45 / 74
『霧の淡雪』増殖編
妃殿下候補たちのためいき
しおりを挟む
さてそこからの皇太子たちの動きは早かった。
「アンナたちは夕方には戻ってきます。狙うならその時間です」
「どうせ疲れたとか言って会ってくれない可能性が高い。それならそれで、手紙でも花でも贈りまくろう」
贈り物攻撃に切り替えた二人だったが、やはり愛しい少女たちに会えないのは辛い。
その思いのたけを手紙にぶち込んできたのだけれど。
「・・・これどう返事したらいいと思う ? 」
「聞かないで。私だってどう返したらいいのか困っていますもの」
会えない日が続いているが、エリカは元気に過ごしているだろうか。
俺は今日、馬術の訓練をした。
馬の片腹に隠れて敵に近づくという術なのだが・・・。
あなたと会えない日はまるで一角ウサギに囲まれたような気持ちです。
アンナの事を思うと、六角大熊猫と出会った時のように胸が高まります。
「ねえ、アンナ。男の子ってみんな騎士養成学校に通うのよね? 」
「ええ、そうね。例外はないわ」
病弱だったり体に不都合があるという生徒にも、それなりに対応してくれるので心配はないらしい。
騎士になるためというより、貴族としての基礎を叩きこみ、生涯の友と側近を選ぶ場だからだ。
「精華女子学院って貴族令嬢のための学校でしょ ? あたしたちとクラスも授業内容も違うのよ。教室だって平民は一階で貴族は二階」
「完全に差別化をはかっているのね」
「そう。それで平民は学科だけなんだけど、貴族クラスはマナーとか詩歌とかお茶会の開き方とかの他に、お手紙の書き方っていうのがあったのよ」
季節のご挨拶、お礼状や招待状。
お断りの手紙に詫び状。
その内容は多岐にわたる。
エリカは有名店の跡取り娘ということで、授業こそ受けられなかったが添削という形で教わっていた。
「で、騎士養成学校でも同じような授業があるって聞いてるの。だからあの二人も習っているはずなのよ、手紙の書き方」
「・・・確か学校の成績は優秀だったって話よね」
その二人が許嫁候補に当てた手紙の内容が、これ ?
「ないわね」
「これ、本気で恋文のつもりなのかしら」
自分たちへのことなど一つも書いていない。
アンナにいたっては魔物扱いだ。
「六角大熊猫って頭に自由の女神の冠みたいに六本の角が生えてるパンダよね」
「高位の冒険者でないと討伐が難しいっいうか、遊んでもらおうと抱きついてくるから、スリスリされて角でボロボロになって死ぬっていう危険な魔物よ」
その可愛らしさにフラフラと近寄ると、遊び倒されて死ぬ。
その後は当然だが、美味しくパンダに食されてしまう。
かわいい顔して、奴らは実は雑食だ。
「で、それと私が同類ですって ? 」
「比喩表現にもなっていないわよ」
結婚相手にこれはない。
壁で控えている侍女たちは、あれを受け取ったのが自分なら、間違いなくお別れの手紙を書くと進言しようかどうしようか迷う。
「月が・・・みたいな名文を書けとは言わないけれど、もう少しなんとかして欲しいわ」
「ねえ、アンナ。その月がってなに ? 」
「ああ、結構有名なお話なんだけど・・・」
さる文豪が外国語の「我、君を愛す」を「月がきれいですね」と訳したという話。
事実かどうかはともかく、いかにも日本人らしい奥ゆかしすぎる表現だ。
相手は絶対気が付かないと思うけど。
ちなみに「今日は寒いですね」は「抱きしめてもいいですか」らしい。
伝わらないに決まってるので、実行したら往復ビンタを覚悟しろ。
「あの二人、特にファーにそれを期待するのはかわいそうだわ、エリカ」
「わかってるわ、アンナ。にしても、あの二人はどうして私たちに自分たちの気持ちが伝わってると信じているのかしら」
あの拷問のような言葉の羅列。
いろいろな動き。
さすがの少女たちも、どうやら好意を持たれていると理解している。
だが、今まで、一度だって、それを言葉にしたことがないのだ。
何も言われないのに、どうしてその気持ちとやらを信じていいのだろう。
「まったく、あの子たちっていい大人よね」
「少なくとも皇太子としてちゃんと仕事はしてるのよ、あの子たち」
だったら自分たちの嫁取り問題も大人としてしっかり処理しろと愚痴る彼女たちの言葉は、その日のうちに皇太子たちに伝えられた。
少女たちに子供扱いされていると知ったあの子たちは、ガックリと肩を落として祐筆課に手紙の指導を依頼した。
