラ神殿に出向いたんだ。造部の長シンビラーと何度も打ち合わせをしたんだけど、最初、はにかみがちに赤ん坊に乳を与える若い母親にシンビラーはもの凄く不審そうな顔をしたんだよ。でも、直ぐに驚嘆させられることになる。
アルタラは例によって木を削った模型を元に詳細な図面を羊皮紙に書き起こす。模型で実際に土を鋤き、修正を加えていく。これだけで十分驚かされたシンビラーだけど、更に衝撃の瞬間が来たんだよね。
図面を元に制作したすきはアルタラが模型と照合したら即、
「あの・・これは違いすぎ。受け取れないっす」
「何だと!」
「粘土はあるっすか?」アルタラは模型を粘土に押しつけて型を作る。
制作された鋤を当てがうと、確かにあちこちで寸法が違う。
「この通りでねと・・・」申し訳なさそうにアルタラが言う。
シンビラーはしばらくあっけにとられてた。これまでに考えた事も無い概念に気づいたから。
これはこの世界に無い“検査治具”という概念で、同じ物を正確に複数制作するため欠かせない。
シンビラーは模型をひったくるように持って飛び出したよ。
翌日、新しい鋤を持ってアルタラの前にこれならどうだ、とばかりに突き出す。
「これなら良いっす」模型と照合したアルタラはにっこり微笑む。
「お前、ここに来る気は無いか?」突然シンビラーがアルタラの両肩を掴んで提案?脅迫?
「嫌っす」アルタラ即答。
「何でだ?最高の待遇にしてやるぞ」
「すんません、ここ、臭いんすもん」アルタラ、赤ん坊に頬ずりしながら小さな声で申し訳なさそうに答える。
「はあっ?」シンビラーと巫女シラがハモった。
「神使ミクル様の里は臭くねし飲み水も綺麗なんす。清潔でのみしらみもつかね。食べ物はとても美味しいし皆腹すかすこともね。シュジチも皆もこの子にとても優しいんす。この子は里で育てるっす。大きくなったら読み書きと計算も教えて貰えるし。あたい、他は考えてないっす」
おお!珍しくアルタラが長文喋った。でもこんな風に思ってくれるってとても嬉しい。
「ぐ・・・・」シンビラーも巫女シラも言い返せない。
後日、酒の蒸留装置の設計の時はシンビラーと巫女シラが里に出向いてきた。こういうの異例なんだって。
二人とも蒸留装置そっちのけで里のあっちこっち覗き廻ってた。シラは食い物狙い見え見えだったけどね。
シンビラーが目を付けたのは下水。石灰石の加工法やモルタルの製法などを詳しく聞いてきた。さすが。
消石灰を生産してくれると嬉しい。火を使う技術はトカラ神殿が群を抜いている。
蒸留装置は今のところ絶賛開発中。中空の筒をどうするか、つなぎ目をどうするかが技術的な課題らしい。

さて、すきは出来たけど、ムーに取り付けて実際に耕すとなると問題続出。ムーが言うこと聞かない。
ここで頭角を現したのがタンニ。最初に里に来た少年の一人。あの十人には逸材多いよね。
ムーは巨体なので(俺の世界の牛の二倍以上)皆おっかなびっくり。近づくのも恐る恐る。
でも、タンニは平気でムーを手なづけてしまった。
元々、生き物が好きで、よく小鳥や小動物を拾ってきては可愛がってた。そういう性分なんだね。
今ではタンニをリーダーにムーを使った耕作チームや交易チームが出来てる。
他にもタンニが拾ってきたひな鳥が増えて新鮮玉子が手に入るようになったのも嬉しい。育つとかなり大きな水鳥になるんだけど、卵から孵った直後に目にした相手を親だと思って懐く習性らしい。親と認めた相手には成長しても頭をこすりつけて甘えてくる。めっちゃ可愛い!
放し飼いでも必ず里に戻ってきて産卵する。孵化の時は皆で取り合いになるんだよ。

新しい産物としては砂糖がこの五年のトピックかな。
他の集落から嫁いできた女性チッキ――逆ナンの一人――これがシムリの植生に詳しかった。おかげで葉物は美味しく食べられるのが増えたんだけど、その中に根っこに甘い汁をたっぷり含んだのがあった。
一見芋っぽいんだけど、摺りおろして絞るとかなりの量の甘い汁が採れる。煮詰めて煎るとベージュの結晶になった。砕いて粉にし舐めると甘い。砂糖に間違いない。安直だけど砂糖芋と呼ぶことにする。
煮詰めて抽出する技術は藻塩で確立していたので、二年かけて栽培方法を探った。これ、輪作に向いているのが分かったので持ってこいの作物。今年は大量に初収穫ができた。
試しに木の実を粉にした物でクッキーにしたら甘くて香ばしくとても美味しい!
砂糖は塩の五倍の価値で交換できたけど、自家消費で終わっちゃうかも。
料理の幅は広がるし、この世界でこれまで無かったお菓子が食べられるのでガンガン試作してるからね。
チッキのおかげで油が良く採れる植物も見つかった。
油は料理にもだけど、灯りにも使いたかったんだ。小さな器に入れて糸を浸し、少し引き出した先に火を付ける。液体ろうそくと思って貰えば良い。手元を照らすくらいの明るさはあった。
紙は欲しかったけど試作で満足のいくものはまだ出来てない。さすがのチッキも紙がどんなものか分からないので適した植物は見当付けられないんだ。これはもう、試行錯誤しかないね。

