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笛吹き男はいらない

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 拉致され地下牢に閉じ込められた皇太子妃候補の二人。
 どれほど心細いかと心配していたファーとライの二人は、お庭番からの報告を受けて愕然とする。

「何をしているのです、あの二人は」
「行動範囲が狭まったというだけで、やっていることは今までと同じじゃないか」

 初日、自分たちのいる地下牢の大掃除をした。
 二日目、空いている地下牢を掃除し、警備隊をそちらに移した。
 三日目と四日目、四つある残りの空の牢の大掃除。
 それとあわせて食生活の改善。
 拉致被害者はもちろん、人買いたちにも大好評だ。
 もちろん逃げられないよう、初めはペアで行動はさせていなかった。
 が、この二人は一緒にしたほうが効率が良いとわかったのか、五日目からはエリカとアンナで働かせている。

「許せませんね。アンナの手作りを食べていいのは私だけです」
「エリカの手料理を毎日食べているだと ? 万死に値するな」

 皇太子とその側近の機嫌はすこぶる悪い。
 その雰囲気に執務室勤務の文官たちは、出来るだけ彼らに近づかないようにしている。
 二人の口から出る女性たちの名前は、現在離宮で皇太子妃候補として修行中の娘たちのものであったが、まったくの別人であるというのは皇太子府職員全員の認識である。

「一刻も早く救出しましょう」
「ああ、これ以上総裁の好き勝手にはさせない」

 数日後に皇太子妃内定発表の報告があるとの情報もある。
 多少の荒事をもってしても、彼女らを助け出し総裁の計画を止める。
 布陣は整いつつあった。



「それでは御前失礼いたします」

 宗秩省そうちつしょう総裁は深く頭を下げて皇帝執務室を辞した。

「これでようやく御婚礼の支度に入れますね、総裁」

 後ろをついてくる副官の声も明るい。

「侯爵令嬢には人目につかないようお帰りいただきなさい。男爵令嬢には引き続きお妃教育を。今以上に励んでもらわなければ。何と言っても未来の皇后陛下なのだから」

 皇帝には皇太子妃には男爵令嬢が選ばれたこと、皇太子殿下には二日後に対面していただき、一週間後には婚約式を行うことを報告した。
 
「その後のお披露目もありますし、御婚礼が終わるまで、まだまだ気が抜けませんね」
「ああ、もうひと頑張りだな」

 そう、もうひと頑張りだ。
 商品の発送が終わりさえすれば、後は表の仕事に専念すればいい。
 婚礼、お世継ぎ誕生まで持っていければ、それで自分の仕事も終わりだ。
 長い任務だったが、蓄財に励んだことで余生は豊かに過ごせそうだ。
 執務室に戻りながら、総裁は気合を入れなおすのだった。



 奴隷予備軍生活は着たきり雀なのを除けばそれほど悪くはない。
 出来れば体を拭きたいところだが、殿方の目があるのでそこは我慢だ。
 牢内はきれいになったし、食生活も向上している。
 初めて厨房に案内された時、食糧庫の中が高級食材で埋め尽くされているのを見て驚いた。

「トリュフにキャビア、フォワグラ。これがどうやったら単なる野菜炒めやどぶ色のスープになったのかしら」
「って言うか、これから奴隷にしようとする人の為の食材じゃないよね、これ。総裁閣下、金銭感覚おかしいんじゃない ? 」

 今ではその食材たちもきちんと敬意を持って調理されている。
 と言ってもエリカもアンナも普通の主婦だ。こんな食材を扱ったことがない。
 だが二人はバラエティーの名作と言われ、世界各国で大人気だった『調理の鉄人』のファンだった。
 そしてアンナは世界を股にかけるバレリーナ。
 二つの知識を駆使して絶品料理を作り上げる。
 殿方は胃袋で落とせというけれど、エリカたちは間違いなく屋敷内の男たちの胃袋を鷲掴みにしていた。

「うめぇッ ! こんなうめぇもん食ったことがねえっ ! 」
「毎日こんなもんが食えるなら、俺が奴隷になりてぇっ ! 」

 涙を流しながらバクバク食う男たち。
 いや、奴隷には普通こんな高級食材出さないから。  
 
 そんなこんなで過ごしている中、料理中の二人の前にポトリと何かがか落ちてきた。
 エリカはそれを見つからないようポケットにしまった。
 そして何事もなかったかのように調理を続ける。
 本日の夕食は高級鶏肉と生食可能な新鮮卵で作った親子丼だ。