そして同じ報告を受けた皇帝陛下は頭を抱えてため息をつき、皇后陛下はまたまた淑女らしからぬ大爆笑をするのだった。
『お母様モード』に入っている二人にとって、皇太子たちは手間のかかる息子でしかなかった。
◎
「商品が回収されている ? 」
青年商人は配下の報告に目をむいた。
「どういうことだ。いつも通りちゃんと売り渡しただろう」
「それが、皇帝の使いが相手先に直接出向いてきたそうでございます。違法奴隷ゆえ速やかに引き渡すようにと」
その際に違法と知って買ったのだから、この者のお陰で得た利益は慰謝料として支払えと言われた。
その金額は腹立たしいことに正当な金額で、さらにその国の王のサインつき。
「今年の分だけでなく、かなり昔のものまで根こそぎです。相手先から苦情がきています。足はつかないというのは嘘だったのかと」
「そんな馬鹿な・・・ ! 」
自分がこの仕事を継ぐ二代前からの商品が解放されて帰国している。
報告書を読んだヤハマンはギリッと唇を噛んだ。
「一体なんでこんなことになった。何か情報はないのか」
「それがなんとも・・・」
奴隷商売に違約金などない・
売ったらそれっきりだ。
だが、違法に奴隷ら落としたことがわかれば買い主は相当に損をする。
と言うことは、売り主であるこちらの信用が著しく落ちるということだ。
「今までこんなことは無かったというのに、これではこれからの商売に差し障るではないか ! 」
怒鳴りつけても部下たちには返事のしようがないのはわかっている。
これまで引き継いできた通り順調にやってきたこの仕事。
元に戻すにはどうしたらいいのか。
「とにかく帝国の動きを調べろ。急にこんなことになるというのは、かなりの知恵者が雇われたということだ。そしてあの物件を必ず手に入れろ。総員全力であたれ ! 」
「御意 ! 」
配下たちの背を見送ってヤハマンはドンと椅子にこしかける。
一年近く前、この国の重鎮として潜り込ませていた男が失脚した。
その原因を探っているうちに冒険者の存在が浮かび上がった。
『霧の淡雪』という美少女冒険者デュオは、各ギルドに斬新な特許を登録している。
あれは我が国でもぜひ使いたい。
だが、その使用料はべらぼうに高かった。
そして接触してみると、本人たちも中々にレベルが高い。
数代前に没落して平民に落ちたというアンナは気品があるがお高くとまってはいないし、その従姉妹というエリカは明るく可愛らしい。
擦れたところがなく、二人の会話を聞いているとこちらも楽しくなってくる。
オークションでは二人一組で最低二億五千万円から競るのがいいだろう。
高すぎて売れなかったら、その時父の後宮にでも入れればいい。
王子たちの教師役には最適だ。
いや、最初から後宮に入れてしまったほうがいいか。
さて、あのかわいい娘たちをどうやって落とそうか。
そう言って笑うヤハマンは、己が破滅への一歩を踏み出していることに気が付かない。
そして何気にこの男、某国の王子だった。
◎
「・・・本当に、これをやるのでしょうか」
「はい。ご協力をお願いします」
離宮の一室。
いつもは食事室として使われる部屋は、エリカとアンナの二人で使うには広すぎる。
食事は別室で取るので、この部屋は普段は使われていない。
そこに集まったのは憲兵隊、近衛騎士団、第五騎士団、各ギルドの代表者たち。
皇太子たちですら決まった時間にしか入ることの出来ない離宮に集まったのは何故か。
「事前にお配りした資料をご覧いただいてお解りかと思いますが、これは帝国の最重要財産、国民の命と人権を守るための作戦です。すでに売り払われた血は、畏れ多くも皇帝陛下自ら勅使を派遣して取り戻して下さっております」
「ですが、まだ狙われている人たちがいます。あたしたちはこの王都が人間牧場になっているのを黙って見ていることが出来ないんです。お手伝いしていただけませんか」
少女たちの目は真剣そのもの。
皇帝陛下からの招聘状には、万難を排して作戦の実行に協力するようにとあった。
一体どんな知将かとやってくれば、待っていたのは今王都で有名な新人冒険者。しかも街専。
なんでこんな小娘にと渋々席につけば、渡された資料と作戦要綱は騎士団の参謀でも思いつかないほどの物。
ここに集まった者たちは、スラムの顔役と同じ言葉をつぶやく。
「あなたたちは一体、何者ですか」