――――

俺の世界ではちょっと面白い事になってきた。
兄貴の家に居候しているのは相変わらずだが、ミクルの世界で実現可能な技術の発見のため、近くの耕作放棄地を借りて環境再現してみたのだ。
竪穴住宅を作り、石器なんかを試作してみる。もちろん、現代の利器を利用する。
石器にはグラインダーを使った。土器は電気窯で作るし、機織り器を作ったときは電動のこぎりを使った。竪穴住宅の屋根を組み上げるのに結束器使ったしね。穴掘りにはミニパワーショベルをレンタル。
せっかくなのでブログを立ち上げ、アップすると結構な反応があった。
そのうち、見学したいという人たちが現れ、竪穴住宅に住んでみたい、という人まで現れた。その体験談などをブログにアップするとまた反響が広がる。
村役場の一人がそのブログをみつけ、村興しに使えないかと相談に来た。
いやー、無理っしょ。あたし一人ではとてもとても。
とブログに書いたら、あっという間にボランティアが集まった。
もしちゃんとやるなら計画的にやらないと多分うまくいかない。
敷地も衛生面とか拡張性とか水利面も考慮しなければならない。
村役場からも人が出て計画を練り上げた。
最初は小規模にして様子を見ながら徐々に拡張していく。ゆくゆくはボランティア頼りではなくちゃんと事業として成り立つ方向で進める事になった。
俺はアドバイザーとして竪穴住宅の造り方とか、近くの森で採れた木の実の調理法とか、石器や土器の造り方、貫頭衣の作り方、着方などを指導する。
リーダーとして村役場の一人とボランティアの一人を任命。俺にやれって言われたけど、人をまとめて動かすには向いてない。商社勤めの時はそういう人材が部下にいたからうまくいったんだ。俺が表立って動いたら絶対ぽしゃってた。あたしはあくまでもアドバイザーの立場を崩すつもりはない。

そうした準備活動をしていたら来客があった。
中年女性?いや、白髪交じりだったからもうある程度年が行ってるかもしれない。
女性の年って、特に最近は分からない。
美人とまではいかないが、端正で知的な印象を受けた。それもそのはず。
ある私立大学で文化人類学の助教授やってるんだって。
「秦野涼子です」落ち着いた声でそう自己紹介した。
「色々拝見しました。とても興味深いですね。縄文時代?弥生時代?の再現ですか」
まさか異世界なんて言えない。証明のしようが無いのでキチガイ扱いされるのがオチだ。
「いや、まあ、そんな感じで」
「どんな資料を元にされてるんですか?見たところとても再現性が高いようですが」
「え?まあ、あちこち漁って、なんかこんなイメージかなあって・・」
秦野先生、じーっとあたしの目を覗き込む。あれ、既視感デジャビュー
「だとすると、望月さんはとても感性の豊かな方ですね。住居や器具、全体にひとつの文化の香りがするんです」
いやいや、鋭いのは貴女です。異世界のまるっとコピーですからね。
それから先生はタブレットを取り出し、色々な石器や土器の写真を見せ、模様や形について特徴を説明し始めた。そしてそれぞれの特徴が環境や生活の仕方と深く関連するんだそうだ。
「望月さんの作られた住居や道具からすると、環境はやや寒冷で森林が発達した所、そして海が近い?原始的な耕作を行っている、かな。そんな風に感じます」
すげぇ!そこまで分かるの?この先生、半端ない!
「そ、そうなんですか?」
まあ、とぼけるしかないだろ。
「ふふ、とても面白い。私もこのプロジェクト、参加させて貰えないかしら」
「え?良いんですか?」
「ええ、是非!」
秦野先生、目を細めてじっと俺を見る。
あたしが何か隠していると確信したような眼差しだった。
数日後、先生は近くの農家に住み込んで毎日顔を出すようになった。

―――

ともあれ、あたしおれはこの五年、主に探索に向けてきた。
一、二ヶ月出かけては里に戻る。これを何度か繰り返した。
“狩る者達”の動向もあるけど、山脈の向こう側がどうなっているのか知りたかったから。
もし鬼人の生き残りが居れば是非会いたかった。あたしの事で分からない事が多すぎるもの。
シムリ地方の集落はそれほど変化はないみたい。
千把扱せんばこきは少しずつ普及してるようだけど、思ったより普及速度が遅い。
これは刈り取りが前提なので、刈り取らずナイフで穂をそぎ落とす方法は相変わらず主流になっている。ただ撒くだけの農法では刈り取りが大変なんだ。うねを作って種を撒く方法はまだまだ普及していなかった。
ただ、人口に対して収穫が少ない集落から取り入れ始めていた。このとき、ミクルの里で栽培している収量の多い種籾たねもみを提供するんだけどね。
調理法の普及によって、藻塩の方はかなり使われるようになってきた。魚介類の乾物もミクルの里の特産物として取引が増えてきた。
まあ、そうしたこと自体は興味の対象じゃない。里が住みやすく快適な環境であればそれで良いんだ。
真似をする集落もかなり出てきたがそれは構わない。と言って特に普及に力を入れるという気もない。
神ルシュにお伺いを立てたら、別にそれで良いという返事だったのでやり方を変えるつもりはないよ。
「のう、ショータ、変化は好ましいものだが急すぎるのは考え物だよ。ぬしらの世界には短気な者が多すぎるわい」神ルシュはそう笑ったものだった。
里に居るときは徹底して自堕落な生活を送ってた。
皆が食事前の一仕事を終えて戻って来る頃起き出す。まあ、深夜アニメは絶対逃さないからね。
だってさ、見逃すと次の話が分からなくなるじゃない。
良いよ良いよ、俺も酒飲みながら楽しんでるし。というか、あたしが楽しんでるのか俺が楽しんでるのかもう分からなくなってる。
朝食と夕食、寝るときはあたしの世界。他は俺の世界であたしとぶらぶら出かけたりする。
工芸教室とか、参考になりそうな所は遊び半分で参加したりもする。
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