 夕食後、洗い物をしながら二人はコソコソと話し合う。

「つまりわたくしたちは明日売り飛ばされるということですのね」
「もちろん素直に売られるつもりはないわよね。だとしたら・・・」

 少女たちは食糧庫をチェックしながら紙に何かを書き込んでいく。

「おい、なにしてるんだ」
「食材の在庫チェックですわ。それと明日のお献立」
「何か食べたいものありますか」

 男はうーんと悩んでから答える。

「オムレツとかいうやつは美味かった。あとジャガイモのスープだな」
「どちらも材料はありますから、朝食にお作りしますわ」
「楽しみにしてくださいね」

 楽しそうに料理の相談をする二人を見て、男は明日も美味しい物が食べられそうだと居眠りを始めた。
 それを確認したエリカは、丸めた紙をひょいと放り投げる。
 しばらくするとコトンと音がした。
 手紙は無事に影の手に渡ったようだ。
 二人は満足そうに顔を見合わせて、明日の朝食の下ごしらえを始めた。



 お庭番からの報告と手紙を読んで、ファーとライはまたとんでもないことを考えると頭を抱えた、

「本当にやるつもりですか、アンナたちは」
「やるだろうな、だが上手く連携できるだろうか。それに翌日はだぞ」

 皇太子妃内定の皇族との対面式。
 夫となる皇太子と顔を合わすことで正式な候補となり、婚約式をもって妃殿下と呼ばれるようになる。

「男爵令嬢エリカノーマ、か。可愛らしい顔をして一癖も二癖もありそうな娘でしたね。本物と比べてかなり劣る。あんなのと一生を過ごすのはお断りです」
「エリカの突拍子もなく明るく面白い性格は捨てがたい。ずっと楽しく過ごせるぞ」

 皇太子妃決定まで顔を合わせてはいけない規則だが、初日に胡散臭さを感じた二人は、影からコッソリと観察していた。
 顔を合わせてはいないのだから問題はない。
 訳あり物件だとは思ったが、ではどのあたりがというところがどうしてもわからない。
 気晴らしに庭園管理部の依頼と偽って、王城内をウロウロしていたところに出会ったのがあの二人だ。

「まさか宗秩省そうちつしょう総裁が関わっているとは思いませんでした」
「秘密の地下通路もな。全く楽しませてくれるよ、エリカたちは」

 決行日は明日。
 対面式は明後日。
 宗秩省そうちつしょう総裁が連れてきた相手と会ってしまったが最後、結婚式への一本道だ。

「会わなければいいんですよ、ファー」
「皇太子が候補と会わなければいいんだよな、ライ」

 総裁が人買いと関わっている証拠は押さえている。
 後は現行犯逮捕だ。
 


 城壁近くの民家。
 その日は朝から珍しく屋台が出ていなかった。
 ここでの商売許可が切れたので、再申請の為に一日休むと昨日聞きこんでいる。
 人通りのない静かな住宅地。
 裏口が開くと猿ぐつわをかまされ数珠繋ぎにされた者たちが出てくる。
 先頭の男が城壁を叩くと小さな入り口が開く。
 奥は曲がり角になっているのか光は見えない。

「道なりに進め。声は出すなよ」

 先頭の洒落た帽子の娘がまず中に入る。
 無言でそれに続く男女。
 静かに進む列の最後尾が消えると、男は周囲を見渡して後に続く。
 扉が閉まるとそこはただの壁だった。

 男が急いで城壁の向こう側に出る。
 そこには馬車と数人の男が待っていた。

「早いな。もう積み込んだのか ? 」

 手早い仕事に驚きながらも受け渡しの書類を用意する。

「署名を頼む。それと支払い。これで俺たちの仕事は終わりだ」
「何を言ってる」

 待ち構えていた男たちは苛ついた様子を隠しもしない。

「商品はどこだ。ずっと待っているが来ない」
「 ? そんなはずはない。今、十七人をこちらに送り出したんだ。まちがいない ! 」
「あそこから出てきたのはお前だけだ。その商品はどこにいるんだ ? 」
「そ、そんなこと、俺には・・・」

 ピィィィィィッ !
 甲高い笛の音が響く。

「な、なんだっ ! 」

 キョロキョロと辺りを見回す男たちの周りに、王都警備の騎士団が現れた。

「人身売買の現行犯で逮捕する。手を頭の後ろに回して伏せろっ ! 」
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