「アンナたちは夕方には戻ってきます。狙うならその時間です」
「どうせ疲れたとか言って会ってくれない可能性が高い。それならそれで、手紙でも花でも贈りまくろう」
贈り物攻撃に切り替えた二人だったが、やはり愛しい少女たちに会えないのは辛い。
その思いのたけを手紙にぶち込んできたのだけれど。
「・・・これどう返事したらいいと思う ? 」
「聞かないで。私だってどう返したらいいのか困っていますもの」
会えない日が続いているが、エリカは元気に過ごしているだろうか。
俺は今日、馬術の訓練をした。
馬の片腹に隠れて敵に近づくという術なのだが・・・。
あなたと会えない日はまるで一角ウサギに囲まれたような気持ちです。
アンナの事を思うと、六角大熊猫と出会った時のように胸が高まります。
「ねえ、アンナ。男の子ってみんな騎士養成学校に通うのよね? 」
「ええ、そうね。例外はないわ」
病弱だったり体に不都合があるという生徒にも、それなりに対応してくれるので心配はないらしい。
騎士になるためというより、貴族としての基礎を叩きこみ、生涯の友と側近を選ぶ場だからだ。
「精華女子学院って貴族令嬢のための学校でしょ ? あたしたちとクラスも授業内容も違うのよ。教室だって平民は一階で貴族は二階」
「完全に差別化をはかっているのね」
「そう。それで平民は学科だけなんだけど、貴族クラスはマナーとか詩歌とかお茶会の開き方とかの他に、お手紙の書き方っていうのがあったのよ」
季節のご挨拶、お礼状や招待状。
お断りの手紙に詫び状。
その内容は多岐にわたる。
エリカは有名店の跡取り娘ということで、授業こそ受けられなかったが添削という形で教わっていた。
「で、騎士養成学校でも同じような授業があるって聞いてるの。だからあの二人も習っているはずなのよ、手紙の書き方」
「・・・確か学校の成績は優秀だったって話よね」
その二人が許嫁候補に当てた手紙の内容が、これ ?
「ないわね」
「これ、本気で恋文のつもりなのかしら」
自分たちへのことなど一つも書いていない。
アンナにいたっては魔物扱いだ。
「六角大熊猫って頭に自由の女神の冠みたいに六本の角が生えてるパンダよね」
「高位の冒険者でないと討伐が難しいっいうか、遊んでもらおうと抱きついてくるから、スリスリされて角でボロボロになって死ぬっていう危険な魔物よ」
その可愛らしさにフラフラと近寄ると、遊び倒されて死ぬ。
その後は当然だが、美味しくパンダに食されてしまう。
かわいい顔して、奴らは実は雑食だ。
「で、それと私が同類ですって ? 」
「比喩表現にもなっていないわよ」
結婚相手にこれはない。
壁で控えている侍女たちは、あれを受け取ったのが自分なら、間違いなくお別れの手紙を書くと進言しようかどうしようか迷う。
「月が・・・みたいな名文を書けとは言わないけれど、もう少しなんとかして欲しいわ」
「ねえ、アンナ。その月がってなに ? 」
「ああ、結構有名なお話なんだけど・・・」
さる文豪が外国語の「我、君を愛す」を「月がきれいですね」と訳したという話。
事実かどうかはともかく、いかにも日本人らしい奥ゆかしすぎる表現だ。
相手は絶対気が付かないと思うけど。
ちなみに「今日は寒いですね」は「抱きしめてもいいですか」らしい。
伝わらないに決まってるので、実行したら往復ビンタを覚悟しろ。
「あの二人、特にファーにそれを期待するのはかわいそうだわ、エリカ」
「わかってるわ、アンナ。にしても、あの二人はどうして私たちに自分たちの気持ちが伝わってると信じているのかしら」
あの拷問のような言葉の羅列。
いろいろな動き。
さすがの少女たちも、どうやら好意を持たれていると理解している。
だが、今まで、一度だって、それを言葉にしたことがないのだ。
何も言われないのに、どうしてその気持ちとやらを信じていいのだろう。
「まったく、あの子たちっていい大人よね」
「少なくとも皇太子としてちゃんと仕事はしてるのよ、あの子たち」
だったら自分たちの嫁取り問題も大人としてしっかり処理しろと愚痴る彼女たちの言葉は、その日のうちに皇太子たちに伝えられた。
少女たちに子供扱いされていると知ったあの子たちは、ガックリと肩を落として祐筆課に手紙の指導を依頼した。
そして同じ報告を受けた皇帝陛下は頭を抱えてため息をつき、皇后陛下はまたまた淑女らしからぬ大爆笑をするのだった。
