帝国の魔女

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第四話 母様無双

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タークでお出かけは日課になった。
そもそもマンレオタ騎士隊の役目は、ギヌアードからの魔物の侵入を防ぐ事。
なので毎日ギヌアード境界を巡回して監視する。
カーサ母様も隊員任せにせず、自分でも巡回するんだ。
あたしに激甘な母様にとって、丁度良い言い訳になってるんだけどね。

でも危険なのは魔物だけじゃない。
盗賊、人攫い。この世界では人間でも危険な奴が居るんだ。
カーサ母様と巡回を続けているうち、そんな状況に出くわした。

いつものように、小川の岸辺で一休みしている時、あたしの空間把握の範囲に悪意を纏った物を検出した。
カーサ母様も感じ取ったらしい。眉をひそめて当たりを見回す。

橋の方から薄汚い男達が五人。小走りで近づいてくる。
下卑たニヤニヤ笑いを口に浮かべ、あたし達を取り囲む。
やだ、くっさー。こいつら、いつ風呂に入ったんだろう?
「こりゃ上玉だな。高く売れるぜ」
「大人しくしてな。そうすりゃ痛い目に遭わなくて済む」
うわー、鉄板の展開だよ。

カーサ母様が静かに立ち上がる。その表情はあたしが初めて見る厳しいもの。縦長の瞳の中に真っ赤な焔がちらつく。金色の虹彩は光を放つように輝く。膨大な魔気がその細い体を覆って渦巻く。あたしは思わず見とれてしまった。
「お前達はこの領の者ではないわね?」燃えるような怒気を覆い隠す冷たい声。
「あん?それがどうした?」
「この領の者なら、こんな愚かな真似はしないわ」
母様の口から短い詠唱が漏れる。そして胸の前で手をパン!と合わせる。

「雷鐶!」

突然、あたし達の周りを凄まじい電撃が取り巻いた。
男達は逃れようもなく電撃に巻き込まれ、悲鳴を上げる。
カーサ母様は胸の前の手を合わせたままで、男達をにらみつける。
男達が絶叫する。転げ回る。プスプスという布の焦げる音と皮膚を焼く匂い。
だが電撃は男達を捉えて逃がさない。やがて、声も出せずビクビクと痙攣するだけになる。

「母様、母様、みんな死んじゃう!」あたしは母様の腕を揺すった。
これでも前世のあたし、陽子は平和ボケした日本人。人を殺すって、どうもね。
「ん?まあ、構わないけど」カーサ母様はそう言いながら胸の前の手を開く。
すると突然電撃は収まり、周りは薄く煙を上げる黒焦げの男達が転がって居るだけ。
「シャニに感謝するのね。でなければお前達は消し炭になってたわ」
そう言いながら、カーサ母様は男達をタークの所まで引きずっていき、ハッチに投げ込む。
片腕で!
なんか変な音がしたな。足か腕の骨が折れたのかも。あの細い体のどこにそんな力があるんだろ?多分、これが魔人の体力なんだろうな。
とにかく、カーサ母様、怒るともの凄く怖いんだ。容赦ない。良く覚えておこう。
この事件のおかげでその日のドライブ(?)はお開きになった。

「カーサとシャニが襲われただと?」父様が椅子から立ち上がってテーブルを叩いた。
父様は年のうち半分ほどは帝都に出向き、領に帰ってもあちこちを見回っているので館にはほとんど居ない。いわゆる、単身赴任状態ね。そして久しぶりに夕食を共にしたらこの知らせ。激高するのはまあ、分かる。

「まあまあ、サラダン。カーサ相手じゃ返り討ちよ。心配いらないわ」
イワーニャ母様がころころと笑っていなす。
「しかし、いくら何でも二人きりとは不用心も過ぎる」
げ。折角の二人きりドライブ、楽しみにしてたのに。ダメになったらどうしよう?
「あら、私、そんなに頼りない?じゃあ、勝負してみる?サラダン」
カーサ母様が立ち上がって父様の側に行き、顎をなでる。
「い、いや、そういう事を言ってるんじゃない。心配してだな…………」
「あら、嬉しいな。じゃあ、次からあなたも来てくれるの?」
「ちょっと、カーサ!抜け駆けはダメ!」イワーニャ母様がカーサ母様の腕を引っ張る。

「じゃあ、ボク、イワーニャ母様とタークに乗る!」ミトラ兄様が勢いよく手を上げる。
「私、父様と」ナンカ姉様が父様の腕を取る。
「ふあ?」イッティ姉様は相変わらずよく分かってない。
こりゃあ、家族旅行になっちゃいそう。それもまあ、楽しそうだけど。

「だあからああ!私に出かける余裕なんて無いでしょおお?分かってるのっ!サラダン、カーサだけじゃだめ!私も一緒じゃないと絶対ダメえっ!カーサも良いわね?絶対だからねえっ!」イワーニャ母様がはじけてしまった。ストレス溜まってるな。
「う……あ……」父様がイワーニャ母様の剣幕にたじろいでいる。

「しょうがないわね。イワーニャもああ言ってる事だし、シャニ、二人で行こか?」
カーサ母様も結構策士よね。話をそう持って来たか。
「うん」あたしは知らん顔で頷く。
父様はイワーニャ母様をなだめるので必死。
カーサ母様はすました顔であたしを抱きしめる。あー、何だろう、この幸福感。
「あーあ」ミトラ兄様とナンカ姉様ががっかりする。
まあ、こんな流れで父様の言い分はうやむやになった。
母は強し。まして二人も居れば。
そんなわけで、カーサ母様とあたしは頻繁にタークで出かけた。

そんなある日、前の方からタークが一台、猛スピードで近づいてきた。
「隊長、タダ村に魔物が接近しています」
「何?」カーサ母様の顔が緊張で引き締まる。
「魔物は『腐れ木』。それで……」隊員がちらっとあたしの方を見た。
カーサ母様は一瞬、あたしを見る。それからため息をついて、
「館に戻っている暇はなさそうね。急ぎましょう」
二台のタークは猛スピードで並んで走る。道路は無視し、木々や建物は飛び越え、目的に向かって一直線に突き進む。前世なら道路交通法違反もいいとこよね。

よっしゃ!生まれて初めて魔物が見られるんだ!多分、魔物との戦闘も!
怖くないのかって?
そんな訳ないじゃん。カーサ母様と一緒なんだもの。

やがて、数台のタークが魔物を攻撃しているのが見えてきた。
見た目、魔物は倒れた枯木のようだ。ただ、大きい。直径は人の背丈以上ありそう。長さは三十メートルくらい。古びた幹から無数の枝が突き出ている。ただの樹木と違うのは、枝がうねうねと動き、前へ前へ進んでいく所だ。魔物が通った後は、草木が枯れて黒く干からびている。そして纏い付く黒い瘴気。きも。
「足を止めろ!枝を焼き払え!」
隊員達が声をかけあって、タークの先からまばゆい光の塊を打ち出す。光の塊は枝に当たるとはじけ、赤い焔をまき散らす。枝は次々に黒い破片になって飛び散る。打ち終わったタークは魔物を飛び越え、反対側から反転してまた攻撃する。それぞれにヒットアンドアウェーの繰り返し。凄い!

大木の魔物が身をよじらせた。
枝が一斉に揺らめき、向かったタークの一台に襲いかかる。
カーサ母様はその枝に向かって突き進み、光の塊を打ち出す。すぐに機首を持ち上げ、火を噴く枝の上をかすめる。うひゃー、まるでジェットコースター。
「助かりました、隊長」
間一髪、難を逃れた隊員が併走して礼を言う。
「見た目より枝が届くからね。気を付けて」
そう言って、母様はタークを旋回させ、また魔物に向かう。景色があたしの周りでぐるりと回転する。強い横Gが体を引っ張る。と、思うと急速に魔物の姿が大きくなる。光の塊を打ち出す。機首がぐんっと持ち上がる。一瞬、目の前に空。すぐに地面が迫る。また景色が回転する。

すっごいスリル!
やばい、癖になりそう!

そうした繰り返しのうち、前半分の枝を刈り取られた魔物はやっと前進を止めた。
「よおし、削っていくわよ。こいつは全部消し炭にしないと死なないからね」
カーサ母様が号令する。タークの数はもう十台以上になっていて、一斉に魔物に襲いかかっていく。炸裂する焔。残った枝や表皮が黒く焦げてはじけ飛ぶ。魔物は全身ボロボロになってもまだ大きな体をくねらせてもがく。
そいつは無数の塊に砕けてもまだ動いていた。隊員達はその破片を丁寧に焼いていく。
「もうそろそろね。怪我人はいる?」
「三人ほど瘴気を浴びてます」
「じゃ、その三人は一緒に来て。館に戻るわ。他の人は後始末、お願いね」
「ういーっす」
隊員達は腕を突き出して応える。

館に帰ると、門の前でイワーニャ母様が仁王立ちになって待っていた。
「カーサったら、シャニ連れてったの?危ないわねえ」眉をひそめる。
「仕方ない。『腐れ木』がタダ村に入ったら悲惨な事になるもの」
カーサ母様はそう言いながらあたしからベルトを外す。
「怖かったでしょ、シャニ」イワーニャ母様があたしを受け取って頭を撫でる。
「ううん、皆凄かったよ。こう、ぐいーんって行って、ばばあん、って!」
まだ興奮の醒めないあたしは、手をぶんぶん振って説明する。

「………………」

あ、あきれられた。
うーん、そうか。女の子の反応としてはちょっとおかしいんだろうな。前世の幾つもの性格が混じってるのかな?

「瘴気を浴びた人がいるから、お願いね、イワーニャ」
「えー、ちゃんと結界張ってなかったの?」イワーニャ母様、あきれ顔。
「鍛え直すわよ」カーサ母様がじろりと三人の隊員を睨む。
「ひええ…………」情けない声が聞こえた。
イワーニャ母様が一台のタークに乗り込み、隊員の一人に手をかざす。
あたしが不思議そうに見ていると、
「治癒魔法よ。イワーニャの得意魔法」
カーサ母様が教えてくれた。そうか、それで門の所で待っていたのか。

その日の夕食は魔物退治の話で盛り上がった。ミトラ兄様はうらやましそうにしていたけど、話は聞きたがった。のんびり屋のイッティ姉様まで目を輝かせて聞き入る。
父様は帝都に出かけて居なかったけど、後で話を聞いたらカーサ母様を叱るんだろうな。

騒ぐあたし達の横でカーサ母様とイワーニャ母様は大人の話。
「あーあ、『腐れ木』じゃ素材取れないから、くたびれもうけだったわ」
「それにしてもタダ村って、ギヌアードからは随分離れた所じゃない?」
「最近、増えてるわね、ギヌアードから越えてくる魔物。それも段々領内の深い所までやって来てる。ギヌアードで何か起きてるのかも」
「畑とか家畜の被害届も増えてるわよ」
「巡回増やさなければいけないんだけど、タークの数がねえ」
「ロダ・バクミンも手一杯だし、すぐには無理ね」
「増やせても訓練に日にちがかかるから……」
「あーあ」二人でため息をついた。

でも、タークって凄いな。魔道具って言ったっけ。どうなってるんだろう?
あたしの空間魔法、カーサ母様が前に使った稲妻の魔法、イワーニャ母様の治癒魔法。
俄然、魔法についての興味があたしの中に沸き起こってきた。
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