『お母様モード』に入っている二人にとって、皇太子たちは手間のかかる息子でしかなかった。
◎
「商品が回収されている ? 」
青年商人は配下の報告に目をむいた。
「どういうことだ。いつも通りちゃんと売り渡しただろう」
「それが、皇帝の使いが相手先に直接出向いてきたそうでございます。違法奴隷ゆえ速やかに引き渡すようにと」
その際に違法と知って買ったのだから、この者のお陰で得た利益は慰謝料として支払えと言われた。
その金額は腹立たしいことに正当な金額で、さらにその国の王のサインつき。
「今年の分だけでなく、かなり昔のものまで根こそぎです。相手先から苦情がきています。足はつかないというのは嘘だったのかと」
「そんな馬鹿な・・・ ! 」
自分がこの仕事を継ぐ二代前からの商品が解放されて帰国している。
報告書を読んだヤハマンはギリッと唇を噛んだ。
「一体なんでこんなことになった。何か情報はないのか」
「それがなんとも・・・」
奴隷商売に違約金などない・
売ったらそれっきりだ。
だが、違法に奴隷ら落としたことがわかれば買い主は相当に損をする。
と言うことは、売り主であるこちらの信用が著しく落ちるということだ。
「今までこんなことは無かったというのに、これではこれからの商売に差し障るではないか ! 」
怒鳴りつけても部下たちには返事のしようがないのはわかっている。
これまで引き継いできた通り順調にやってきたこの仕事。
元に戻すにはどうしたらいいのか。
「とにかく帝国の動きを調べろ。急にこんなことになるというのは、かなりの知恵者が雇われたということだ。そしてあの物件を必ず手に入れろ。総員全力であたれ ! 」
「御意 ! 」
配下たちの背を見送ってヤハマンはドンと椅子にこしかける。
一年近く前、この国の重鎮として潜り込ませていた男が失脚した。
その原因を探っているうちに冒険者の存在が浮かび上がった。
『霧の淡雪』という美少女冒険者デュオは、各ギルドに斬新な特許を登録している。
あれは我が国でもぜひ使いたい。
だが、その使用料はべらぼうに高かった。
そして接触してみると、本人たちも中々にレベルが高い。
数代前に没落して平民に落ちたというアンナは気品があるがお高くとまってはいないし、その従姉妹というエリカは明るく可愛らしい。
擦れたところがなく、二人の会話を聞いているとこちらも楽しくなってくる。
オークションでは二人一組で最低二億五千万円から競るのがいいだろう。
高すぎて売れなかったら、その時父の後宮にでも入れればいい。
王子たちの教師役には最適だ。
いや、最初から後宮に入れてしまったほうがいいか。
さて、あのかわいい娘たちをどうやって落とそうか。
そう言って笑うヤハマンは、己が破滅への一歩を踏み出していることに気が付かない。
そして何気にこの男、某国の王子だった。
◎
「・・・本当に、これをやるのでしょうか」
「はい。ご協力をお願いします」
離宮の一室。
いつもは食事室として使われる部屋は、エリカとアンナの二人で使うには広すぎる。
食事は別室で取るので、この部屋は普段は使われていない。
そこに集まったのは憲兵隊、近衛騎士団、第五騎士団、各ギルドの代表者たち。
皇太子たちですら決まった時間にしか入ることの出来ない離宮に集まったのは何故か。
「事前にお配りした資料をご覧いただいてお解りかと思いますが、これは帝国の最重要財産、国民の命と人権を守るための作戦です。すでに売り払われた血は、畏れ多くも皇帝陛下自ら勅使を派遣して取り戻して下さっております」
「ですが、まだ狙われている人たちがいます。あたしたちはこの王都が人間牧場になっているのを黙って見ていることが出来ないんです。お手伝いしていただけませんか」
少女たちの目は真剣そのもの。
皇帝陛下からの招聘状には、万難を排して作戦の実行に協力するようにとあった。
一体どんな知将かとやってくれば、待っていたのは今王都で有名な新人冒険者。しかも街専。
なんでこんな小娘にと渋々席につけば、渡された資料と作戦要綱は騎士団の参謀でも思いつかないほどの物。
ここに集まった者たちは、スラムの顔役と同じ言葉をつぶやく。
「あなたたちは一体、何者ですか」
0
お気に入りに追加
55
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる